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Future  作者: あお
3/3

第三話 「友情」

「お待たせ、舞華!一緒に帰ろう」

「うん、さなみちゃん!」

 私がこの学校に来て、もう二週間がたった。クラスの雰囲気にも、少しずつ慣れてきたけど、相変わらず小泉さんは、ひどい扱いを受けている。

 なぜこんなことになってしまったのか…まずはそれを知りたい。だけど、前にさなみちゃんと小泉さんの話をしたとき、重い空気が漂ってしまった。

 やっぱり、この話題を取り上げるのはやめた方がいいのかな…?なんて考えていたら、

「…やっぱり、気になるんでしょ?日織のこと」

 と言われてしまった。

「…うん」

「もう。だったら聞いてくれればいいのに。これでもあたし、クラスの情報通なんだよ?」

「だ、だって、小泉さんといろいろあったって言うから…」

 さなみちゃんは、寂しそうに笑った。

「もう、平気だよ。吹っ切れたの。気にしてくれて、ありがとね」

「そんな…そんなこと…」

 さなみちゃんだって、本当は小泉さんとの仲を取り戻したいんでしょ?

 喉まで出かかったその言葉を、あわてて飲み込む。

「ほら、だから、いろいろ聞いて?」

「…じゃあ、さなみちゃんと小泉さんって、どうして仲が悪くなっちゃったの?」

「…長くなるけど、いいの?」

「うん」

「じゃあ、話すね」

 さなみちゃんは、語り始めた。

 

 

 今年は二年生だから、クラス替えがあったの。だから初日、教室に入った時の空気と言ったら、半端なかった。もうシーンってしていて、誰一人、しゃべっていなかった。このクラス…大丈夫?って本気で思ったわ。

 その時、六人の女子が一気に入ってきて、いきなり玉木さんが

「今から、このクラスのみんなに伝えたいことがありまーす」

 って言ったの。それに続いて斉原 萌が、

「みんなもわかっていると思うけど、このクラスの学級長は、あたしだから。絶対投票してよね!」

 って偉そうに言ったんだ。

 斉原 萌を知っている男子たちは文句を言ってたけど、女子グループがにらんだ途端黙り込んで、しぶしぶ「はーい」って言ってた。それだけ、すごい存在なんだってわかった。

 先生が入ってきて、ホームルームが始まった。

 学級長選びは、斉原 萌に即決定。

 ホームルームが終わった後、みんなはグループで固まって行った。当然、あたしは一人。せめて一人でも話しかけようとしたら、本を読んでいる女の子がいることに気づいた。

 その人が、小泉 日織。第一印象は、おとなしいということ。なんだか、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。でも、構わず話しかけた。

「ねえ、あたし、前川 さなみって言うんだ。よろしくね!」

「え…あ、うん。私は、小泉 日織。よろしくね」

 日織は、ニコッと微笑んで、そう言ってくれた。

 それから、授業の時間になるまでずっと話していた。案外、楽しい人で、話しやすかったの。

 それから、あたしたちはいつも一緒にいるようになった。友達って、こういうことなんだなって、その時分かった。

 とっても…嬉しかったの。

 こんな毎日がずっと続くって、当たり前のように思っていた。

 でも、そうはいかなかったんだ…。

 ある朝登校したら、下駄箱に一通の手紙が入っていたの。

 差出人は、日織。

『もう、私に話しかけないで』

 そう書いてあった。

…え?どういうこと?あたし…何かしたっけ?あたしは手紙を握りしめて、教室まで走った。

 こんなこと、どうして書いたの?

