129話
時間にして午後5時頃、ここは都心のはずれにあるオージ製薬本社ビル。その元に何人もの刑事と警察が集まっており、辺りは騒然としていた。
その中に勇義さんは堂々と立っており、そんな彼に1人の刑事がやってくる。知り合いだろうか?友達のような口調で会話をする。
「おー勇義!英姿町に異動になったと聞いたが戻ってきたのか!」
「今回の捜査に参加することになったんだ。まだ都内には戻らんさ」
「そうかぁ……お前みたいな奴が何故移動なんかになったんだろうな?」
その理由は前代未聞対策課の人間として、英姿町の怪字出現率増加の調査をするためである。しかしそれはあくまで極秘のもの、そもそもこの人は勇義さんが前代未聞対策課という所に所属していることどころか、その存在すら知らないだろう。
「ところで後ろの2人は誰だ?」
すると勇義さんの後ろで目立たないよう尚且つ不自然にならないよう立っていたが、声をかけられてしまう俺と刀真先輩。すると勇義さんが最初に紹介してくれて援護してくれた。
「向こうでできた俺の後輩だ。今回特別に参加させてもらうことになった」
「け、刑事の……佐渡です」
「同じく宝柄です」
そう言って俺たちは冷や汗を隠しながら警察手帳を差し出して見せた。俺たちが刑事じゃないことがバレないかヒヤヒヤしたが、手帳まで見せたので何とか誤魔化せたようだ。
「そうか……勇義!お前も後輩を持つようになったかぁ!それにしてもそっちのほうは随分若いな」
ギクッと心臓が跳びはねた。茶色のコートをスーツの上から重ね着しているせいか汗が滝のように流れるも、これは暑さによるものじゃなくて冷や汗であろう。
刀真先輩はデカいから大丈夫だが、俺は自分の体を高校生の平均サイズだと自覚している。それに顔だって身長で誤魔化せるほど老けてもいない。
「まぁ頑張れよ!勇義のドジっぷりに巻き込まれんようにな!」
「やかましい!」
何とか気づかれずにやり過ごし、その刑事はどこかへ行っていく。俺はホッと安堵の一息を吐き冷や汗を拭った。流石に向こうも現職の刑事なので流石にバレるかと思ったが案外いけるもんだな。
刀真先輩もヒヤヒヤしていたのか少しだけ息を漏らす。改めて見るとこの人はあまり違和感が無いな。
「……危なかったなぁ。まさかあいつまでいるとは……」
「俺バレるところでしたよ……あんなにはしゃいでいたのが恥ずかしいです」
ちなみに前日は偽物とはいえ刑事になれると少しだけワクワクしていたが、今話すと笑いものになりそうなので黙っておこう。実際はとんでもなく緊張するものだ、まるで怪字と戦う前のようだった。
「だが何とか誤魔化せたな。この手帳のおかでだな」
「そうですねぇ……それにしてもまさか偽物の手帳まで作るなんて」
さっきあの人に見せたのはこの日のために作った偽の警察手帳、顔写真もわざわざ撮り、流石に本名を使うのは後々ヤバくなりそうなので俺こと触渡は佐渡に、刀真先輩は宝塚から宝柄へと偽名を書くことに。
「大丈夫なんですかこれ?偽造みたいなもんでしょ?」
「良いんだよ別に、というか偽造といっても警察が(極秘に)作った物には変わりないから本物扱いでも良いだろう。これが終わったらやろうか?」
「いらないし使えん」
刀真先輩の言う通り、子供が刑事ごっこで使えるような低クオリティではないのでここは処分してもらおう。持っていればそれはそれで面倒くさいことになると思う。
「ところで、俺たちは何をすればいいんですか?」
「ああまだ説明してなかったな、ほれ」
そう言って勇義さんが広げたのはこのビルの社内図、3人で覗かせるように首を出してそれを見た。見る限り低階層がオフィスエリア、真ん中が薬を作るのに使われるであろう研究エリア、上にあるのが社長室や資料室だろう。屋上にはヘリポートも設置されていた。
「機動隊や警察が行くのはこの真ん中のところだが……俺たちはこの社長室まで一気に駆け上がる。この階にエイムに関する情報があるかもしれないからな。他の刑事が見つけて押収する前に見つけ出すのが目的だ」
「これ、他の人達と別行動して大丈夫なんですか?」
「こっそり行けば大丈夫だろう、それに何か変なことしても網波課長やお偉いさんが揉み消してくれるさ」
