102話
あの後無事警察署へと戻り、残っていた刑事たちに今さっき脱獄犯である抜蔵兎弥に襲われたこと。及びそいつが今回の事件の犯人であることを話した。
何故わかると聞かれた時、俺は「あのマークで分かった」と答える。現場に描かれていたあのニコニコマーク、あれは数年前奴がまだシャバにいて殺人を繰り返していた際、いつも現場に描いているマークだ。
被害者数は19人、今回のようにそれらの被害者に共通点などなく、ただ奴は殺しを楽しんで犯行に及んでいるのだ。全てナイフによる刺殺、1回の殺人で殺す人数はバラつきがあり、2~4人が普通で、今回の6人は結構数が多い方だ。まぁ2人でも殺された人の数としては多い方だが。
これにより英姿町全域に急いで警備隊を行かせ、町の放送やラジオにニュース、あらゆる面で警戒態勢に入らせ、市民には必要のない外出は控えるよう伝えていく。
もう町中は騒がしいのなんの、殺人鬼が近くにいるかもしれないということで誰も家の中から出ようとしない。
そんな中俺は、発彦に連絡していた。
『つまり、今この町にいる殺人鬼が特異怪字なんですね?』
「ああ、危険なのを承知で頼むが手を貸してくれないか?」
『分かりました!今すぐ向かいます!』
この後宝塚の家にも電話するがあいつは今家にいないらしく、駅前に集合したのは俺と発彦だけとなった。
「あいつなんでいないんだ?」
「茨木行くって言ってました。朝早くに行くと言ってたので多分放送とか聞いていないんじゃないですかね?」
まぁあの野郎に頭を下げるのは少し抵抗していたから助かったが、できれば戦える人は3人いる方が助かるだろう。
仕方ない、ここは2人で町中を捜索と行こう。そう言って発彦と一緒に英姿町を捜索する。道中警備隊に会い出かけていることで発彦が叱られたが、俺が刑事の名前を使って何とか説得した。
「え!?その男勇義さんが捕まえた人なんですか!?」
「どうやら俺への復讐に加え、エイムの奴らが俺を殺すよう頼んだらしい。まったく面倒なことを……」
そこから数時間どれだけ探しても抜蔵の姿は見つからない。警備隊に見つかって注意されるのを防ぐために、発彦とは同行した方が良いと思ってたが、どうやらそうも言ってられない。ここは二手に分かれることにしよう。
「奴の能力は『脱兎之勢』、お前の『疾風迅雷』程じゃないが素早い身のこなしで油断しているとあっという間に殺されると思え」
「はい、勇義さんも気を付けて」
「警備隊にはあまり見つかるなよ。もう俺でも言い訳できないんだから」
こうして1人になった俺は再び英姿町全域を周回し奴を探し始める。もうこの町にはいないかもしれなかったが、あいつは俺を殺せと頼まれたと言っていた。その話が本当なら奴はまだこの町にいる可能性が高い。寧ろこうして俺が前に出ていればいい餌になるだろう。
発彦とも別れたのはこれが理由、あいつは誰かに殺しの現場を見られるのを嫌う主義。奴が過去に起こした殺人事件は誰も目撃者がいなかったため、捜査が困難になっていた。
「また明日にしようや」、奴が最後に言った言葉。つまり今日また仕掛けに来るということ。俺もこれ以上この町の平和を脅かさせないためにも、今日で奴を逮捕するつもりだった。
お互いがお互いを求めあっている。抜蔵は俺を殺すために、再び来る――!
