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第二十九戦 アリス

「あ、そうだったね。確か僕の家に泊めるって話だよね? ちょっと待ってね今案内してくれる子呼んでくるから」


 え? 泊まる家って香澄さんの家ですか……


 首だけ振り返った香澄は大声で誰かを呼んだ。


「アリスちゃん。ちょっとこいつらを私の家に送ってくれない?」


「わかりました!」


 すごい。やっぱり副店長なんだなって思うよ。


 香澄の声に即答で返事が返ってくるところから、上下関係には厳しい会社なんだとわかる。


 その返事を聞いて、香澄は「よしっ!」っと小さくガッツポーズをした。表情は相変わらず変わらないが。


 あんたのキャラがいまだにわからんよ。


「じゃ、とりあえずアリスちゃんと一緒に私の家に行ってくれ。部屋は空いているところを使ってくれたらいい。細かいことはアリスちゃんが説明してくれるだろうよ」


 さっきから、俺は必死にこみあげてくる感情を抑えていた。


 最初はあんなに恐いと思っていた人物の口から「アリスちゃん」と可愛げのある名前が出てきたのが、意外すぎて。なぜか面白くて。自然と口元が緩んでしまう。


「なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪いよ?」


 隣で見ていたテラはまるで変態を目にしているように俺のことを見ていた。


 な、なんだよ! そんな目で見ないでくれよ。


「いや、なんでもない」


 平常を必死に演じて、落ち着いた様子で返事をする。


 「アリスちゃん」って急に可愛い事いうもんだから少し笑いそうになりましただなんて言えるわけがない。いや、言わなくてもばれるという可能性もある。


 もしばれたらだなんてそんな怖い事考えたくもない。


「こんにちは、初めまして」


 部屋に充満しようとしていた危ない空気を可愛げのある声が一掃した。


 俺が今立っているこの場所からは、その声の主を確認することができない。


 見たいのに!


「え……なに……この人」


 ぽかんと開いてしまう口をテラは両手で覆った。


 いったいどんな奴がそこにいるんだよ! 気になって気になってしょうがない。


 走って見に行きたいくらいだ。


「可愛い……」


 テラは顔を真っ赤にしながら、目の前にしている「アリスちゃん」と呼ばれている人物から目を離せない。


 ときめいているのか、息づかいまで荒くなっている。


 たのむ、俺にも見させてくれよ!


 この足を一歩踏み出せば、「アリスちゃん」を見ることができるのに。足が前に進むことを拒んでいるのだ。


 まだ心のどこかで、香澄さんのことを恐いと思ってしまっているようで自ら近づくようなことができないのだ。


 こいつさえいなければ……


 俺は「アリスちゃん」を見れない悔しさを歯ぎしりしながらじっと我慢した。

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