 そう、日織に聞くために。

 息を切らしながら、教室のドアを開けた。その中には、日織もいた。

「これ、どういうこと?」

 手紙を見せながらそう聞くと、日織は目を伏せて、

「…そこに書いてある通りだよ。もう、私に話しかけちゃ、ダメだよ?」

「どうして?あたし、なにかした?」

「ううん。そうじゃないの。だから…お願い」

「何で!?だって、そんなこと…」

 できるわけない、と言おうとした時に、あの女子グループが入ってきた。

 斉原 萌を先頭になんとあたしたちの方へ来た。

 悪魔のような笑顔を浮かべて、

「ねえ、小泉さん。どうして前川さんと、しゃべってるの?」

 と聞いた。

 日織は震えていた。

 その時あたしは思ったんだ。

 これは、斉原 萌の命令なんじゃないかって。

「前川さんとしゃべるなって…あたし、言ったよね?」

 予想は、見事に的中した。

「ご…ごめんなさ…」

「守らなかったから…今日から遊び、開始ね」

「!そんな…」

「ま、せいぜい楽しみにしていることね」

『ガタッ!!』

 日織は椅子から立ち上がって、教室を出て行った。

 あいつらは、笑ってる。

 あたしには、何のことなのか、全く分からなかった。

 あまりにも短すぎる出来事だったから。

 だから、ただ立ち尽くしていることしかできなかった。

「あー…あんたにも教えてあげよっか?前川さん」

「…え?」

 斉原 萌は、笑いながら話して来た。

「何か、小泉さんって、一人でいる方がお似合いなんだよね。だから、前川さんとしゃべらないでって言ったの。約束破ったら、小泉さんで遊ぶって決めてさ」

『遊ぶ』。

 その意味を、あたしは一瞬で悟った。

『いじめ』だと。

「何でそんなこと!日織はきっと、そのせいで悩んで…」

「まあ、遊ばれることになったのは、あんたのせいでもあるけどね」

 ポニーテールにした長い髪をすきながら、淡々と言ってくる。

「だって、あんたが話しかけたんでしょ?そんなことしなければ、平和に暮らせたのにねー」

「あ…」

 そうだとしたら、日織はもう、あたしと一切口をきいてくれないだろう。

 どうして、こんなことになってしまったの…?

 って、何度も自分に問いかけた。

 たった一つだけ出てきた、答えは…。

『あんたのせいだ』

 そう…あたしのせい。

 何もかも…全部。

 あたしのせいで、日織は苦しんでいる。

 …今も、ずっと。

『いじめ』という存在に。

 もう、絶望しそうだった。

 つらくて、何も考えられなかった。

 …ううん。それ以前に、もう、生きたくなかった。

 それからあたしは、日織と一度も話していない。

 

 

「…こんな感じかな」

 あまりにも壮大な過去だったので、私はしばらく返事ができなかった。

 たった数週間の間に、それだけのことがあったのかと思うと、少しびっくりする。

「本当にもう、友達に戻る気はないの?」

「…うん。だってあたしのせいなんだよ?日織はきっと…許してなんかくれない。それどころか、これからもずっと恨んでいると思う」

「……」

 しばらく沈黙が続いた。

 やっぱりいやな空気になってしまった。

 こんな時は、なんていえばいいんだろう。

 これはもう、すぐに解決する問題じゃない。

 少なくても、私の力では無理だ。きっと。

 そうだ。思い切って誘ってみればいいのかも。

 あの、お店に。

「ねえ、さなみちゃん。この後、時間ある?」

「あるけど…どうして?」

「ちょっと、連れて行きたいところがあるんだ」

「へえー…。そこ、遠い?」

「ううん。すぐ近くの森を抜けたところにあるの」

 さなみちゃんは、きっと、こっち方面には来たことがないはずだ。

「分かった。ついてくね」

 この方法が、さなみちゃんの悩みを晴らせるかどうかわからない。

 でも、やってみる価値はある。

 私たちは、森の方へ向かった。

 

