134話
鎧に逃げられた後、俺たちは社長室や研究室など、エイムの手掛かりがあるそうな部屋を片っ端から探しまくった。刀真先輩の傷が酷いものだったが警察の人達が先に何かを見つける前に捜査をしなくてはこの強行捜査に身分を偽ってまで参加した意味が無い。
なので関係がありそうなものを兎に角回収しその内容の確認は帰ってからにすることに。机の中、書類などを全て漁り何とか事を終える。
地上に降りれば機動隊や他の刑事の人たちが休む暇なく仕事をしている。取り敢えずその日は勇義さんに任せ俺たちはこっそり抜け出し、都心のホテルに泊まって翌日英姿町へと帰っていった。
そして数日後、ようやく勇義さんが今回の結果について伝えに神社へとやってきてくれた。刀真先輩も今日は神社にいる。
「すまんな、時間がかかった。まぁお前らのことは何もバレていないから安心しろ」
その言葉を聞いて揃って胸を撫で下ろす。もし高校生が刑事のふりをして強行捜査に勝手に参加していたとなると大問題だからだ。まぁそうなって一番責任を問われるのは勇義さんとその上司である網波課長だろう。いざとなったら勇義さんのせいにしようと刀真先輩は冗談交じりで言っていたが、あながちそれも間違ってもいないかもしれない。
結果から言うと、オージ製薬はこれを機に倒産することになったという。警察が研究室内を捜査したところエイムの毒薬以外にも他の毒物危険物が発見されたという、その製造に関する情報もあり何より一番の理由は社長応治与作の逃亡が一番の原因であった。
そして最も重要であるのはあの日回収した書類についてだった。実は勇義さんが車で俺と刀真先輩も持ち帰った資料を見るのは待っていた。どうせなら大人の人と見た方が何か分かるかもしれない。
そうして一同一斉に資料を出し目を通していく。
「これは……あの毒薬か?」
畳の上で資料を広げていると刀真先輩がとあるものを見つけ出す。書かれている図からして応治与作が作っていた毒とその解析表とかだろう。そしてその毒薬を囲むように機械が付けられていた。
「これが毒の溶解を操っているのか……?」
そこまで難しい作りではなかった。信号を受ければ自動的に開封され中の毒薬が溶かされてるという仕組みである。寧ろ凄いのは毒薬じゃなくこれを作れる者だろう。そしてその図の横に特殊な形をした何かが描かれている。
「多分これがリモコンなんだろう、そうでもないと遠距離から使えないか」
「ですよね」
「じゃあこれをどうするかを考えないとな……」
そう、あの毒の機械の仕組みを理解することはそれへの対策方法であった。この毒薬のせいで倒して捕まえた刺客もこれで消されてしまい、何の情報も手に入らなかった。
今回の強制捜査だって正直言って協会の核心につく情報は得られなかった。他の資料は殆どがオージ製薬の会社情報や薬の研究などのもの、こうなるならあの時応治を逃がしていなかったらと思ってしまう。
しかし一度失敗したことをいつまでも悔やんでも仕方ない。何も分からないわけではなかった。
「あの鎧という男……虎鉄さんの四字熟語を持っていたな」
「はい、恐らく針の特異怪字から受け取った物かと……」
応治与作を守っていた刺客のうちの1人である「鎧」と名乗る男、奴は針の特異怪字に奪われた虎鉄さんの四字熟語である「銅頭鉄額」を使い特異怪字に変身した。
まさか探していたものが向こうから近づいてきたとは思ってもいなかった。あれは俺と刀真先輩が頼りないばっかりに奪われたに等しい、なので俺たちが奪い返すのが当然である。そのせいで虎鉄さんはパネル使いとして活躍できなくなってしまったのだから。
「そう言えば勇義さんが見たっていうその狙撃特異怪字、何の四字熟語だったんですか?」
「いや、四字熟語を入れる瞬間を見てないから分からんが……恐らくあれは『飛耳長目』だろう」
「えッ!?」
「それは本当か刑事!?」
偶然か必然か、長壁と呼ばれたその狙撃手が使っていた四字熟語は「飛耳長目」ではないかと言ってくる。「飛耳長目」は虎鉄さん同様俺と先輩に修行をつけてくれた鷹目さんの物である。そしてそれも針の特異怪字に奪われてしまった。
「何故そう言い切れる⁉︎直接見たわけじゃないんだろ⁉︎」
「奴の狙撃術は最早天賦のものだ。明らかにとてつもない視力で狙撃をしていたのが分かる」
「もしそれが本当だったら……一気に2つ見つけられましたね」
「銅頭鉄額」に「飛耳長目」、今まで探し求めていた2つの四字熟語の足取りをこうして知ることができた。皮肉にもどれもエイムの手先によって悪用されている、虎鉄さんや鷹目さんのような優しい人たちのパネルがあんな風に使われるのは許せない。一刻も早く奴らの居場所を突き止め、取り返さなければ。
「でも……肝心の場所は何も分からなかったか……」
今回の強制捜査で手に入れたかったのはエイムの本拠地の場所やその構成員が書かれた一覧表とかであったが、手に入れられたのは毒薬についての資料のみ。多分この資料を奪っても他にコピーがあるので毒薬の製造を封じたことにはならない。第一それを作っている応治与作にも逃げられてしまったのだから。
結局前回の突入作戦のように、分からずじまいか……そう思われた。勇義さんがとあることを提案してくる。
「この毒薬……リモコンで操作しているんだろ?それに遠くからもできるってことは……電波関係なのか?」
「それがどうかしたんですか?」
「だったらそれを打ち消すような、妨害電波を流して毒薬の起動を防ぐ装置が作れるかもしれないぞ!こうして詳しい仕組みも書かれているんだ、解読すればいけるはずだ!」
「あ、成る程!」
今までエイムの情報が手に入らなかったのは、捕らえた連中がその毒薬で殺されたり撃ち抜かれたりと何か喋らす前に死んでしまったからだ。だが勇義さんが言うその妨害装置を開発できれば、協会の人間を生きたまま捕まえられるかもしれない。
今回前回は奴らのアジトに潜入して資料を探すという泥棒みたいなことしかやっていなかったが、これなら堂々と捕まえられてアジトの場所も吐かせられるだろう。
「だが刑事、馬鹿の貴様にそんなのを作れるとは思えないぞ」
「ぐっ……その言い方はムカつくが確かにその通りだな」
「だったら、鶴歳研究所の皆さんにお願いすればいいんじゃないですかね?」
何かを作ってもらうならあそこ、そう思って鶴歳研究所の名前を口にした瞬間、刀真先輩と勇義さんの表情は少しだけしかめっ面となった。何かまずいことでも言ったか俺?
