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朝見と千里と雪と、書道室の女子生徒 作者:ほび@prizm
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3.書道室

 部屋の中が暗い。
 カーテン閉まってるし当然だけど、それにしても暗い。雨の音もする。少し肌寒いから、ベッドの中が気持ちいい。
 下の居間からは何の物音もしない。父さんは今日早出だと言っていたから、もう仕事に行ったんだろう。
 枕元の時計を手にとって時間を確認した。11時だった。
 今日は…金曜日だ。つまり。
「寝坊した」
 つい声に出して、のっそり起き上がる。
 今から準備して学校に行けば、お昼休みくらいには着くだろう。でも、雨も降っているし、行くのが面倒だ。いっそこのままサボろうかとも思ったが、やめておく。
 遅刻になっても学校に行かないと、千里に叱られてしまうから。

 外に出ると、ちょうど雨がやんでいて、遅刻でも学校に行こうとしている私を褒めてくれているような気がしたが、そんな訳があるかと思い直した。
 こう言うやたら前向きなことを考えるのは雪だ。最近よく一緒にいるようになったし、感化されたのかもしれない。幸い、お化けは視えるようになっていないけれど。
 私は自転車に乗って、住宅街をすり抜けて、街の中心部にほど近い学校へと向かった。

 いつもの東門の扉は閉ざされていたので、北の正門から侵入することにした。客の車も出入りするところだし、教師に見つかる確率が高いからすこし面倒だけど、それはそれだ。他に入り口がないんだから、しょうがない。
 正門から入ると、少し下り坂になっているので、勢いよく駐輪場へと進んで行く。ちらりと視界に、図書館の入った別棟で、数学のおじいちゃん先生が三点倒立をしているのが見えた。
 あの人は確か、毎朝別棟周辺でトレーニングをしていたはずだ。彼も寝坊したんだろうか。
 自転車を止めて昇降口へ向かい、下駄箱で履き替えているところで鐘がなった。丁度授業が終わったみたいだ。
 購買までかけていく馬鹿な男達とすれ違いながら教室へ向かい、後ろのドアを開けた。私の席の近くで、千里と雪がお昼ご飯を出しているのが見えた。
「本当に来た!」
 そんな大きい声で言うな、恥ずかしい。
「なに。休みだと思った?」
「思ったよー、具合が悪いならともかく、寝坊してそのままかったるいから休むとか、朝見ならいかにもやりそうだと思って」
「そうね。そのまま休もうと思ったけど」
「けど、来た。千里の言う通りだ」
 そりゃ、千里の言いつけだもの。
「朝見ちゃん、とりあえず座りなよ。あのね、雪ちゃんがいく気満々なの」
「行くって、どこへ」
「書道室」
「なんでまた」
「昨日の夜、出たらしいよ」
「なにが」
「幽霊」

 最近馴染みのある言葉だから、別段驚きもしなかったけれど、今回視たのは雪ではなく、他の生徒だったらしい。
 夜遅くまで書道室にいた書道部員達。そろそろ帰ろうと後片付けをして、廊下にある棚へ書道用具をしまおうと、書道室を出たときに、視たらしい。
 女子部員が悲鳴をあげたり、教師が飛んで来たりと、ちょっとした騒ぎになったようだ。
「ふうん。なんで行くのよ。ほうっておけばいいじゃない。ただの内輪揉めかもよ」
「気になるんだもん」
「あんたはしょっちゅう視てるじゃない」
「でも、今回視たのは、私じゃないよ。書道室にいたっていう部員の人皆に話を聞きに行ったけど、悲鳴をあげた子は休みだし、他の人も言ってることがバラバラで、本当に視たのか、よくわからないんだ」
「バラバラっていうのは?」
「ある人は、廊下の奥に人魂みたいなものが見えたんだって。またある人は、肩に手を置かれた気がしたらしい。他には、鏡に何か映ってたとか、階段に足だけが見えた、とか…。」
 本当に、見事にバラバラだ。
「怖いって思いこむと、実際に無いものまで感じてしまうことがある。それは、とても良くないことだと思う。だから、はっきりさせたいんだ」
「誰かのイタズラか本当にいるのか…ね」
「そう」

 書道室なんて用がなければ誰も行かない。北側の旧校舎の、しかも四階にあるのだ。旧校舎は、せいぜい二階にある職員室と一階の保健室に行く時と、別棟の図書室への通り道として利用するだけ。毎日通っている学校なのに、旧校舎の三階と四階には初めて行く。
「雰囲気あるわね」
 私の声が廊下にこだました。先を行く雪が振り向いて、こくこくとうなづくのが見えた。
 三階は生物室がメインで、他はあまり使われていない空き教室だった。
 廊下のタイルはヒビが入っていたり、欠けたり剥がれたりしている場所が多い。蛍光灯も必要最低限の所にしか配置されていないので、放課後にもなると、外はまだ明るいのに、中は薄暗い雰囲気になる。
 三階から四階へ登る階段の壁には、歴代書道部の作品らしい大きな額がたくさん釣られていた。どこからか風が入っているようでわずかに揺れている。
 作品の並ぶ途中には、大きな鏡があった。私の全身を、すっぽり包んで写せるほどの姿鏡。たぶん、これが例の鏡だろう。
 千里もそれに気づいたのか、いつか霊園に行った時のように、私の腕にくっついてきた。腕を組まれると実は少し歩きづらいので、私は腕をほどいて、千里の手を取った。
 ふくよかな手が少し汗ばんでいる。
 良く見てみれば、不安そうな顔をして、残った手で自分を抱いている。
「どうしたの」
「ここ…少し寒い…気がする」
「そう?」
 千里がうなづく。
「髪、解いたら」
 サイドにまとめられた髪を解けば、首の後ろくらいは暖かい気分になると思うのだが。
 しかし千里は首を横に振った。手を後ろに回したくないみたいに。
「なにしてんの?こっちだよ」
「はいよ」
 雪に呼ばれて、私は千里の手を引いた。
 古くヒビ割れたタイルが、ペキペキと音を立てて廊下にこだました。
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