115話
「行くぞごらぁあ!!」
特異怪字になりバイクに乗った馳瀬走駆はバイクをふかしこちらに突進してきた。そのバイクのスピードは更に加速しており、瞬く間に目前へと迫っていく。
その先にいた網波とウヨクサヨクはそれを左右に躱し奴を後ろに通す。すると奴は生えていた木をポイントにして方向転換、再びこちらへ突っ込んできた。
「ハァアアア……だりゃああ!!!」
すると奴はハンドルから手を放し、両手で赤黒く燃える車輪を具現化しそれをこちらに投げつけてくる。
まるでブーメランのように回転し飛んで来た車輪は、網波たちに1つずつ飛んで行く。
「くっ!」
網波はそれを警杖で弾くが、その威力が警杖から手へと伝わり痺れていく。ウヨクサヨクも車輪を殴り飛ばしてそれを実感した。
あらぬ方向へ弾かれた車輪は、そのまま木に激突し根元からバッサリ粉砕する。いとも簡単に大木をへし折る威力だ、真正面から当たっていたら一溜りもないだろう。
「チンタラしてると轢き殺すぞぉ!!」
それに加えバイクの突進攻撃も来る。向かってくるバイクを何度も回避し続けた。
何とか奴をバイクから振り下ろしたいと思う網波だが、最初の時と比べそのスピードは格段に上がっており、その様はまるで空をかける鳥のようだ。
するとここでずっと避けていたウヨクサヨクが動く。翼を大きく広げ走り回る馳瀬走駆の横を飛び何とか並行飛行しようとするも、あの圧倒的なスピードの前に置いていかれてしまう。
(式神ですら追いつかない程の速さ!バイクでそんなスピードを出すのは不可能の筈……!)
翼を持つ怪物より速く走れるバイクなど聞いたことがない。もしそんなのが開発されていたら前代未聞の大挙だろう。
(つまり、この速さの秘密は奴の能力!)
そう網波が断言できる理由は他にもある。
目を凝らし耳をすまさないと分からないが、あのバイクの音とタイヤの回転が全然あっていないのだ。
明らかにエンジン以外の力が働いてる。それが「終歳馳駆」の能力に違いない。
バイクをパワーアップさせるパネルなど聞いたこともないが、日本にはまだまだ我々の知らないパネルが存在している。そんな能力の四字熟語があってもおかしくはない。
「どうしたどうした!?俺を捕まえるんじゃねぇのかよ!」
すると馳瀬走駆は爆走しながらまた手で車輪を具現化、こちらに何度も投げ飛ばしてくる。回転しながら飛んでくるそれは、木をノコギリのように切り落とし、ブーメランのように辺りを飛び交う。
そうこいつは何も無いところから車輪を作りそれを飛び道具として投げてくるのだ。その威力は恐ろしいものであり、受け止めるのにも骨が折れた。
するとウヨクサヨクはまた奴に追いつこうと低空飛行をする。しかし真の能力はここからであった。
「甘いんだよぉ!!鳥如きが俺の走りに付いてこようなんざぁ!!」
そこで馳瀬走駆は広い場所から森の中に突入、式神もそれを追い木々の中に入っていく。両者森の中を凄まじい速度で通過していくも、ウヨクサヨクが奴を追おうとすることに夢中になり、前方の木を避けられずに激突、一方馳瀬走駆はまったくスピードを落とさず木々の中を突っ走っていた。
本当に恐ろしいのはあの運転技術。ほぼ60キロで走っているのに減速することなくハンドル操作だけで木々を避けている。普通ならさっきの式神のように障害物に当たる筈なのに、奴はそれどころか加速までしていた。
これは並外れた運転スキルから来るものであり、とてもじゃないが真似なんかできない。そもそも森の中を走るなんて怖がって誰もできないだろう。
「最初はてめぇだ女ぁ!!」
すると馳瀬走駆は少し土が盛り上がった場所をジャンプ台代わりにして、マシンごと大きく跳ぶ。その先には無防備の比野がいた。
このままだと轢かれる。そう思われたが……
「ウヨクちゃんサヨクちゃん!!」
彼女がそう名前を叫ぶとさっき木にぶつかったウヨクサヨクが奴と比野の前に飛び出し、2匹が力を合わせてバイクの猛進を止めた。
対する馳瀬走駆はアクセルを思い切り稼働させて無理にでも突破しようとするも、式神が必死に足を地面に付けて堪えている。
「邪魔だぁ!!」
思い通りにいかないことに腹が立っているのか、気性の荒い性格は更に凶暴化し、怒りの表情で2匹の鳥を睨む。
するとウヨクサヨクは左右に分裂、それによって馳瀬走駆は前に進むことができたが……その先にいたのは比野ではなかった。
「何ッ!?」
「でいやぁああ!!」
