135話
外はもう白一色、吐息もその色になっており空も灰色の雲で覆われていた。暖房の効いた部屋から外を覗き込もうとひんやりと冷えた窓を手で拭くと、雪が積もった庭が見える。
あの強行捜査から数日経った、天気は都内には珍しく雪が続き交通にも影響が出てると聞く。俺も神社の雪かきで何度か外に出たか凍えるような寒さであった。
こう年の終わりが近づいてくると今年は色々なことがあったのを思い出す。この英姿町の英姿学校に転校し、風成さんや刀真先輩、勇義さんにも出会った。沢山の怪字とも戦ったし特異怪字との遭遇、そして呪物研究協会エイムの存在、本当に数多の出来事があった。
新年を迎えても戦いは激化していくだろう、パネル使いに休みは無いということだ。休みたくともエイムの連中がこちらの都合を考えてくれるわけがない。
じゃあ今俺は何をしているのかというと、畳の上に置いてあるスマホを見つめてウーンと唸っている。腕を組み胡坐をかいて数十分が経過していた。
今一度カレンダーを確認してみよう、今日は12月23日。可愛らしいイラストが毎月ごとに書かれているカレンダー、今月は雪の中でサンタの恰好をした子供の姿が描かれている。
そう、クリスマスが近づいてきてるのだ。クリスマスもクリスマスイブも折れには関係の無い日であったが、今年ばかりはそうもいかない。
(今年のクリスマスイブに……風成さんを遊びに誘ってみよう!)
そう、クラスメートでもあり好意を持っている風成さんをその日に誘ってみようと思っているのだ。
今までの俺なら例え好きな人ができても聖夜に誘おうとは思わないだろう、だがこの一年近い月日を経て俺も変わってきているということだ。このまま何もせずにいてはこの気持ちは伝えられない。
ここはグイグイこちらから近づいていこうと思ってこのことを決めたが、いざ誘おうとなると緊張と不安で中々できない。この通りスマホの前で鎮座しているだけであった。
(勇気を出せ触渡発彦!折角の決意が無駄になるぞ!!)
そこでようやく俺はスマホを手に取り、この間教えてもらった彼女の電話番号へとかける。期待と不安を胸に込めスマホを耳に押し当てる。
果たして彼女は出てくれるだろうか?出てくれたとして俺なんかの誘いを受けてくれるだろうか?そうこう思っていると電話がつながった。
『はい風成ですけど……触渡君?』
「もしもし風成さん。今いいかな?」
電話越しか聞こえてくる彼女の綺麗な声でホッと一安心する。そして「最近寒くなった」「あれからどう?」といった他愛のないか会話を続けた後、いよいよ本題を口にしてみる。
『えぇ!?次のクリスマスイブを……私と?』
「……うん、大丈夫かな?」
やっぱり同じクラスの異性にこんなことを言われたら驚くか。もしかしたらいきなり言われて気持ち悪がっているかもしれない。それに他の誰かと予定もあるかもしれないだろう。
どうやら急に誘われて向こうも困っているようだ、彼女の返答をドキドキしながら待つ。もしかしたら次の言葉で俺の恋心は儚く崩れ去るかもしれないからだ。もし他に相手がいるとか言われたらどうしよう……
『……分かった。じゃあ明日の午後6時にどう?』
「えっいいの!?」
しかし結果は良好、見事明日の予定を取りつけることに成功。夕方の駅前で集合という話になり夕食やイベントなどに参加するつもりだ。
そうして再び普通の話をした後、満足気な気持ちで通話を終わる。やはり異性から誘われたのは慣れていないのか、少々声のトーンが上がっていたような気がする。
流れる冷や汗を感じながらゆっくりとスマホを再び畳の上に置き、深呼吸を一息した後柄にもなく膝を立ててガッツポーズをした。
「シャァアッ!!」
『ガルッ!?』
その際につい掛け声も出してしまい横でぬいぐるみと遊んでいたリョウちゃんを驚かせてしまう。ちなみにこのぬいぐるみはリョウちゃんの為に風成さんが作ってくれたものだ。学校でリョウちゃんの遊び道具で悩んでいたらわざわざ彼女が編んでくれた。
このように彼女との繋がりも着々とできている。正直自分で言うのもおかしいが彼女とはこの1年で良好な関係を築けたと思っている。現にこうしてクリスマスイブの夜に約束までできた。
正直パネル使いという理由で彼女の優しさを無下にしていた気がする。以前の突入作戦の時がまさしくそれだった。俺は風成さんを巻き込ませまいとするあまり嘘をついてしまったのだ。
だったら彼女と関わらなきゃいいだろうという話だが、淡い想いがそれを許してくれない。ならば、ここは思い切って逆にいこう。
(そう――告白するんだ!)
いつまでたっても想いを寄せ続けても何も始まらないし、ウジウジしていたら男らしくもない、ここは玉砕覚悟で告白しようと思う。そうした方がケジメにもなるしこれ以上彼女の事で悩むことは無い筈だ。
しかしクリスマスに告白しよう!なんて大胆なことが俺に思いつける程大胆になれるとは思ってもいなかった。こうなれたのも彼女のおかげかもしれない。
(そうだ!成功させるために何かクリスマスプレゼントを買おう!)