Fortune(フォーチュン)Telling(テーリング)?占い…ってこと?」

「そう、占いだよ」

 ついたところは、高校生のリンカさんが経営する、『Fortune(フォーチュン) Telling(テーリング)』。

 さなみちゃんは、かなり驚いているみたい。

 まあ、普通こんなところにお店なんかないものね。

「舞華…ここ、何なの?」

「ひょんなことから知り合った、女子高生のリンカさんっていう人が経営しているお店なの。

 ここ、結構当たるんだよね」

「…で、あたしに占えと?」

「うん。…イヤだ?」

「別にそういうことじゃないけど…。何を占えばいいの?」

「うーん…。友情運とか?ま、なんとかなるよ。とりあえず、中に入ろう?」

「うん…」

 私たちは、ドアを開けた。

 カラン、とベルの音がする。

 奥からリンカさんが出てきた。

「いらっしゃい。あ、舞華!…と、お友達?」

「はい。この前相談に乗ってもらった時に話した…」

 さなみちゃんは、以前、誘拐されそうになったことがある。

 その時に、リンカさんに相談に乗ってもらったことがあった。

「ああ!あの子ね。…はじめまして、リンカです。今日は来てくれてありがとう!」

「ま、前川さなみです!…よろしくお願いします!」

 さなみちゃん、緊張しているのか、ほほを真っ赤に染めている。

 …かわいいところも、あるんだな。

「とりあえず、座ってちょうだい」

 私たちは、椅子に座った。

「今日は、何を占いに来たの?」

「ゆ、友情運です」

「友情運ね。一回三百円だけど…大丈夫?」

「あ、はい」

「じゃあ、ちょっと待っててね」

 いつものように、リンカさんは占い道具を取りに、奥へと姿を消した。

「ねえ、リンカさんは、どうしてあたしの事、知ってるの?」

「あ、それは…。ま、いっか。…実はね、未来を見たら、ここで相談に乗ってもらっているの。だから、この前見たときも…」

「そうだったんだ」

 さなみちゃんも、納得したみたい。

 でも、すぐに首をかしげた。

「だけど、相談するときに占いとかもやるでしょ?お金とか払うの?

 そもそも、舞華とリンカさんって、そういう関係?」

 と、質問攻め。

 答えに困っていると、リンカさんの声がした。

「それは、私から説明するわ」

 そう言って、椅子に座った。

「まあ、簡単に言うと、舞華は私の命の恩人ってこと。

 私が事故に遭いそうになっていたところを、偶然目覚めた『未来視』と『時間停止』で、助けてくれたの。その恩として、タダで占っているのよ」

「そうだったんですか…。舞華って、すごいんだね!」

「いや、そんなこと…」

 …められるのは、少し苦手だ。

「で、それはともかく、何でろうそくとマッチがここに?」

 さなみちゃんは、机上に置かれているものを見て、目を丸くした。

「うちは、自家製の占いなの。けっこうあたるって、言われるのよ。でも、なぜか占い結果は週ごとに変わるの」

「へえ…」

「まあ、まずはやってみましょう。マッチ、擦ってもらえる?」

「あ、はい」

 シュッ!といい音がして、火がろうそくへとつけられる。

 リンカさんは、揺らぐ火をしばらく見つめていた。

 数秒後、口を開く。

「今週は、これ以上良くなることは、ないようね。だけど、少しでも油断すると今よりもっと悪くなることがあるわ。気を付けてね。でも、信じるか信じないかは、あなた次第よ」

「分かりました。ありがとうございます」

「ええ。また、ぜひいらしてね」

 さなみちゃんは、三百円払うと、小さく返事をした。

 私たちは、店を出た。

 森の中をまっすぐ歩く。

「どうだった?さなみちゃん」

「なんかすごいのね、あの店。当たる気がするよ」

 さなみちゃんは苦笑い。

「それにしても…リンカさんって、いったい何者なんだろう?不思議だったもん。高校生で、普通店なんて建てられないしさ」

「私もよく分からないんだよね。でも、なんとなく普通の人じゃないと思う」

 だけど、リンカさんのことを探るのは、やっぱり難しい気もする。

 そんなことを考えているうちに、森を抜けた。

 空はもう暗い。

「じゃあ、また明日ね、舞華!」

「うん。バイバイ!」

 私たちはそれぞれ反対方向へ走り出した。

 すぐに家が見える。

「ただいま」

「おかえり。あ、舞華、今日お母さんね、近所に挨拶をしたの。と言っても、前川さんっていうお宅しか回っていないけど」

 私は目を見開く。

「さなみちゃんの家に!?」

「あら、知ってるの?」

「知ってるも何も、私のクラスメートで、…と、友達だよ!」

「そうだったのね!とっても話しやすいお母さんだったわ」

 なんだか、久しぶりにこんな話をした気がする。

 お母さんも笑顔を浮かべている。

「これからも楽しい学校生活が送れそうね。よかったわ。前の学校なんて、本当にひどかったものね」

「…うん」

 前の学校のことはあまり聞きたくなかったので、そっと二階へ行く。

 前の学校にいたころは…もう毎日悪夢を見ているようだった。

 ずっと、一人だった。孤独だった。

 でも、そのことを誰にも話す気はないし、思い出したくもない。

 あんな目に遭っていた自分は…みじめに思えてきてしまうから。

 もう、あの頃の私じゃない。

 そう、何度も自分に言い聞かせてきた。

 そんな時、さなみちゃんという存在を知り…そして、友達になれた。

 それで、いい。

 毎日が、楽しくなるから。

 ふと、机の上にある、名簿を見る。

 私の名前は、当然ながら一番最後。

 クラスメートを覚えるためにも、一人ずつ覚えていかなきゃ。

 と、手が止まった。

 そこには、「小泉 日織」と印字されている。

 そう。今、いじめを受けている小泉さん。

 いつも一人でいる。

 まるで、前の私みたい。

 似ているところもあるかもしれない。

 いつか、話をしてみたいな。

 誰にも、見つからない場所で。

 

