第二話 「日時」
「おはよう、小橋さん!」
「…おはよう、前川さん」
席について一人でいる私に、今日も声をかけてくれた前川さん。私は、上手く返せないけど…。
あの占い師…リンカさんの言葉を思い出す。
『明日からは、クラスメートと一緒に帰れば、いいことあるかもよ』
いいこと…。占いは信じていないが、少し気になる。…よし。思い切って、誘ってみよう。
ドキドキと高鳴る胸。それを抑えながら、私は言った。
「ま、前川さん!」
「どうしたの?小橋さん」
「あの…帰り道って、どこ?」
「帰り道?えーっとね、あの、車だけやけに通る歩道を歩くけど…」
あ…私と一緒だ。これは、チャンスかもしれない。誘いやすくなった。
「じゃあさ、い…一緒に帰らない?」
「え?…一緒に?」
「うん…」
前川さんが、驚いた顔をしている。でも、しばらくしたら、笑顔になって、
「いいの?じゃあ、放課後一緒に、帰ろっか!」
「!ありがとう…!」
良かった…いいって、言ってもらった。私だってやればできた。こんなにうれしいことって、相当ないと思う。
席について、しばらく前川さんの方を見ていた。今日の放課後…一緒に帰れるんだ。こんなこといつ以来だろう。
突然、見ている景色が青白いものに変わった。青白いというより、青の割合が多い気がする。
しかも、見えているのは教室ではなく、何と、あの通学路だった。
でも、何かがおかしい。普通は歩いている時、左側にガードレールがあるはずなのに、今通っている人は、ガードレールが右側にある。つまり、左側通行ということだ。…どうして?
あれ…?歩いている人って、もしかして…。
肩にかかるくらいの髪の長さ…間違いない。前川さんだ!
私は今、前川さんの未来を見ているんだ。
「あなたは不幸な未来しか視ることができない」不意に昨日のリンカさんの言葉を思い出す。
そうだ。私は……不幸な未来しか視られない。
つまり、前川さんは、不幸な未来を背負っているということ。
これは何としてでも、止めなくちゃいけない。私は、食い入るように見た。
前川さんの右側に、黒い車が止まった。その中から出てきた数人の男の人たちに、腕をつかまれ、彼女は車へ押し込まれていた。
そこで、映像は途切れた。
これは…誘拐?いつ起こるかは分からないけど…おそらく下校中だろう。ということは、一緒に帰る約束をして良かったことになる。
リンカさんの言ったことは、当たったんだ。だけど、油断してはいけない…。だって、さっき見た未来は、今日起こるかもしれないし、一か月後かもしれないから。
なんだか、心配になってきた。帰る途中にでも、リンカさんのお店へ寄って行こうかな…。もちろん、前川さんとの、分かれ道があるだろうし。
「ちょっと、どういうことよ!小泉さん」
突然、斉原さんの声が響いた。はっと我に返る。
声のする方を見ると、ボブヘアーの女の子が、斉原さんのグループに囲まれている。彼女の名札には、『小泉 日織』と書かれていた。
そういえば、昨日は教室にはいなかったような…。そのせいか、初めてみる気がする。
「ご…ごめんなさい。斉原さん…」
「ごめんなさいで済む問題じゃないでしょ!?おかげで、あたしが宿題忘れになっちゃうじゃない!ほら、何とかしなさいよっ!」
斉原さんが、小泉さんの机をける。グループの人たちも、次々に罵声を浴びさせる。
「そうよ!何とかしなよ!」
「萌が先生に怒られて成績でも下げられたりしたら、どう責任取ってくれるの?」
小泉さんは、今にも泣きそうな顔をしてる。
「まあ、みんな落着きなって。あたしに、いい考えがあるわ」
高い位置にツインテールにした女の子が言った。名札には、『玉木 瑠香』と書いてある。
「何よ、瑠香。いい考えって?」
斉原さんが、聞き返す。
「簡単よ。萌が小泉さんのノートを写して、そのページだけ破けばいいんじゃない」
「なるほどね。証拠を消すってわけね」
斉原さんは、ニヤッと笑う。そして、小泉さんから、ノートを取った。これにはさすがに、小泉さんも動揺したらしく、
「や…やめて…!返して…!」
と、必死に取り返そうとしていた。そんな小泉さんを、グループの人たちは、上から取り押さえた。
斉原さんは、その間にノートを写し、小泉さんのほうをびりびりに引き裂いた。その紙くずを、ごみ箱にどさっと入れる。
「アハハハハ!」
グループの人たちの笑いが響く。
これは…どういうこと?
