第四十一戦 満月
「いや、聞かないほうがいいってやつかも。悠理も冒険者についての話はしてこないんだから、ここは俺も話題をふらずにそっとしておいてやろう」
妹のことをすべて知り尽くしている兄などいるのだろうか。悠理だって年齢からすればいろいろと秘密の一つや二つあるに違いない。
俺はリビングのドアを閉め、カーテンをくぐり。またギシギシと耳を突く音を鳴らしながら自室に向かった。
階段を上っている途中、窓から見えるきれいな満月に見とれた。
きれいな月が暗い夜空を照らしている。
「たしかあのときも、満月だったよな」
あのとき。
妹が死んだ日。
「お兄ちゃん?」
月をじっと見上げる俺のすぐ後ろに悠理はいた。
風呂からあがってすぐだからかしらんが、シャンプーの甘い香りが俺の鼻をくすぐった。
「はやく寝ろ。風邪ひくぞ」
「わかってるよ。――うわっ!!」
窓の外に視線をむけた悠理は、水族館に来たかのように目を輝かせながら外の景色に見とれていた。
しっかりした悠理でもこういう時だけは妹らしい姿をみせるのだ。
「きれいな満月だなあ……」
「そうだな」
横目で満月をみて喜ぶ悠理を見た。
口をポカーンとあけながら食いつくように満月を見る悠理はとてつもなく可愛かった。
「……ふっ」
そんな悠理をじっと見ていると、無意識に笑ってしまった。
「ん? なに?」
悠理は疑問の目でこちらに振り向いた。
「すまん、すまん。なんでもないよ」
「ほんとに? 絶対嘘だよ」
「嘘じゃないさ」
「そう……?」
首をかしげながら、悠理はもう一度満月に視線をむける。
しかし悠理の瞳には先ほどのような輝きはなかった。
「お兄ちゃん……」
「なんだ?」
悠理は満月をじっと見つめたままだ。
どうしてか悠理の表情からは、なにかからおびえているようなそんな感情がよみとれてしまう。
「もしもさ……もしもだよ? 私が死んだらどうする?」
ずっと満月から目を離さない悠理はその時の俺の顔など見ることはできなかっただろう。
いっきに青ざめた俺の顔を。
「なにいってるんだ。悠理は死なないよ」
言葉をそこでピタリと止めた。きっと、いままでの俺ならこの先に「俺が悠理を守る」などとほざいていたに違いないだろう。だけどそれだけは言えない。
悠理が死んでしまったのは、
俺がその場にいたから。