クリスマスイブに告白するなら、その成功をより固くするために何かプレゼントをしよう、そういう考えに至った俺は早速渡す物を選ぼうと出かける準備をし出す。
リョウちゃんも出かけたかったのか、俺のマフラーの中に潜り込んできた。普段ならこんな昼間にリョウちゃんを外に出すのは少し遠慮するも、約束できたことに興奮しているのか何も言わず、そのまま外に出ていった。
「うぉ寒ッ!!」
冷たい大気の風が頬を一気に伝わり、暖房で緩んでいた感覚を一気に引き締めさせてくる。天空さんからは危ないと言われているが誰もいないのでポケットの中に手を入れて足を進める。
リョウちゃんもその寒さにマフラーの中で丸まっていた。こう寒気の中で触れてみると分かるが以外とほんのりしていた温かい。寒い夜もこいつを抱えて寝ることは多い。
そうしていざ明日行くはずの駅前に到着し、彼女が喜びそうな物を考えながら歩く。やっぱり編み物が好きだからその道具かな?それとも陸上部だからそっちの方面も良いかもしれない。
この選択が告白の決め手になるかもしれない、そう思うと簡単には決められなかった。思えば女の子に贈り物なんてしたことが無い、なのでこう迷うのも仕方が無いだろう。
それに彼女はマフラーやぬいぐるみと色々な物をくれた。俺もそれなりの物を恩返しとして渡さなければ。
「あれ、触渡様じゃないですか!」
「あ、比野さん!」
すると偶然鶴歳研究所の比野さんと出会った。おしゃれな色のコートに身を包んでおり、その中ではウヨクとサヨクが隠れている。こっちの式神も少しだけ顔を見せて挨拶をする。そしてその手には重そうな荷物が2つある。
「良かったら片方持ちますよ」
「大丈夫です!今から帰るところなので……」
「いえいえ!気にしないでください!」
そういった流れで彼女を手伝い一回鶴歳研究所に寄ることになる。駅前から離れることにはなるが迷っている俺の気分転換にはなるだろう。
人目が付かない場所へどんどん行っていく中、俺はあることを思い出す。そういえば比野さんは小笠原さんのことが好きだったな……
ここは野暮だが、同じ想いを持つ者同士として相談してみよう、少し恥ずかしいが。
「あの比野さん、明日好きな人にクリスマスプレゼントを渡してみようと思ってるんです……だけど決まらなくて」
「えッ!触渡様って好きな人いたんですか!?」
すると比野さんの表情がそれを祝福するようなニヤケ面へと変わっていく。一応客人として扱っているため敬語で話しかけてくる彼女だが、やはり年上なのでこういった反応になるのは予想できていた。ちなみにこういうのが苦手なので、風成さんのことを好きなのは天空さんと先輩、そして勇義さんにも話していない。絶対からかわれるからだ。
風成さんのことを話し、何かプレゼントを選ぶヒントを求めるが、彼女は次のようなことを言ってきた。
「その風成様って人は優しい人なんですよね?だったら触渡様のプレゼントなら喜んでくれるはずです!」
「……そうだといいんですが」
告白することは言ってない、流石にこれ以上からかわれるのは恥ずかしい。比野さんはそう言うが変な物を渡して失望されないか不安なのだ。
――俺は、風成さんが喜ぶ顔が見たい。あの綺麗な顔が破顔するところを見たい。どうすればそれができるんだろう?
「そう言えば、風成さんが優しい人ってよく分かりましたね」
「フフッ――だって触渡様、楽しそうにその人のことを説明するじゃないですか。それも嬉しそうに、本当に好きなんですね」
「――ッ!」
どうやら無意識の内に彼女の魅力を語り過ぎたらしい。自分からからかいの材料を提供することになり、思わず赤面をマフラーで顔を隠そうとしてしまう。その際リョウちゃんが落ちそうになった。
「……じゃあ、比野さんも小笠原さんに何かあげたらどうですか?」
「えッいや、私はその……」
散々いじられた仕返しだ。比野さんを小笠原さんのことでからかう。すると彼女も顔をほんのり赤くさせ言葉が上手く出せなくなった。
比野さんが小笠原のことを好きなのは初めて会った日に聞かされた。その時から彼女とは恋心を持つ者として共感を抱いている。
そこからお互いを突きあうというこそばゆい空間が続いていると、突如として自分たちがいる場所が影となる。
「――え?」
雲でも出てきたかと上を見上げると、巨大な岩々が一斉にこちらへ降りかかってきた。
「危ないッ!!」
急いで彼女を突き飛ばしその落下地点から避難させる。持っていた荷物は全てその下敷きとなってしまった。
山や坂も無いのにいきなりの落石、それに対し俺も比野さんも驚きを隠しきれない。あともう少し遅ければペチャンコになっていただろう。直径3mはありそうな巨大な岩だ。
「一体なんだ――ッ!!!」
すると今度は向こう側から岩を貫通して何かがこちらへ飛んで来た。咄嗟の反射神経でそれを受け止める。それは巨大な針、完全に俺を刺すために投げられた物だ。
いや、問題なのはそのサイズ。頭の部分に穴があるので裁縫用の針なのは分かるが、どうみても俺の身長ぐらいある。そしてそれを一度見たことがある。
「まさか……!!」
そうやって穴ができ崩れた岩々の向こう側から歩み寄ってくるのは、今とは正反対の時期に遭遇した者、持っている物を巨大化させたり自身を小さくしたりできる特異怪字――!
いきなりの登場に少し驚いたが、俺はこれを待っていた。先日の「銅頭鉄額」といい、最近会いたい奴に出会えてラッキーだ。
「……針の特異怪字!!」
そう、あの孤島で出くわした最初の特異怪字である「針の特異怪字」が、俺たちの目の前に現れたのだ。