「それでさ、アユはある日突然姿を消しちゃったのよね!」

「そうそう!カイトが一生懸命探しまわるところで終わっちゃって…」

「あー!続きが気になる!」

 いまは、休み時間。

 私は、最近話題になっている、恋愛ドラマの話をしている。

 最近はこういう話題にもついていけるようになった。

 さなみちゃんとの距離がグッと近づいた気がする。

『ガラガラー』

 小泉さんが、教室から出て行った。

 すぐに斉原さんたちが愚痴る。

「あーあ、つまんないな、もう!」

「なんですぐに図書館に行くのかな、アイツ」

「唯一の逃げ場所なんじゃない?」

 あの女子グループが、堂々と話している。

 さなみちゃんがボソッと言う。

「…どうしてああいうことを平気で話せるかな?日織は…じゃないのに」

 悔しさにゆがむその顔は、痛いほどに気持ちが伝わってくる。

「…さなみちゃん。本当は小泉さんともう一度友達になりたいんじゃないの?」

「そうかもしれない。あたし、嫌だもん。日織がこんな風に言われるなって、耐えられないし」

 やっぱり…。

「でも、いまはどうすることもできないよ。今週は…うかつに行動しないほうがいいって、リンカさんが言ってたし」

 さなみちゃんは、信じるほうなんだ…。

「あたし…どうすれば、仲を取り戻せるのかな…」

 

 帰り道。

 さなみちゃんと別れ、私は一人で歩いている。

 こんな時、頼りになるのはリンカさんかなあ…。

 そんなことを考えているうちに、足はどんどん占い屋に向かっている。

 占い屋についたら、中から小泉さんが出てきた。

「こ、小泉さんっ!?」

 思わず叫んでしまった。

「小橋さん…!?」

 小泉さんも驚いている。

 しばらく沈黙が続く。

 考えてみれば、小泉さんと話す、チャンスかも。

 よし…。

「ねえ、いま時間ある?ちょっと話をしたいの」

「…うん、いいよ」

 小泉さんは小さくうなずいた。

 

「小泉さんって、占いとかやるんだね。ちょっとびっくりした」

「そう、かな…?」

「うん。ねえ、友情運とか占ってたの?」

 小泉さんが目を丸くする。

「ど、どうしてわかったの…!?」

「今の小泉さんの状況から考えれば、わかることだよ。さなみちゃんとの仲を取り戻したいんでしょ?」

「…違う」

 小泉さんは低い声で言った。

「違う…の?」

「だって、無理だもの」

「でも、さなみちゃんは小泉さんともう一度友達になりたいって言ってたよ」

 小泉さんは目を見開いた。

 でも、すぐに目を伏せる。

「そんなの…嘘…でしょ?」

「ううん。本当…」

「嘘よ!!」

 突然叫んだので、私は黙った。

「私のせいで、さなみちゃんを苦しめているんだよ?さなみちゃんがそんな風に言ってくれるわけないじゃない!!」

 小泉さんは叫び続ける。

「だいたい、人の気も知らないで、そういうこと言わないでくれない⁉これは私のさなみちゃんの問題なのよ!転校生は黙っててよ!」

 転校生。

 その言葉が私の胸をぐさりと突き刺す。

 過去の出来事が次々とフラッシュバックした。

 友達なんかいなくて、ずっと一人で「いじめ」という存在に苦しめられ続けてきた。

 いつしか人を信じることが出来なくなっていた。

 そんな醜い自分が。

 そう、私は転校してきた。逃げてきた。

「いじめ」から。

 私はあのころから何も変わっていなかったんだ。

「もう、私に話しかけないで!」

 小泉さんは走って森を抜けて行った。

 カラン。

 ベルの音がして、ドアが開く。

「リンカさん…」

「日織ちゃんの叫び声が聞こえたから、何事かと思って…」

 リンカさんは苦笑い。

「彼女、五月ぐらいからここに通い始めるようになったの。毎回友情運を占っていくのよ。新しい友達を探してるってね」

 あ…だから、違うって言ったんだ…。

「始めは結構おとなしい子だなって思ったんだけど、感情が高ぶると自分でも気が付かないうちにああいうこと言っちゃうみたいでね。たくさんの人を傷つけてきたって、泣きながら話してくれたこともあったの」