斉原さんは、学級長なのに、こんなことをして笑っている。なんでこんなことになってるの?
まさか、学級長だからこそやっているのか。
…分からない。ここは、前川さんに聞いてみるしかなさそうだ。
ああ…早く放課後にならないかな。
「…びっくりしたでしょ?うちのクラス」
「うん…」
やっと放課後になり、私は約束通り、前川さんと帰っている。早速クラスのことを聞こうと思ったら、彼女の方からから話題を振ってくれた。
「いつも、あんな感じなんだよねー。まあ、さすがに昨日は小橋さんが初日だから、やらなかったんだろうけど」
「…小泉さんって、どんな人?」
「えっと…確か、社長の娘って言ってたかな。割とおとなしい方なんだけど、何かと注目されることが多くてさ。そこに目を付けられたんだろうね、斉原 萌に」
前川さんが、淡々と話す。とてもあきれた表情をしている。
「斉原さん…って、クラスでは一番偉いの?」
「何か、本人が勘違いしてるのよ。学級長は、何をしても許されるって」
前川さんは、困ったように笑う。
「本当、バカみたいよね。気に入らないからって、日織にあんなことしてさ」
…今、小泉さんのことを、名前で呼んだ。もしかして…と思い、
「仲…いいの?」
と聞いた。
すると、前川さんは一瞬驚いた表情になり、それから下を向いた。
「仲、良かったよ。…一か月前までね」
一か月前…四月の中旬ごろだ。何かあったのか。ケンカ…?
話しながら、左に曲がろうとした時、
「あ。あたし、右なんだ。ほら、曲がってすぐに家があるでしょ?」
前川さんの指さす方を見ると、黄色い家がある。
「小橋さん、また明日ね!」
「うん、また明日」
前川さんは手を振ると、走って家の玄関から入っていった。
…結局何もなかったな。でも、あの歩道を通って、右に曲がってすぐに家があるということは、私と別れた後に誘拐される危険性はないということか…。
だけど、やっぱりいつ起こるかわからないんだ。明日かもしれないし。一か月後かもしれない。何とか、分かるといいんだけど…。
占い、やっていこうかな。
私は、リンカさんのお店へ向かうため、森の中へ入った。
暗い森の中にある、リンカさんのお店、『Fortune Telling』
日本語で、占い、という意味だ。
中に入るとやはり薄暗く、『カラン』とベルの音がした。奥からリンカさんが出てくる。ドラマやアニメに出てくる占い師がよく着ている紫色の服を身につけていた。
「いらっしゃ…あら、舞華じゃない!昨日ぶりね。どうしたの?」
「じ、実は、相談があって…」
「ああ、そういうこと。じゃあ、ここに座って」
私は、昨日のようにリンカさんと向い合せになった。
「で、相談って?また、人の未来でも見たの?」
「そうなんですけど…。少し、変わっていて」
「どういうこと?」
リンカさんは、首をかしげる。
「えっと…。クラスメートの一人と一緒に帰る約束をしたら、また、昨日のように目の前が白くなったんです。いや、青白いというより、ほとんど青に近い色でした。でも、昨日と違うことが、いくつかあったんです」
「違うこと…」
「はい。まず、教室で未来を見ていたはずなのに、あの歩道が写ったこと。次に、嫌にタイミングが良すぎること。最後に、未来でうつされていた人が、左側を通っていたこと。…これぐらいです」
私は、一息つくと、リンカさんの方を見た。
「何かわかりましたか?」
「あの…それは確かに違うことなんだけど、不思議でも何でもないわ。見てる景色が変わることも、タイミングもね。でも、問題は最後よ。左側通行…か。どうも引っかかるわね」
