119話
「鯨」という新たなパネルを取り込み、腹に鯨を生やして一層進化をした牛倉一馬、「牛飲馬食」と「鯨飲馬食」という意味は同じでも漢字が違う四字熟語2つを持ち合わせる。
腹に変化が起きたためか、さっき俺がスマッシュで腹につけた傷跡は全て回復していた。どうやら想像以上にこの戦いは長引くらしい。
それにしてもまさか牛倉一馬が「牛飲馬食」に加えられる漢字のパネルを持っていたとは、完全に予想外であった。
「見ろ、お前たちが新しいパネルを手に入れて強くなるように、俺もまた新しい力を手に入れた!」
「何が新しい力だ、頭が増えただけで調子にのるなぁ!!」
だがここで臆しているわけにはいかない。例え向こうが進化しようがやることは同じだ。俺は走り出し牛倉一馬へと走り出す。
そうだ、いくらパネルが1枚追加されたとはいえ「牛飲馬食」と「鯨飲馬食」は同じ意味の四字熟語、そこまで能力に変化は無いと見た!
しかし次の瞬間、何かがぶつかった衝撃が体を振動させる。
「舌…!?」
奴の鯨の顔から伸びてきた舌だ。さっきよりも太くなっておりその舌先も両手で抱えるぐらいある。大体鯨の舌はカメレオンのように長くはない。まぁそれは牛と馬もだが。
しかし問題なのはその速度だ。前を見ていたはずなのに鯨の口から舌が伸びる瞬間が見えず、気づけば自分に舌が命中していた。
その舌は俺を巻き込んでそのまま壁へと突っ込んでいく。このままだと叩きつけられてしまう、それを阻止すべく舌を掴み両足でブレーキをかけ真っ正面から押し返そうとするも、なす術なく壁に激突してしまった。
「ガハッ!!」
まさか俺が押し合いで負けるとは……野郎、スピードだけじゃなくパワーも進化しているな。
すると鯨の舌が大きく振りかぶりこちらに落ちてきたので頭上で受け止める。それでも潰そうと力を込めてきて、いつしか俺の足元にヒビができていった。
このままだと地面に叩きつけられるのも時間の問題だ。咄嗟にそこから脱出しそのまま舌の上を通って接近する。
「でりゃぁッ!!!」
そうしてその直前で舌を蹴って跳び、頭部を狙って足を振り下ろすが両肩から伸びる2枚の舌に受け止められてしまう。
それでも諦めず、床に着地する前に体を回転させ、勢い付いた拳を奴の胸に当てた。
「それが……どうしたッ!!!」
だがそれも通用せず、俺は足に舌を絡められそのまま何度も地面に叩きつけられていく。やがてしばらくそれを続けた後、投げるように放り捨てられた。
「うがッ!?このっ……!!」
やはりそうだ、「鯨」を入れてから明らかに力も動きも格段に上がっている。まるでさっきとは別人のようだ。
しかし能力は変わっていない。ならば動きに注目していればやる事は同じなはずだ。そう思っていると、足元に転がっていたガラクタや壁の破片が震えて動き出している。
「何だ?……ってのわぁあッ!?」
すると何か不思議な力で自分もガラクタも前の方へ引き寄せられていく。一体何事かとその方向を見ると、牛倉一馬が鯨の口で前にあるもの全てを吸い込もうとしていた。
その吸引力はまさしく海水を飲む鯨のようで、掃除機に吸われる埃の気分を味わうようだった。
足に踏ん張りを入れ何とか耐え抜こうとするもそれでも徐々に足がそっちへ動いている。そして危うく転びそうになったので片手も床につけ、爪の先にまで力を込めて動かぬよう必死にこらえた。
(なんて吸引力……ッ!こうして踏ん張るのが精一杯だ…ッ!!)
「『鯨』を得ることによって能力じゃないがこの圧倒的な吸い込みの力を付属してくる!!どんなものも口の中へと誘う最強の力だッ!!」
こっちが必死にしがみついているというのに対し、牛倉一馬はまるで高みの見物のようにこっちを見ていた。こうしている間にもその吸引力はどんどん強くなっていき、どんどん向こう側へ引き寄せられていく。
これじゃあ駄目だ。俺は両手で床を掴み最後の最後まで抵抗する。ここで吸い込まれたらおしまいだ。歯を食いしばって四肢にフル活用し、血管を浮かび上がらせた。
「それにしても流石のパワーだな。この吸い込みにそこまで抵抗で来ているのは君が始めてだよ」
俺の必死な険相がそんなに愉快なのか、顔をいやらしく歪めて拍手を送ってくる。俺が怒るのが嫌いなことを知っての挑発だ。
「だがよ、そんな隙だらけの時を俺が攻めないわけないだろがッ!!」
すると牛倉一馬は両肩の舌を吸い込みの範囲外から伸ばし、俺に差し向けてきた。今腕も足もしがみつくのに使っているから迎撃はできないしパネルも使えない、まさしく隙だらけであった。
待てよ、奴は両肩の舌をわざわざ大回りにして伸ばしてきている。当然だ、あの吸い込みの中じゃ自分の舌の軌道も変わってしまうだろう。つまり、この2枚の舌を俺に当てる時は吸い込むを止めるということだ。
(それがチャンス!吸引が止まり腕が動かせるようになってから舌が来るまで間、その一瞬の時間で何とかしなければ!!)