「じゃあ、さっきのも…」

「自分で止められなかったんでしょうね、きっと」

 小泉さんは相当悩んでいるのかもしれない。さなみちゃんとの関係に。

 私なんかが出る幕じゃなかったんだ。

 そう、私は小泉さんと何の関係もない。

 ただ、自分と重ねていただけ。それだけだったんだ…。

「…っ!」

 涙が後から、後から流れてくる。

 それと同時にいろいろな思いがあふれ出てきた。

 苦しみ、悲しみ、後悔、怒り…。

 涙は止まらない。

 いつまでも泣き続けている私を、リンカさんは何も言わず、暖かい手で包んでくれた。

 

 翌日の朝。

 さなみちゃんが登校する前に、私は図書館へ行った。

 なんだか無性に一人でいたくなって。

 図書館の扉を開ける。

 中にはあまり人がいなかった。

 まあ、部活に入っている人が多いせいもあるけど。

 でも、かえって安心する。

 もっと奥に行こうと思ったとき、思わぬ人物と遭遇した。

 小泉さんだった。

「あっ」

 二人同時に声を上げ、しばらく見つめ合っていたけれど、やがて小泉さんは図書館から出て行った。

 …やっぱり無理か。話すのは。

 少し落ち込む。

 だけど、仕方がないことなのかもしれない。

『転校生は、黙っててよ!』

 昨日の言葉を思い出す。

「…っっ!」

 胸のあたりが苦しい。

 転校生という言葉を聞くと、なぜだかそう感じる。

 そう。私は「いじめ」から逃げてきた弱虫。

「はあっ…はあっ…!」

 呼吸がどんどん苦しくなる。

 こんなことになるんだったら、一人でいたいなんて考えるんじゃなかった。

 さなみちゃん…助けて。苦しいよ…。

 突然目の前が真っ暗になった。

 私は、気を失った。

 

 

「あれ…?私のノートは…?」

「小橋さん、ノート探してるの?あたしさっき、ゴミ箱で見たよー!」

 無邪気な笑顔で、一人の女子生徒が言った。

 私は、あわててごみ箱を見に行った。

 ノートは、無残な姿で、ごみとして捨てられていた。

 クラスメイトはそれを見て笑い出す。

 どうして、こんなことされなきゃいけないの?

 もういやだ。耐えきれない。

「かーえーれっ!」

 誰かが叫んだ。続いて誰かも、

「かーえーれっ!」

 と叫ぶ。

 それは次第に大きくなっていった。

「かーえーれっ!かーえーれっ!」

 やがて、私を抜いたクラス全員の大合唱となった。

「かーえーれっ!かーえーれっ!かーえーれっ!」

 中には、消しゴムやペンを投げてくる人もいる。

「やめて…やめてよっ…!」

 そんな私の声は、大合唱に押しつぶされてしまう。

「かーえーれっ!かーえーれっ!」

 途中でそれは止まった。

 リーダーがとめたらしい。

「帰れって言ってんだから帰れよ、早く」

「い…いや…」

「ふーん。じゃ、無理やりにでも帰すけど」

 そういって、背中をけってきた。

「うっ!」

「ほら、さっさと出ろよ!」

 私は外へ追い出された。同時にかばんも飛んでくる。

 そして、鍵を閉められた。

 中からは笑い声が聞こえてくる。

「っ…こんなの…もう、嫌…嫌だよお…。助けて、助けて…!」

 うわごとのようにつぶやきながら、傷だらけの体で歩いた。

 もちろん家じゃない。

 どこか…誰にも見つからないような遠い場所へ向かって歩いたんだ…。

 

 

「…かっ!舞華っ!」

 私を呼ぶ声がして、目が覚めた。…ここはどこ?

