序文
人間というのはなんと無力なのだろうか。
権力者が力の限りを尽くして遺したものも、やがては消えてしまう。
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」 人とは、時の旅人が持つ道具に過ぎない。私、九郎義経はこうしてよみがえり、それを実感した。
「殿! 殿! 私です。伊勢三郎です!」
私が物思いにふけっていると聞きなれた声が聞こえてきた。おそらく私と同じく幽霊としてよみがえったのであろう。
「殿、これからどうしましょうか。あれから五百年、藤原家はおろか鎌倉殿まで滅びてしまったと聞きます。」
ここはかつて私が切腹した場所。衣川沿いの高館のあった場所。ただの野原だが、私たちの夢が染みついた大地。
「平泉もすっかり廃れてしまったな。黄金の都がうそのようだ」
当時との落差を思うと勝手に言葉が出てしまう。
「いかにも。これでは秀衡殿が報われませぬ。せめて、平泉に義経よみがえりたりと触れ回ってみてはいかがでしょうか。多少はここにも人は集まるかと」
「馬鹿を言え。わしは幽霊だし、我々の声など人々に聞こえぬだろう。いらんことはせずに、ここはここでそっとしておいてやろうではないいか」
「も、申し訳ありません」
そうだ。秀衡殿には悪いが、私には平泉の再興にも天下にも興味はない。いまさら何もすることはない。我々の夢など、一年で枯れる雑草と同じだったのだ。できることといえば、我々の何代か後の雑草がどのようなものか、見て回ることくらいだろう。
「三郎よ、この国を見て回ろう。徳川とやらが治めているこの国を見極めてやろうではないか」
「御意。たとえ幽霊となった身でも、殿の行くところならどこまでもお供いたします」