「鯨」による進化によって奴の舌の動きは更に速くなっている。ということは吸い込みが終わってからすぐにこっちに伸びてくるはず。本当に一瞬しかチャンスが無い。
「来るなら……来いッ!!」
そして俺の読み通り舌が襲って来ようとする時に奴は吸引を中止し、左右から2本の舌、そして吸い込むのを止めた鯨の舌までも前方から迫ってきた。
3枚目の舌は予想外だったが問題は無い!咄嗟にポケットから「八方美人」を取り出し、舌が当たる紙一重でそれを使用する。
「八方美人ッ!!危なッ!!」
何とか間に合い自動回避で3枚の舌を屈んで避ける。舌はどれも当たらず俺の頭上で交差するだけに終わった。
牛倉一馬が舌を伸ばしきっている今が攻め入るチャンスだ!避けた後すぐに「疾風迅雷」に使い移り、超スピードであっという間に奴の目前まで移動する。そうしてそのまま跳びかかり「一触即発」を使い、動けなくなるもジャンプの弾みに乗って自ら触れられた。
「――プロンプト……スマッーーーーシュッ!!!!」
そうしてスマッシュをその胸元にブチかます。良し!重く強いのが入った、これなら奴も無事じゃすまないだろう。
「……と、思ってるのか?」
「――はっ?」
しかしプロンプトスマッシュを当てたはずなのに、その胸元には傷1つ付いておらず、奴自身も平然そうに口角を曲げていた。
馬鹿な、ちゃんとスマッシュが入ったはずだ。それなのに何故倒れない!?
(まさか……防御力も上がってるのか!?)
俺にとってプロンプトスマッシュは自分の技の中で一番のパワーと威力を持っており、ここぞとばかりに放つ所謂一撃必殺というものに近かった。
確かに今までだってスマッシュが防がれたことがある。しかしなんの能力でもなく真正面から負けたことなんか一度も無い。
「残念だったな……『鯨』により俺の脂肪はより蓄えられ、まるでゴムのように衝撃を吸収できるようになった。完全にとは言えないが、ある程度の打撃はこれで受け流せるぞ!」
今までの経験で最高の技だと誇っていた自信が一気に崩れ去る。まさかプロンプトスマッシュが効かないなんて……じゃあどうやったらこいつを倒したらいいのだろう。
そんな中、牛倉一馬が思い切り拳を振り下ろし俺を殴りつけてくる。
「ウガァッ!!」
思わず防御をするのも忘れてしまい、そのまま地面を転がる。
スマッシュが通用しないんじゃゲイルインパクトも効かないはずだ。なんたって奴は「一触即発」程のパワーを吸収できるのだから。
と、兎に角今は戦わなければ。心を奮い立たせ起き上がると、奴が鯨の口を大きく開けていた。また吸い込みか!?そう警戒すると――
「なっ!?さっき吸い込んだ瓦礫!?」
先ほどの吸引で吸い込んだ、この部屋に転がっていたガラクタや破片。てっきりもう飲み込んだかと思っていたが、まだ口の中に残していてそれを一気に吐き出してきたのだ。
「ダァ!?グフッ!!ガハァア!!!」
吸引力も凄まじいが同じように吐き出す力も強く、破片がまるで大砲のような勢いでぶつかってくる。いつしか俺はガラクタが混じった突風に身を何度も打たれていく。
中には人際大きいのもあり、当たる度に激痛が走った。奴が吸い込んだ物を全て吐き終わった時には、俺の体は血だらけになり青い痣も沢山できていた。
「ドァアア!?」
すると今まで伸ばしていた舌も引き戻し、一番太い舌で俺を殴り飛ばす。最早避けるような体力も無くかといってパネルを使わせてくれる隙も与えてくれない。殴られた俺はそのまま壁に叩きつけられて更に追い打ちをされていった。
最後に奴は舌を大きく振りかぶり、思い切り俺の頭を叩く。強い衝撃が脳まで伝わり、気絶はしなかったものの今の一撃で立てなくなる。
「さぁて、やっと大人しくなったことだし、早速食べるとするかね」
そして動かなくなった俺に舌なめずりをしながらゆっくりと近づく牛倉一馬、ここで今まで服の中に潜んでいたリョウちゃんが飛び出す。部屋が狭いので巨大化はできないので小さいままで奴に立ち向かった。
「……お前はいい、何か不味そうだ」
しかし蠅のように叩かれ撃沈、あっという間にやられてしまった。
