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朝見と千里と雪と、書道室の女子生徒 作者:ほび@prizm
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4.かくれんぼ

 感じたのは、寒気だけじゃなかったんだ。

 朝見ちゃんに手を引かれて、私達は書道室に入った。墨の匂いがむっと鼻をつく。壁や床中に匂いが染み込んでいるみたい。
 黒板には「本日の部活動はお休みです」と書いてある。誰もいない書道室は机の大きさもあって、とても広く感じた。
 小さな頭がくるくると書道室中を回って、急に叫ぶ。
「誰もいないじゃん!」
 雪ちゃんの「誰も」とは、つまりそういうことなのだけれど、何かとても不服そうな顔でそばにあった大きな机のヘリに寄りかかった。
 朝見ちゃんは、書道室の隣の準備室の扉を開けようとしたけれど、鍵がかかっていて開かないみたいだった。
「先生もいないみたいね。ほら、ただの内輪揉めだったのよ。誰かかが悪ノリして、驚かせようとしたんじゃないの」
「そうかなぁ」
「…ねぇ、前から思っていたんだけど、本当に私達が視えるようになるんなんて、そんなことあるわけ」
「うん。私だって、小さい頃は見えなかったのに、ある日突然視えるようになったよ」
「なんかきっかけでもあったの?」
「お母さんとお姉ちゃんが死んじゃってしばらくしてからだったから、きっかけといえばそれかなぁ。あんまり覚えてないんだ、小さかったから」
「そう…」
 屋上の話を聞いて、そうだろうと思っていたけど、やっぱりお姉さんも亡くなっていたんだ。
「あの学ランさんが言ってた。私は見られたくないとか、なにか強い感情がある霊は視えてないんだって。いるなってのは、分かるんだけど」
 例えば、私が雪ちゃんの姉だとして、死んでしまってからも雪ちゃんを避けるほどの強い感情を持つとしたら、いったいどんな気持ちだろう。
「強い感情を持った霊?」
「そう。なんだろう、そういうのがすぐ近くにいると、ぞわぞわする。私を避けているのも分かる。でも、ちょっと離れると分からなくなる」
 雪ちゃんが気になることを言った。最近私がよく感じる、あの感じ。やっぱり雪ちゃんと同じで、私も霊を感じるようになっているんだ。
「ぞわぞわする感じ…」
「どしたの、千里」
「さっき…階段の廊下の、鏡のところで。とてもぞわぞわした感じがしたよ。あれが…そうなのかな」
「鏡んとこ? 私には分からなかったな…。もっかい行ってみよっか」
 雪ちゃんが机から降りた。私達は、それに続くように書道室を出た。

 扉を閉めて振り返ると、雪ちゃんがいなくなっていた。夕日が廊下を照らして作った橙色の道に、人影はない。さっさと行ってしまったのだろうかと歩いてみれば、階段へ通じる道のところには、白い壁が現れていた。
「なに、これ…」
 手のひらで触れてみたが、ひやりと固い感触がするだけで、動かせそうにない。
「仕方ない、東側の階段から回ろう」
「そう…ね」
 あまり深く考えてはいけないと、感じた。そして、ここに居てはいけないと、直感する。
 自然と早歩きで廊下を歩くことになる。廊下の端から端までがこんなに長いと思わなかった。
 東側には白い壁なんかなくて、ほっとして降りてみるけれど、今度は三階から二階までの道が白い壁に閉ざされている。
「別に、今はここ通らないし」
 朝見ちゃんの声が、少し震えていた。
 夕日は相変わらず廊下を照らしている。向こうの西側の階段に行こうとして、その側に人影があるのが見えた。
「雪…ちゃん?」
 遠くてよく見えないので、雪ちゃんかどうかは分からない。制服からして、女生徒であることに間違いはないけれど、こんなところにいる生徒の事なんて、あまり深く考えたくなかった。
 今度は小走りになった。私達の影が、南側の使われていない教室に映って、ともに走っていく。
 …窓側は北のはずなのに。
 西側の階段も、予想通りというか、下へ向かう階段への道は白い壁で塞がれていた。
 残る道は、鏡がある、四階への階段だけ。
 私は朝見ちゃんを見上げた。たぶん、不安が顔に出ていたんだと思う。頭をぽんと軽く叩かれて手を引かれた。彼女の手も汗ばんでいた。
 薄暗がりの中、階段を登る。先ほど見かけた、吊り下げられた書道作品の中身が違う気がする。
 そして、私達は、鏡の前に立った。

