137話
こうしてこの戦場にリョウちゃんが降臨、積雪の上を浮遊し長い体を束ね鋭い目つきで針の特異怪字を睨みつける。まだ太陽も沈んでいない時間帯だが、比野さんが人払いをしてくれているはずだ。ここは惜しまずに使っていこう。
「君も式神頼りか、例え竜が1匹増えようが俺には通用しない」
「君も」ということは刀真先輩のことも言っているのだろう。あの人が茨木に行った時も針の特異怪字は姿を現したと聞いている。その日は先輩の「為虎添翼」が召喚された日でもある。
「そんな口をたたくのも今の内だ!リョウちゃんの餌にでもなってしまえ!!」
するとリョウちゃんは俺を乗せたまま体を伸ばし、そのまま地上にいる奴目掛けて口を大きく開けて突進していく。針の特異怪字は自分に向かって開けられている牙が生えた口を見て急いで回避、リョウちゃんは奴の横を素通りする形になる。
するとそのまま大きく上へと昇り、下の奴を見下す立ち位置になったリョウちゃんは、地上に向かって火球を吐いて放った。
「くッ――!!」
火球は地面で爆風と火炎を弾けさせ、周囲の雪諸共針の特異怪字を吹き飛ばす。撃たれた場所は大きく抉れ、クレーターのようになっている。
分かってはいたが凄まじい威力だ、周囲に民家が無いとはいえ誤射してしまったらとんでもない被害になるだろう。ここは必ず当たる場面というのを見極めなければならない。
しかしこれで積雪は溶け、仕組まれた罠の針も吹き飛んだだろう。安心して俺は雪が退かされ露わになった地面の上に降り立つ。そして立ち上がったばっかりの針の特異怪字へと走り出した。
「オラァア!!!」
拳を振りかぶり力強くパンチを繰り出すも奴は針を横にしてそれをガード、なので蹴り上げてその針を退かし今度は一回転して回し蹴りをその脇腹に命中させる。
「はぁッ!!」
「八方美人ッ!!」
脇の蹴りが効いたのか針の特異怪字は少しだけ堪えた後、今度は2本の針を握りしめ何度も槍のように突いてきた。
俺はそれに対し「八方美人」を使用し自動回避で迫りくる針先を捌き続け、そのまま顎を殴り上げる。重い一撃が奴の顎にヒットした。
「――せいはぁ!!」
「なッ――!?」
しかしアッパーが命中したというのに針の特異怪字は地面を力強く踏みしめ、顔を前向きに戻すと同時に持っていた針で同時に刺してくる。咄嗟にその2本の針先を両腕で受け止め奴と腕を伸ばし合う形になった。
そこで奴は俺の両手を封じている隙にと思い切り足を上げ今度は俺が顎に打撃をくらう羽目になる。
「うがッ――!?」
鋭い蹴りの衝撃が顎から頭へ一直線に伝わり危うく気絶しかける。こいつのように顎をやられてすぐに態勢を直すことはできず、ガラ空きとなった俺の胴体に針を突き刺そうとしてくる針の特異怪字だが、上空からリョウちゃんが突っ込んできた。
「のわッ!?」
奴は咄嗟に上から落ちてきた顔をバックして避け、リョウちゃんの顔は地面に大穴を空けて土煙を舞い上がらせる。式神に助けられてしまった。今のが無かったら心臓を一突きされていただろう。
リョウちゃんはそのまま頭を地面から抜き、横にいる針の特異怪字に噛みつこうと地面の上を沿うように移動を開始。奴はそれから逃げ、俺はリョウちゃんの頭の上に再び戻った。
「いいかリョウちゃん!少しでも小さくなったりしたら地面に向かって火球を吐け!!」
『グルッ!!』
突撃してくるリョウちゃんから逃げていく針の特異怪字、こうして背中を向けて走ってはいるがさっきのように小さくなって、俺たちの視界から逃れようとするかもしれない。
もしそうなったらリョウちゃんに火球を撃ってもらい奴を仕留めるつもりであり、あの威力ならどんなに小さくとも爆風でダメージが入るはずだ。
「流石にサイズの問題か……ならこっちにだって策はある!」
