勇者、懊悩する。
「俺が死ぬとな――」
魔王を倒さんと意気込んで魔王城に乗り込んだ勇者、僧侶、魔法使い、戦士。戦士は足首をくじき、僧侶はそれを介抱しているために、もはや戦力にはなりえなかった。
そんな緊迫した状況で、待ち構えていた魔王が発した一言は皆の動きを止めるのに十分な威力を持っていた。
「この世界から、巨乳という存在が、消えてしまうんだよ」
「まさか!」
勇者は低い声で鋭く叫んだ。
「そのまさかだ。いいか、よく聞いてくれ。俺の先々代魔王が――つまり俺のじいちゃんだ――全ての事の発端なんだ」
「まだ魔族が大陸全土を支配していた時代か」
「そうだ」
勇者の言葉に魔王は深々とうなずいた。
「先々代は、たびたび起こる人間の反乱に手を焼いていた。あちこちで俺たち魔族が殺されていく様を、先々代はなすすべもなく傍観するしかなかった。人間どもを鎮圧しても、また勢力を盛り返す。そのいたちごっこが続いてさ」
「魔族なんか滅びてしまえばいいのに」
憎々しげに吐き捨てた魔法使いに、魔王は苦笑いを浮かべた。
「そこで、先々代は考えた。人間の戦闘意欲をなくせばいいんじゃないか、ってな。人間に戦う気がなくなれば、反乱も起こさず魔族に従属するんじゃないか。そうすれば自分の政務も減るし」
「仕事が減るのは、いいことだよな」
呟いた勇者を、魔法使いはキッとにらみつけた。
「しかし、人間はいくら同胞が殺されようが、再び俺たちに立ち向かってくる。それじゃあ、どうすればいいのか。そこで先々代が考えたのが――」
魔王はにやりとして、高らかに言い放った。
「人類巨乳計画だ!」
「人類……巨乳計画……」
後ろのほうに控えている僧侶が息を呑む。彼女の口ぶりから、背後で自分の胸を悲しげに撫でていることが勇者には分かった。
「それは……どういう計画……なんだ」
痛みからか、それとも巨乳というワードに興奮気味なのか。戦士が息も絶え絶えに聞く。
「単純なものさ。人間の女の一部……あくまでも一部の女の胸を魔力で大きくさせる。本能的に突き動かされた男たちは女を口説くのに夢中で魔族のことなんて忘れてしまって、反乱のない平和な世の中になる。これぞ、巨乳計画だ」
「どうして一部の女性だけなの?」
魔法使いは身に纏っている長いローブの、ちょうど胸元のあたりを念入りに重ね合わせた。
「それはもちろん、全員が全員巨乳になってしまえば価値が半減してしまうからね。適当な女を見繕って巨乳にしたんだ。なんでも人間の男と言うものは、大きいものに惹かれるらしくてさ。それは俺も同じことなんだけど……」
魔王は少し口ごもると、ローブに隠された魔法使いの胸をじっと見つめた。
「……君は、残念だったね」
「何ですって!」
真っ赤になって叫ぶと、魔法使いは両手で自分の胸を隠した。
「これでも、び、Bはあるんだから!」
「ほら、こんな風にランク付けまでする始末だ。それだけ、乳と言うものに人類は依存してしまったんだよ」
魔法使いが喚いているにもかかわらず、魔王は涼しい顔で続けた。
「急に胸が大きくなって、怪しんだりする人はいなかったんですか?」
僧侶が恐る恐る手を挙げて尋ねる。魔王は魔法使いと同様、彼女の胸も値踏みするように見た後、ふっとため息をついた。
「そりゃ最初は迫害されたらしいよ。でも、巨乳人口が増えるにしたがって人類は慣れていったんだ。女の胸が大きいのは当たり前だと。彼らに俺たちの魔力の流れは探知できなかったしさ。挙句の果てに夢とかロマンが詰まってるなんて言い出した。詰まってるのは魔族の魔力だっていうのに」
「魔力が詰まってる……」
戦士の言葉に魔王はゆっくり目を閉じた。
「色気がある、だなんて君たちはよく言うだろう? 胸に詰まってる魔力の作用で色気があるように見えるんだよ、巨乳の女にはね」
「む、胸が大きくない、私には、色気がないってこと?」
魔法使いがぷるぷると身体を震わせながら、上目づかいに問う。魔王は憐みの目でそれを眺めると、力強くうなずいた。
「うん」
「よし、殺るわよ!」
魔法使いは胸をおさえていた両手を勢いよく離すと、杖を構えて叫んだ。魔王はぎゅっと唇を噛みしめると、黙って彼女のBカップ未満の胸を凝視した。
「ちょ、ちょっと待って!」
殺気だった彼女の前に立ちふさがった者がいた――勇者だ。
「殺す! あいつは、今すぐ殺すの!」
「待て、落ち着け。ダメだ、殺しちゃ」
切れ切れに言う勇者を不審そうに見ると、魔法使いは構えた杖を少しだけ下ろした。
「どうして? あなたの仕事はこいつを倒すことでしょ? 今やるしかないじゃない!」
「いや、ダメなんだ。俺にはできない……」
苦悩にみちた表情で勇者は言うと、魔法使いの正面に立って彼女の目を見据える。何かにひどく苦しめられているような顔だ。だがそのまっすぐな瞳に気圧され、魔法使いは半歩あとずさった。
「だって俺は、巨乳大好きなんだ!」