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朝見と千里と雪と、書道室の女子生徒 作者:ほび@prizm
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8.雪

 あの時、すぐ後ろをついてくると思って、いつものようにさっさと一人で鏡の前に行ったんだ。
 そしたら、角を曲がって目と鼻の先なのに、全然やってこない。おかしいと思って廊下まで戻っても誰もいないし、もう一度書道室を開けて見たけど、誰もいなかった。ただ、連絡事項が書かれた黒板があるだけだった。
 なにが起きたのか分からないけれど、とりあえず四階を駆け回って、念のため三階も駆け回った。けど、朝見と千里はいない。三階の特別教室で自習している生徒がいたから、二人組の女子を見なかったかと聞いて見たけど、女子はおろか、私がくるまでしばらく誰も見ていないよって言われた。
 だんだん胸騒ぎがしてきた。目の前にいつものあの子が現れる。
「今頃酷い目にあってるかもー」
 この子は、小さい頃の私にそっくりだ。こうしてふっと現れてはいつのまにか消えている。私だけに視える私が、付いている。視えるようになってから、ずっと、変わらずに。
 私は旧校舎中を駆け回った。当然のように二人はいないし、駆け回る間、後ろであの子が色々と話しかけてくる。
「きっと書道室の幽霊に化かされちゃったんだよ」
「どうしたらいいのかなぁー」
「最近千里、だいぶ分かるようになってたみたいだよ」
「朝見だってさー、分かってないけど時々視えてるよね」
「こちらにはいないよ。あちらにいるんだよ」
 千里が敏感になってきたのは知っていた。でも、私が感じないことまで気がつくほどになっていたなんて、信じられなかった。霊園とかに連れ回したのは、まだ、そんなに多くないのに、それなのに。
「学ランの人に聞いてみたら。同じ幽霊だしさ」
 この小さな私も、視えていない様子だったのに。

 視える仲間が欲しかったわけじゃない。私のことを認めてくれる人が欲しかったんだ。視えるのは変だよ。分かっているよ。私は変なんだ。それでも許されたかったんだよ。

 新校舎の東の階段駆け上る。流石に息が切れて、苦しい。だけど、朝見と千里の身になにが起こっているか分からない以上、いっときも休んでいられなかった。
 内鍵を開けて、渾身の力で扉を押す。火事場の馬鹿力とでも言うのか、ひとりでもなんとか押すことができて、隙間に体を滑り込ませて屋上に出た。校庭側のフェンスを見やる。
 学ランの幽霊が私の方を見ていた。
「もしかしたら、来るんじゃないかと思ってた」
「来たよ。お願いがあって!」
 息を整えながら、話す。
「旧校舎の四階で、何か起きてる。どうしたら、そこに行けるかな!」
「お前は、行けないのか?」
「行けないからここに来たんだ!」
「姉妹ったって、春とは違うんだな。いいぜ。力貸してやっても。俺の落ち度もあるし」
「なにそれ!」
 今、お姉ちゃんは関係ないじゃないか。
「とりあえず落ち着け。な?」
「うう」
「この間、お前らが校舎に戻る時、入り込んだんだ。気のせいかと思ったが、間違いない。あれからあいつを見ていないから。書道部の彼女だ」
「誰だよ、それ!」
「昔、死んだやつだ。友達に飢えてて、時々学校に来てたみたいでよ、このあいだ、俺がいない間にお前らと一緒に中へ入り込んだみたいだ」
「説明はいいから早くしてよ!」
「分かってるって。俺も中に入れろ。書道室のところまで連れて行け」
 私は踵を返して、屋上の扉へ体当たりし、力いっぱい引いた。少しだけできた隙間に足を突っ込んで開けている間に、学ランさんを中に入るよう促す。するりと通って行ったのを確認して、私も中へ捻り入った。小さな私が扉のそばで待っていた。学ランさんと一緒に走ってついて来る。彼には、小さな私が視えているみたいだ。同じ霊だからだろうか。
 私は生きているけど。

 書道室の前には、白い壁があった。あからさまに怪しい壁が、外の光に照らされて、青みを帯びて光る。入り口をまるごと塞いでいてからでは入れない。
「さっきはこんな壁、なかったのに!」
「俺が近くにいるから、視えるんだ。この先に、お前の友達がいる。…ちょっかい出しやがったな。荒れてやがる。」
「二人は大丈夫なの?!」
「どうだろうな。それより、いいんだな?覚悟は。」
「当然だ! 早くしてくれ!」
「真っ直ぐも、ここまでくると清々しい」
「分かったから!」
 学ランさんが、ふふっと笑った。右手を壁につけると、まるで粘土のようにそれが動いて、中心に丸い穴が空いた。その先は、夕焼けのオレンジ色に染められた不思議な空間だった。
 ガラスが割れる音がする。
「朝見!千里!」
 私は穴をくぐり抜けて、叫んだ。