…まさか、そこに目を付けるとは思わなかった。
私が最後に挙げたものこそが単なる偶然だと思っていたから。
「その人は…小学校の時から、あの道を使っているんでしょ?」
「たぶん…。え?何で知ってるんですか?」
「まあ、いいの」
…本当に、リンカさんは不思議な人だ。そういうことにしておこう。そうしないとますますわからなくなりそうだ。
「そうだとしたら、その人は約七年間、通っていることになるわね」
「…左側通行と、何か関係あるんですか?」
「だって、そんなに通っているのなら、もう定着しているはずよ。右側を通るってね。実際、今日帰るとき、右側通行だったでしょ?」
「…あ。確かに」
言われてみれば、そうだった気がする。
でも、そんなこと意識する方が不思議。ということは、左側通行だったのも、何か理由があるのでは…。
「う~ん…。考えれば考えるほど、分からなくなってくるわ。…よし、ここは、占いに頼りましょう!ね!」
「いいんですか?」
「ええ。昨日は帰り際につぶやき感覚でやっちゃったけど、今日はちゃんと準備するわよ。ちょっと待っててね」
「はい」
リンカさんは、奥の方へと姿を消した。
…昨日のあれ、占いだったんだ。まあ、確かに当たったけど…。
そう思いながら、ふと、部屋を見渡してみた。案外、扉が多いような…。この部屋の端にも、五つぐらいある。…薄暗いため、はっきりとは見えないが。
「…あれ?」
しばらく見ていると、少し上の方に看板を見つけた。そこに書いてあったのは、『占い一回 三百円』。
でも、リンカさんは、私にお金を要求しない。それはつまり、無料で占ってくれているということ。
どうして、そんなこと…。
「お待たせ~」
リンカさんは、ろうそくとマッチを持って戻ってきた。当然占いと言えば、水晶玉やカードだろうと思っていた私は、目が点になった。
「…何ですか、それは?」
「え?ろうそくとマッチだけど?」
「それは分かりますけど、何に使う気ですか?」
「ああ。一応占いは習得したんだけど、つまらないから自分で作ったの。インチキとか思うでしょうけど、結構当たるのよ」
…自分で占いを作る人を見たのは、初めてだ。ろうそくとマッチをまじまじと見ていたら、さっきのことを思い出した。
「……あ!あの、私、昨日三百円払ってないですよね?今、払いま…」
「いいの。あなたはタダよ。…これからもずっと…」
「え!?どうしてですか?だって、そんなことしたら…」
すると、リンカさんは、目を細めた。
「あなたは私の命の恩人よ。あの時助けてくれなかったら、私の人生は、終わっていたかもしれない。だから、あなたには、一生かけて恩を返していくつもりよ。その恩が、タダで占うってことなの」
リンカさんは、悲しそうな顔をした。
「こんなことぐらいしかできなくて…。ごめんなさいね」
驚いた。そんなことを、気にしていてくれたなんて。世の中にはこんなに素敵な人もいるんだ。
「いえ、そんなことないです!…そこまで、考えていてくださったんですね。本当にありがとうございます。せっかくなので、いただきますね。リンカさんの恩」
「ありがとう、舞華…!」
リンカさんの笑顔は、輝きに満ちていた。
本当は、恩なんていらない、と断ろうと思っていた。でも、精一杯に返そうと頑張っているリンカさんを見ると、断ることなんてできなかった。
「それじゃ、始めるわよ。この占いは、私があなたの点けたろうそくの火をじっと見つめてるだけだから。
…あ、マッチ擦れる?」
「擦れますけど」
「じゃあ、よろしくね」
リンカさんは、私の前にマッチの箱を置いた。
一本取出し、擦る。
シュッ!