ある程度近づくと牛倉一馬は、一旦足を止め、自分の胸元を手で撫でる。
「咄嗟にああは言ったが……流石にこの脂肪でも『一触即発』のパワーは吸収しきれなかったようだな。まぁそれでも大したことではないが」
そうして鯨の口から蛇のように舌を動かしながら出し、俺の首元へとゆっくり這いずらせた。
「宝塚!」
「刑事!無事だったか!」
一方その頃、突入組が最初に分かれた道にて刀真と任三郎が再会していた。それぞれについていった隊員たちも身を共にしている。
「その傷の様子だと、貴様の方にも刺客は差し向けられていたようだな」
「ああ、お前が前に戦ったという火如電と交戦した。毒薬で殺されたがな。そっちは?」
「こっちも万丈炎焔が襲ってきた。自分で自分を焼き殺した」
2人ともその後他に何か無いかと探し、何も見つからなかったのでこうして来た道を戻ってきたという訳だ。ただし任三郎は他の所に通じる出入口を見つけるも、こうして逃げられた後に見つけてもあまり意味は無い。
すると、今までつながらなかった任三郎のトランシーバーから網波の声が聞こえる。
『こちら網波、無事か任三郎!?』
「課長!こっちの台詞ですよ、いきなり連絡取れなくなって……何があったんですか?」
『こっちにも特異怪字と怪字兵が来たんだ。特異怪字の方は倒したが今も怪字兵と交戦中だ。お前の方も倒せたんだろ?』
「はい、取り敢えず今はまだ捜索を続けます」
そう言って通話を切り、外も現在戦闘中である事に対し少し驚く。恐らく、万丈炎焔と火如電の逃走用に用意していた戦力なのだろう。粗方怪字兵とその特異怪字で包囲網に穴を空け、そこから脱出といったところか。
「……この分だと発彦の奴も戦っているな」
「ああ、援護に向かうぞ!」
そう言って刀真と任三郎は発彦が向かった方の廊下を走り出す。今までついてきてくれた隊員たちには礼を言い、取り敢えず彼らには包囲網の援護を頼みアジトから身を引いてもらう。
後は自分たちだけで十分だ。刀真と任三郎も受けた傷もだいぶ楽になり自分の力で走れるようには回復できた。
「あいつのことだから大丈夫とは思うが……」
するとしばらく廊下を走っていると、辺りに破壊の跡が所々見られる。床と壁の破片も散乱しており、これを見るだけで大分激しい戦闘が行われていたことが伺える。
間違いない発彦だ。ここまで豪快に壊せるのはあいつしかいない。見るに敵側もそれなりのパワーを持ち合わせているだろう。
するとそこから少し進んだところ、壁に穴が開き扉を通らずとも部屋の中が見えるようになっている。2人がそこを覗き見ると、中には2つの人影が見えた。
1つは人とは思えない形をしており、もう1つの影はそこから伸びる細長いもので縛られ苦しんでいた。
その顔が見えた瞬間、刀真たちは一気に警戒態勢に入る。そして任三郎はすぐさま拳銃を取り出し、自慢の狙撃でその細長い物を撃った。
しかしその弾丸は、2枚目の細長い物――舌によってまるで蛙が虫を食べるように受け止められてしまう。
縛られている人影――発彦は一向に解放されず、どんどん舌が体に食い込んでいく。
「お前は牛倉一馬ッ!!」
「誰かと思ったらあの時の刑事たちじゃないか。いきなり撃ってくるなんてそれでも刑事か!」
発彦と同じように、刀真も任三郎もその顔を決して忘れてはいなかった。牛倉一馬、自分たちが敗北を喫した相手でもあり、始めて人から特異怪字への変身を見た相手でもある。
すると刀真は物言わず奴の懐に潜り込み、「伝家宝刀」を出して下から斬りかかろうとするも後退されて避けられてしまう。それでも牛倉一馬は発彦を放さなかった。
「ゆっくりこいつを食おうと思ってたが……こいつと戦った後にお前らと戦うのは流石に骨が折れるな」
発彦との戦闘後なので体力を消耗しているのか、向こうはこちらと戦うことを望んでないらしい。
「俺たちが逃がすと思うか?触渡を放せ!!」
しかしそんなことは刀真たちが許すわけがない。牛倉一馬を逃がさぬよう2人で扉と穴の前に立ちふさがる。
