116話
その頃私、宝塚刀真は2人の隊員と共に炎の使い手万丈炎焔と対面していた。銃弾が効かないと思われていた敵だったが、その突破口も見つかり順調に勝利へと進んでいる。
対するその万丈炎焔は自身の弱点を指摘されても怒る様子も見せず、それどころかニヤリと笑っている始末だ。何がそんなにおかしい?
「それにしてもよ……燃えねぇとは思わないか?」
「……?」
突然そんなことを言ってきた。燃える?既にこの場は炎の海と化しており、そのせいで部屋の気温も上がり熱くなってきた。汗が滝のように滴り落ちているし息を吸うのにだって喉が苦を感じている始末だ。
これが燃えていないというなら一体何だというのか。
「炎に包まれて命のやり取りをする……熱さと炎に全身を焼かれながらも生きようとするこの光景……何と言うか必死に生きている感じがしてたまらねぇんだよなぁ……前職を思い出すぜ」
「お前の前職となると……消防士か」
「良く知ってるな。あの刑事が調べたのか?」
消防士という職業は炎を鎮火し火災となった家にまだ残っている人を救うという誇れるものだ。かつてこいつもそうだったが今となっては正反対の放火魔、消防士としての万丈炎焔は見たこと無いが見る影も無いな。
「俺だって若い頃はちゃんとした人間だった、消防士なんかガキの頃から憧れていたぜ。そんな幼い心を保ったまま夢を叶えたわけよ……だからだろうなぁ、初めて炎の中に突入した時は衝撃を受けたぜ!」
すると奴は急に身を屈んで何かに耐えるかのように唸り、跳びあがるように豪快に体を開けた瞬間、その全身から熱風と炎が噴き出した。
これは前回見たことある技だ。どんどん炎を広げる技で、こういった狭い空間ならばすぐに追い詰められて蒸し焼きにされてしまう。
それが狙いか……そう思った。
「防災服を来ても伝わる熱、赤く照らされる視界、極めつけには炎の中で必死に助けを呼ぶ人!興奮したよ、ここまで緊張感がある命のやり取りがあったなんて思わなかった!!」
しかし万丈炎焔は噴き出した火炎を一気に収束、それで全身を包み込み体中を真っ赤に染めていく。まるで火が人の形になって動いているかのようだった。
あまりの激減に私も隊員2人も息を飲んでしまい、一方後ろへ引き下がった。この後退は熱さのせいだと信じたい。
「俺にとって火事とはそれこそキャンプファイヤーみたいなもんだよ……家に火を付けた後はどうしてたと思う?自分もその中に入って踊りまくるのさ!!」
「……ッ!!」
分かってはいたが何てイカレ野郎なんだ。普通放火魔というのは燃やした後外からその光景を楽しむものだと思っていた。実際、放火魔は現場に戻るという言葉すらある。
しかし万丈炎焔という男は、燃える光景を楽しむのではなく、自分の身も顧みず火の中という危険な状況に愉悦を感じているのだ。
さっき私は後退した理由を熱さのせいにした。前言撤回しよう、恐怖によって下がってしまったのだ。
押し寄せる熱と共に、あいつの異常性が恐怖心を煽りに来る。熱い筈なのに冷たい手で心臓をギュッと握られたような不気味さ。今流している汗の中には冷や汗も混じっているだろう。
しかし敵がどんなに恐ろしくても、今の私にはこいつを斬る義務がある。このまま、もう一歩を踏み出さないといけない。
(落ち着け……動揺が刀に出てるぞ……!)
震える「伝家宝刀」を握りなおし、深呼吸して冷静になる。ここで臆して逃げだせば当主どころか1人の剣士として失格だ。
相手がサイコパスだからなんだ、こっちは今までに何匹も怪物を斬り倒してきたんだ!そういうのは慣れっこだ!
