第三十四戦 嘘つきな私
サヨナラ。魔王の娘。
「なにを馬鹿げたこと言ってんの? この状況はどう考えてもあなたは死ぬわ。つまり、私が負けるなんてありえないわ」
ゴミを見るかのような目で逃げ回る俺を見てくる。
たしかに、この状況普通なら俺は詰んでいるだろう。だが、俺には秘策がある。
コイツに勝つ方法を知っているのだから。
剣はあのときと同じで標的を捕らえるまではどこまででも追いかけてくる。あの華やかだった部屋が、剣が飛び回る戦場に変貌していた。
ただ必死に痛む手を抑えながら逃げる続ける、ここで殺されてしまうと俺の秘策はつかえないからな。
「いつまで逃げ回るつもり? どっちみちあなたは死ぬのだから、早く死になさいよ」
「いや。俺はまだ死ねない」
永遠に湧き出てくる血を必死に抑える。
まずい……このままじゃ。
「くそ! 賭けに出るしかねーのかよ!」
成功すればいいんだけど。
俺はテラの前方を旋回するように大きく回った。
部屋にある柱を利用して、剣が俺の背後に来るようにしたのだ。
「うおおおおおおおおおおお!」
必死にテラのところに全力で走った。
死にかけの真っ青な俺の顔におびえたのか、テラは後ずさりする。
「なっ!」
背中にあたったものが、壁であることに気付いたテラは追い詰められていたことに気が付いた。
しかしだ、追いつめたところでテラの勝利には変わりがない。
はずなんだ。
「お前の負けだああああああああああ!」
どうして? とテラの目が叫んでいるようだった。
だって、あなたに勝ち目なんてないじゃない。そうでしょ!?
一瞬、時が止まったかと思った。
俺は手を伸ばして、テラを抱きしめた。
想像もしていなかった行動を受けたテラは「えっ?」を一定間隔で言う。
目線が定まることを知らずに激しく動き、状況を理解しようとしていた。
「きゅ、急になによ?」
テラが問いかけても、亮平からの返事は帰ってこない。
顔を見てみると、亮平の目は見開いていた。
死んでいるのか?
いや、まだ死んではいない。なぜなら、テラに巻き付いている亮平の手にはまだしっかりとした力が残っているのだから。
「テラ……これで……」
言い切る前に、俺の口から大量の血が飛び出てしまう。
しかたねーよな。だって、いま俺の背中には三本の剣が突き刺さっているのだから。
だが、俺の秘策はまだ成功していない。
これから、秘策を披露するのだから。
「な、なによ! まさかまだ負けてないとか言うつもりじゃないわよね!」
「……終わりだ……」
歯を噛みしめた。最後の力をすべて引き出す。
テラを締め上げるようにして、少し持ち上げる。
バタバタと抵抗するが、テラは俺の手から逃れることができない。
「なにをするきなのよ!」
咆哮。
俺はそんなことは気にせずに、後ろへと倒れていった。
「…………サヨナラ」
声は出なかった。
でもその言葉はテラに通じたようだ。
「嘘つきな私でごめんね」
優しい声で、瞳をうるわせながらテラは言った。
俺たちは同時に倒れた。
そして。俺たちは死んだ。
倒れた時に、俺の背中に刺さっていた剣が押されてさらに深く刺さった。
それによって、テラにも俺の体を貫通した剣が刺さったのだ。
しかし、二人の死に顔は笑っていたのだ。
不気味な笑いとかではなく、幸せそうな笑顔だったのだ。
嘘つきな私とはなんだったのだろうか。
これにて、地獄編は終了いたします。




