104話
触渡と「画竜点睛」も加わったことにより、戦況は大きく一変。さっきまでは抜蔵の攻撃をただ受けているだけの防戦一方になっていたが、ここまで仲間が揃えば勝てる。そう確信した。
対する抜蔵は例え相手が増えようが一切怯まず、それどころか浴びる返り血が増えるからといって喜んでいる。こちらも仲間が増えたからとはいえ油断などは一斉しない。こいつはそんなことができる相手ではない。
「あいつの四字熟語は速くなれるものといっても、お前の『疾風迅雷』みたいに姿が見えなくなるまで速くなるわけじゃない。ここは一斉に挑んで数の手で攻めるぞ」
「はい!」
こちらの触渡も速くなれる「疾風迅雷」の四字熟語を持っている。あいつの「脱兎之勢」はいわば「疾風迅雷」の下位互換。能力の点ならもう解決と言っても過言じゃなかった。
と言っても「疾風迅雷」は移動速度だけが速くなるわけで攻撃の瞬間は元通りになる。その点「脱兎之勢」は攻撃時移動時どちらでも加速できる。ただ速ければ良いというわけじゃなかった。
「先輩は後衛から援護射撃お願いします!俺が前に出ますから!」
「ああ、頼んだぞ!」
脇腹を刺された時点で俺はもう接近戦は避けた方が良いだろう。ここは触渡の言う通り後ろから拳銃で援護するのが正解。
そう言って触渡は抜蔵に向かって走り出す。すると奴は能力を使って一気に加速、触渡の目の前まで移動した。そしてすぐさまナイフで触渡に突き立てる。
「八方美人ッ!!」
しかし自動回避の「八方美人」を使って奴のナイフ捌きを全て回避、そのままその腹に潜り込んで重い一撃を当てた。その白い毛の生えた胴体に拳が深く食い込み、ドゴッという鈍い音が聞こえた。
そう、いくら攻撃が速くても触渡には「八方美人」がある。つまり触渡は、あいつに立ち向かえる力があるというわけだ。
すると触渡はナイフを握っている腕の手首を掴んでそのまま自分側に引き、そのまま抜蔵の顎をアッパーでぶち抜く。そして次にまたパンチを当てようとするも後ろに逃げられてしまう。
「はっは!坊ちゃん見た目に寄らず力持ちだねぇ!あっしみたいにあのパネルの力を使っているのか!?」
「ああ!ちゃんとした使用法でな!」
すると抜蔵と触渡が再びぶつかり合おうとしたその時、上から「画竜点睛」が突っ込んできて奴を吹っ飛ばした。まるで隕石が落ちたような振動が足元から伝わり、その場所もクレーターのように抉れていた。
「リョウちゃん行くぞ!」
すると触渡はそのまま竜の頭に乗り共に抜蔵へと突撃、吹っ飛ばされた奴は態勢を立て直しながらそのタックルを跳んで回避、そのまま落ちると共に踵落としをし触渡を「画竜点睛」から蹴り落とした。
地面を転がる触渡を抜蔵がナイフで追う。転んでいる奴を何度も切ろうとするもゴロゴロ転がってあいつは避けている。
やがて奴のナイフが触渡の刺さる直前、俺の銃弾がそれに見事命中しナイフを手放すことに成功した。
「俺もいることを忘れるなよっ!」
この勝負は2対1、抜蔵が触渡に集中している間に横から俺が狙撃、そうすることによって相手を徐々に攻めていく。それが俺と触渡の共闘の仕方だった。
1人では避けられる浄化弾も相手に避ける暇さえ与えなければ大丈夫、触渡も接近戦が得意なので囮として最大限に力を発揮できる。
「成る程……坊ちゃんとの戦いだけに集中させる作戦か……ってのわぁ!?」
『ガルルルル!!!』
それに加え「画竜点睛」もいる。竜は後ろから奴に襲い掛かるその長い尾で鞭のようにしならせて叩いた。
触渡が前に出て相手の視野を狭くし、そこで俺と「画竜点睛」が不意打ちをする。こうやって攻めていくことで奴を倒していくという作戦だ。触渡も「画竜点睛」もパワーはある、素早い抜蔵も圧倒することができるのだ。
その抜蔵は能力を使って加速、こちらには向かわずさっき弾かれて地面に落ちたナイフを回収する。流石の抜蔵でも触渡のパンチと「画竜点睛」の突撃を食らえばダメージも大きかった。
しかしどんな痛みを与えようとも奴のニヤケ面は治らない。それどころかどんどん卑しい表情になっていき、まるで俺たちの攻撃を受けて興奮しているかのようだった。
「楽しいなぁ……楽しいなぁ……こんなに賑やかな時間は今までになかった……最高じゃないか怪字にパネルゥ!」
人類に危害しか与えない筈の存在である呪いのパネルとそこから生まれる怪字、奴にとってはそれも自信を楽します存在であり、それを使う発彦や立ち向かえる俺もそれに含まっているのだ。
話を聞くにこいつが特異怪字の力を手に入れたのは脱獄した数日前、そんな短期間で怪物になるということを自己納得させそれを使いこなしている。抜蔵とってナイフもパネルも新しく貰った玩具でしかないのか?