爛々と照り付ける炎の鎧を纏った万丈炎焔は、体中から火柱を噴火させながらゆっくりと近づいてきた。
「撃てぇーー!!!」
私は刀を奴に向けて隊員たちに発砲を命じる。左右に待機してい隊員2人が機関銃を乱射、次々と弾丸が繰り出されていった。
しかし奴が体表を覆ったその鎧はいとも簡単に弾丸を溶解、大量に撃ち出される浄化弾に臆することなく歩み続けている。
足を床に付けるたびにその部分が真っ黒に焦げていき、最早歩く災害となり果てていた。
(やはり銃は効かんか……熱と炎を連続的に生産して放出し続けている。これじゃあ触られた物全て焼かれるな)
万丈炎焔が弾を溶かす程の炎を出すには体中の熱エネルギーを溜めるしかないが、今の奴の状態はその温度の炎を常時出し続けているというこちらの予想を大きく反している。
まさに火だるま、炎に隠れていない部分が無い程全身を滾っており弾どころかあらゆる物体を焼き尽くす存在となっていた。
ただ唯一そんな炎の鎧を切り裂き、中の万丈炎焔を攻撃できる武器がある。「伝家宝刀」だ、この刀は絶対に折れないし溶けない、どんなことがあっても壊れない刀である。
つまり、今こいつと戦えるのは私だけということだ。
(上等だ……炎ごと中身真っ二つにしてやる!!)
「さぁ!!どんどん燃えていこうか!!」
すると万丈炎焔は両手から火球を発射、バスケットボールサイズの火が真っ直ぐこっちに飛んでくる。
「紫電一閃ッ!!」
それに対し私は斬撃を放ち火球を分断、そしてその斬撃の後を追うように走り出す。
飛んで来た斬撃を手で弾き飛ばした万丈炎焔は、手を払い炎の壁を燃やして遮ってくる。
「神出鬼没ッ!!」
しかしそんな障害じゃ私は止まらない。咄嗟に「神出鬼没」を使用し奴の背後へと瞬間移動した。
そしてそのまま後ろから首を斬り落とそうとするも、奴が振り向きざまに燃える手で殴りつけてくる。
「ぐぉお……!!」
それを見て瞬時に刀身を前に出してガードするもパンチの威力に吹っ飛ばされてしまった。急いで姿勢を直して奴と少し離れた場所で立ち上がる。
今の拳を体で受け止めていたらどうなっていただろうか?現に体のあちこちに火傷を負っているため考えたくも無い。
すると万丈炎焔は突然両拳を握って地面を叩く。するとこっちの方に向かって地面から何本も火柱が生えてきた。
「ちっ!」
それを跳んで回避し、伸びてきた火柱は体を曲げて紙一重で避ける。そうしたら奴が足元を爆発させてその爆風でこっちに飛んで来た。
「おらぁあ!!」
「はぁああ!!」
そして炎のパンチをかましてきたので刀を抜きそれと衝突。私の刀と奴の拳がぶつかり力を込めて押し合った。
しかしパワーの方は奴が一歩上を言っており、私はそのまま殴り飛ばされ天井に激突してしまう。
(爆風を利用した突撃……そう言えばそんな攻撃してきたな……!!)
前回の勝負において、奴は足元を爆発させてその爆風に身を任し跳んだり、爆発で私と刑事を吹き飛ばしたりもしていた。私は先ほどこいつに「四字熟語を使いこなせていない」と言ったがそうでもなく、爆発とその突風を上手く活用している。
地面に着地した後、万丈炎焔は再びこっちに突進してきた。
「剣山刀樹ッ!!でりゃああ!!!」
そこで私は「剣山刀樹」を使用、「伝家宝刀」を突き刺し地面から無数の刀を乱立させ、何本も奴の体に刃先を刺していく。
突進の勢いも混じって結構深くに刺さった。これは致命傷に違いない。
「ぐぬおおおおおお!!ぜいやぁあああああああ!!!!」
しかし万丈炎焔はそれでも倒れず、何と無理やり刀の林を突破して突っ込んできた。
まさか突破されるとは思ってなかったので動揺してしまい、何もできず奴に左腕を握られてしまう。
「づぁあああああああああがああああああッ!!!!!」
瞬間奴の拳から伝わるように炎が移っていき、私の左腕を業火で包み込んだ。今までに感じたことも無い熱さと痛みが押し寄せてきたので急いで炎を消し払った。
服もその部分だけ焼け落ち、見るも無残なほどに焼かれてしまった腕が露出する。痣が広がるように火傷がびっしりできており、少しでも動かせば痛みが走った。
(……そう言えば、合宿の時もあいつは左手を焼いてたな……)