「舞華!大丈夫!?」

「さなみ…ちゃん?」

「ここは、保健室だよ!図書館で舞華が倒れたって聞いたから、あわててきたんだけど…。よかった!目が覚めて」

 図書館で…。

 ああ、そっか。さっきのは夢なんだ。

 もう遠い、遠い昔の夢。

 記憶の奥底から出てきた、嫌な思い出。

 みじめな、醜い自分…。

「…うん、大丈夫。ありがとう、さなみちゃん」

「ううん。舞華が元気になってよかった」

 さなみちゃんが笑う。私も笑顔で返す・

 ―ごめんね。本当は元気なんかじゃない。

 教室にだって行きたくない。

 ずっと…一人でいたい。

 本当はそう思っていたけど、言えるわけなかった。

 だって、ここまで来てくれたさなみちゃんに、申し訳ないから。

 そう、言えないんだ…。

 

 とっぷりと日が暮れた帰り道。

 自然と足が、占い屋へと向かっていた。

 もう、何も考えたくない。

 ひどく気分が沈んでいる。

 ざくざくと森の中を進んでいった。

 その時、向こう側から足音がした。

「…小泉さん」

「!嘘…。だって今日は、リンカさん、誰も来ないって言ってたのに…」

 驚くのも無理ないか。

 でも、ここで「私はいくら占ってもタダ」なんて言えない。

「……………」

 しばらく沈黙の後、小泉さんは走り出した。

 私は振り向いて。とっさに呼び止めた。

「待って!」

 もちろんこれで止まってくれるなんて、期待していなかったけど、なんと小泉さんは立ち止った。

 私に背を向けたまま。

 私は続けた。

「昨日言ったこと、本当だよ!さなみちゃん、あなたと友達に戻りたいって言ってた!でも、どうしたらいいのかわからないって…。あなたもそうなんでしょう?本当は、仲が良かった、あのころに戻りたいって、思ってるんでしょう?そう…。お互いが背を向けあっているだけなんだ。これじゃあ、いつまでたっても、すれ違ったまま…。さなみちゃんは、待ってる!あなたが話しかけてくれるのを…」

「勝手なこと言わないで!」

 小泉さんは振り返って叫んだ。

「よく、人の気も知らないで、でたらめが言えるよね。…学校生活がうまくいってるからって、私の気持ちを見透かしたように言うのは、やめてよ!」

「わ、私はただ…」

 小泉さんはふっと、口元を緩めた。

「聞いたよ。小橋さん、未来視が使えるんだってね。リンカさんを使って、さなみちゃんを助けたような気になってるんでしょ?」

「ち、違っ…」

「後、小橋さんはどんなに占ってもタダなんだよね。どうしてか知らないけど、リンカさん、迷惑してるわ、きっと」

 違う。

 たった、その一言が言えない。

 目の前にいるのは、小泉さん?

 それとも、違う誰か…?

「…そうよ、所詮他人だもの。私の気持ちなんて、わからない」

 小泉さんが、かすれた声で言った。

 その瞬間、叫んだ。

「小橋さんなんて、転校してこなければよかった!そうしたら、こんな惨めな自分、知らないでいれたのに!」

 小泉さんが、背を向けて走っていく。

「小泉さん!待って、待ってよっ…!」

 小泉さん、あなたは昔の私に似ている。

 人づきあいが苦手なところも、人を信じようとしないところも。

 全部、全部似ている。

 だから、それを見過ごせない。

 どんなに言葉のやいばを向けられても、認めてくれていなくても、あなたを救いたい。

 その闇から…。

「はあっ…はあっ…!」

 だけど、なぜだか前の私はフラッシュバックする。

 踏まれ、蹴られ、壊され、閉め出され…。

 苦しい。私は横たわった。

「た…す…け、て…」

 意識がもうろうとしてきた、その時。

「ま、舞華⁉大丈夫?」

「リンカさ…ん。どうして…?」

 まだ息が荒い私の背中を、リンカさんはさすってくれた。

 呼吸が少しずつ楽になっていく。私は起き上がった。

「これから出かけるところだったの。そうしたら、あなたが倒れていたから。もしかして、占いに?」

「…はい。でも、いいです。だって、出かけるって言ってたし…」

「ううん。いいのよ。むしろ、私が占いたい」

 リンカさんは笑顔で言った。

「…じゃあ、ここでお願いします」

「わかったわ」

 リンカさんは目を閉じた。

 …しばらくして、目を開く。

「近々、あなたが気にしている子に、不幸が襲い掛かる予感がするわ。場所は…その子が良くいく場所」

 私が気にしている人…。

 もしかして、小泉さん…?

 良くいく場所って、図書館かな?

