第四十戦 実家
俺はリビングにある椅子に座った。
木でできている年季の入ったその椅子は俺の身体を静かに、そして優しく支えた。
「やっぱり落ち着くんだよなあ、この椅子は……値段とか質とかそういうのじゃなくてさ」
椅子に取り付けられている手すりをさすりながら、ぼそぼそと独り言をつぶやく。
このように思わせるのは、この椅子だけではない。家中にあるいろいろな物すべてが、俺をリラックスさせてくれる。
久しぶりに実家に帰ってきた。そんな感覚だった。
あのあと、俺たちは楽しく会話をしながら夕食を食べた。
久しぶりの妹の手料理にあやうく涙をこぼしそうになった。きっと、最近はインスタント食品しか食べていなかったものだから、いろいろな味付けのされた料理を食べることが幸せだと感じるようになったのだろう。
ご飯を食べ終えると、風呂に入り、すぐに寝た。
ただ悠理は風呂に入った後、すぐには寝なかったのだ。
自室に向かう途中、悠理がいなくなったリビングをふとのぞき込むと一本の短剣がテーブルに置かれていた。この短剣は俺のものじゃない。
悠理のものだ。
あいつは今日から正式に冒険者になった。ちなみに、俺も冒険者に登録されたらしい。
つかまってしまった俺の代わりに、悠理が登録の手続きを済ませてくれたそうだ。
感謝の言葉を述べるにしても、恥ずかしすぎて言葉がでない。
悩んだ末に出た答えは、気付いていないふりをしようということ。
その話題を悠理のほうから出してきた場合は必死にごまかそうと決めたのだった。
しかしだ、俺にはずっと悠理のことで不思議に思っていることがあるのだ。
悠理がどうして冒険者なんかになろうと思ったのだろうか。
その答えは兄である俺すら知らない。