すると牛倉一馬は舌で持ち上げている発彦を自分の前に出し盾のようにする。これにより2人は自分たちから仕掛けることができず、ただ各々の武器で牽制するしかなかった。
「まぁただで逃がすわけにもいかないよな……何だって今回の作戦はほぼ失敗みたいなもんだからなぁ!!」
「くっ……ッ!!」
そう言われて任三郎は悔しさを感じるも、実際のその通りなのでその挑発に対し何も言い返せない。
今回の作戦は、このアジトに奇襲しエイムの人間を一網打尽にするはずだった。しかしどこからかその情報がバレこうして殆どの人間に逃げられた始末だ。
つまり、刀真たちは意地でもこいつを捕まえなければならなかった。
「まぁ2人係で挑まれてもあまり発彦は人質にならないか……そうだ、良いことを思いついた――!」
すると嘲笑うかのように破顔し、舌で発彦を手前まで引き寄せる。既にもうボロボロの状態でその上舌で締め付けられているので、傷が更に痛みつけられが絞られるように出血が酷くなっていく。
そうして牛倉一馬が取り出したのは4枚の四字熟語、呪いを抑える「リクター」も装着されており、特異怪字の変身にいつでも使える状態であった。
パネルをこちらに見せびらかすように前に出し、その際に漢字も見える、「怒」「髪」「衝」「天」の4枚だ。
一体何をする気だろうか?既にあいつは「牛飲馬食」で怪字に変身している。
(とゆうか腹に鯨なんかあったっけ……?)
兎に角これ以上奴にパネルを入れる必要はない。それらの4枚も「牛飲馬食」と合体する要素も無い、何故いまその四字熟語を取り出したのか?
「……まさかッ!!」
牛倉一馬が何をする気なのか察した2人は急いでそれを阻止しようとするも、発彦自身を人質にされてるので下手に動けない。
巻き付かれている発彦も、目が血で滲みながらも奴がパネルを取り出したの見て確信したのか、必死に舌を振り解こうとするも傷だらけのせいで自慢の怪力が発揮されなかった。
「やめ……ろッ……!」
喉からも血が出て掠れるような声で口でも抵抗を続けるも無駄に終わる。寧ろ足掻く度に傷が酷くなっていく。
しかしそれでも、今こいつがやろうとしていることは止めなければならなかった。
「安心しろよ、痛いのは最初だけだッ!!!」
「うぐッ!?あがぁ……ッ!!」
牛倉一馬はそのまま「怒髪衝天」を発彦に挿入する。そしてそのまま放り投げ、発彦は刀真たちの足元まで転がった。
パネルを入れられた発彦は何度も嗚咽を繰り返しながら大きく目開き、立ち上がろうとするも手が滑って転んでしまう。
「おい発彦大丈夫かッ!?」
「ガハッ……ハァ……ハァ……アガァ……ッ!!!」
苦しそうにパネルを入れられた部分を手で掻くも、奴のように手が体の中に入るわけでもなく皮膚を掻きむしるだけだった。やがて何度も吐き、咽ながら蹲る。よほどパネルを入れられたのが苦痛なのか、喘ぐの止めない。
胸の奥に異物感を感じている発彦は、速くなっていく鼓動の中必死にそれに抵抗する。床の上を何度も転がり回り、時に頭を何度も打ちつけるなんてこともした。
「無駄だ。あんなに深く入れたんだ……慣れている奴ならまだしも、自分で出すことなんかできねぇよ」
「グゥウウッ……!ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
すると発彦は駆け寄ってくれた刀真と任三郎を払いのけ、壁に激突させる。獣のような足取りで立ち上がった後、咆哮を上げながら体を変貌させていく。
「なんてことだ……触渡が特異怪字になるとは……!!」
2人が驚愕している最中、特異怪字になり果てた発彦は完全に人間の姿を捨て去る。目を赤く光らせ呻く様に声を漏らしていた。
全身に赤黒いオーラのようなものを纏っており、まるで怪人とも言えるような姿。熊のような剛毛を上半身に蓄えており、オーラに煽られなびきながら逆立っている。
まるで狼男、しかし爪はそこまで長くなく、その代わりに筋肉が逞しく鍛えられていた。顔は鬼のように険しく、まさしく地獄の生き物と例えるに相応しい形だった。
やがて特異怪字に変身された発彦は、一番近くにいた刀真と任三郎に襲い掛かる。