105話
抜蔵兎弥を逮捕した後、急いで応援を呼び奴をそのまま護送車まで運ぶ。他の警備隊が集まる前に触渡には見つからない所で隠れてもらう。犯人を捕まえた現場に高校生がいるとなると確実に怪しまれるからだ。
数人で抜蔵を連行し護送車へと乗らせる。そこでようやく英姿町は殺人鬼の魔の手から救われ、ニュースやラジオでもすぐにこのことが報道され始める。
俺もすぐに病院に向かい刺された場所を軽く手当してもらった後、天空さんの神社に行きそこで触渡と合流した。
「すまんな手伝わせて。普通なら表彰されることだが事が事だからな、今度何か奢ってやるよ」
「はっは、一気にグレード下がりましたね」
む、そんなことを言われたら結構お高い店に行かないといけないではないか。こうなったら回らない方の寿司屋にでも連れていくか。
そういう冗談話も間に挟みながら今回の事件のことについて話し合う。最初は初めて俺と抜蔵が会い逮捕した話から始まった。俺の波乱万丈な刑事人生の始まりから語り始め、あの男が前からああいう性格だっていうことも話した。
「そういえば……今回珍しく刺客が殺されませんでしたね」
「……そうだったな」
今までの刺客、明石鏡一郎は狙撃で殺され触渡が戦った同島兄弟のうち、弟の方も狙撃、兄の方は特殊な毒薬で毒殺されて皆口封じのために殺されていたが、抜蔵だけはまだ始末されてはいなかった。
これは俺が思うに、抜蔵は協会の誰かからこの「脱兎之勢」を貰ったばっかりでエイムの組織としての内容は何も伝えられていないんだと思う。話を聞くに完全に俺を殺すためだけに差し向けられているのが分かる。
遠隔操作で体内での溶解を自由なタイミングにできるという毒薬も、多分まだ飲まされていないのだ。狙撃も警備隊の目が多いところでは無理なのだと思われる。
この様子じゃあの男から協会の情報を入手することはあまり望めないな。奴曰く自分にパネルを渡したのは「仮面の男」らしい。それしか今回手に入った情報が無い。
しかし、思わぬところで新たなヒントを手に入れることになる。
「あ、電話……刀真先輩から……?」
ここであの宝塚から電話が来たらしく、触渡は懐から携帯電話を取り出しそれに出る。確かあの野郎は今茨木だという、こっちが死闘を繰り広げていたというのに呑気に旅行とは、大分イライラする。
「もしもし発彦です……え?確かに無事ですけど……何でさっきまで俺たちが戦っていたこと知ってるんですか?今茨木ですよね?」
しかし向こうの会話の内容が少しおかしいことに気づく。確かに抜蔵兎弥が英姿町にいることはニュースなどで報じられたが、何も遠い茨木にまで届くような程ではないし、何よりそれは今朝から始まったものだ。
「――あいつが……!?大丈夫なんですか!?確か滅茶苦茶強かったですよねあいつ!」
そして触渡が次に宝塚から聞いた内容はどうやら声を荒げるほど驚愕するものらしく、目を大きく見開いて携帯電話を耳にこれでもかと押し当てている。一体向こうで何があったのか、ここからじゃ通話の内容は聞こえない。
「はい分かりました……はい」
「……何かあったのか?」
「どうやら向こうでエイムの刺客に襲われたらしく……そいつは何とか倒せたらしいですけど、そこにあの『針の特異怪字』が出たらしく……」
「なっ!?お前たちが遭遇したというあいつがか!?」
触渡と宝塚が孤島の合宿中にて会った、実質初めて観測された特異怪字である「針の特異怪字」、そいつが再び姿を現したということになる。
どうやら向こうは向こうで大変なことになっているらしい。それにしても茨木にまで手先を送り込んでくるとは……
「まったく……今日1日だけで色々起こりすぎだろ……」
粗方宝塚刀真がいない間の戦力低下を狙ってあいつを差し向けてきたのだろう。確かに俺1人じゃ抜蔵兎弥を倒せなかった、しかしこの英姿町には触渡もいることを忘れていたな。
それにしてもパネル使いとはいえ高校生に力を貸してもらわないと犯人1人も逮捕もできないとは、自分が情けなくなってくる。そりゃ触渡はパネルの力を使ってるから今回の相手にも若干有利になったが、これでは示しがつかない。
……こうなったら、俺もパネルを使ってみよっかなぁ……前代未聞対策課にもパネルを使っている刑事はいるし……
(いや駄目だ!俺は絶対にパネルは使わないと決めたんだ!!)
呪いのパネルはあいつを殺した全ての元凶、そんなものを使うなんてよっぽどのことが無い限りお断りだ。
パネルを使わないからなんだ。こっちには怪字にも効く浄化弾も十手もある。別にそれが無くたって俺は十分に戦えるはずだ。
そこから数時間、辺りが暗くなったところでようやく宝塚が帰ってきた。
「刀真先輩!おかえりなさい!怪我だらけですけど大丈夫ですか!?」
「ははっ……お前もだぞ発彦」
その体はボロボロの状態で、凄まじい戦いだったと伺える。俺もいい大人だ。ここは労ってやるか……
「刑事は転んでその傷を付けたのか?」
「戦ったんだよ俺も!!」
前言撤回、どうやったら転んだだけで脇腹に穴が開くんだよ!やっぱこいつを労うことなんかしなくてもいいな!
