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朝見と千里と雪と、書道室の女子生徒 作者:ほび@prizm
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6.攻撃

「雪かな」
 朝見ちゃんがそう言って準備室を出ると、入口の方を向いたまま固まってしまった。
「どうしたの」
 私も部屋を出て見ると、そこには誰の影もなかった。
「今、間違いなく音がしたよね?」
「う、うん」
 私たちは自然と手を繋いだ。お互いの暖かさだけが安心できる唯一の拠り所だった。
 朝見ちゃんはじりじりと入口の扉に手をかける。そして、勢いよく開けた。そこにも、誰もいなかった。あったのは、
「壁だ…」
 階段への道を塞いでいた白い壁は、今度は目の前の道を塞いでいたのだった。これではどこへも移動できない。閉じ込められたも同然だった。
 すると、今度は書道室の中にある水道がすべて水を噴き出した。泡とともに大量の水が吐き出され、飛沫が背中にかかる。
 慌てて水道とは反対側の南側に移動するけれど、今度は大きな文鎮が飛んできた。
「あぶない!」
 私は手を引かれて、頭に文鎮が当たる前に床に引っ張られた。
「立ったままじゃ危ないわ。机の下に隠れましょ」
 言われてされるがままに、背中を合わせるみたいにして机の下に身を隠した。
 相変わらず水が吹き上がっている音がして、文鎮が床に落ち、ゴキンと折れる音が聞こえる。
 朝見ちゃんは、私の手を離して、木でできた小さな椅子を武器みたいに構えて周りを観察しているけど、肝心なものは視えていないみたいだった。
 さっきから、私達ではない誰かの足が、書道室中を歩き回っているのに。
「誰かいるよ」
「どこよ。これで足引っ掛けてやる」
「さっきから歩き回ってるよ。ほら、水道のところ…」
「何にも視えないわ!もう、隠れてない出て来なさいよ、卑怯者!」
 朝見ちゃんが叫ぶと、空気が、ピリッと緊張した気がした。まるで言葉に反応したみたいに。
 すると、割れた文鎮が私達めがけて飛んできた。朝見ちゃんは椅子を盾にできるけど、私のそばに椅子はない。狭いこの空間では、避けようがない。
 あたる、と思った時、目の前に朝見ちゃんの拳が見えて、固いものと骨が当たる、嫌な音がした。
「っ!」
 朝見ちゃんの右手が、私の肩の上を通って、背後から突き出ている。甲の部分に血が出て、赤くなっている。とっさに手を伸ばして、庇ってくれたみたいだった。朝見ちゃん側の文鎮は、椅子に当たってさらに小さくなっていた。
「朝見ちゃん!大丈夫?!」
「…大丈夫…。ごめん、挑発に乗るとは思わなくて。怒らせたみたい…」
 見てみると、かなり赤く腫れ上がっていた。骨に異常ないといいけれど。
 このままでは良くない。今、相手はあからさまに攻撃的になっている。理由はわからないけれど、朝見ちゃんの挑発が決定的だったのは間違いなかった。
 ただ、この張り詰めた空気の中に、どこか泣きたくなるような、悲しい気持ちを感じる。誰もわかってくれない寂しさのような、どうしようもない想いが。
「なにが、悲しいの」
 声をかけてみた。
 一瞬、音がやんだ気がした。
「ねえ、今そっちを向くから、教えてよ。あなたの気持ち。」
 水道の音がやむ。朝見ちゃんが、やめなよと私に言う声がするけれど、無視した。
 そろそろと机の下から身を出して、立ち上がる。水道のところには、私と同じ制服を着た女子生徒がじっと立っている。
 私にも、視えた。
「私達は、元に戻してほしいだけ。代わりに、聞くよ。あなたのお話、なんでも、聞くよ」
 女子生徒が顔を覆って伏せた。うう…うう……って、苦しむように泣いている。
 私は一歩踏み出してみた。途端に顔を跳ねあげて、怯えだす。
「大丈夫だから」
 声をかけて、もう一歩。
 水道を横滑りに後ずさって、書道室の入口の近くの部屋の隅まで来た。もう逃げ場はない。
 声が聞こえて来やしないかと、じっと見つめて待ってみるけれど、再び顔を見て覆って俯いてしまい、何にも分からない。追い詰める側になる気は無かった。少し気を許して、朝見ちゃんの方へ振り返った。
 その時だった。
 ズシン、と体が重くなった。急に来たその重みは、先程廊下の鏡の前で感じたものと同じで、足が全く動かない。背を向けたのが間違いだったかもしれない。首筋がぞわぞわして、声も出ない。私はしゃがみこんだ。
「千里?!」
 朝見ちゃんの声が聞こえたけれど、顔を上げることができない。こちらに来る足音が急に止んで、代わりに固いものがいろんな場所に当たる音がした。たぶん、椅子が飛んで窓ガラスを破り、文鎮が机にいくつもの傷を作っている音だと思う。どうか、朝見ちゃんには当たっていないでほしい。
 自由が効くのは耳だけなのに、それも耳鳴りがして来た。このまま憑依されてしまうのかと思うと、ゾッとする。私の力では、もうどうすることもできない。
 最後に聞こえたのは、後ろの扉が開く音と、朝見ちゃんの声だった。
「雪!」
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