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爆発寸前な男  作者: ZUNEZUNE
第八章:刑事と兎
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100話

俺の名前は勇義任三郎、最高にイカしている刑事だ。

今は英姿町の警察署に勤めており、捜査一課所属しているがそれはあくまで裏の顔。本当は前代未聞対策課という怪字やパネルのことを専門的に扱っている秘匿部隊の刑事に所属していた。

パネル使いの援護、怪字事件の揉み消し、呪いのパネルの回収等々、その役割はけっこう存在する。しかし今の俺は前代未聞対策課の刑事としてではなく普通の刑事として仕事をしていた。

時間は18時、場所は人目の付かない川の橋の下。そこに沢山の警察と鑑識、その関係者が集まっている。パシャパシャというカメラの音も聞こえ、集団の中心にはブルーシートが何かの上にかけられていた。これだけで何が起きたのか察しが付くだろう。

俺は数人の同僚と共にバリケードテープを超え、現場へと入っていく。辺りには血痕がいくつも飛び散っており、そのせいでブルーシートが一層不気味な雰囲気を出していた。

そして俺はブルーシートを少しだけ退かしその中を確認する。その悲惨さを一瞬だけ見てシートをかけなおし、手を合わせて合掌した。

仕事上見慣れているが人の死体など見て良い気分にはならない。しかも今回は惨殺されているものだった。


「捜査一課の勇義だ。現場はどんな感じだ?」


「はい、被害者は計6名。皆ナイフのような物で体中を刻まれて殺害されています。今被害者全員の詳細を調べましたが共通点などはありませんでした。無差別殺人かと思われます」


近くにいた人に事件現場の詳細を聞く。被害者は6人と答えたがあんな風にぐちゃぐちゃにされたら人数なんて分かりにくいだろう。言い方は悪いがあれじゃあただの肉塊だ。よくナイフであそこまで散らかせると逆に犯人を褒めたくなってきた。

最近はパネルや怪字の事件で一杯一杯だったのでこういった人間同士の事件は久しぶりだ。気を引き締めて捜査しなければ。


「足跡とか……何か手掛かりになりそうなものは?」


「それがですね……少しおかしなものが1つ……」


そう言って俺はそいつの後を付けて案内されるがままに連れてこられる。そこは仏に非常に近い場所で、河川敷なので石が地面に敷き詰められていた。その中一際大きい石に何かが描かれている。


「何だこれ……マークか?」


血を絵具のように使い、円の中に2つの点とカーブした線が描かれているという、まるで人がニコッと笑っている時の顔だ。

遺体の位置とその絵を見比べさっき見た遺体の姿勢を思い出すと、いくら距離が近くても6人の被害者のうち腕がここまで届かないという結論に至る。


「明らかにダイイングメッセージじゃないな。犯人が描いたものだろう。これの他にも何か描かれているか?」


「いえそれだけです。足跡や指紋など、犯人に繋がりそうなものは他にはありません」


「これだけが手掛かりか……」


手掛かりが少なすぎる。この可愛らしいニコニコマークだけで犯人について考察しなければならない。

まずなんのために描いたのか、被害者が俺たちに犯人を教えるために遺したメッセージならまだ納得がいく。しかしこれは明らかに犯人が殺害後に描いたものだった。

何故そんなことをする必要がある?例えこのマークに意味が無いとしても自分に繋がりそうな物は残さない筈だ。

――恐らく、この英姿町にて自分という「殺人鬼」を売り込む気だと(・・・・・・・)俺は思う。このマークを描くことによってこの殺人は自分の仕業だと証明する、いわば文字通りのマーキングのようなものだ。

つまり、この犯人はこれからも殺人を犯す可能性が高いということ。一体何のためにそんなことをするのかはまだ分からないが、まぁそれは後々判明することだろう。

しかし俺が今知りたいのは犯人の性格などではない。その犯人が一体誰かということだ。このマークやら遺体の状態から犯人が特定できる方法が何かないかと模索し始める。

しかし現場にあるのはこのニコニコマークのみ、その現場の雰囲気と似合わないそれに苛立ちを覚えながらも、何かないかと顔を近づけて凝視ししてみた。


(……あれ、このマークどこかで見たぞ……?)