すると針の特異怪字は逃げながら体の向きを180°回転させて立ち止まり、向かってくるリョウちゃんに対し真っ向から向き合った。
そして、その体は見る見るうちに巨大化していき、いつしかこちらと同じ体高へと大きくなった。
「なッ――普通のサイズから更に巨大化もできるのか!?」
「限度があるがね、はぁあ!!」
そうやってまリョウちゃんの突進を両手で抱えて受け止め、多少後退はしたが何とこの突進力を静止させてしまった。それによってできた地面の溝がまるで電車のレールのようである。
5m弱まで巨大化した針の特異怪字はそのまま針をリョウちゃんに突き立て大きな切り傷を付けてきた。
『グガアアアアアアアアアッ!!??』
「リョウちゃ――のわッ!?」
それにより大きくバランスを崩し、上に乗っていた俺はそのまま地面に落ちてしまう。何とか着地したものの、リョウちゃんの体には大きな亀裂が走っている。思えばこいつの傷を見るのはこれが初めてだ。
「まさかリョウちゃんの鱗を斬るなんて……」
「今度はこっちが上から失礼させてもらおう!」
すると奴がその巨大さを保ったままこちらに襲い掛かってきた。
高所から振り落とされる太い針、こちらを踏みつぶそうとしてくる足、全てが巨大でそれでいてその素早さは普通のサイズの時と変わりない。まるで向こうが大きくなったのではなくこっちが小さくなったような気分だ。
「このッ――大きいから何だってんだ!!」
しかしこっちも上から目線で攻撃されるのをただ受ける程優しくは無い。次に来た針の突き刺し攻撃を躱した後、「疾風迅雷」で加速し奴の顔面へと跳びかかる。
「プロンプト――スマッシュッ!!!」
「ぐッ……!!」
そして「一触即発」の待機状態となりこちらから触れ、そのまま力強いスマッシュを奴の顔に命中させる。いくらデカいとはいえ流石にこの一撃を受け止める程の防御力は無いはず、現に今ので奴は尻餅を付いている。
多少のヒビが入った顔をしかめて、針の特異怪字はすぐに起き上がろうとする。
「リョウちゃん!!行けるか!?」
『グガッ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
斬られたというのにリョウちゃんはその痛みに耐え俺の指示通りに動いてくれた。奴の体に巻き付いて蛇のように拘束し、そのまま空高く飛翔。結構な高さまで到達すると、リョウちゃんはそこから針の特異怪字を振り落とす。
「サンキューリョウちゃん!俺も全力を出し切る!!」
俺は懐から「怒髪衝天」の4枚を取り出し、一度上へ投げ片手でキャッチしてそれを使った。
「怒髪衝天ッ!!うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
雄たけびを上げると同時に全身から赤いオーラがこみ上げてくる。髪色も怒りの赤へと変色し怒髪衝天態へとパワーアップを遂げた。
真っ逆さまに落ちてくる針の特異怪字を見て「一触即発」を使用、もう一度大打撃を打つ態勢に入った。
「プロンプト……ブレイクッ!!!!!」
「うッ――ガァ!!??」
そうして落ちてきた奴に目掛けてプロンプトブレイクを腹ど真ん中にブチ当てることに成功、瞬間奴の巨大な体は大きく吹っ飛び地面を揺らして激突する。
奴を落としてくれたリョウちゃんが地上に戻り俺に顔を差し出してきたので、ご要望通りその頭をソッと撫でる。
こうして綺麗に1発重いのをブチかますことができたが、針の特異怪字は腹に大きな傷ができたもののすぐに起き上がりやがった。サイズも元に戻っている。
(プロンプトブレイクが当たる直前で体を大きくして全身に傷ができるのを防いだか!小さくなる時は傷も小さくなるわけね!)