そこにいたのは網波、しかし比野だろうが網波だろうが突っ走るのが馳瀬走駆という男だが、能力で加速させすぎたのが仇となり、本来なら避けられるはずの警杖にぶち当たり、見事バイクから叩き落とされてしまった。
運転者がいなくなったことによりそのバイクは、曲がることもできずに木に激突。そのまま大破してしまう。
実はウヨクサヨクたちがバイクを食い止めている間、比野は避難し代わりに網波がそこへ移動したのだ。馳瀬走駆の視界は式神の巨体で邪魔されており、その入れ替わりにも気づけなかったというわけだ。
地面に落ちマシンも失った馳瀬走駆、網波はゆっくりそいつに近づき、トドメを刺そうと警杖を振り降ろすも……
「ぐあぁ!?」
「網波課長!」
奴は起き上がると同時に車輪を発射、繰り出されたそれは網波の体を持ち上げ勢いよく吹っ飛ばした。比野はそんな彼に寄り添い怪我の様子を見る。どうやら軽い打撲で済んだようだ。
「ポリ公が!!よくも俺の相棒エターナルスクランブル号をぶっ壊してくれたな!!」
「エタ……?とにかくお前のマシンは壊れたんだ。その能力からしてもう何もできないだろう」
吹っ飛ばされた網波はすぐに起き上がり、降伏するよう馳瀬走駆に言うが、そんな様子はまったく見られない。それどころか怒りによって更に凶暴化していった。
網波は「終歳馳駆」の能力を「バイクのパワーを上げる」ものだと予測した。つまりそのマシンが壊れた時点で奴は何もできないと踏んでいたのだ。しかし……
「何勘違いしてるんだ?『終歳馳駆』の能力は、バイクだけじゃなく乗り物全般のパワーを上げるものだ!」
「……何だと!?」
「つまり……こういうことだよッ!!」
すると、馳瀬走駆の両足に装着されていた車輪が下にスライドしていき、やがて足より下になり、車輪がその体を持ち上げる。
つまり、車輪が足になったのだ。
「……まさか!!比野ちゃん危ない!!」
「きゃっ!?網波課長!?」
網波がその意図を理解した瞬間、急いで自分に寄り添っていた比野を突き飛ばして自分から離れさせる。
すると離れた距離にいた馳瀬走駆が、一気にその目前まで移動したのだ。そしてそのスピードに乗ってラリアットを食らう。
「うぐっ……!!」
馳瀬走駆は足の車輪を動かし、先ほどのバイクと同じスピードで走り回る。次に迫ってきたウヨクサヨクの頭上を跳び越えて、車輪の回転も加わった蹴りをその背中に当てた。
その勢いでウヨクサヨクは2匹に分裂し勢いよく吹っ飛んでしまう。足が車輪になった馳瀬走駆は大量の車輪を手で具現化しどんどん投げつけていく。
「どあぁが!?」
『クケッーー!!』
木をも折る車輪ブーメランがどんどん押し寄せ、網波と式神の全身を襲っていく。手、足、腹、激痛が衝撃と共に体の奥底まで振動していった。
(そうか……足を車輪にすることによって自分自身を乗り物にしたのか!!)
馳瀬走駆は言った。「終歳馳駆」の能力はバイクだけじゃなく乗り物全般のパワーを上げるものだと。それなら車は勿論乗るという定義に納まっていれば馬ですらその対象だろう。
つまり、奴は車輪を体の支えにし「終歳馳駆」に自分が乗り物だと認識させたわけだ。
寧ろバイクは人間が作った付属品、もし「終歳馳駆」が普通の怪字として現れたら、怪字としての体のみでバイクやら車などは出現しない筈だ。つまり乗り物にもなれる怪字ということである。
するとウヨクサヨクが車輪攻撃に耐えかねたのか、一気に飛翔しそれから逃れる。そしてそのまま降下し上から奴にへと襲い掛かる。
「エターナルスクランブル号の仇だ!!俺自身で轢き殺してやる!!!!」
式神の拳を後退して避けた馳瀬走駆は、そのまま格闘戦に入る。するとさっきの足と同じように両肘に付いていた車輪もスライドし、拳の甲の部分に納まった。例えるなら車輪のメリケンといったところだ。
そんな拳で繰り出されるパンチがウヨクサヨクの腹部に命中、拳が当たると共に甲の車輪が回転し肉に食い込んでいく。
これには式神も耐えられず、後ろに逃げてしまう。しかし馳瀬走駆のキックが更に追撃をする。キックも足についている車輪が稼働しダメージの底上げをした。
奴の四肢についた車輪が回る度に体を切り裂き、まるで電ノコのような働きをしている。殴られたり蹴られたりする度に回る車輪も当たるというわけだ。
「行くぞウヨクサヨク!!」
するとさっきまで車輪飛ばしにやられていた網波が復活、ウヨクサヨクと共に奴へと走り出していく。
まず最初は網波の警杖が先行、突き攻撃や払いなどでどんどん攻めていくも全て避けられたり車輪で受け止められてしまう。
その次は分裂したウヨクとサヨクの連続パンチ、これは当たり馳瀬走駆の体にどんどんヒビを入れていく。
