130話
俺たちを待ち構えていた鎧と名乗る大男、虎鉄さんから奪った「銅頭鉄額」を使い甲冑姿の特異怪字へと変貌した。狭い通路にあの巨体が何とか納まっているといった状態なので気合負けしそうだが、一歩前へ踏み出して気を確かにする。
「何だ?そっちから仕掛けてこないのか?」
鎧はそう挑発してくるも一向に動かない俺たち、正直言ってこっちから仕掛けても無駄だろう、何故なら奴の四字熟語は一度この目と体で経験したことがあり、その能力も理解しているからだ。
(奴の能力からして、ここは攻め手になるのは賢くない!)
「ならば――俺からいかせてもらおう!」
すると鎧はその鎧の見た目とは裏腹に獣のように跳びかかり、姿勢を低くしながら鉄の籠手で振りかぶってくる。それを咄嗟に跳んで避けるとパンチは床に叩き落とされ、一気にそこは陥落し床も粉砕された。
「『銅頭鉄額』……相変わらず重みと威力のある攻撃だ……!!」
こいつの特徴の1つであるその重量感、それが打撃の威力を底上げし途轍もない破壊力を生んでいるのだ。そのパワーは俺にも匹敵する程である。これも虎鉄さんとの修行で学んだことだ。
床を大きく凹ませた鎧は、そのままこちらに接近してくる。しかしその重量故にスピードは大したことはなく、あの凄まじい拳も当たらなければどうということはない。
だが問題は、それだけじゃなかった。
「こうしている間にも社員は逃げている……確かヘリポートへの階段はさっき私たちが使っていたのとは別だよな!?」
「ああ!その階段はこの先にある、つまりこいつをどうにかしないといけないわけだ!」
応治与作が逃亡、そしてヘリポートへのルートとして使っている階段は社長室のある廊下の奥、さっき俺たちが駆け上がっていた階段は途中で行き止まりなので社長を追うことはできない。何が何でもこいつをぶっ倒さないといけなくなった。
「こうなったら無理やりにでも通るぞ!紫電一閃ッ!!」
すると刀真先輩がそれで時間に駆られたのか、奴に向かって「紫電一閃」の斬撃を斬り放つ。普通なら軌道上にある物を斬り落とす斬撃だったが、鎧は剛腕を振るってそれを壁の方に弾き飛ばした。
斬撃を手で払ったというのに傷1つついておらず、亀裂が走ったのは返された方向に会った壁のみ、奴の籠手は以前輝いていた。
「やはり駄目だったか……!」
そう、これが「銅頭鉄額」の真の能力と言っても過言ではない。
全身を鋼鉄のように硬化し本物の鎧のようになる。こうすることによって外部攻撃から完全に防御するというわけだ。それに硬化は防御の為だけじゃない。
「はぁあッ!!!」
「金城鉄――のわぁあ!?」
次に下から掬うように迫る鉄の拳に対し俺は「金城鉄壁」の結界を展開するもすぐに突破され、結界だけでは防ぎきれなかった奴の拳圧が襲い掛かってきた。
こうも簡単に結界を粉砕できるこの破壊力、さっきの重量感だけではなくその硬化もパワーを増す原因になっているのだ。
攻守共に厄介な四字熟語、攻撃は最大の防御とは言うが、その逆もあり得るものだ。
「ここで3人共足止めをくらうのは不味いな……俺が先に行って社長を捕まえる!触渡と宝塚はこいつを頼んだぞ!」
「先に行くって……どうやって?」
確かに勇義さんの提案の通り、ここで3人全員がこの鎧に構っていて応治与作を逃がしたら元も子もないだろう。だからといってこの男を無視して突破できれば苦労はしていない。
「それをさせないために俺がいるんだ!」
噂をすれば鎧がこちらに走り出す。奴は両腕を横に広げ両方の壁に引きずることで横を通り抜ける隙と与えずに迫ってきた。壁がどんどん壊れていきこのままだと先に行くどころか鎧に轢かれてしまうだろう。
しかし2人は慌てずに、刀真先輩は勇義さんの肩に手を置いた。そこで向こう側へ行く考えが俺にも分かった。
「神出鬼没ッ!!」
「――ッ!!」
刀真先輩の四字熟語「神出鬼没」で勇義さんと共に奴の背後へ瞬間移動、鎧もそれに気づき急いで方向転換する。
「そいつは任せたぞ2人とも!」
「絶対に逃がすんじゃないぞぉ!!」
そう言って勇義さんは単独で上に続く階段へと向かっていく。それを追撃しようと後ろを向いた鎧も再び走り出そうとするも、今度は刀真先輩がそれを遮った。