「おこる日時はわからない。けれどかなり近いと思うわ。…信じるか、信じないか、これからどうするのかは、あなた次第。だけどきっと、その人の運命は変えられるわ」

「…ありがとうございました」

「いいえ。立てる?」

「あ、はい」

 私は何とか立つ。

 そして、ふらふらと、反対方向を歩く。

 助けなきゃいけない。小泉さんを。

 そのためには、四六時中見守っていなければいけない。

 変に思われるかもしれない。それでも、私は助けたい。

 小泉さん…そして、昔の私を。

 たとえ、自分が犠牲になったとしても…。

 

 翌朝。

 私がさなみちゃんと教室で話していると、小泉さんが入ってきた。

 クラスが一瞬で静まった。

 だって、小泉さんは、ずぶぬれだったから。

 私はあわてて外を見た。でも、雨は降っていない。

 小泉さんは、何も言わずに席に着く。

「日…織?それ…」

 さなみちゃんが、真っ先に話しかける。

「…何?」

「どうして、そんな…」

「…さなみちゃんには、関係ない」

「でも…」

「放っておいて」

 小泉さんは、吐き捨てるように言った。

 そういえば、斉原さんたちがいない。まさか…。

「あいつらなんでしょ?あいつらがこんなこと、やったんでしょ⁉」

「そう思うなら、そうかもね」

 さなみちゃんの声は、小泉さんの心に届いていない。

 その時。

 視界が、青白いものに変わった。

 いや…白い光というべきか。

 場所は…図書館!

 たくさんの人が行きかっている。

 その中に、小泉さんもいた。

 ふらふらと、おぼつかない足取りで、左から二段目の棚を歩いている。

 刹那、連なっている棚の一つがぐらついた。

 小泉さんめがけて倒れてくる。

 映像はそこで途切れた。

 それとほぼ同時に、小泉さんが教室から出て行った。

「ま…待って!」

「日織!舞華!」

 さなみちゃんが叫んだけれど、私の足は止まらない。

 まさか…小泉さんは図書館へ?ということは!

 ついさっき見たばかりの未来が、もう起るのかもしれない!

 思った通り、小泉さんは図書館へ入っていった。

 私もそれに続く。

 中に入ると、小泉さんはふらふらと奥に入ってゆく。

 左から、二番目の棚に入った時だ。

 突然、手前にある棚が倒れてきた。

 小泉さんに向かって。

「小泉さん!」

 私が叫んだのと同時に、視界はセピア色となった。

 急いで、小泉さんのところに駆け寄り、触れる。

 彼女の色が戻った。

「…私…生きてる…」

 小泉さんは、ポツリとつぶやいた。

 そして、周りを見て、

「みんな、止まってる…。これが時間停止…?」

「そう。私が「解除」と言えば元に戻るけど、あまり長くは止められていないの。さあ、こっちへ…」

 私は、小泉さんの手を引いた。しかし、小泉さんは動こうとしない。

「…小橋さんだけ行って。私は、ここにいるから」

「え?何言って…」

「だから、早く解除してよ。それか、この倒れかけの棚を触れてもらってもいいんだけど」

「小泉…さん…?」

 小泉さんは目を伏せた。

「今日ので分かったの。私、いる必要ないんだって。だからね、この下敷きになったら死ぬとまではいかないけど、入院程度のけがはできるかなって思って。…お願い、早く解除して」

 小泉さんの目は、もう絶望しか映っていない。

 この気持ちは、痛いほどよくわかる。かつての私と同じだから。

 でも、わかっているからこそ、救いたい。

「誰も、あなたのこと必要ないなんて言ってないよ。もし、必要ないなら、私もとっくにいなくなってるもの」

「…え?どういう…」

「あ、危ないっ!」

 私は、小泉さんの手を思いっきり引っ張った。

 その瞬間。

 ドスン!重い音が響き、棚が倒れた。

 どうやら、時間が動き出したようだ。

 周りでは、悲鳴が上がる。

「行こう、小泉さん」

「行くって…どこへ?」

「屋上」

 私たちは、騒々しくなってきた図書館を後にした。

 

