第一話 「予測」
「さて、転校生の小橋さんから、自己紹介をしてもらいましょう」
先生の声が響く。私は、他人に聞こえるであろう最小限の声量で言った。
「…小橋 舞華です。…よろしくお願いします」
「小橋さんは…そうね。一番端の後ろの席に、座ってもらえるかしら?」
「…分かりました」
席に着くまでの間、いくつもの視線が、私を追いかける。なるべく気にしないように席に向かう。やがて、私が席についた頃、その視線はなくなった。
『キーンコーンカーンコーン』
席に着いた途端、チャイムが鳴り、ホームルームが終わった。
先生が教室から出ていくと、皆、ぞろぞろと席を立ち、グループで固まった。一気に教室内が騒々しくなる。皆、気にしてないようでいて、やはり気になるのか。あちこちから私めがけて視線が刺さる。
そんな雰囲気の中、私に話しかけてくれた人がいた。
「えっと、小橋さんだっけ?」
「う、うん……あなたは?」
肩にかかるくらいの、髪の長さのその人は、言った。
「あたしは、前川 さなみっていうの。同じ班だから、よろしくね!」
「…よろしく。前川さん」
私がそう言うと、彼女はニコリと笑って、教室から出て行った。
…いい人だな。こんな私に話しかけてくれるなんて。いくら班員だからと言っても、見向きもしない人だっているのに。
何だか、嬉しい。
その様子を見ていたのか、今度はポニーテールの女子生徒が、私の席に来て、
「あたし、斉原 萌。一応学級長だから。名前ぐらい、覚えといてよね」
と言った。
「う…うん」
斉原さんは、グループに戻った。
なんだか、前川さんとはえらい違いだ。態度もえらそうで、人を見下しているようだった。グループの中でも、中心にいるだろうし。
それにしても、斉原さんがいる六人の女子グループと数人の男子たち以外の人たちは静かだ。というかそもそも、教室にいる人の割合が少ない。
この状況が、普通なのだろうか。
私が前に通っていた中学では、休み時間の度に、教室はにぎわっていた。それが、日常だった。
でも、今いる教室の空気は、前の学校とすごい差がある。これから先、このクラスになじめるかどうか、心配だ。
『キーンコーンカーンコーン』
予鈴が鳴る。外にいた生徒たちは教室に戻ってきた。席に着いて、準備を始める。
…斉原さんを入れた、六人の女子以外は。
誰も何も言わない。それどころか、皆下を向いて、本や教科書を読んでいる。
あのグループには、何か、特別なものでもあるのだろうか。確かに、存在感はすごい。とても目立っている。
そして、授業の始まりのチャイムが鳴った。ようやく、あの女子グループは席に着いた。しかし、それでもぺちゃくちゃと、しゃべり続けている。
やがて、先生が入ってきたが、女子グループには目もくれず、普通に授業をやり始めた。
でも、ほとんど聞こえない。主に聞こえるのは、女子グループの他愛ない会話の内容。
やっぱり、これはいつもの光景なんだ…。
「ふう…」
私は、ため息をついて、ノートを取り始めた。
放課後。
帰る支度をしていると、前川さんが寄ってきて、
「また、明日ね!」
と、言ってくれた。冷えていた心がじんわりと温かくなる。
「うん…また明日」
私は、笑ったつもりだったけど、上手く笑えていたかわからない。でも、前川さんは、笑いながら手を振り、教室を出て行った。
やっぱり、前川さんは、いい人だ。
「…私も、帰らなきゃ」
カバンを背負って、教室から出る。
私の通学路には、比較的、人通りの少ない歩道がある。それなのに、車の通る量は、とても多い。不思議な道だと思う。
ここを歩くのは、これで二回目。今日の朝が初めてだった。私は、その歩道を歩く。
左には、白いガードレールが付いているため、安全だ。車の心配も、なさそうだ。
ふと、道路の向こうの、反対側を見た。
その視線の先には、女子高生がいた。黒色のリュックを背負って、歩いている。彼女は茶色のブレザーを着て、赤色のチェックが入った、スカートをはいていた。
この辺の高校に通っているのだろうか。特に変わった様子もない、普通の女子高生だけど、なぜか、イヤな予感がする。
何だろう…。この胸騒ぎは。
その時、一瞬で辺りが青白い光に包まれた。全てが、青白く見える。
そして、スロー再生しているように、ゆっくり動いている。
あの女子高生の方を見ると、数メートル先の大型のトラックが、歩道に突っ込んでくるのをよけきれず、そのまま衝突する瞬間だった。
「あ…危ないっ!」
そう言おうとした時、辺りは明るくなった。建物も、元の色に戻っている。
ハッと我に返り、彼女の歩いている先を見た。あのトラックが、近づいている。
…もしかして、さっき見たことが本当に起こるんじゃ?不意にそんな思考がよぎる。
そんな、ありえない。でも、だったら、さっき見たのはなんだろう。それ以外に考えられない。
とにかく、もしそうだとしたら、食い止めないと!でも、どうやって…?