「だけど……俺だけこんなに攻撃をうけるのは不公平だ。アンタらも味合わせてやるよっ!!」
すると抜蔵はその脚力を最大限に活かし力強くジャンプ、そのまま高い木の枝に乗り移った。いくら上に逃げようとも飛べる「画竜点睛」の前では無意味……そう思っていた。
「なっ!?何だこの速さは!?」
奴は次々と高速に木から木へと乗り移り、まるで猿のように森の中を駆け回り始める。その速さはさっきまでのものとはほぼ別物で、「疾風迅雷」に負けないぐらいのものだった。
そうしていると抜蔵は突然下に降り、「画竜点睛」の頭を上からキックした。
『グルァア!?』
その速さと脚力によってその蹴りの威力は増大し、巨体を誇る「画竜点睛」をいとも簡単に踏み倒す。踏んだ後すぐに木の上に戻り再び飛び回る。すると今度は触渡の方に落ちてきた。
「ぐぁあ!?」
流石の触渡も何もなしでその速さには付いてこれず、「八方美人」も使う暇も無く奴に蹴られた。「画竜点睛」の次に触渡、その次はもう決まっていた。
「俺かぐぁあ!?」
来ることが分かっていてもそのトリッキーな動きに翻弄され防御もできない。そこから俺たちは何度も奴らに蹴られ続けてしまう。
このままだとさっきと何の変りも無い。しかしどうにかしようにも十手も構える隙も与えず拳銃も構えられない。何か打つ手は無いかと考えているその時、触渡が「疾風迅雷」を取り出した。
「スピード勝負なら……誰にも負けない!」
そう言って高速移動状態に入り、抜蔵を追うように自分も木へと乗る。そして森の上空で奴と触渡のぶつかり合いが始まる。
両者とんでもない速さで木々の間を駆け巡り、衝突する度に激しい音が森全域に響きまわる。俺も負けじと下から狙撃しようとするもあまりにも速すぎて影形でしか判断できず、どちらが抜蔵か分からない。
しかし「画竜点睛」には分かるのか口から火球を放ち片方の影を狙う。辺りはしなかったがそれによって動きを抑制でき、抜蔵の邪魔ができた。
俺も「画竜点睛」が狙う方を狙撃し、必死に奴の動きを邪魔し続ける。相手にとってこの火球も弾丸も止まっているように見えるが、その移動方向に撃ち込めば奴も自由に動けない筈。現に撃ち続けてしばらくして抜蔵の方の影が触渡に押されているような気がする。
「だりゃああ!!」
ここでようやく超スピードに終わりが見えた。触渡の踵落としと抜蔵の蹴りがほぼ同時に炸裂し、両者ともそこから墜落して終わった。
地面に落ちてもその殴り合いは続いており、触渡はナイフと蹴りを避けつつ拳を放ち、対する抜蔵はその拳を避けながら攻撃している。2人とも一歩も引かずひたすら前へ押していく。
「疾風怒濤 ゲイルインパクトォ!!!」
ここで触渡、「疾風怒濤」を使用し連続パンチを打ち始める。流石の加速する「脱兎之勢」でも攻撃だけを速くできる「疾風怒濤」には敵わないのか、抜蔵はその勢いについてこれず連打をそのまま受ける羽目になる。
「ッ……切れない……!?」
しかしパンチを受け続けている最中にもナイフを突き立てようとするも、あいつの腕は防刃性にも優れたグローブで守られている。ただのナイフなど歯が立たないに決まっていた。