あまりの痛さに脳が混乱しているのか、つい発彦のことを考えてしまう。「表裏一体」の戦いの時であり、あいつは火傷を負った左手でプロンプトスマッシュを連発していた。
ここはあの時の勇ましさを見習いたかったが、これじゃあ刀を握ることもできない。仕方が無いので右手だけで「伝家宝刀」を持とう。
すると万丈炎焔が両手で何度も殴りつけてきた。
「ぐっ!はっ!でいやぁあ!!」
迫りくる2つの火炎拳を必死に刀で受け止めていくが、何しろ片手でしか持っていないので力が入らず、力負けしている。
やがて壁まで追い込まれ、至近距離から奴のパンチが迫ってきた。しかし咄嗟に「神出鬼没」を使い奴の背後に瞬間移動する。ちなみに片手が使えないのでパネルを使う時は刀を口で咥えていた。
咥えた刀をすぐ右腕で持ち、後ろから「一刀両断」で斬りかかろうとするも、万丈炎焔は背中から熱風を噴出して私を吹き飛ばす。
「ぐぉがぁああ……!!!」
地面を転がり倒れこんでしまうも、刀を杖代わりにしてすぐに起き上がる。瀕死の状態で「神出鬼没」を2度も使用したので流石に疲労が襲ってきた。瞬間移動も何の代価も無しにできるわけではなく、ある程度の体力は使うのであった。
しかしそれを理由に休んでいる暇は無い。透かさず「紫電一閃」の斬撃を3つばかり斬り放った。
ところがどれも猛火の中に消えてしまい当たらない。斬撃程度では斬れない程奴の炎がどんどん強くなっている。
「さっきからウロチョロとぉ……お前も燃えてきたじゃねぇかよぉ!!」
「――貴様なんかと一緒にするなぁ!!」
確かに踊るように瞬間移動を連続しているかもしれないが、こいつみたいな奴と同類扱いは流石に許せない。その怒りで無理やり体から力を出して、それを全て刀を握る手に注ぐ。
私と万丈炎焔、両者ともにお互いへと走り出す。私はその時「猪突猛進」の四字熟語を使用し、凄まじい突進力で加速した。
「猪突猛進突きぃい!!!」
そしてそのまま奴の腹部に刀を突き刺す。本当は猪突居合切りの方が良かったが何しろ片腕しか使えないため居合切りができなかった。
それはもう見事な突きが刺さったが、それでも奴の動きは止まらず真っ赤に燃える足で横に蹴り飛ばされてしまう。
「ぐがぁあああ!!!」
そのまま壁まで吹っ飛びぶつかって停止、脇腹を思い切り蹴られてしまったためそこにも火傷ができてしまった。
もう火傷ができすぎて痛覚が曖昧になってくる。それに加え部屋の温度もこっちを攻めてきた。
(暑い……!まるでサウナにいるみたいだ……)
息も上がり遂に汗すら流れなくなる。これは早めに決着をつけないと倒れてしまいそうだ。摂取できる水分も無い。季節はもう真冬だというのに熱中症で殺されるとは笑えない。
しかし奴は炎の鎧を纏い近接戦では倒しにくくなってしまった。少しでも触れるようなら今の左腕のようになってしまう。かといって斬撃は効かない。
「こうなったら……無理やり倒すしかない!!トラテン!!」
私がそう名前を叫ぶと、今まで服の中に隠れていた「為虎添翼」の式神であるトラテンが飛び出し、部屋の天井にギリギリ納まるサイズに巨大化した。
『グォオオオオオガァアアアアアアアアッ!!!!』
「ほぉ~それが噂の式神か……相手にとって不足はないな!!」
いくら周りの部屋より少し広いとはいえ、流石にこんなところで巨大化させると狭そうだ。現に自慢の翼が広げられていない状態で、これじゃあただのデカい虎だ。
しかし隊員たちの機関銃が通用しない今、頼れるのはこいつしかいない。ここはトラテンに力を貸してもらおう。
トラテンはそのまま走り出し、万丈炎焔に襲い掛かる。噛みつこうとしたり足で踏み潰そうと奮闘するも全て避けられてしまう。すると奴はトラテンの懐に潜り込み、下から火球を至近距離から放った。
『ガァアアアアアアアッ!!??』
胸元で大爆発が起き後ろに倒れそうになるトラテンの横を走りすぎ、今度は私が接近して刀を振りかざす。何度も「伝家宝刀」を振るも全て虚空を切り裂くだけに終わった。
すると万丈炎焔が両手で挟み込もうとしてきたので後ろにバク転して避難、着地と同時に「紫電一閃」の斬撃を放つと、奴の首元に亀裂が走った。
(斬撃が効いた……!?)
