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朝見と千里と雪と、書道室の女子生徒 作者:ほび@prizm
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5.昔話

 千里が縋る目をした。
 私はそういう目を向けていた側だったから、すぐ分かる。どうすればいいのか頭では分かっていても、行動に移せないという事はよくある。
 だから、私が代わりに、行動する。
「とに、かく、ここから、離れてもらえるかな…」
「ええ」
 階段を降りて、夕焼けの廊下を歩いていく。東の端まで来てようやく足を止めた。
「どう?」
「うん、もう、大丈夫そう。ありがとう…」
「別にいいわよ」
 私の背中から降りて、足の動きを確かめるように屈伸運動をした。
 千里は無理をしやすいところがある。私に比べたらとても繊細で、でも、柔らかさもあるからそう簡単にはへこたれたりしない。でも、そういう人に限って無理を溜め込んで、ガクッと落ちるんだ。
 少しでも無理をさせないように力になってあげたい。
 雪は近くにいるだろうか。書道室を出てすぐ、姿が見えなくなってしまった。彼女はいつも、ちっともじっとしていない。本来なら、探すより見つけられる方が手っ取り早い。
 だけど、この状況だ。相変わらず、下の階段への道は白い壁で塞がれている。四階への階段に立って横から厚さを確かめると、目分量で三十センチくらいはある。
 四階の手すりから三階の手すりへ飛び越えるように移動するようには、手すりの間隔が長すぎで無理そうだ。
 それに、先程からずっと変わらない夕焼け。こんなにオレンジ色の強い夕焼けは記憶にない。壁も床も暖色に染め上げられているのに、なにか風が私たちのそばを通っていくようで、うすら寒い。
 私たちは、とりあえず、階段を登って美術室に行き、扉の窓から中を覗き込んだ。デッサン用の白い石膏像が窓際に置いてあるのが見える。まるでこちらを見ているような気がして、私は目をそらした。
 扉に手をかけるが、鍵がかかっているようで、ガタッと音を立てるだけだった。
「開かないわ」
「そうだね。他のところを探してみようか。……!」
「千里?」
 美術室の扉の窓を見たまま、千里が恐怖に顔を引きつらせている。まさか、と思い、その視線に割り込んで私も覗き込むけれど、特に何の異変も起こっていなかった。
「何か見たの?」
「見間違い…だよ」
「本当に……そう思ってるの」
「朝見ちゃんには…どう見えた?」
「別におかしいところはなかったけど」
「……こっち、見てなかった?」
「なに、言ってるのよ。ほら」
 私たちは二人で、美術室を覗いた。千里は、私の肩越しに。
「誰もいないんだから、誰も見れるはずないって」
 千里が石膏像の方を見ていることは、あえて触れずにそう言い聞かせた。
「行こ。扉は開かない。中に誰も入れない。雪もここにはいない」
 私たちは美術室をあとにして、夕焼けの廊下をまっすぐ書道室へ向かった。
 扉は、難なくガラガラと音を立てて開いた。二人とも、お互いがちゃんと中に入ったのを確認して、扉を閉める。
 雪はいない。机の下や掃除用具入れの中など、探せるところは探したけれど、やっぱりいなかった。
 ところで、この部屋は、なんとなく先程と様子が違う。夕焼けが差し込んでオレンジ色の部屋になっているのはもちろんだけど、黒板がきれいで、なにも書かれていない。
 そして、書道準備室の扉が、開いていた。
 私は扉を開けた。そこには、書道の先生と、ひとりの女子生徒が、明るい日差しの中で、笑いながら話している…ように見えた。
「開いたんだ」
 振り向くと、千里が立っていた。もう一度準備室に視線を戻すが、白昼夢は消え、オレンジ色が部屋中を染めているだけだった。
「なんだかこの部屋、ちょっとあったかい」
 南向きの教卓の後ろに、畳が2畳引いてあって、書きかけの書がそのまま放置されている。
「この学校に、書道の先生って、いたかしら」
「ううん、外部から講師を呼んでいるみたい」
 千里が書きかけの書の側にある筆を手に取った。墨池の墨がカピカピに渇いていて、筆と一緒に丸い形の固まった物が付いてきた。
「…そういえば、私、お母さんから聞いたことがある。
 昔、ひとりの先生がいたんだって。長いこと勤めていて、書道部の面倒も真剣に見ていたそうだよ。一人一人の個性に合わせて育てるのが上手だったみたいで、結構な数の生徒が、有名なコンクールで賞を取ったんだって。
 その人が退職してから、書道部の面倒を見る人を外から呼ぶようになって、その最初の講師が、とても頭が固い人だったらしいの。姿勢や服装、態度まで、何から何まで指導したらしくって。
 それに反発した生徒が講師に抵抗しようとしたんだけど、その姿勢の関係で生徒同士でも揉めたらしくって。…一人、亡くなったんだって」
「え」
「内輪揉めがいじめに発展したらしいよ」
「いじめって…でも、それってつまり…」
「公式には事故だけど、自殺じゃないか、とも言われているんだって。元々亡くなった子は、あまり人付き合いが上手くなくて、良くこの部屋で書道教師と一緒にお昼を食べたり、添削してもらうついでにお茶を飲んだりと、心の拠り所にしていたみたい。その教師も、退職後すぐに亡くなっていたらしくて…。お母さんが教師としてこの学校にいたのは結構前だから、昔の話。それでも、私たちの学校には、こんな話があるんだよ」
 沈黙がおりた。
 教師の机には、朱色の墨がある。色も形もバラバラの文鎮もまとめて置いてあって、幼い字で名前が書かれていたものもあった。
 誰かの忘れ物を、大事に使っていたんだろうか。
 そして、その亡くなった女子生徒は、今私たちがいる書道準備室で、平和に談笑していた。先程見えたのは、この場所の記憶だったのかもしれない。
 そのときだった。
 先程閉めた書道室の扉が開く音がしたのは。
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