そしてそのナイフは触渡のゲイルインパクトがへし折られ、そのまま同じように連続攻撃を当てられ続ける。どんどんその体には拳の痕が付けられ、いつしか奴は傷だらけとなってしまう。
表情を見るに触渡も俺と同じように激怒しているのだろう。怒っているのが嫌いらしいが、そこはどうしようもない。あんな死体を見て頭に来ない奴はいないに等しい。
「だぁあらぁあ!!」
ここで最後の1発はさっきまでの連打と比べて力強く打ち、抜蔵を大きく後ろに殴り飛ばす。そのまま木に激突しその根元に膝を付いた。
「へへっ……坊ちゃんも中々……楽しめる……!」
しかしそれでもあいつは笑っている。最早ここまでくると逆に褒めたくなってきた。普通痕が残る程の力で殴られまくって笑っていられるか?
ナイフを失った抜蔵はそれでも戦い続けようと立ち上がる。仕方ない、ここはすっきりしないが今の俺じゃ駄目だ。トドメは触渡に任せよう。
「行くぞリョウちゃん!」
すると「画竜点睛」が触渡の周りを飛び交い、あいつが高く跳んだ後になんと火球を放った。一体何のつもりだと一瞬焦るが、触渡はその火球をグローブの手を後ろにして受け止め、その威力で加速する。
そして空中で「一触即発」を使用し奴に触れる前に待機状態となった。成る程、「画竜点睛」の火球で勢いづけプロンプトスマッシュの威力を上げるというわけか。耐火性にも優れているあのグローブを付けているから火球を手で食らっても大丈夫なのか。
「おっと……こいつは避けた方が良さそうだ――ッ!?」
そう言って待機状態のまま自分の方へ落ちてくる触渡を抜蔵が避けようとするも、勿論そんなことはさせない。咄嗟に俺が足を狙撃して動きを少しだけ封じた。
その少しさえあれば、あいつが自分から触れられるに行くのも容易い。触渡は火球の爆発の勢いに乗って抜蔵に思い切り触った。
「プロンプトゲキリンスマッシュッ!!!」
「画竜点睛」との合わせ技によって更に威力が高まったその一撃は、抜蔵を凄まじい威力で吹っ飛ばし、その先にあった木に何度もぶつけてへし折っていく。奴が飛んでいったところの木々は全て折れ、まるで1本の道のようになっている。
吹っ飛んだその先で抜蔵は倒れており、既に怪字の体は崩壊していて人間の姿に戻っていた。スマッシュの威力を真正面から受けたせいか口から大量の血を吐いている。
「ははは……あっしの血があっしを慰めるのか……何て寂しいのだろうか……」
「……そうだな。お前は寂しい奴だよ……本当に……」
そう言って俺は激痛が走る体を無理やり動かし、倒れている抜蔵の元まで行った。するとその途中で奴が使っていた「脱兎之勢」が落ちている。勿論装置付き、殴り飛ばされた拍子で落ちたのだろう。それを拾い上げた後、怪字用ではなく普通の人間用の手錠を取り出す。
「またあっしを捕まえるのかい刑事さん……まぁ、それも悪くないかもな」
「……13時48分、抜蔵兎弥を現行犯逮捕する……!」
そうして抜蔵の両手首に手錠をかけ、見事こいつを捕らえることに成功した。すると触渡もここへやってくる。倒れて身動きも取れない抜蔵を指で指し、最後にこう言い告げた。
「俺らを怒らせた……お前が悪い!」