リンカさんの瞳が、しばらくろうそくの火から動かなかった。
やがて、口を開く。
「油断は決してしないで。それは、いつ起こるかわからないから。とにかく、一緒にいた方がいい思うわ」
フッ…とろうそくの火を消して、私と目を合わせる。
「信じるか信じないか、これからどうするかはあなた次第。だけどきっと、その人の運命は変えられるわ」
「…ありがとうございます」
「がんばってね」
リンカさんは、笑顔でそう言ってくれた。
私は、店を出た。外は、もう暗くなりかかっていた。
…急いで帰らないと。そう思い、家まで走って帰った。
「ただいま」
キッチンにはお母さんがいた。
「おかえり。遅かったわねー。部活の見学でもしてきたの?」
「ううん。…友達と話してたら、いつの間にかこんなに暗くなってて」
「あら、そうなの。友達出来て、良かったわね!」
お母さんの笑顔につられ、私も薄く笑う。
友達。私には、そんなのいないのに。
その時、ふと、一人の顔が横ぎった。
前川さん…。
でも、たった一度だけ、一緒に帰っただけの人を、友達なんて言えない。
「私、部屋に行くね」
そう告げて、階段を上る。
「友達…」
私にも、いつかできるのかな?もしできたとしたら、どんなにいいだろう。一緒にいてくれる人がいたら、私はもっと素直に笑うことができるかもしれない。
「明日も、一緒に帰れるかな?前川さん…」
私はきっと、前川さんを守るためだけに帰っているんじゃない。自分の意志で、「帰りたい」って思っているから、帰っているんだ。
「…宿題、やろう」
私は、机に向かった。
しかし、毎日一緒に帰れるものの、三日たっても四日たっても前川さんの身は何も起きず、ついには未来を見た日から、一週間がたった。
何とかして、起こる日が分からないものか。
でも、そのおかげで、前川さんとの会話数は増え、クラスの現状もいろいろと知ることができた。
このクラスは主に斉原さんがリーダーとなり、その斉原さんを含む女子グループが、クラスを支配していること。
気に入らないクラスメートを、精神的に追い詰めていること。
担任の前では、明るく楽しいクラスだと言い、安心させていること。
とにかく、めちゃくちゃなクラスのようだ。
そんなクラスの中に、私がいてもいいのかとたまに不安にもなる。だけど、前川さんは、「そんなことないよ」と笑顔で言ってくれる。
この笑顔を守るためにも、私は、前川さんを救わなければ。
怖くて不安だけど、守りたい。
私がどうなってもいい。前川さんが笑顔でいられるなら。
どうか…この願いが叶いますように。少しだけ、強くなれますように…。
翌日。
朝、いつも通りに投稿し、教室の中に入った。少し家を出る時間が遅くなってしまったが、時計を見ると、七時五十分。まあ、間に合ったのだから良しとしよう。
私は、席に着こうとしたが、斜め後ろの前川さんの席が空いていることに気が付いた。
…変だ。いつもは、この時間には学校に来ているのに。
もしかしたら、欠席かもしれない。そう思って、事務室にいる先生に聞いてみたが、
「前川さん?何の連絡もないわよ」
と言われてしまった。
じゃあ、いったいどうしたというのだろう。性格からして、無断欠席するような人でもなさそうだし…。
「他に思い当たることは…」
その時、脳裏に浮かんだのは、誘拐される場面。
「まさか…『朝』だったの?しかも、『今日』?」
全身から力が抜けそうになる。
今から戻れば…でも、もしも手遅れだったら?
私の責任だ…。あんなに『守る』って言ったのに、『救う』って言ったのに…!
あきらめたら、終わりだ。一分でも、一秒でも早く、助けなくちゃ!!
私は、靴を履き、夢中で走り出した。
どうか、間に合って…!本当に、祈るような気持ちだった。
しばらくすると、あの歩道に入った。
「…あ、あれは…!」
先を見ると、黒い車が止まっていた。その横で、数人の男性たちに、前川さんは連れ去られそうになっている。
「いやっ!離して!離してよっ!」
「いいから、来いよ!はやく、この中に…」
「誰か、助けてっ!誰かぁっ!!」
…まだ連れ去られてはなかった。
しかし、安心しているわけにもいかない。この状況を、どうやって切り抜ければ…?
幸い、男性たちは、私の存在に気が付いていない。だけど、いつかは、気が付いてしまうだろう。
「…そうだ、時間停止だ!」
急いで、強い気持ちを生み出そうとする。でも、焦れば焦るほど、それは見つからなくなっていく。数メートル先では、前川さんが必死に抵抗している。
そうだよ…。前川さんは、一生懸命抵抗しているんだ。「助けて」って、叫んでるんだ。
私は、前川さんを守るって、助けるって決めたんだ…!私は…助けたいんだ!
