第三十二戦 覚悟
「テラ! やめろ。今すぐその剣を香澄さんから離せ」
この空気はやばい。鳥肌が立ってしまうようなピリピリとした緊張感が心臓をダイレクトに襲う。
手遅れになってしまう前にテラを止めないとだめなんだよ。
コイツは人を殺めることに関しては一切のためらいもなく手を汚すようなやつだから。
「さっきも言ったけど今度は真剣だからね?」
殺意のこもった眼でテラは俺を捕らえると、俺の身体は金縛りにあったかのように体が硬直してしまう。
足は無意識に震えだし使い物にならない。
一拍あけ、テラは会話をつづけた。いや、これはもう会話なんかじゃない。
脅迫。注意だ。
「あなたであろうと私の邪魔をするのであれば殺します」
言い切りやがった。さっきは語尾にしっかりとクエスチョンマークがついていたのに。
なるほどな、部外者は関わるなってことかよ。
怒っているのか。悲しんでいるのか。
よくわからないもやもやとした感情が俺の心を締め付けた。
「もう一度聞くけれど、どうしてあなたは私が魔王の娘だということを知っているの」
香澄の喉元へと剣が首に沿うように上っていく。
さすがの香澄もこればかりは無表情を保ってはいられない。
こちらをずっと見てくる。
目は助けてと言っているように見えた。
「言えないの? まだあなたの喉はくっついているのよ? まだ私が切ったわけじゃないんだから。あっ、心配しないで。あなたの回答次第では殺さないから」
蛇のような細い眼をしながら、香澄のあごに触れる。
いまの発言は違う意味にも、解釈することが可能だった。回答次第では殺すというふうに。
このままでは、本当に香澄が殺される。
どうすればいいんだ。いま、俺に何ができる?
俺には力なんてない。武器もない。防具もない。
わかってたさ。俺が冒険者だったころ、強かったのは俺じゃなかったんだってことくらい。装備が強かっただけなんだよな。
いまさらこんなことに気付いたってどうということもない。
無力であるという真実には変わらないんだから。
「くそっ……」
噛みちぎれてしまうほど、下唇を噛んだ。口内には鉄のようなつんとした味が広がる。
その時、ふといい案が思いついた。だが、それがいい案だとは言いづらいのかもしれない。
しかし、やらないよりましだよな。
俺はもともと勇者を目指した男だ! 目の前にいる香澄さんを助けずに勇者なんて語れねー。
「おい! テラ」
「なに?」
こちらを向いてはくれない。向いたのは香澄の喉元を捕らえている剣とは違う剣だ。
「俺も! も一度言うぜ?」
大きく息を吸い込む。
「やめろ。香澄さんから剣を離せ」
俺は迷うことなくテラに言い放ってやった。