「猪突猛進突きぃい!!!」
そのまま「猪突猛進」を使用しその突進力で鎧の腹に刀を突き立てる。刃先がそこに刺さることはなかったがその勢いを前に僅かながら後ろに押されていく。いくら重いからとはいえ、流石に「猪突猛進」の突進力の前では1㎜も動かないということはできなかったらしい。
そこから更に、俺が後ろから奴に接近し回転してその首元に踵落としを決める。そのまま奴の肩を足場にして空中で体の向きを変えた。
「うおりゃああああああ!!!ゲイルインパクト足バージョンッ!!!!」
そしてドアの時のように「疾風怒濤」を使用し、今度は足による連打攻撃を繰り出すも奴の姿勢が崩れる様子は見られない。それどころか蹴られながらも腕を後ろにして俺の足を掴み、そのまま下に叩きつけてきた。
「がはっ――がぁああッ!?」
そこから更に両拳を握った状態で殴られ大きく腹を損傷する。まるで車が激突してきたかのような衝撃と威力で吐血までしてしまう。
「発彦!はぁあ!!」
そしてまた拳を叩きつけられるところで、俺を助けようと刀真先輩がその背中に一太刀入れるも傷もつかないし止まりもしない。やがて次のパンチが繰り出される直前で転んで回避、腹を抑えながらすぐに立ち上がった。
「俺としたことが1匹逃がしたか……ならばお前たちを始末してすぐに後を追おう。それに向こうにだって1人いる」
「ッ――やはりもう1人いたか!」
エイムの手先がこの男1人だけじゃないとは予想していたが、まさか社長の方にいるとは思わなかった。つまり勇義さんがそのもう1人との戦闘になる可能性が大というわけだ。1人で大丈夫だろうか……?
やはり刀真先輩も彼と一緒に行かせれば良かったと思うが、そうなればこいつの相手は俺単独ということになる。とてもじゃないがこの男を1人で相手にすると言うのは無茶だ。
「一刀両断ッ!!!でいやぁあ!!」
すると刀真先輩が「一刀両断」を使ってでの一太刀を奴の肩に入れるも、火花が散っただけでその体に刀身が食い込むことすらない。
鎧はそのまま振り向きざまにカウンターの1発、そうして叩かれて倒れる刀真先輩の両手と両足を片方ずつ握って持ち上げ、そのまま背中に膝蹴りをかました。
「だぁあああッ!!??」
強烈な蹴りが背中に当てられた先輩は悲痛な声を上げ、俺の方まで放り投げられてしまう。俺は飛んできた刀真先輩を着地、優しく地面に下ろすと鎧がこちらに向かって走り出してくる。
俺ともども先輩を潰すつもりだろう。そんなことはさせない、俺はそれに対し両手を向けて突撃する。すると奴も俺に合わせるように腕を出してきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
「はぁあああああああああああああああッ!!!!!!」
そこから始まるのは互いの手を握り合って行われる押し合い、籠められる力も勢いも相撲の比ではなく、自分たちの立っている場所にヒビが入るぐらい力をぶつけあっていた。
「話に聞いていた通りだな……触渡発彦、まさか能力も使わず『銅頭鉄額』に真正面から渡り合えるとはぁあ……!!」
「パワーの凄さは……お前の専売特許じゃねぇ!!!」
互いに両手が使えない今、蹴りを奴の顎にでも入れたかったが今片足状態になるとこのまま押し負けるのが目に見える。ここはしばらく相撲を続けるかと思ったその時、鎧の野郎が首を曲げ頭を引き始める。
「――まさか!?」
その動作には見覚えがある。というか何回も受けたことがある。
「銅頭鉄額」による硬化は全身をも鋼鉄のように変えるが、一番強度を誇るのは額の部分、つまりこいつは今頭突きをしようと思っているのだ。
一度受けたことのある技なので対処ができるはずだが、両手は使えないのでパネルも使えないし、それに加え向こうの方が体も大きいのでどうすることもできない。逃げようにも手を放してくれない。絶体絶命であった。
俺は思い出す、今こいつがしようとしている技を虎鉄さんがした時のことを。大地に大きなクレーターを作り花や草も蹴散らす、あんなのをまともに食らったらとんでもないことになる!