俺のグローブもあそこの小笠原さんが作ってくれたし、リクターの解読もあそこがやってくれた。現在俺たち側においてそう言った開発部門の仕事ができるのは鶴歳研究所だけだ。ならばそこに頼むのはおかしくはないはず。
「……まぁそうだな、研究所には俺から話しておく」
「?」
分かってくれたらしいがその顔はまだ変わっていない。
思えば捜査前の2人も何か様子が変であった。まるで刀真先輩と勇義さんだけの情報があるようで、何かムズムズする。
しかし隠しているということは、俺が聞いたら駄目というわけだ。取り敢えず今回は何も聞かずにおこう。
「そ、それにしても発彦の『怒髪衝天』。改めて見たが凄いパワーだったな!」
突如先輩がそんなことを言ってくる。話題を変えようとしての言動というのはすぐに分かる、なので俺も敢えてそれに乗った。
「はい、『銅頭鉄額』の体にもああやってダメージを与えられたのを見ると、虎鉄さんも倒せそうです!」
「はは、それはちょっと違うと思うぞ」
その後の話し合いは終わり、刀真と任三郎は神社から出て自分たちの居場所へと帰っている。普段ならこんな時でも喧嘩する関係であったが、今夜は両者黙ったままだった。
「……宝塚、今回の強制捜査のことは鶴歳研究所以外には話していないよな?」
「ああ、比野さんと小笠原さん、そして鶴歳社長以外には喋っていない」
「それなのにエイムは応治に護衛をつけていた。明らかにこちらの動きを読んでいる。ということは……」
「――裏切者は、研究所の誰か」
強制捜査をやることは研究所の面々にしか話していない、知っているのは天空と網波課長ぐらいであった。天空がそうじゃないのは確実、網波課長は警察の課長、なので消去法で鶴歳研究所に内通者がいるのが決まっているようなものである。
一方場面は変わりエイムの本拠地にて、椅子に座る「先生」の後ろに逃げてきた長壁と鎧が立っており、そして応治与作がその場でへたり込んでいた。
「やぁ応治社長……いやドクターと呼ぶべきかな。無事でよかったよ」
「ハァ……ハァ……せ、先生……ご迷惑をおかけしました」
「気にしないでくれ、僕と君は良く友人じゃないか。長壁と鎧も良くやってくれたね」
鎧と長壁は先生の「お褒めの言葉」に深々と礼、長壁に至ってはそれに対し愉悦の笑みを隠しきれていない。一方鎧の方は無表情のままで、次の話に移行する。
「ありがとうございます。しかし今回の強制捜査で色々と漏れてしまったかもしれません」
エイム側も発彦たちに情報がバレてしまったことを察し、何とかせねばと話し合っている途中であった。
「あそこにはここの場所が記されている資料は無かったはず……だけどこれ以上こちらのことを知られれば不利になるだろう、パネル使いたち……特に『銅頭鉄額』の鎧をここまで追い詰めた触渡発彦は全力で潰すことにしよう。大樹」
「はい、先生」
そう言って呼ばれて現れたのは鶴歳研究所の一員である小笠原大樹、白衣を身にまとい奥から姿を現した。
「君には彼らの情報、そして彼女の動向を探すためにスパイをさせていた。しかしそんな悠長なことは言っていられない事態になってしまった、なのでお願いするよ。触渡発彦及び仲間も始末してくれ」
「分かりました。久しぶりに体を動かしたかったところです。その為にスカウトもしてきました」
すると小笠原の後ろからもう2人現れる。小笠原が抜蔵兎弥のように四字熟語を渡した人間であり、2人ともエイムの傘下に入っているわけだ。
「これで、必ずやあの3人を仕留めて見せます」