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朝見と千里と雪と、書道室の女子生徒 作者:ほび@prizm
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7.思い出

 勢いよく開いたドアの音が聞こえて、机の下から顔をのぞかせてみれば、それは雪だった。
「お前っ、千里から離れろよ!」
 雪が千里の背中のあたりを振り払うようにすると、千里が床に倒れ伏した。そして、飛び回ったいた文鎮や椅子が地面に落ちる。
「まて、こら!」
 私には視えないものを、雪が追いかけ回している。その間に、私は千里の側へ駆け寄った。声をかけ、頬を叩く。
「千里」
「ううん…」
 その表情は、先程一瞬見えた別人の顔とは違って、いつもの彼女の顔だった。ほっとした。
 千里を壁にもたれかけさせて、床に座ったまま、雪を見る。どうやら目標を失ったみたいで、部屋の中心でキョロキョロとしている。
「なんで隠れるの!私にはあんたの声が聞こえるのに!」
 悔しそうな顔で、辺りを見回していた。大体の居場所は気配でわかるようだが、すぐに逃げられているようだ。
 机の下の足なら、時々私にも視えるけれど、顔を上げれば途端に見失ってしまう。
 まともに話ができたのは、千里だけだった。もう一度千里を見やる。意識はあるけれど、イマイチはっきりしないらしくて、壁にもたれたまま手を眉間に当てて唸っている。
「大丈夫?」
「…うん…なんとか」
「さっき。視えたの」
 千里が眉間から手を離して、私を見た。
「…うん。怯えてた、から。話できるかなって、思って。それで…」
「ええ。今も、視える?」
 顔を上げて、雪を見る。
「雪ちゃん…と、あと一人。黒板を挟んで、トロフィー棚と資料棚を行き来してる…」
「あいつ、さっき千里が話してた、自殺したらしい女子生徒かしら」
「そうかもしれない」
「だとしたら…。ねえ、千里、お願いがあるんだけど。もうひと頑張りできる?」
 千里は少しためらったけれど、うなづいてくれた。無理はさせたくないのに、無理なお願いをしてしまうあたりまだまだ未熟だなぁと思う。私は怪我をしていない方の手で、頭を撫でて、立ち上がった。
 雪はまだ教卓の周りをくるくる移動していた。彼女の肩を掴んで、止める。
「朝見。なにすんの。逃げちゃうよ」
「大丈夫よ。千里が視てるから」
「千里は視えないじゃん」
「視えるみたいよ」
「え…」
「なんとか頑張って見張っててもらうから、その間に行くわよ」
「ど、どこへ?」
「こっち」
 私は雪の手を引いて準備室に引っ張り込んだ。
「そこ、ガス台あるわね。火がつくか試して」
「あ、うん」
 雪が元栓を開けたあと、レバーを押し込みながらひねったら、ボッと青い火が出てきた。
「付いた」
「ヤカンに水入れて火をかけな」
「ええ? う、うん」
 疑問に思いながらも、準備してくれた。これで、もしあれがあってくれたなら、きっとなんとかなる。

 私は準備室を出る。千里がドアのそばに立っていた。
「あったんだね」
「ええ。…今、彼女はどこに?」
「トロフィー棚のところでじっとこっちを見てる。とても警戒しているけど、興味も持っているみたい」
「私の声も聞こえるかしら」
「試してみたら」
「そうね。…そこの、幽霊。こっちに来な」
 千里に確認した。私の声に、反応しているらしい。
「少し、休戦しましょう。一人でそこに立っていてもつまらないわよ」
 反応はしているが、動かないらしい。なら。
「もしかして、卑怯者な上に臆病者なのかしら?」
 挑発してみる。
「あっ」
 女子生徒が、こちらに来るらしい。確かに私でも、張り詰めた空気が迫って来るように感じる。なんだって挑発に弱い幽霊だ。二人とも背を向けないように後ずさって、彼女を準備室へ招き入れる。
 緑茶の匂いが漂っていた。
 私が見つけたお茶を、雪が煎じてくれて、匂いが部屋中に広がっていた。
 幽霊でも匂いを感じるのだろうか。刺々しい空気が消え失せ、優しく懐かしい気持ちにさせる何かが私に触れた。
 雪が驚いている。
 なにか、ありえない現象を見て、不思議がっているような顔だ。今、雪の目にも、この女子生徒は見えているだろうか。
 ふと、書道室側ではない、廊下側の書道準備室の扉が開く音がした。驚いてそちらをみると、年配の女性が入ってきたところだった。
 あの、白昼夢の人だった。
 その書道教師は教卓につき、お茶を見て微笑んだ。私たち三人ではない誰かを見て、手招きをしている。そして、ふっと空間から白昼夢の女子高生が現れて、教卓のそばの丸椅子に座った。
 女子生徒は、しばらくもじもじとしていた。それから、照れたようになにかを話しかけてはじめて、優しい眼差しの教師は、頷きながら話に耳を傾けている。時々、何か冗談を言っているのか、互いに笑い合っていた。女子生徒が湯呑みを両手で抱えて、手を温めるよう抱き込んだ。
 泣きたくなるような優しい空間がそこにあった。
 女子生徒が私達を見た。間違いなく、私達のことを見て、ひとつ、礼をした。同じように教師が微笑んで会釈する。それから二人は立ち上がり、廊下側の入口へと向かう。
 そして、扉の向こうへ消えて行った。
 私は、扉の向こうを確かめようと、近付いて手をかけ、引いてみる。けれど、ガタッと音を立てるだけで、扉は開かなかった。
 残されたのは、私たち三人と、暖かな緑茶の匂いと、窓から見える、夕闇の空だけだった。
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