「確かこういう技名だったと聞く――鉄額ッ!!!!」
そうして繰り出された鋼の頭突き、虎鉄さんの一撃必殺でもある「鉄額」が俺の頭部にヒット。
瞬間、激しい衝撃が脳内を駆け巡ったと思いきや景色が真っ白になり、連動するように前進が震えた。まるで鐘撞きの鐘になったような感じだ、頭が潰れたのかと錯覚してしまう。
奴はその頭突きが当たると同時に手を解放し、俺を大きく吹っ飛ばした。刀真先輩の横を素通りし壁に激突、そのまま地面にひれ伏す。
「あ……がぁ……!!」
何とか当たる直前に首を曲げてど真ん中への命中は避けたが、それでも脳にまで振動が来て視界もフラフラしている。しかし何とか立ち上がり再び目で奴を捉えた。
「はぁあ!!せいやぁあッ!!!」
前の方で刀真先輩が必死に「伝家宝刀」を振り回すも火花と金属音が散るだけでその体には傷1つ付かず、やがて蹴り飛ばされて先輩もこっちに飛ばされてきた。
この男……虎鉄さん並みとはいかないが、ちゃんと「銅頭鉄額」を使いこなしている。それに針の特異怪字から聞いたのかあの頭突き技である鉄額まで知っていた。伊達に人のパネルを奪って使っているわけじゃないということか……
すると鎧は、驚きの一言を言ってきた。
「触渡発彦……『一触即発』を使え」
「何ッ……!?」
敵が「一触即発」を知っていることにはもう驚かないが、それを使ってこいと言われたとなると流石に動揺を隠せない。「一触即発」というのは敵の攻撃を見極め当たる直前で使用、スマッシュのカウンターを与えるものだ。
しかし奴はそれを自分から使えと言ってきた。この四字熟語の存在を知っているならその効果と威力も知っているはずだ、なのに何故そんなことを提案する?
「お前のプロンプトスマッシュと俺の鉄額、どちらの方が強いか試したい」
「……ッ!!!」
挑発かただの興味心か、喋り方を聞くにそこまでこちらを苛立たせようとは思っていないと感じる。ならば挑発ではない――とは言い切れない程今のは頭に来た。
それは俺のプロンプトスマッシュの威力を舐められたからなんて理由じゃない。そんな簡単な理由で俺は怒らない。何故なら怒るのが嫌いだからだ。
じゃあそんな俺がどうしてそれを挑発と受け止め頭に来たのかというと、奴は鉄額を「俺の」と言い、まるでそれが自分の技のような言い方をしてきた。
「良いだろう……使ってやるからいつでも打ってこい!!」
そうやって俺は鎧の前に立ち、「一触即発」を使用しスマッシュを打つ待機状態に入った。丁度今怒りが入ってきたところだ。これなら思う存分強いスマッシュが放てる。
「何が『俺の』鉄額だ……その技は、その四字熟語は……」
「では行くぞ……!!」
そして奴ももう一度頭を引き、再び虎鉄さんの頭突きを繰り出してきた。その頭突きは俺に命中し、「一触即発」の能力で反応、その額に力強く拳を当て返した!
「虎鉄さんのだぁッ!!!プロンプトスマッーーーシュッ!!!!!!」
「鉄額ッ!!!!!!」
俺の怒号と共にぶつかり合う2つの必殺技、奴の額と俺の拳がお互いを押し合い、突風とも言える衝撃波を出す。
しかし俺の怒りも乏しく、頭突きの力に負け再び吹っ飛んでしまった。
「ぐあがぁああああああああああああ!!!???」
そのまま刀真先輩に受け止められ壁への激突は何とか防いでもらう。先輩もさっき受けた蹴りで大分ダメージを受けたようだ。
「糞ッ!自分の物みたいに『銅頭鉄額』を使いこなしやがって……!!」
「ああ……流石に私もキレそうだ!」
同じ修行を受けた刀真先輩も俺と同じ想いで、一緒に奴への怒りを滾らせてくれていた。
そうだ、俺たちにとって虎鉄さんと鷹目さんは天空さんにも次ぐ恩師だ。そんな虎鉄さんのパネルを悪事に使われるのは、彼への侮辱と同じである!
「どうした?お前の怒りはそんなものか?」
「いやまだだ……後悔させてやる、俺を怒らせたことを!!」
そうして取り出したのは俺の中で最強と言える「怒髪衝天」、こうでもしないと奴の硬さにはダメージが入らない。ここは、本気で行かせてもらおう!その4枚を握り、怒声と共に叫ぶ。
「怒髪衝天ッ!!!」
瞬間、俺の体から怒りの闘志が燃えるように噴き出す。隣にいる刀真先輩も吹き飛ばしてしまいそうな程の圧力、それに伴い髪も逆立ち赤色へ変色した。黄色くなった眼を今一度奴に向ける。
体に湧き上がるのはマグマにも匹敵する程の熱さを持つ憤怒、滾るこの想いを全身に行きわたらせ、爆発寸前にまで自分を追い込んだ。
これが俺の最強の姿、「怒髪衝天態」だ。
「お前に、俺の怒りを全部ぶつけてやるッ!!」
「それがお前の全力か……やはりこうでないと面白くない!」
しかし鎧もこの姿に恐れることなく構えを取り、こちらに拳を向けてきた。すると刀真先輩も「伝家宝刀」の先を奴に向け、俺の隣の並んでくれる。
こうしてエイムの手先の鎧との戦いは、更に苛烈な物へとなっていった。