 恐いと、思った。
 目の前でしゃがんでいる千里の背中から人の上半身が出ていて、両手で、いや、何本も生えたいくつもの手で、頭を押さえつけている。こいつは、人じゃない。人にみえない。
「お前っ、千里から離れろよ!」
 幽霊の頭めがけて腕を振ると、さあっと霧が散るように消えて、千里から離れた。私に気付いて、すうっと薄くなりながら、黒板の方へ逃げて行く。
「まて、こら!」
 途中まで追いかけるけれど、完全に姿を隠されてからは、どこに居るのかはっきりと分からない。トロフィー棚の方の空気がざわっとした。視線を向けると、ざわつく空気の固まりが資料棚の方へと移動したように感じた。
「なんで隠れるの!私にはあんたの声が聞こえるのに!」
 会話が出来るのは、私だけ。この場をなんとかできるのは、私だけなのに。
 そうしてイタチごっこを続けているうちに、不意に朝見に肩をつかまれた。
「朝見。なにすんの。逃げちゃうよ」
「大丈夫よ。千里が視てるから」
「千里は視えないじゃん」
「視えるみたいよ」
 …今、なんて言った?
「え…」
「なんとか頑張って見張っててもらうから、その間に行くわよ」
 朝見に手を引かれる。千里が準備室の扉の前で、壁に背中を預けながら立っていた。顔が青白くて、とても具合が悪そうに見える。心配だ。
 声をかけようとしたけれど、朝見が強引に手を引くので、私はそのまま準備室の中に入った。言われるがままにお湯を沸かして、手渡された茶葉と急須を使って、お茶を煎じる。優しいお茶の匂いが部屋中に広がる。
 これでいいのかと確認しようとしたけど、朝見はさっさと書道室へ戻ってしまっていた。教卓の上には湯呑みがふたつ。そこにお茶をそそいで、急須を置いた。教卓のそばには、丸椅子がひとつ。いったい、何をしようとしているんだろう。
 朝見が幽霊に声をかけている。どうも、この部屋におびき寄せようとしているみたいだった。針のような空気がこっちに来るのが分かる。二人が後ずさるように部屋に入ってきたので、私も合わせて部屋の壁まで後ずさった。
「あっ」
 やつが、部屋に入ってきた。緑茶の匂いに気付いたような素振りを見せたと思ったら、何本もあった手が消え失せて、私たちと同じ制服を着た、ただの女子生徒になった。立て続けに、ガラッと準備室のドアが開く。おばあちゃんが入ってくる。教卓の椅子まで歩いてきてそこ座り、お茶を見て微笑んだ。
 女子生徒を手招きしている。
 彼女ははじめ、ためらったが、すぐに素直になって手招きに応じて、丸イスに座る。もじもじと手のひらを合わせて、すり合わせていた。
「先生…」
「久しぶりですね。ここであなたとお茶を飲むのは」
「うん。そうだね。せ、先生は、どうしてここに?」
「学ランを来た生徒さんに呼ばれたんですよ」
「学ラン?うちの高校の生徒じゃないですね…。でも、先生にもう一度会えるなんて、思ってなかった」
「私もですよ。誰の計らいか分かりませんが、ありがたいことです」
「…あのね、先生。目上の人の言うことは、できれば聞いた方がいいですよね。先を生きている人の言葉だから。でも、私たちは自由に育つことの喜びを知っていたから、型に押し込まれるように指導されるのは嫌だった。皆の気持ちは、同じだったんです。
 でも、だからって、あんなことをしていい訳がないじゃないですか。墨をワイシャツに吹き付けるとか、お茶に垂らすとか…。そのことに意見を言ったら、今度は皆がね、私に墨をかけてきたの。なんでなのかな。先生がいたら、ちゃんと叱ってくれたのに。そう言えば、私も先生のお茶に朱墨をたらして叱られたことがあったね。あの時は、ごめんなさい」
 おばあさんが、微笑えんだ。女子生徒も少しだけ、笑った。
「私、情なんて、ないと思ってた。…でも、今、見つけたんだよ。
 私が得られなかったものを持っているこの人達が羨ましくて、憎たらしくて、全部壊しちゃおうって思った。怖い思いをさせて、仲を引き裂いてやろうって思ったのに、仲違いをするどころか、三人とも助け合って…私に、こんな場所まで準備してくれて。だから、先生に会えて…。だから、私…」
 女子生徒が湯呑みを両手で抱えて、手を温めるよう抱き込んだ。
「本当に嬉しい…」
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