君と俺との49日
「ねぇ、ほんとはずっと好きだったんだけど」
住宅街の夜。
静けさだけが取り柄のこのベッドタウンに彼女の声が響いた。
その声と同時に風が一つ吹いた。
しかし、彼女のセミロングの髪は靡くことはない。
けれど、彼女のセーラー服のスカートが靡くことはない。
そして、これからも靡かないのだろう。
「今更そんなこと言ったっておせーよ」
俺は彼女の紡いだ言葉を否定した。
今更、今更そんなこと言っても遅いのだ。
物語は完結してしまったのだ。
今の彼女はCDで言うとボーナストラック。
駄菓子で言うとオマケみたいなものだ。
今の彼女の告白を受け入れるほど俺は優しくない。
それでも彼女は今日から49日間、俺に付きまとうことになる。
~49日目~
「おっはよー」
今日は日曜日であって、
僕は普段11時過ぎまで眠る日であって、それが8時に起こされたわけであって、つまり俺は不機嫌になった。
眠る俺の上に乗る彼女、遠海伽奈は誠に殊勝なことにもう制服だった。
というより彼女はいつも制服だけど。
そして俺は言うのだ。
「重い」
事実としては伽奈は重くない。
伽奈自身もそれを弁えているため、先ほどの言葉に大した攻撃力はない。
「え~。重いわけないじゃん」
知っている。
不機嫌にはなったけれど、彼女がこの時間に起こしてくれたことには感謝しているのだ。
布団から起き上がると朝食やその他諸々をするために1階へ降りた。
当然のごとく伽奈はついてくる。
1階には誰も居なかった
父さんと母さんはもう行ったみたいだ。
手伝うためだろうか?
俺がいつも通りの朝食を用意し、いつも通りに朝食を取っていると、49日前からいつも通りになった言葉を伽奈は僕に尋ねるのだ。
「ねぇ、おいしい?」
その言葉に49日前からずっと同じように答えてきた。
今日もいつも通りに言うのだ。
「うまいよ」
俺は着替えるために再び自室に帰った。
俺が着替えようとするとどこからか伽奈が入って来た。
俺は堪らず、非難の声を上げた。
「いくら幼馴染だからってそりゃねぇだろ。てか、鍵かけてただろ」
「ふっふーん。愛さえあれば鍵なんて関係ないのです」
それが愛のおかげではなく、他のせいだと俺は知っているが口にはしない。
暗黙の了解というやつだ。
そんなこんなで伽奈に着替えをジロジロ見られたり、そんな彼女に怒ったりしながら、なんとか俺は着替え終わった。
ジーパンに紅いチェックのシャツといういたって普通の格好。
「伽奈、行くぞ」
俺は彼女に声をかける。
すると、俺の部屋の端っこでいじけていた彼女が満面の笑みでうなずいた。
自室から出て、リズミカルに階段を降りる。
そして玄関で白い靴を履く。
爪先で地面をトントンと叩いてみると軽快な音が鳴った。
扉を開ければ、清々しいほどの秋晴れだった。
「行くか」
そう彼女に言うとまた彼女は笑った。作り笑いだ。
紅葉が宙を行き交う中、ゆっくりとゆっくりと俺らは歩いていく。
買い物袋を持ったおばさん。
どこかへと急ぐサラリーマン。
駄菓子を買い漁る少年たち。
ショーウィンドを覗き込む女子高生。
散歩をしているおじいさん。
そんな彼らを横目で見やりながら、俺らは一歩また一歩と進む。
ゆっくりと、しかし着実に向かっている。
道は坂道に変わった。
ここの頂上が目的の場所だ。
が、いかんせんこの坂がきつい。
息を弾ませながら、上っていると彼女は笑いながら言った。
「だらしないなぁ。ほいガンバレガンバレ。あっとちょっと」
「うるさい」
彼女の声援はいつものように煩わしかった。
すると、去年の陸上大会の時の応援もこれだったなと思いだし、俺は少し笑った。
そして俺らは目的の場所へとたどり着くのだ。
やけに広い公園に滑り台とブランコとベンチが。
もちろん、こんな不便なところにある公園にチビッ子が来るはずもない。
俺ら二人の貸切状態だ。
俺はここ最近の運動不足のせいか、あの坂で相当バテていた。
膝に手をつくながら肩で息をする。
彼女は突然走り始め、ベンチへと座った。
そのベンチに座れば、この公園が高台にあるので、町が一望できる。
伽奈は小さい時からこの景色が好きだった。
その理由を聞いたら、彼女はこう答えた。
「町の全部が見渡せるここは天国みたいでしょ」と。そう言って笑っていた。
彼女は俺を見て、ベンチを軽く叩いた。
ここに座れということだろう。
やっと息の整った俺は歩いてそのベンチへと向かい、彼女の隣に座った。
すると、朽ちてきているのかベンチは軋んだ。
はらはらと紅葉が落ちていく。
まるで恋人のように俺らは寄り添い、舞い散る紅葉を眺めていた。
幸せだった。
ただそれだけが幸せだった。
あぁ、俺は、彼女が、遠海伽奈が、好きなのだな。
生憎、彼女の温もりを感じることはできない。
それでもおさまらない鼓動が、俺にそう訴えていた。
それは一瞬だったようにも思えるし、とても長かったような気もする。
もう、夕暮れだった。
赤く染まる景色の中、彼女はぽつりとつぶやいた。
「私のこと、好きだった?」
「あぁ、好きだった」
俺はその質問に少しもためらわずに答えた。
「私もバカだよなー。それわかっても死んでからじゃ意味ないもん」
「そうだな」
空から落ちてきた紅葉が、彼女をすり抜け、ベンチへと落ちた。
「ねえ」
地平線に落ちていく太陽。
町を赤く染めている
「私のこと」
一つ、また一つと落ちてくる紅葉。
大地を紅く染めている。
「忘れないでね」
その言葉と同時に、太陽は地平線の向こうへと完全に姿を消した。
「忘れない。忘れられない」
俺は一人になった公園でそう呟いた。
Fin.
活動拠点をこちらに移そうと思って、作品を順次移転中です。
ちなみにこの作品、加筆修正はあまりしません。