「前川さん!!」
気がついたら叫んでいた。辺りは、セピア色へと染まっていた。
「よし、今のうちに!」
私は、前川さんのいる所へ、駆け寄った。急いで、前川さんに手を触れる。
「…え?あたし…」
「前川さん、大丈夫!?」
「こ、小橋さん?…どういうこと?」
「今は、話している時間がないの。とにかく、あと少ししたら、周りの色は元に戻るから、それまでに学校へ一緒に戻ろう」
「う、うん…分かっ…え!?体が…動かない…」
見ると、手首が掴まれたまま、時間が止まっていたようだ。これでは、一緒に逃げられない。いったい、どうすれば…?
…こうなったら。
「街の色が戻ったら、手首を振りほどいて、学校へ知らせに行って、前川さん」
「え…でも、そんなことしたら、小橋さんが…」
私は、精一杯の笑顔を見せて言った。
「大丈夫。少しでも時間稼ぎになるように、がんばるから。だから、学校に知らせてきてくれないかな?」
「…うん。早く知らせてくるから!」
「ありがとう」
そろそろ、時間が動きそうだ。でも、『解除』と言った方が、前川さんも逃げるタイミングがわかるだろう。
「前川さん。私が『解除』って言ったら、学校へ行って」
「分かった」
「じゃあ、行くよ?…『解除』!」
その瞬間、街の色が戻った。
「…っ!」
前川さんは、男性の手を振りほどき、学校へ向かって走り出した。
「おい、待ちやがれ!」
男性たちは追いかけようとしたが、私はその前に立ちふさがった。
「…行かせません」
「はぁ?何だテメエ」
「さっきの人の…友達です!」
そう言った瞬間、男性たちは笑い出した。
「ハハハ!友達だとよ!」
「おもしれー冗談言ってくれんじゃん」
「何がおかしいんですか?」
不思議と怖くなかった。すらすらと、言い返す言葉が口から出て来た。
「何がって…友達だからどうしたってんだよ。オレらと戦うとか言いださねーよな?」
「…それが良ければ、構いません」
「ヘー…やるつもりか…じゃあ、お前ら、さっさとやっちまえ」
数人が、こちらにとびかかってきた。中には殴ろうとしてくる人もいる。私は、必死によけた。
しばらくそうしていると、
「フン!なかなかやるな。…じゃあ、これはどうだ」
リーダーらしき男性が、飛びけりをしてきた。
あっと思った時にはもう遅く、私はまともに受けてしまった。
「きゃあっ!」
ガードレールに、たたきつけられる。
「…いっ…!」
手足には、たくさんの傷ができた。だけど、それでも立とうとする。
「弱すぎだろ。マジウケるわ~。よく戦おうとか思ったな」
男性は鼻で笑う。
「おい、ずらかろうぜ」
ウソ、逃げられちゃう!?
そんな…これじゃあ、せっかく学校に伝わったとしても、ダメじゃない…。何とかしなきゃ!
その間に、男性たちは皆、乗り込んでいく。
「待っ…て…!」
必死に立とうとする。でも、体が言うことを聞かない。
もう、あきらめかけていた、その時。パトカーのサイレンが近づいてきた。
「警察だ。今、とある学校の女子生徒から、通報があった。…全員そこを動くな!」
「わっ!ヤベッ!おい、お前ら逃げるぞ!」
「そうはさせるか!」
しばらく乱闘は続いたが、やがて男性たちは取り押さえられ、パトカーに乗り込んで言った。
「君、大丈夫かい?ひどいケガだよ」
警察の人が、声をかけてくれた。
「だ…大丈夫です…。あの…ありがとうございました」
「いや、いいんだよ。それにしても君は、ずいぶん勇敢なんだね」
「え?」
警察の人は、ニコリと笑った。
「通報してくれた生徒が言っていたんだよ。『友達は、自分を助けてくれたがために、今、危ない目に合っている』とね」
「前川さん…が…」
「うん。…さあ、乗って。学校まで送るから」
「あ…でも、すぐ近くなんで…」
「だけど、すごいケガじゃないか」
…そうだ。私、ケガしてたんだ。
「じゃあ、お願いします…」
私は、パトカーに乗った。
ほんの数分で、学校に着いた。先生が待ってる。
「ありがとうございました」
「いいえ。じゃ、気を付けて」
「はい」
パトカーは、校門をでていった。
私も、先生の方へと歩み寄る。
「小橋さん!」
「先生…」
「良かったわ、無事で!詳しいことは、前川さんから聞いたの。あなた、本当に勇敢ね」
「いえ、そんなことないです。かなり、危なかったんですよ…」
苦笑いとともに返した言葉。しかし、先生は、
「いいえ!前川さんも言っていたのよ。あ、そうだ!前川さんが待っていたんだった。とにかく中に入って」
「あ、はい」
先生…そこ、忘れちゃダメじゃないですか…と言おうと思ったけど、やめておいた。
私は、昇降口から入った。
そこにいたのは、前川さん。
「こ…小橋さんっ!」
私と前川さんは、抱き合った。
「良かった…。本当にごめんなさい!あたしが、あんな目にあったりするから、小橋さんを危険に巻き込んじゃった…」
前川さん…泣いてる。
「でも、私の帰りなんて、待っていなくてもよかったんだよ?おかげで、一時間目の授業、出られなかったでしょ?」
「そんなの、いいんだよ!あたしは、小橋さんを待っていたかったから。授業なんかよりも…小橋さんの方が大切だから!」
前川さんは、笑った。大切…?