こういったLINEスタンプのキャラクターのようなイラストは他にもあるのでどこかで見たことは必ずあるだろう。しかしそういう意味ではなく、事件現場で見るニコニコマークという意味であった。

これと同じように血で描かれたマークをどこかで見たことがある。この地の匂いがする現場でこのマークを見て怒りを覚えた記憶が断片的にある。だいぶ前の筈だ、なので上手く思い出せなかった。


「取り敢えず現場は他の奴らと鑑識に任せるか」


「ああ、そうだな」


そう言って同僚たちと共に今は警察署へと戻る。とにかくそれを思い出すのは後にして今はこの事件に向き合おう。

戻った後パソコンに向き、今回の事件の被害者や現場の様子などを軽くまとめてみた。

被害者は6人、彼らに共通点などは見られず年齢も老若男女とバラついている。遺体の様子はナイフでザクリ、それにとても刃物で切って殺したようには見えない程ぐちゃぐちゃにされており、見るのも耐えなかった。

そして遺体の近くに犯人が血で描かれたと思われる謎のマーク、これから連続殺人事件の可能性もあり。

流石にここまで手掛かりが少ないとまとめも少ないな。もっと情報が欲しいと思ったその時、丁度鑑識が報告にやってきた。


「終わりました、数が多くて大変でしたよ」


「やっとか、待ってたぜ」


それを聞いて現場に行った俺を含める刑事たちが一斉に鑑識へと詰め寄る。あまりにも結論や事実が見つからないため新しいことを知りたがっていたところだ。群がる刑事たちに一瞬鑑識は戸惑ったのかその結果を口にし出す。

しかしその出だしは、我々が想像していたものではなかった。


「それが……少し変な遺体なんですよね」


「少し変?」


まぁあんなにぐちゃぐちゃなので変と言っちゃあ変だが、あれ以上に何か不可解な点があっただろうか?どっちかというとそのぐちゃぐちゃ感にまず目が行くので他に注目できなかったかもしれない。


「それがですね、ナイフのような小さい刃物から滅多斬りにされたのはその傷痕で分かるんですけど……その傷痕が()()()()()()()()


「綺麗すぎる?」


「普通ならもっと凸凹があるはずなんですけど……それがほぼ無いんですよ。まるでプロの鍛冶屋が研いだ刀で斬ったみたいに」


刀と聞いて最初にあのムカつく宝塚の顔が出てきたが、いくらムカついていようがあいつがそんなことしないのは分かっている。


「だけど遺体はあんなにぐちゃぐちゃだったぞ」


「あれでもまだマシかもしれませんよ……もし使われていた凶器が本当に刀のように長いものだったら、細切れになっていたでしょう」


「ふん、侍が犯人ってか?馬鹿馬鹿しい、よっぽど手際の良い犯行だったってことだろうよ」


すると刑事のうち1人がそう言い零す。まぁこの鑑識も本当に侍の仕業だとは思っていないだろう。


「それ以外には何かないのか?」


「衣服にも指紋は付いてませんし……証拠になりそうなものは何も……」


「くっ……結局何も分からず終いか……!」


遺体の状態が他とは違うことはわかった。しかしそれ以外のことは未だに不明のままで、犯人像すら浮かび上がってこない。

このままだと次の犯行が行われてしまうかもしれない、そう思うと少し焦ってしまう。


(まったく協会といい今回の犯人といい……本当に怖いのは怪字より人間かもしれんな……)


