第十戦 自分のために
「お、おい!」
声が無意識で出る。
横を見た瞬間、その男が死んでいたことに気がついた。
ライターをもったままだらりと、男の手が地面にある。目は完全に瞳孔が開いており、ずっとなにかを見ていた。
見ていたのは、おれの顔だった。
一点を見つめていたその目は、助けを求めているかのようだ。
「おれに求めたって、無理だよ………」
勇者になることもできなかったおれに、人を助けるなんてことはきっとできない。
この男が「助けて」っていっていたのに、おれは自分のことばかりを考えていた。
「おれが、もっとはやく気づいていれば………」
助けられたかもしれないのに。
本当にとりかえしのつかないことになってしまった。
どれほど悔やんでも、過去は変わらない。
「どうかしたの?」
水浴びを終えたテラが、戻ってきた。
おれの顔色があまりにもわるかったらしく、テラは心配した顔で歩いてくる。
「おれ、自分のことばっかり考えて。本当に苦しんでたこいつに気づいてやれなかった。すまない………ごめん……ごめんな」
亮平は泣きながら、男に謝った。
聞こえるはずはない。
それでも、なんどもなんども謝った。
それを見ていたテラはため息をつくと、亮平の胸ぐらをつかんだ。
「見苦しいわよ。謝ってどうするの? 謝ったらこの人が生き返るとでも思っているの?」
真面目な顔で厳しく突き刺さるような正論を、おれに言ってくる。
たしかにそうだ。どれだけ謝ったところで、この男は生き返らない。
「自分のせいで、他人が死ぬのって辛いわよね。きっと今、あなたの心は罪悪感で破裂してしまいそうなはずよ」
「……」
「あなたはどうするの? このままずっとここで泣いてるだけ?」
そんなこと……ない……。
おれにだって、できることはあるはずだ。
「武器になるものは、私が貸してあげるし。力不足だっていうなら、サポートしてあげる。で、私が今なにをあなたに要求しているか、わかるわよね?」
答えはわかっていた。
だが、その答えをこの男は求めていたのだろうか。
「……」
おれは下を向き黙った。
そのときに、おれの胸ぐらをつかんでいたテラの手が離れた。
「あなた、もしかして恐いの?」
「恐くなんかねーよ! でもさ、かたきなんかとりにいってもおれが許されるわけねーし。しかも、敵を増やすだけじゃねーか!」
テラの言葉が、おれの逆鱗にふれた。
こいつがきっと言いたかったのは「かたきをとりにいけ」ってことだろう。
おれがもし、この男のかたきをとったとしてもなにも変わらないとおもった。
「許されるってなに? それにかたきをとれ、なんて私は思ってないわ」
かたきをとるんじゃないのか?
だったらいったい、おれになにをしろというだよ。
「あなた自身のために、殺しにいきなさい。あなたが悔しいと思うのなら、なにもできなかった自分が情けないと思うのなら」
つまり、この男を殺した相手に対して、かたきをとりに行くんじゃなくて。自分のためにそいつを殺しにいけということだろう。
だが、確かにそれならなにも迷うことはない。
おれが、おれ自身のために殺しにいく。
「テラ、おれが最大火力出せそうな武器を用意してくれるか?」
「もちろん。その言葉を待ってたわ」
テラはそういうと、少し笑顔になった。
「じゃ、これを貸してあげる」
テラの背後から、紫色の刀がひとつ出てきた。
この刀は俺をしとめたあのときの刀だろう。
「悪いけど、この先の戦いに私は参加できないわ。でも、その刀があなたをきっと守ってくれるから。刀を私だと思って、殺してきなさい」
刀はフワフワとしばらく、空中を漂うとおれのてのなかに入ってきた。
刀には、不思議と重さはなく。ただ紫色に光っていた。
「じゃ、またあとでな!」
亮平は、洞窟の外に駆け出していった。
あの男が言っていたとおり、外はすこしざわついている。
出口が近くなるほどに、騒音は大きくなった。