「ど…どうして、そんなこと言ってくれるの…?」
「だって…『友達』だから。…『友達』だから、とても大切な存在だって、思えるんだよ」
…涙が溢れた。
ずっと、望んでいた言葉。
誰かに…言ってほしかった言葉。
『友達』。
「ありがとう…」
自然に、そんな言葉がこぼれた。涙が…止まらない。
「こちらこそ…ありがとう」
前川さんも、泣き続けている。
ずっと、こんな時間が続けばいいのに。
そう思うほどに、とても幸せな時間だった…。
しばらくすると二人は離れ、玄関に座った。
先生は、
「二人とも、一時間目は出なくていいわ。ちょうど私の授業だったから、自習にしておいたの。もちろんあなたたちは、出席扱いよ。それじゃあ、ごゆっくり」
と言って、教室へ戻って行った。
「あ、そういえば、私…前川さんに話さなきゃいけないことがあったね」
「え?何のこと?」
「ほら、あの時…、街の色が変わったこととか、話せなかったから」
「ああ、そういえば!」
これから私が話そうとしていること…。それは、私の秘密を他人に知られるということ。だけど、前川さんなら大丈夫だと、確信した。
もう…友達なのだから。
「私には、超能力が宿っているの。それを使うことだってできる。だけど、色々と複雑で…。私が持っているのは、『未来視』と『時間停止』。未来視では、人の不幸な未来だけしか見ることができないし、時間停止では『強い気持ち』がないと使えない。さらに、二つの能力の両立ができない。片方が強ければ、もう片方が弱くなる…これが私の性質なの」
話すだけ話して、ふと前川さんの方を見ると、ぽかーんと口を開けている。
「あ…一気に話しちゃってごめんね。そうだよね、超能力とかいきなり言われても、信じない…」
「す…すごいじゃない、舞華!超能力って、本当にあったんだね!」
あれ…何か、信じてくれてるの…かな?
しかも…。
「名前…」
「あ…つい言っちゃった」
前川さんが照れ笑いする。
「何かさ、名字呼びって、違和感あるんだよね。まあ、呼び始めは良かったけど…その、もう友達じゃん?」
「あ…」
「後、ありがとね。助けてくれて。あたし、一人で興奮しちゃったけど、本当にすごいね!超能力って!
…舞華の能力は、未来で見た人の運命を、変えることができるんだね。…今回みたいに」
そうだ…。
私は、前川さんの未来を…運命を変えたんだ。それって、すごいことなのかも…。
「それと、あたしが学校へ向かって走り出した時、あいつらと舞華の会話が、少し聞こえたんだよね。いつもの舞華とは大違い!すっごくかっこよかった!」
「あ、ありがとう…前…ううん、さなみちゃん!」
「うん、舞華!」
二人で笑いあう。
いま、私は心の底からの笑顔を浮かべているだろう。
『キーンコーンカーンコーン』
一時間目の終わりのチャイムが、鳴り響く。
「そろそろ、行こっか、舞華」
「うん、さなみちゃん」
私たちは、教室に向かって、歩き出した。