実質の3対1、いくら自身の加速が可能になった馳瀬走駆でもこの数の差は埋められず次第にどんどん攻められていった。
「調子に乗るなウスノロ共がぁ!!」
すると馳瀬走駆はその態勢を立て直すために足の車輪を一気に回し、そのまま円を作るように網波たちの周りを周回する。
そこからまた車輪の投げ飛ばし、四方八方から車輪攻めをしていく。
「ウスノロね……確かにお前の方が速いが、そのおかげで目も慣れてきた!!」
すると網波は至近距離から投げられたにも関わらず、飛んで来た車輪の中央に警杖を通し、そのまま皿回しのように振り回した後馳瀬走駆に向けて投げ返した。
「なっ!?ぐげぼがぁ!?」
まさか投げ返されるとは思ってもおらず、馳瀬走駆はそれを避けられず顎を強打されてしまう。
馳瀬走駆自体は確かに速いが、投げてくる車輪はそこまで速くないので、動き回り奴を見ていれば車輪投げなど止まっているかのように見える。
「こ、このぉお!!」
それによって激情した馳瀬走駆は真正面から跳びかかり、網波に何度もパンチやキックを繰り出すも全て警杖に捌かれてしまう。さっきまでは互角の勝負だったのにいつのまにか網波側の方が有利に立っていた。
「攻撃だってそうだ!パワーは凄いがあくまで速くなるのは移動だけ!!それが分かれば問題ない!!」
すると網波の杖が肩を貫き、そこから更に傷が広がっていく。いつの間にか馳瀬走駆はボロボロの状態となっていた。
「お前確か二十歳だろ?酒も飲める大人になって調子に乗って、バイクも乗りこなす自分に酔いしれていたか?それに加えて四字熟語も貰って嬉しかったんだろ!?」
そこからは網波の番だった。警杖の連打がどんどんその体に襲い掛かり傷だらけの体にダメ押ししていく。
「言っとくが、エターナルなんとか号なんてダサい名前つけてる時点まだ子供だぞ!!!」
「黙れぇええええええええ!!!!」
図星を言われて怒ったのか、馳瀬走駆は考え無しに網波へ特攻。そこに警杖の突き攻撃が体全体に繰り出されていく。
何度も何度も貫通し、いつしか穴だらけとなった馳瀬走駆は、最早立っているのもやっとだった。
しかしそれでも動きは止まらない。そのまま車輪付きの拳で殴ろうとするも……
「うげぼぉ!!!」
ウヨクサヨクの剛腕がそれを阻止して吹っ飛ばした。殴り飛ばされた馳瀬走駆は木に激突した後、特異怪字の体が崩れていき人間に戻ってしまった。
つまり網波たちの勝利という訳だ。網波の表情が気さくなものへと戻り溜息を漏らす。
「あ~!!何とか勝てたなぁ……おっとっと」
「わっ!大丈夫ですか網波課長!?」
そのまま倒れそうになるもそれを比野が受け止めた。そしてすぐに起き上がり比野に礼を言った後、今度はウヨクサヨクにも言った。
「ありがとうよ。お前らがいなかったらやられていたかもな」
式神は自分たちも礼を言おうと頷いた後、体力の限界が訪れたのか小さいマスコットサイズに戻り比野の肩に留まって休み始める。
「いつもデスクワークだけなのに……こんなに動いちまったから疲れたよ。慣れないことはするもんじゃないな~っと、あいつ捕まえないと」
思い出したかのように網波は手錠を取り出し、そのまま木に寄りかかっている馳瀬走駆へと歩き出す。すると突然、馳瀬走駆が吐血した。
「なっ!?」
「う、嘘だろ……先生、俺を見捨てんのかよ……?」
どうやら刺客には全員飲まされている毒薬が作動した様だ。見る見るうちに血を吐き続け顔も青くなっていく。
それでも馳瀬走駆は手足をジタバタして無駄な抵抗を続けた。
「や、やめてくれ!!まだ死にたくない!!まだ走っていたいんだよ!!やめろ!やめて!!」
「……馳瀬走駆」
「何でだよ……何で俺が死ななきゃならないんだよ……」
身勝手なことだ。自分は5人も轢き殺したというのにいざ自身の命が危なくなれば命乞いをする。正直言って自業自得だ。
しかし網波は、警察として若者には更生の道を示すのが仕事だ。捕まえた後は何度か面会してそうしようと思っていた。
やがて馳瀬走駆はゆっくりと息を引き取る。皮肉にもその木の根元は、自慢のエターナルスクランブル号が大破した場所だった。
「……悪かったな、自慢のマシンを馬鹿にして……」
それに対し網波は涙も流さない。まだまだ未来ある命が救えなかったのは辛いが、これが自分の仕事だからだ。
「隊員たちは無事か……?」
そしてそのまま比野と共に元いた陣形へと戻っていく。隊員たちも怪字兵を全て倒すことができ、実質この戦いは包囲網組の圧勝であった。