そう、女子高生が歩いている歩道は、道路を挟んだ向こう側。つまり、私から見れば、反対側だ。歩道橋も、横断歩道もない。車通りが多いこの道を、どうすれば、渡れるのか分からない。
そんなことを考えているうちに、トラックは、女子高生まで、十メートルぐらいに迫ってきている。
「ど…どうすればいいの…?」
あの人を、助ける方法は、ないのかな…?
私は…助けられないの…?
これから、あの人の身に起こることを知っているのに、見殺しにするということになる…。そんなの、イヤだ!
無理なんかじゃ、ない。きっと、どこかに方法があるはず。
きっと…。
トラックは、後、五メートル、四メートル、三…二…。近づいてくるたびに、心臓の鼓動が早くなる。
気が付いたら、叫んでた。
「おねがい、止まって!!」
そう言ったとたん、今度は辺りが、セピア色に変わった。昔の写真にみられる、こい茶色のような、セピア色。
何が、起こったの…?
しかし、人の動きを見ると、止まっていることが分かった。これなら、あの人を、助けられる!
私は、車と車の間を通り抜け、女子高生に触れた。
その瞬間、彼女の色が、戻った。
「え…?私…」
混乱するのは無理ないが、というか、私自身が混乱しているが、今はゆっくり説明している時間がない。
「とにかく、こっちに来てください!」
私は、彼女の手をつかみ、慎重に反対側に渡った。
「解…除」
無意識のうちに、そうつぶやいたらしい。また、街全体の色が戻った。
トラックは、やはり歩道に突っ込んでしまった。周りの人が、あわてて通報している。
でも、人の命を助けられてよかった。
「あの、あなたが私を、助けてくれたの…?」
「えっと…。そう…みたいです」
「そうなの!どうもありがとう。あなたは命の恩人よ。…でも、どうやって助けてくれたの?気がついたら、あなたが目の前にいたんだけれど」
「それが私にも、良く分からないんです」
しばらく沈黙が続く。そして彼女は、口を開いた。
「ねえ、私のお店に来ない?そこで、ゆっくりとお話ししてもらえれば、嬉しいのだけれど」
「お店…ですか?」
高校生なのに、お店を開いているんだ…。なんだか、不思議な人だ。
「うん。で、来れる?」
「あ、はい」
「そう。…あ、私は、リンカ。よろしくね」
「あ、小橋 舞華です。よろしくお願いします」
リンカさんは、ニコリと笑い、お店へと案内してくれた。
「着いたわ。ここが、私のお店、『Fortune Telling』よ」
着いたところは、薄暗い、森の中に建つ、小さな建物。店名から推測されることは、ここが、『占い』をするところだということ。
「占い…ですか」
何気につぶやくと、
「あら、良く分かったわね」
「いえ、これでも中学二年ですから」
「あ、そうなんだ!とりあえず、中に入って、話しましょう」
中に入ると、やはり薄暗く、机に占い道具(だと思う)がおいてあった。リンカさんは椅子を引いて、
「さあ、ここに座って」
「あ…ありがとうございます」
私は、リンカさんと向き合った。
「じゃあ、さっきの出来事を、ゆっくりでいいから話してもらえる?」
「あ、はい」
私は、リンカさんを見ていたら辺りが青白くなったことや、「止まって」と叫んだら、今度はセピア色に変わったことなどを話した。
「う~ん…なるほどね」
リンカさんは、しばらく考えていた。そうして、思いついたように、