そして思わず冗談めいたことを考えてしまう。何故なら、どちらの犯行も全て人間の仕業だからだ。

呪物研究協会エイム、特異怪字に変身しようがその実態は人間、どちらも人間の仕業というのはそういう意味だった。

まったくどいつもこいつも善人じゃいられないのか、そう愚痴りながらも仕事を続ける。

結局その日はあまり進まず、深夜ぐらいになってから帰ることにした。外に出てみると当然だがすっかり暗くなっていて、この時期にもなると肌寒くなっている。

コートを深く着てブルブルと震えながら警察署から離れていく。明日になれば何かわかるかもしれないと期待を抱いていた。

街路灯に照らされた薄暗い道を進んでいく。こんな時間にもなると周りの家も住民たちもすっかり寝ていることだろう。

――ならば、()()()()()()()()()大丈夫だな。


「おい、警察署から付いてきてんのは分かってるんだ。いい加減姿を現したらどうだ?」


立ち止まり振り返らずに後ろにいる人物にそう声をかける。仕事柄人の視線や気配には敏感で、すぐに自分が尾行されていることに気づいた。

もしかしたら同じ道を行く人で勘違いかもしれないが、ただの通りすがりがここまでの殺意を見知らぬ俺に放つわけがない。

すると意外にもあっさり隠れていた街路灯から離れ、前に出てくる。見てはないが音と雰囲気でそれを感じとる。


「流石刑事さん……結構自信があったんだけどなぁ」


「何が自信だ。中途半端な隠れ方しやがって……そのせいで素人か達人か分かりにくいんだよ」


そう減らず口を言いながら静かに懐に手を伸ばし、中の十手をいつでも抜けるように握る。こんな街中では拳銃は使わない筈、ここは刃物で来るだろう。

兎にも角にも後ろから襲われるような恨みを買った覚えはない。ならば捜査一課の俺としてではなく()()()()()()()()()()()()()用というわけだ。

普通に考えれば協会の差し金、だがまだ確証は無い。ここでエイムの名前を出しておきながら間違っていたら、パネルのことを無闇に話してしまうことになるし何よりかっこわるいだろう。


「さて……何の用だ。声を聞く限りじゃ知り合いじゃないと思うんだが……」


「やだなぁ刑事さん、あっしのことを忘れちまったのかい。折角()()()()()()()()()()()()()のに」


「メッセージ?……ッ!!」


その瞬間、メッセージというものがあの事件現場にあったあのマークというのはすぐに分かった。しかし驚いたのはそこではなく、こいつの声を材料にしてあのマークの既視感とその意味を思い出したことだ。


「――抜蔵ァ!!」


「覚えていてくれて嬉しいよォ!勇義刑事ィ!!」


ハッとした表情で振り返ると、真っ先に見えたのはこちらに投げられた1本のナイフ。刃先が目前まで迫ってきていた。

それを振り返ると同時に出した十手で弾き飛ばすと、その男が闇の中からこっちに走り出しているのが見える。顔はまだ見えない。しかし誰なのかは分かっていた。


(……何だこの速さ!?)


すると結構離れていた奴の姿があっという間にこちらの懐に潜り込んでいた。その際そいつの赤く輝く目がチラリと見える。

そしてこちらに向けられた2本目のナイフを十手の2本の棒で挟み、お互いの武器を封じる形になった。

ここでようやくその男――抜蔵兎弥と顔を合わせる。


「そう言えば脱獄してたなお前……こうして目を見るまですっかり忘れていたよ!」


「そいつはひでぇよ刑事さん……()()()()()()()()()()()()のに……!」


そう、この男は俺がまだ前代未聞対策課に入る前、つまり捜査一課の時に捕まえた男だ。

連続殺人犯、当時の殺人事件といったらこいつの名前が出てくるぐらいの被害を出した男。刑事になったばかりの時に捕まえたのでだいぶ前の出来事だ、忘れていたのも無理はない。

ただ自分が捕まえた男をニュースで見ても思い出せず、「ふーん」で済ました自分が情けなくて仕方ない。宝塚に見られたら呆れられていただろう。


「お前のやり口は……現場に必ずあのマークを描くこと……!!投獄されていたくせに改心もしてねぇか!」


「いやぁ?あっしも人の子でねぇ……長年寒い牢の中に囚われていたら考えも変わりかけていたよ……その前にこいつを貰ってね」


そう言って抜蔵が見せてきたのは何と呪いのパネル、装置も付けられており「脱兎之勢」という四字熟語も揃っていた。

それを見てすぐに誰の差し金でこいつが脱獄できたかを察する。あいつら、牛倉一馬のようにまた囚人にパネルを渡したか!

すぐさまそれを奪い取ろうと手を伸ばすも、ナイフで十手を弾かれると共に後ろへ押されてしまう。奪う前に手が離れてしまった。


「あっしも約束は守る男だ。アンタを殺すっていう目的は果たさせてもらう!」


そう言って奴は躊躇なくパネルを自分の体に挿入した。

最悪だ。かつて自分が捕まえた殺人鬼に呪いのパネル、こんなに嫌な組み合わせがかつてあっただろうか?

そう嘆いている間にも奴はどんどん姿を変えていく。そうして獣のような外見に身を包んだ。

雪のように白い毛が全身に生えており、その耳は長く伸びて曲がっていた。とどのつまり兎というわけだ。

大きい兎が2本脚で立ち尽くしている姿、ただし腕足はスラッと細く長くまるで格闘家のような肉体である。目は小さいが人間の時と同じような赤い目で、腕は細くてもその拳は大きかった。


「刑務所は寂しかったよ……だから今夜は、刑事さんが俺を慰めてくれ」


脱兎之勢……動きや行動が素早い様子、罠から逃げだす兎の例え。

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