「うーむ、さっきから刑事の口から出たとは思えない台詞ばっかりだな……」
少しだけ粗い部分があるも、これ以上何かに縛られると俺たちも自由に動けない。ここは課長とそのお偉いさんに甘えて思う存分自分たちの目的を果たさせてもらおう。
「おっと……そろそろ始まる時間だな」
「いよいよですか……!」
警官たちがビルの入り口付近で集合しているので、俺と刀真先輩も勇義さんの後ろをついて違和感の内容にその集団の中に入る。
そして先頭の人達が走り出し、勢いよく建物の中へと入っていく。オージ製薬への強制捜査が、今始まった。
時は少々遡り、オージ製薬本社ビル社長室にて。煌びやかでいて美しく綺麗なその部屋には、その雰囲気にあまり似つかわしくない1人の初老男性がいた。頭頂部は禿げているも左右の髪は横方向に伸びて生きており、髭も長く蓄えている。
その男、「応治与作」社長は不安そうに黒のオフィスチェアーに座っていた。そしてその前には2人の男女、茶髪のポニーテールで長いガンケースを携えている女は「長壁」、灰色で短い髪型で、体格もプロレスラーのように逞しい男は鎧である。エイムの手先が2人そこに揃っていた。
「そう不安そうにしなくても、私たちがいるから大丈夫よ応治社長」
「そ、そうじゃといいんだが……」
長壁はそう言い説くも応治が落ち着く様子を見せることはない。厄介そうに頭を抱えてただ何も置かれていない机に向き直るだけだ。それを見ていた彼女が「やれやれ」と呆れている、基本的に「先生」以外の男には興味を示さないのが長壁という女であった。
「……貴方に渡した4枚のパネル、あれがあったからこの会社も発展し任意溶解毒薬も作れた。こうして我々が貴方の護衛をしているその意味は分かりますね?」
「わ、分かったからこれだけは奪わないでくれ!もう儂はこれがないと生きていけないんじゃ!」
そうやって応治が鎧から隠すように持っているのはリクターが付けられた4枚のパネル、できる組み合わせは「応病与薬」と製薬会社の社長が持つには相応しい四字熟語であった。
応病与薬……患者の病状に合わしてそれにあった薬を与える医者という意味から、人の性格、理解力などを配慮して適切な指導をすること。
「先生は寛大なお方よ。貴方がこれからも我らエイムに貢献するというのなら、それはまだ貸し続けるわ」
「分かっとる……毒薬も作るし金も払い続ける!だから護衛は任せたぞ!」
「何を偉そうに……」
どうやら長壁は先生以外の男性――というより人間に一時的とはいえ従うのが嫌なのか、先ほどから言葉も冷たいし不機嫌であった。それを見ていた鎧は、組んでいた腕を解き懐を弄る。そうして取り出したのは……
「長壁、飴はいるか?お前の大好きなレモン味だぞ」
「いらないわよ子供じゃあるまいし!同い年の癖に昔からそう兄のように振る舞って……」
「……そうか」
折角見せた優しさを怒鳴られながら扱われようが、鎧の表情は変わらない。終始真顔のままで飴を元の場所にしまった。
すると、部屋の電話が鳴り始める。その音に最初は驚いたが応治はそれに出る。
「もしもし応治だが……」
『社長大変です!警察が急にやってきて、強制捜査を始めました!』
「な、何じゃと!?」
「来たわね……」
警察が押し掛けてきたことが社長室にも伝わり、応治は年相応の振る舞いを見せるわけでもなく、ただ単に慌て始める。
「応治社長、この際だ。アンタはここを捨ててもらってウチに来てもらおう。『応病与薬』さえあればどこでも毒薬は作れるだろう」
「し、しかしこの会社は儂が苦労して――」
「だったら、大人しく警察に捕まれば?そうなった場合――私が撃ち殺すけど」
「わ、分かった分かった!……儂もそっちに行く!」
そう電話先に伝えて電話を切るも、応治は逃げる準備をし出す。リュックに金庫の金や何かの資料を入れたりなど、兎に角落ち着きが無い。
「長壁、お前は応治社長につけ。恐らくパネル使い共もいるだろう、俺はそいつらの相手をする」
「ふん、誰も通すんじゃないわよ!」
そして長壁と応治は屋上のヘリポートへ急ぎ、鎧はそれとは正反対の方へ歩き出す。彼女の手には「飛耳長目」が、彼の手には「銅頭鉄額」の四字熟語が握られていた。