すると奴が背負っていたリュックが突然暴れまわる。まるで何か中に入っているようで、一体何だと近づいてみるとそこから小さな虎が飛び出してきた。
白い両翼を生やした虎、俺たちはそれの正体に瞬時に気づく。
「あ!それが『為虎添翼』ですか!」
そう、鶴歳研究所に置かれていた2つの式神パネルの内の1つである「為虎添翼」、宝塚が触渡から譲り受けたもので、茨木への遠出もそいつの召喚が目的だったという。
すると今まで触渡の服の中に潜んでいた「画竜点睛」がいきなり飛び出てくる。そして「為虎添翼」と共に光る目でこちらを凝視してきた。
「……まさか」
咄嗟に身の危険性を感じ取った俺は床を蹴って急いでその場から立ち去ろうとしたが、2匹の式神のスピードがそれを上回ってしまう。竜と虎が一斉に襲い掛かってきた。
「のわぁああ!!やめろこのっ!!」
そいつらに鼻や耳を噛まれるわ引っ掛けられるわ。俺の周囲を飛び交ってどんどん攻撃してくる。その飼い主(?)である触渡と宝塚は向こう側からそれを傍観するだけである。
「……相変わらず勇義さんは式神に嫌われていますよね」
「ああ……『為虎添翼』なんかは初対面のはずなのに……最早才能だな」
「こんな才能嬉しくないっ!」
数分しているとようやく2人が式神たちを引き離してくれ、なんとかその場は治まった。どうやら俺はとことん式神に嫌われる体質らしい、まぁそんな怪字と同じような存在に好かれるなんざこっちから御免だがな。
そこから「為虎添翼」にどんな名前を付けるかという話になり、なんと宝塚は「トラテン」というセンスの欠片も無い名前を付けたので思わず大爆笑してしまう。
トラテンはないだろうトラテンは。そんなトコロテンみたいな名前、付けられる「為虎添翼」も可哀想だ。
「なっはっはトラテンって!ネーセン皆無だな宝塚ァ!!くくくっ……トラテン……!!」
「――おいトラテン、やれ」
「うぼげっ!?」
すると宝塚は「為虎添翼」に俺を襲うよう命令してくる。それに続き「画竜点睛」も同じように来た。ものの数分で騒ぎが元通りになってしまう。
「はっはっは!懐かれているようだな刑事ィ!」
「ちょ先輩!やめさせてくださいよ!リョウちゃんもやめろ!」
それから数分経ちようやく話ができる雰囲気になる。どうやら宝塚に襲い掛かってきたというエイムの刺客の名前は「火如電」、使う四字熟語は「電光石火」らしい。
その名前に憶えが無いということはその火如電という人物は、牛倉一馬や明石鏡一郎のようなお尋ね者ではないということだ。
そいつは宝塚と「為虎添翼」で倒せたらしいが、その時針の特異怪字が助けに来て火如電と共にどこかへ逃げていったという。ということは火如電も奴らの手で殺されなかったという訳だ。
「すまんが逃げられた……お前らの事を言われて油断してしまった」
「まぁ無事なら良いですよ!もし1人で奴と戦うなんてことになったら厳しいかと思います!」
俺は実際この目で針の特異怪字を見たことは無いが、その実力はこの2人がここまで警戒しているとこを見れば凄まじいことが想像できる。
しかし重要なのはそこではなく、その奴が行ったという言葉、「同じ町に住んでいる」ということだった。
つまり、協会エイムのアジトはこの英姿町のどこかにあるということだ。ここにきてとんでもない情報が入ってきた。
「捜査なら現職刑事の俺に任せてくれ!絶対に奴らのアジトを見つけ出してやるぜ!!」
捜査一課の仕事として、英姿町を隈なく探すことは容易だ。ここは俺の刑事としての技量が試されるという訳だ。
取り敢えず今は今回起きた事件について話そう、宝塚に抜蔵のことを教えそいつは昔俺が捕まえた殺人鬼だということも伝える。宝塚は英姿町がそんなことになっているのに最初は驚愕したが、その表情のまま何故か俺の方を見てくる。
「お前……ちゃんと刑事してるんだな……」
「どういう意味だこらぁ!!」
それだとまるで自分が刑事っぽくないみたいではないか!俺のようなハードボイルでクールな刑事が他にどこにいる!
そう一言一句間違わずに反論すると触渡は冷や汗を流してこちらに目を合わさず、宝塚には鼻で笑われた。
「どこがクールなんだか……今回だって聞けば発彦の手柄じゃないか」
「あいつをあそこまで連れてきたのは俺だ!お前だってただの旅行じゃないか!」
「あ!?貴様よりかは頑張っていた自信はあるぞ!」
宝塚と喧嘩し合い、触渡はそれを宥めるように間に割り込む。すると2匹の式神もそれを見て参戦してくる。
こうしてその日は終わり、俺は新たな捜査を目標にして家に帰っていった。