「成る程……これが君の全力――『怒髪衝天』のパワーか……!!」
「どうだ!まだやるか!?」
「銅頭鉄額」の硬化ですら貫通できる圧倒的な怪力、戦ってるから分かるのだが、こいつの四字熟語は防御面に特化された能力ではない。いくら巨大化で傷を最小化してもかなりのダメージとなったはずだ。
状況は、こちらが有利である。
「手に入れたばっかりの玩具……その故君はその弱点に気づいていない!」
「……『怒髪衝天』の弱点?」
最初はハッタリかと思ったが、俺がこの四字熟語を手に入れたばっかりという点は事実だし、何より思い当たる節がある。
「怒りで四字熟語を2つ同時に使う苦しみを打ち消す能力――だが実際には消えてるわけではなく、単に感じないようなっているだけ。実際それを使った後やけに体が辛かったりしないか?」
「――ッ!!」
悔しいが針の特異怪字の言う通りである。初めて使ったのは牛倉一馬と神社で戦った日、皆には伝えていないがやたらと不快感が体の底に残っている感覚がした。次は強行捜査の際の鎧とのバトル、あの日も帰ってきてからしばらくそれが続いていた。
言わば「怒髪衝天」は気休めといった感じで、実際には通常時に2つ四字熟語を使用するのと変わりないということだ。単に苦しみが後回しになっているということでもある。
(というか何でこいつは「怒髪衝天」の仕組みを知っているんだ?敵には2つ四字熟語を使えるとしか知られていない筈だぞ?)
「警告として言っておくぜ、それはあまり使わない方が良い。牛倉一馬のようにはなりたくないだろ?」
「……それは、死ぬかもしれないって言ってるのか?だとしたら残念だったな、疾風迅雷ッ!!」
そこで俺は話の途中でも「疾風迅雷」を使用し一瞬で奴の目前まで迫り拳を振り下ろす。奴はそれを針で受け止めるも割りばしのように折れてしまった。
するとカウンターとして針で首を狙ってきたので手で止め、そのままへし折って見せた。
「例え命の危険があろうが、それでお前たちの野望を阻止できたらそれでいい!!」
「――寿命を削ってでもか?」
「この命で皆が守れるなら本望だ!!」
パネル使いとして活躍している時点で、もう俺にはいつでも死ねる覚悟はできている。寧ろこんな時に懸けないで何の為の命だろうか。
「どうやらこのまま戦っても負けそうだ。ここは退かせてもらおう」
「させると思っているのかッ!!」
奴はそう言うが勿論逃がすつもりは無い。このまま続けて拳を振りかぶろうとすると、奴が人差し指を上に向けた。一体何だと視線だけで上を見てみると――そこにはこちらに向かって降り注ぐ無数の巨大針。
「なっ――八方美人ッ!!!」
俺は殴る動作を止め急いで「八方美人」を使用、落ちてくる沢山の針を躱し続ける。するといつのまにか目の前にいた針の特異怪字が居なくなっていた。恐らく小さくなって逃げたのだろう。
「――糞ッ!!」
逃げられた悔しさで手前に刺さった針をへし折り怒りの感情をさらけ出す。すると周囲に落ちてきた針が一斉に元のサイズへと戻っていく。
俺も怒髪衝天態を解くと、さっき奴が言っていた苦痛が襲い掛かってくる。
(使う度に反動が来る間隔が縮まっている気がする……あながち死ぬのも間違いじゃないかもな……!)
思わず膝を地面に付いてしまうが、そんな所に小さくなったリョウちゃんが駆け寄ってくれる。必死に冷や汗を舐めとって俺を看病してくれた。
「おーーい!大丈夫か触渡君!」
「小笠原さん!!」
すると鶴歳研究所の一員である小笠原大樹さんがやって来た。彼は今研究所にいるはず、どうしてここにいるのだろう?
「リョウちゃんの姿が見えたんだ。だから怪字が現れたのかと思って……」
「……小笠原さん、何でそんな疲れているんですか?」
「……必死にここまで走ってきたんだ。それより大丈夫かい!?今研究所へ運ぶよ!」
そう言って彼に肩を貸してもらい、そのまま研究所へと向かっていく。
こうして針の特異怪字とのバトルは一時休戦となり、どちらも深い傷を負って幕を閉じた。