しばらく街を走り回ってみるが何の人影も見えず、たまに会うのは警備隊の面々だけ。奴の姿などどこに見当たらず、不気味に静寂が続いている。
殺人鬼が周囲を渡り歩いているので当然だが、町全体が緊張状態になっており、いつも住み慣れている英姿町とは比べ物にはならない。
「ギャーーーーーッ!!!」
するとここからそう遠くない場所から男の悲鳴が聞こえた。この声はさっき出くわし挨拶を交わした警備隊の人の声だ。
まさか!嫌な予感がし急いでそこへと走り出す。悲鳴が聞こえたということは誰かが襲われているということだ。
辿り着くと、そこはすっかり血の海と化しており、その中心にはすっかりミンチにされた肉片となり果てた警備隊数人分の死体。そしてその近くに立ち尽くしているのはナイフを持って返り血に染まった抜蔵がいた。
「抜蔵ァ!!」
そこに拳銃を構えながら突入、銃口を向けながら牽制をしつつ、いつでも撃てるように引き金に指を構える。
抜蔵は俺の声に反応しこちらを見た途端、口角を三日月のように曲げながら笑ってきた。奴の体を見て見るとその白い服は血ですっかり赤く染めあがっていた。
「おや刑事さん、アンタのことだからこうして数人殺せばすぐ来ると思ってたよ」
「狙いは俺1人の筈だ!関係の無い奴には手を出すな!」
「へっへ、すまないねぇ……こっちもアンタと戦うまで物足りなくてね、つい我慢できなかったよ」
犠牲が出る前に捕まえて丸く収めようと思ったが遅かったか。こっちがモタモタしている間に既に殺されてしまった。
抜蔵に対しての怒りがどんどん募っていく。罪も無い人を6人殺した挙句、まだ罪を重ねる気か。
「……分かった。そこまで俺と戦いたいなら相手をしてやる」
もう我慢の限界だっだ。俺は素早く十手を取り出し奴に向かって走り出す。一応あいつはまだ人間の姿だ、いくら怒っていても拳銃で撃つのは気が引ける。
だから、この十手で思い切り殴ってやる!
「抜蔵兎弥!!殺人罪及び脱獄で逮捕する!!」
「やれるもんならよってみろよ刑事さんよぉ!!」
奴は俺の十手を左腕で受け止めもう片方の腕は懐に入れ、そのまま「脱兎之勢」を取り出し自分の体に挿入。そのまま俺の腕を掴み取りながら自身の体を怪字に変貌させた。
そこから俺の腹を蹴り飛ばし距離を作る。相変わらずの強烈な蹴りだ、鈍器で殴られたかと思う程の衝撃だった。
俺は腹を抑えながらも片手で発砲するが、奴は弾丸の軌道を潜り抜けて接近、こちらの首をナイフで切ろうとしてくる。
「おっと!」
それを十手で防ぎ腕を抑え、動けないようにしてから至近距離で発砲、ほぼゼロ距離から顔に向かって撃ったが、首を曲げて避けられた。
今の距離で避けられるとは思っておらず一瞬驚いたがすぐに落ち着き、このまま近くにいると蹴られると判断、すぐに離れようとした。
その予想は当たっており横から奴の足が迫ってきたので、屈んでそれを回避。そのまま銃口を奴の腹に押し当てて突進した。
「だりゃああ!!」
今度は完全にゼロ距離から連射、最初の1発2発は見事当たったがそこからの弾丸はまた避けられてしまう。数弾食らったというのにそれでも避けられるとは、四字熟語の能力が凄いのか中の抜蔵が凄いのか……
昨晩は弾丸を食らってから何か苦しそうに怪字の体を捨てたが、今日はそうならず寧ろ元気そうにぴょんぴょん跳ねながら銃痕を眺めている。
「昨日は悪かったなぁ。あれから何度もこの怪物……怪字って言うんだっけ?それに変身しまくって何とか慣れたもんだぜ」
「……おい、特異怪字になるのは誰にもできることじゃないのか?」
「そうそう特異怪字だ……誰にもできるかどうかは知らんが、あっしが初めてこれを使った時は10分ぐらいしか持たなかったぞ」
やはりそうだった、人間が怪字として変貌した姿「特異怪字」、呪いの力を抑える装置をパネルに装着して使って変身するそれだが、今まで使ってきた協会の刺客たちは何の躊躇いも苦しい様子も見せずに使ってきた。なので人体にはある程度無害なのだろうと勝手に思っていたのだが、どうやらそうじゃないらしい。
こいつの話が本当なら、特異怪字への変身というものは何度もそれを実行して体を慣らさないといけないものというわけだ。つまり練習が必要ということ、牛倉一馬も万丈炎焔も何度も怪字になることを経験してあのように刺客として襲い掛かってきたというわけだ。
「そんなことよりも続きやろうぜ!まだアンタもあっしも血を流していないからなぁ!」
「動くなぁ!」
そう言って再びこっちに走り出そうとしたその時、後ろの方から渋みのある怒声が飛んで来た。奴と共にその方向を見れば銃を構えた警備隊員数名がいる。
「何だあの化け物!?殺人鬼じゃねぇのかよ!」
「分からん!だが勇義刑事が襲われているぞ、俺たちで助けてやるんだ!」
流石は天下の警備隊、怪字という化け物をその目にしても少し驚くだけで怯える様子も見せず勇敢にもこちらに突撃してくる。その勇ましさは尊敬と称賛に値するがこの場では駄目だ!