「あなたは、超能力を持っているようね」
と言った。
「え!?…どういうことですか?」
思いがけない発言に、戸惑ってしまう。
「あなたには、人とは違う能力が宿っているの。普通は、宿っていても、使えないことが多いけどね」
「…どんな能力ですか?」
恐る恐る、聞いてみる。
「えっと、まず、辺りが青白くなったときに使ったのは…『未来視』。知ってのとおり、未来を見ることのできる、能力だけど…。あなたのは、変わっているようね」
「変わっている?」
「うん。普通は、その人の幸せな未来や、不幸な未来がまんべんなく見えるはずだけど…。あなたは、不幸な未来しか、見ることができない。さらに、見えたところで、それがいつ起こるのか、分からないわ。今回は、あと何秒後とかだったけど。だから、あなたがその人の運命を、変えることだってできるのよ」
リンカさんは、真剣な表情で、語る。…運命を、変える、か。
「それで、もう一つ。今度は、セピア色に染まった方ね。…これは、『時間停止』。名前の通り、時を、一定時間止めることができる能力よ。
一定時間経てば、自然に解除されるけど、途中で動かしたい場合は、『解除』と言わなければならないわ。
そして、ある特定の物、または、人の時間を動かしたい時は、本人が触れれば解ける。あなたの場合、この能力は、『強い気持ち』がないと、使えないわ」
今回は、『止まってほしい』という気持ち強かったから、この能力が使えたのか。だんだんと、謎が解けていく。
「で、あなたは、能力を二つ持っているし、使うこともできるけど、両立は無理みたいね。片方が強ければ、片方が弱くなる…。これが、あなたの習性よ」
…やっぱり、すごい。こんなに少ない情報の中で、リンカさんは、いとも簡単に、私の能力について語れるほどに詳しく知ってしまった。
これも、リンカさんの、能力なのかもしれない。
「今日は、話してくれてありがとね」
「こ、こちらこそ、ありがとうございました」
リンカさんは、ニヤッと笑った。
「あなた、自分では、引っ込み思案だとか、人見知りだって思ってるでしょ?」
「え?…ええ、まあ…」
「本当は、おしゃべりな方だと思うよ」
「お…おしゃべり?私が?」
「そうよ。あなたは怖がっているだけなの。本当は話したいはず。そうね…明日からは、クラスメイトと、一緒に帰れば、いいことあるかもよ」
…急に、占い師のようになった。でも、はっきり言って、私はあまり信じない方だ。なので、頭に入れつつも、聞き流しておく。
「そうですか。…とりあえず、今日は帰ります。あの、色々ありがとうございました」
「いいえ〜。また、いつでも来てね!」
「あ、はい…」
私は、お店を出た。森の外へ抜けるには、迷ってしまわないかと心配だったが、普通にまっすぐ歩いたら、出られた。
『いつでも来てね!』と言ってくれたリンカさんに、お礼を言ったのはいいけれど、どんな時にここに来ればいいのかな?今回のように、人の未来を見たときに、相談にでも、寄っていくことにしようか。
でも、毎日は見ないかもしれない。
「…まあ、いっか」
辺りが暗くなり始めていることに気が付き、私は、家へ走って向かった。
今日は、本当に不思議な一日だった。起こったこと全てが、夢のようだったから。
明日は、どんなことが起こるのかな?そう思いながら、家のドアを開けた。
「ただいま」