第三十九戦 兄妹
「やっぱり……生きてんだ……」
うれしさのあまり、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしてしまう。懐かしいその顔を見たときに涙腺がおかしくなったのかもしれない。とりあえず、もう二度と会えないと思っていた妹にこうしてもう一度会えたのだから。泣いてしまうのも仕方がない。
号泣する兄の姿を見ていた妹。悠理は顔をひきつらせたままフリーズし、頭上にハテナマークを浮かばせていた。妹からしてみれば、昨日まで普通だった兄がまるで他人のように見えてしまうのだろう。
うっすらと、そんなことにも気づいていた俺だが流れ始めた涙を止めることができなかったのだ。
「お兄ちゃん? だよね?」
あごを触りながら悠理は俺に問うてきた。
「おいおい。俺だよ。悠理の兄、亮平だよ! 忘れたのか?」
唾を激しくマシンガンのように飛ばしながら、かすれた声で答えた。縛られた足をバタバタさせている俺は兄として大丈夫だったのかと、後になってから気付く。
「ちょっとくらい、落ち着いたら? お兄ちゃんらしくないよ?」
「うぎゃ!」
そう、俺も昔はしっかりしたかっこいい悠理の兄だった。しかし、悠理が殺されていなくなってからというもの俺の性格は別人のように変わってしまっていたのだ。その変化にも気づいてしまうとは、さすが俺の自慢の妹というところか。
「仕方ないよね。とりあえず家に帰ろう?」
「俺を悠理の兄って認めてくれたのか?」
「なに言ってるの? 私がお兄ちゃんのこと忘れるわけないでしょ?」
ですよね。なんか、有難うございます。
手錠やら、足を縛っているひもをほどいてくれている悠理のやさしさに俺の涙腺が再び大洪水をおこしそうになってしまいそうだ。
悠理はとても優しい、優しすぎるのだ。
しかしその優しさがあの悲劇を起こさせてしまったんだけどな。
手錠が外され、まだ変な感覚が残る手を俺はじっと眺めていた。
家に帰ると、俺は自室に戻り部屋着に着替えた。悠理は休むことなく夕飯の支度にとりかかってくれている。自室から出て一階にあるリビングをめざして階段を下りると、一階から夕飯のおいしそうな香りが漂ってきて俺の腹が情けない音を鳴らした。
垂れてくるよだれを手で拭いながら、リビングへとつながる廊下を歩んだ。築四十六年のこの家はどこを歩いてもギシギシと音が鳴る。いつ底が抜けてもおかしくないボロさだ。
そんな家でも悠理さえいればなんとも思わない。むしろ、幸せだと思えるのだ。