 ドアを開けると、生暖かい風が頬をかすめた。

 そう、ここは屋上。

 前に、学校の案内を先生にしてもらった時に、知ったんだ。

「どうして、屋上なんかに…」

「話したいことがあって」

 私は、まだここにきて誰にも打ち明けていない過去を話すために、ここに来た。

 その方が、小泉さんと分かり合えると思ったから。

「私ね、小泉さんと一緒なの」

「…一緒?何が?」

「私は、前の学校でいじめられていた。…踏まれて、蹴られて…そんな毎日だった」

「小橋さんが…?」

「うん。でも、ある日、この学校に転校が決まったの。本当にうれしかった。また、ゼロからやり直せるんだった思ってから。だけど、やっぱり弱いころの私は消えてなかった。あなたを見るたびに、私は過去を思い出して発作を起こしていたの。その時、気づいたんだ」

 私は、笑いながら言った。

「あなたは、昔の私にそっくりだってこと」

「私が…昔の小橋さんにそっくり?もしかして、いじめに遭っていたことが…?」

「それだけじゃない。たった一人で闇に閉じこもって、誰かが救いの手を差し伸べたとしても、その手を振り払う事。誰も信じられなくなってゆくこと。似てるの…あなたを見てると昔を思い出すから」

「思い…出す?」

「うん。だからかな、どんなに手を振り払われても、救いたいと思った。そんなところに、あなたの未来を視たんだ。図書館の棚が倒れる未来」

「あれは…未来視の能力で見たことだったの?」

「そうだよ」

「だから、あんなにすぐ助けに…」

「それとね、もう一つ言いたいことがあったんだ」

「え?」

「…ずっと、最初に話した時から思ってた。友達になりたいって」

「友達…?私と…?」

「うん」

「ずっと…そう思っていてくれたんだね」

 小泉さんは、笑顔で言った。

「私、もう一度誰かと友達になりたかったの。だから、本当にうれしくて…。ありがとう、『舞華ちゃん』」

「こちらこそありがとう、日織ちゃん」

 やっと通じた思い。いつまでも大切にしよう。

 その時、屋上のドアが開いた。

「ハアッ…。舞華、日織っ…ここにいたんだ…」

『さなみちゃん!』

 二人で声を合わせた。

 ここまで走ってきたのだろう。

 息が荒い。

「どうしても…さ。日織に伝えたいことがあって」

「私…に?」

「あのときは、ごめんなさい!」

「え?」

「今更許してくれるなんて思っていない。でも、でもね、これだけは言わせて」

 さなみちゃんは大きく息を吸った。

「あたしは、日織の事が大好きだよ。たとえ日織があたしのこと嫌いでも、あたしは!大好きだよ‼」

「…!」

「じゃあ」

 さなみちゃんは、背を向けて走っていく。

「ま…待って!」

 日織ちゃんが叫ぶ。さなみちゃんが振り向いた。

「わ、私も、さなみちゃんの事…大好きだよ!」

「日織…」

「社長の娘だからじゃなくて、一人で、かわいそうだからじゃなくて、本心で『友達になろう』って言ってくれたこと、今でも覚えてる!本当にうれしかった!私にとって初めての友達…。そんなさなみちゃんのことを嫌いになんかなったりしない!絶対に!だから…だから、今度は私から言いたい」

 日織ちゃんは、笑っていった。

「もう一度、友達になろう」

「もちろん!」

 二人は抱き合った。涙を流しながら。

 良かった…本当に。

 抱き合う二人を見ていると。

「舞華、ありがとう」

「舞華ちゃんのおかげだよ」

「え…え!?私は何も…」

「ううん。してくれたよ。あたしが日織に思いを伝えるきっかけになったの、舞華がいてくれたからだよ」

「私も、ずっと心を閉ざして拒んでいたけれど、それでも舞華ちゃん、あきらめずに説得してくれたからだよ」

「あ…」

 そっか、私無意識のうちに…。

『ありがとう』

 二人は声をそろえて言った。

「二人とも…」

 私がいじめられていた過去。それは決して消えることはない。

 でも、大丈夫。私には、大切な友達がいるから。

「これから、よろしくね!」

 空は、どこまでも、青く青く澄んでいた。

 

 

「…で、今度はいよいよアレですか」

「まあ、そういうことになるね」

 ビルの最上階。学校の屋上に立つ三人の少女を見下ろす二つの人影があった。

「あの子は結構手強いと思うけど、もちろん大丈夫だよね?」

「当たり前です。…っていうか、あれのどこが手強いんですか」

「直にわかるよ。君のその余裕ぶりだって、いつ消えるかっていうほどに」

「……」

 一人が立ち上がった。

 

「頼むよ。僕、の君には期待しているから」

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