「よし!エレベーターを使って一気に上がるぞ!!」
強制捜査が開始され、他の機動隊や警察の皆さんがオフィスエリアや研究室に向かっている最中、俺たち3人は勇義さんを先頭に他のルートを行きエレベーターへと真っ直ぐ走っていく。他の人達は目先の夢中なので俺たちが抜けたことには目もくれない。
3つ並んだドアのうち真ん中のを選びボタンを押す。丁度この階にエレベーターがあったのですぐに中へと入れた。そしてさっき社内図で見た社長室がある階のボタンを押し、上へと向かう。
こんな状況だ、途中の階でボタンを押す輩もいないのでスムーズに目的の階へと行けると思った矢先、突然エレベーターが停止、照明も消えた。
「ちっ……エレベーターを使えなくしたか!」
俺たちの接近を恐れて敵がエレベーターを停止させた、つまり見られたくない物があるということだ。勇義さんの読みは当たっていたという訳だ。
俺は刀真先輩の肩に乗りそのまま天井の非情ハッチを開け、中に残った2人に手を貸しながら3人揃ってエレベーターの上へと出た。すると運が良いことに次の階を通り過ぎる直前で止まったらしく、すぐそこにドアがあった。
「触渡、緊張事態だ。やれ」
「はい!疾風怒濤ゲイルインパクトォ!!!」
そこで俺が前に出てグローブを手に付け、目の前の扉を連続パンチで殴り飛ばす。殴られたドアは吹っ飛び弾かれるように向こう側の壁に激突した。そしてその階に乗り込む。
社長室のある階とは少しだけ離れているがここまできたら階段でも十分だろう。避難階段を上り続けそのまま目的の階へと到着する。
「エレベーターのせいで結構足止めされた!もう逃げられているかもしれん!」
勇義さんの言う通り思っていたよりここに来るのが遅くなってしまった。もうここの社長とエイムが繋がっているのは明白、エレベーターが使えない今敵はどうやって逃げるつもりか?ここで俺の脳内には、社内図で見たヘリポートが過った。
逃げられる前に急がなければ、そうやって社長室へと走り出し曲がり角を通過する。すると道を遮るように1人の男がこちらに堂々と立ち尽くしていた。
厳つい顔に筋肉質な体、服装もスーツじゃないところを見れば社員じゃないことはすぐ分かる。
「来たか……残念だがここを通すわけにはいかない」
そして俺たちを待っていたかのような口ぶり、間違いない、こいつはエイムの人間だ。粗方社員の逃亡の手助けだろう。
「悪いが意地でも通らせてもらうぞ!協会の人間が……!」
「――やれるものなら」
すると男はリクターが付けられた4枚のパネルを取り出す。俺たちと対峙するつもりだからこの男が特異怪字に変身することは予想できた、しかし驚いたのは奴が取り出したことじゃなくそのパネルの漢字である。
「それは……虎鉄さんの……!!」
そして男は遠慮なくその四字熟語を体内に挿入、見る見るうちに人間の姿を消して特異怪字にへと変貌を遂げた。
頭のてっぺんから足の先までを覆ったのは西洋の甲冑、銀色に輝く鎧を纏い始めた。兜の目の部分からは赤く輝く眼光が照らされており、両腕の部分は凄まじい筋肉と共にその形へ膨らんでいる。動くたびに鉄が擦れる音が鳴り、本当にただの鎧を着た人に見えなくもない。
しかし問題なのはその大きさで、人間の姿から更に体が膨らんでおり人一倍大きくなっていた。天井にスレスレでこれじゃあこいつを無視しで横を素通りとはいかないだろう。
まさしく「銅頭鉄額」――虎鉄さんが使っていた四字熟語に相応しい姿だろう。それを使ったあの人も銀色の皮膚で体を大きくしていた。
しかし「銅頭鉄額」は既に浄化済みのはず、変身に使うにはその四字熟語に呪力が残っていないといけない。何故「銅頭鉄額」に再び呪力が宿っているのだろう?
(今はそんなことどうでもいい!やっと見つけたぞ……虎鉄さんの四字熟語!!)
では何故虎鉄さんの四字熟語を奴が持っているのか、夏の時「針の特異怪字」に奪われたからだ。俺たちが未熟なばっかりに奴から取り返すことができなかった、なのでエイムから取り返すのを俺と刀真先輩が誓い合ったのだ。それが今目の前にある!
俺と刀真先輩、そして虎鉄さん達とも面会がある勇義さんはその男に立ち向かった。
「俺の名前は鎧、我らエイムの発展の為、ここで散ってもらう!!」