さっきまでの斬撃は全て猛火の中に消えてしまい役に立たなかったが、今はなったのは何故か炎の鎧の中にいる奴に命中し見事切り裂くことができた。今のとさっきのとじゃ、一体何が違うのか?
その理由を探るべく炎の鎧の表面を凝視すると、最初の時と比べて火の勢いが弱まっていることに気づく。
(……もしかしたら、傷を受けすぎて炎が上手く作れないのか?だとしたら益々好機だ!!)
どうやらこっちが暑さと火傷で限界が近いように、万丈炎焔もそろそろ限界のようだ。これを攻めずしていつ攻めるか?今しかないだろう!
そこから何度も斬撃を斬り放ち続け遠距離から一方的に攻撃していく。それを止めようと向こうはこっちに近づこうとするも、斬撃が連続して命中し足を前に踏み出せない。
見る見るうちにその体に切り傷が付けられていき、いつしか炎の鎧は殆ど斬り落とされ部分的にしか守っていなかった。
いいぞ!このまま斬撃で決着を付けてやる!
「調子に……乗るなぁ!!」
すると万丈炎焔は最後の力と熱エネルギーを振り絞って私の自分の間を発火、天井に到達する程の炎の壁を作り、斬撃をどんどん無効化していった。
確かにこれなら私は手を出せないだろう、ただし、あいつのことを忘れてるんじゃないか?
「なっ式神!?ぐおおおおおッ!!??」
『グルルルルルル……ッ!!!グガッ!!!』
トラテンが後ろから奴を奇襲し、口に咥え何度も噛みつき牙を食い込ませる。そのまま首を何度も振り、その体にどんどん傷を足していった。
「トラテン!!そのままこっちに投げてくれ!!」
私が炎の壁の向こう側からそう命じると、大きな両翼を狭い部屋の中で無理やり広げ羽ばたかせる。その風圧で炎の壁どころか周りに引火していた猛火全てを吹き消した。
更にトラテンは咥えていた万丈炎焔を放し、私の方へと放り投げる。
「一刀……両断ッ!!!」
そうして私は「一刀両断」を使用、飛んできた奴に対しその軌道に刀を置いて、万丈炎焔が当たった瞬間に思い切り振り下ろした。
真っ直ぐな切り傷ができ、私の頭上を通過する。そのまま壁に激突する。
やがて奴の特異怪字の体は燃え尽きるように消えていき、中の万丈炎焔本体だけが残った。
勝ったという達成感と共に「伝家宝刀」をパネルに戻す。そしてトラテンを手招きし、小さくさせてから抱き寄せた。
「暑い中よく頑張ったな、もう休んで大丈夫だ」
式神も暑さは感じるのか、舌を出してだらしのない顔をしている。火は消えたが気温は高いままであり、急いで部屋から出たい。
しかしその前に万丈炎焔を捕まえなければ。倒れている奴に警戒しながら近づくと、突如として火の壁が奴を包み込んだ。「気炎万丈」を普通に使ったのだろう。
「のわっ!?」
まだそんな元気があるか、咄嗟に「伝家宝刀」を取り出そうとするが何やら様子がおかしい。最初は火で自分を守ろうとしたのかと思ったが、一向に立ち上がらない。あれでは自分の炎で死んでしまうぞ。
「先生……聞いたんだろ……どうせ口封じで毒殺するなら……最期ぐらい自分で死に方を選ばせてくれ……」
「貴様……まさか……」
掠れる声で誰もいないのにそう言ってるが、独り言ではなく、自分についた盗聴器を通して自分たちのボス、通称「先生」に話しかけているのだ。
すると万丈炎焔は「気炎万丈」で自分の周りを更に引火させ、もはや手遅れな程燃やしていく。
「放火魔万丈炎焔……最後に燃やすのは自分自身だ!アッハッハッハッハッハッハ!!!」
こうなったら助けにもいかない。それどころかその炎がこっちにまで迫って来ている。仕方ない、ここは逃げるしかない。
「ハァ……ハァ……意識が……!」
しかし暑さと痛みにより疲労が溜まり、その場に倒れてしまう。火が来ているというのに立ち上がれない。
どうにかせねばと思っていると、隊員2人が私に肩を貸してくれた。
「す、すいません……」.
「よくやった!早く逃げるぞ!」
そうして急いでその部屋を後にする。失いかけて朦朧としている意識の中、炎の中の奴の笑い声が最後まで耳に入ってきた。