「やめろ!お前らじゃ敵わん!」
今この場で相手にしているのが普通の(?)殺人鬼ならまだしも、今のこいつは特異怪字、ただの人間が相手にできる敵じゃない。このままだと無駄死にだ。
「おっ、丁度人数が足りないと思ってたところだよ」
「ッ!!やめ――!」
そして今度は抜蔵の方を静止させようとしたその時、既にあいつは俺の横を通り過ぎてあの警備隊たちの所まで移動していた。
「……はっ?」
離れていた場所からほぼ一瞬で目の前まで接近されたことに圧巻したのか、銃を発射する暇も無く殺されていく。
凄まじい速さで奴は警備隊を囲い、かまいたちのように突風と共に彼らの体を切り裂いていく。気づいた時には警備隊全員は切り傷だらけの死体に変貌しており、立ち尽くしていたそれは静かに崩れ落ちる。
「――この野郎ッ!!」
死体から噴水のように飛び出る血を、まるでシャワーのように浴びている抜蔵に向かって走り出す。さっきのでは飽き足らずまた人を殺しやがった、これ以上はもう我慢できない。
怒りに身を任せ思い切り十手を振り下ろすもナイフで受け止められ、奴と顔を近づけて睨み合う。返り血で完全に赤くなった奴の目は、その大量の血よりも赤く染まっており、人を殺したのに笑っているという狂気すら孕んでいた。
「何を怒っているんだよ刑事さん、こんなにあっしがこの場を盛り上げたのにそれはないだろ?」
「何が『盛り上げた』だ!!理由も無く人を殺しやがって!!」
「『理由が無い』……それこそ違うぜ刑事さん」
すると抜蔵は自身のナイフを十手の2本の棒身の間に自ら入れ挟み、そのまま俺の十手ごと自分のナイフを下にし、お互いの片手を下にされている状態にした。透かさずもう片方の手で拳銃を向けたがその手を蹴られて放してしまう。
そこから更に顔を近づけ額が付きそうになる。もうここまで近くなると相手の目しか見えるものがなくなり、赤い目に俺の顔が映っていた。
「あっしにとっては血を浴びるのが賑やかなんだ。こう見えても寂しがり屋なんでねぇ、さっきまで生きていた人の血を全身で浴びて……少しでもその温かみを感じるのが好きなんだぁ!」
「……ッ!」
この時再確認させられる。こいつは……抜蔵兎弥は異常な人間だ。感性そのものが狂っていやがる。
「さっきので大分賑やかになったが……アンタの血はもっと騒げそうだぁ!!」
すると奴はさっきまで十手を抑えていたナイフを思い切り振り上げこちらを切り裂こうとしてきたが、咄嗟の所でそれを察知し間一髪のところでそれを回避。急いで十手で前を防ぎながらジリジリと後退し距離を取る。
さっき殺された警備隊は恐らく俺の拳銃の音でここに来てしまったのだろう、そしてこの場で戦い続けばまた他の犠牲者も出るかもしれない。
「……場所を変えよう。人目の付かないところだが……俺を殺したいんだろ?なら別にいいはずだ」
「いいだろう、付き合ってもらっている身だ。刑事さんの言う通りにしよう」
なら大人しく捕まってくれ、そう言っても言う通りにはしないだろう。
俺と抜蔵はその場から立ち去り、誰もいない場所へと移動していった。