 鏡には、私達しか映っていない。お互いの手を強く握りながら、ふたりとも隅々まで眺めてみるけれど、おかしいものは映っていない。
「なにも…ないわね」
「うん…ない」
 少しだけ安心して、手を緩めた時だった。
「ほんとに?」
 私は勢いよく振り返った。 その声は、後ろから聞こえたのだった。そこには、誰もいない。
「ど、どうしたのよ、急に」
 朝見ちゃんが、心配そうに声をかけてきた。私にしか聞こえなかったんだろうか。
「今、声が…」
「した、よね」
「うん。朝見ちゃんも聞こえた?」
 声をかけたけれど、返事がない。もう一度振り返って朝見ちゃんを見るけれど、戸惑った顔をして黙ったままだった。私をじっと見つめて、ゆっくりと首を振った。
「…さっき、したって言ったよね?」
「そんなこと、言ってないわ」
 静かに首筋が、ザワザワし始めた。
 もう一度鏡を隅々まで見つめた後、今度は辺りを見回す。やっぱりなにもいないのだ。
 とても嫌な感じがする。私は背中側に空間があることに耐えられなくて、額のかかっていない壁だけの場所に移動して、背中を預けた。朝見ちゃんも同じように、壁に背を向ける。
「状況…考えてみる?」
「あんまり考えたくないな…」
「でも、その…居る、みたいなのよね?」
「たぶん」
「雪がいたらな。あの子どこに行ったんだろう」
「どこかに行ったのは、たぶん私達の方だよ」
「そうかな。雪も来てるかもしれないじゃない」
「来てるかなぁ」
 私はだいぶ弱気になっていた。
 さっきからずっと、首筋のザワザワした感じが取れない。このままズルズルとしゃがみこんだら、たぶん、立てなくなりそうだった。
 対して朝見ちゃんは、すっと壁から背中を話して、階段を降りようと私の手を引く。
「探しに行こう。ここでされるがままでいるより、きっといい」
 うん、と、声に出したつもりだったけど、体は素直に言うことを聞いてくれない。手を引かれた際に、足が動かなくて、つい離してしまった。
「わっと」
 朝見ちゃんが手を離した反動で、数段下に降りる。数段、のはずだ。なのに、すごく遠くへ行ってしまったように感じる。
 よく分からないけど、体がすごく重い。私はしゃがみこんで、自分を抱きしめた。
「千里、どうしたの…?」
 声がうまく出せない。何かが私を、ここに縛り付けているみたいだ。
 私は表情で訴えるしかなかった。小さい頃から私を知っている朝見ちゃんなら、わかってくれると信じて。
 ここには、居たくない…!
 声も立てずに見つめるだけの私を、朝見ちゃんはどう思ったんだろう。しばらく私の顔を見つめた後、彼女は私に背を向けて、しゃがんだ。
「手、出して」
 言われるまま、私は自分を縛る手を解いて、重たくあげた。それを掴み、肩のところへ持って行って、私のことをおんぶしてくれた。
「行くよ」
 そのまま、階段を降りて行く。
 おぶわれた瞬間、すっと体が軽くなった。首筋のザワザワした感じは残っているけれど、今ならもう足も動かせるし、声も出せそうだった。
「あ、朝見ちゃん、じ、自分で歩けるから…」
 今度は言葉でそう訴えたけど、全然降ろしてくれそうもない。
 参ったな。昔は、私がおんぶする側だったのに。
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