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2013年1月企画

正月企画「SF」

作者: 妄想部



「あー……」


 飲み会を抜けだし、煙草を吸う。ここ数年禁煙していたが、つい先月、再び吸い始めてしまったのだ。

 害にしかならないし、税金もあがったしでいいことはないのだが、何となく。何となく、寂しくて、つい。


「ちょっと先輩、そろそろ戻ってくださいよ。遅れてくる子たち、そろそろらしいですから」

「やだ。面倒臭い」

「そういわないでくださいよ! ちょっとは俺の顔を立てて下さい!」


 面倒臭い、帰りたい。あの部屋に帰りたい。もう誰も、待ってないあの部屋だけど。


「……出て行った彼女のことなんて忘れて、新しい彼女見つけましょうよ。先輩わりとイケてるんですぐですよ」


 わりとってなんだよ、わりとって。


「遅れてくる子の中に、先輩を紹介してほしいって人がいるんですよ」

「何で俺? 知ってる人?」

「何か家の近くで見かけたって言ってましたけど。名札があるから会社と名前がわかったんじゃないですかね」

「ふーん? 紹介ねー」

「彼女、そんな美人だったんですか?」

「いや美人ってわけじゃないけど……」


 そもそも彼女ですらないし。

 俺は彼女との出会いを思い出す――。







 今日もよく働いた。

 マフラーに顔を埋め、コートのポケットに手を突っ込んだまま歩く。職場から家まで徒歩五分。近いところが良くて探した単身者用のアパートは、立地のせいか学生が主体。駐輪場はあるが駐車場が付属してないことが、社会人を遠ざける理由の一つだろう。

 駐輪場の色とりどりのバイクを横目に階段を上る。二階の角部屋が俺の寝床。下駄箱の上にコートにマフラー、手袋、鍵、ついでに腕時計を乱雑に置き、そのまま中に入る。電気をつけたらまっさきに暖房器具をつける。

 ファンヒーターと、こたつだ。

 こたつはいい、最高だ。冬はコタツがないと始まらない。量販店で買ったフリースのこたつ布団がまた気持ち良いのだ。安いのにいい仕事をする。

 こたつに潜る前に着替えなければならない。寒いので手早くスーツを脱ぎ、ハンガーに掛ける。そしてフリースの上下に着替える。充分にこたつで温もった後、風呂を入れるべく立ち上がる。

 職場から一番近いアパートがバス・トイレ別で良かった。以前住んでいたマンションはユニットバスで、使い難かった。風呂のあとトイレに行くと床が濡れているのが嫌なのだ。拭くのも面倒だし、拭いただけでは完全に乾かない。換気扇を回しっぱなしにするのも癪。

 湯を溜め始めたら米をとぐ。自炊はあまりせずインスタントや惣菜が多いが、米だけは自分で炊いている。今日はどうしようか。レトルトカレーにしよう。

 行平鍋に水を入れて、パウチを突っ込んでおく。準備OK、火はつけない。そろそろ湯が溜まった頃だろう。タオルや下着、着替えの入ったかごを持って風呂場に行く。

 水音がしない?

 いつもなら扉の前に立てば水音がする。勢いのよい、大きな音だ。入れ始めたつもりだったが、入れてなかった? まだ三十路前だというのにもうボケか?

 風呂場のドアを開ければ視界は真っ白い湯気でいっぱいになる。あれ、やっぱり入れてるじゃん。


「え?」


 湯気の向こうに人影があった。白い肌。後ろ向きの全裸の若い女がそこにいた。髪をタオルで一纏めにし、後ろを振り返る。つまり俺の方。そう、つまり――。


「ひきゃあああっ」

「へあっ!?」


 見えた。ばっちり見えた。腰から尻にかけての滑らかなライン。形の良い、程よい大きさの乳房。いやあ眼福。…… ってえ?

 慌てて再度風呂場を覗き込む。


「いない……」


 誰もいない。当たり前だ。なぜならここは俺の部屋。俺は一人暮らしで、合鍵を持つ人間はゼロ。

 何だったんだ?あれか、ボケか、それとも欲求不満が見せた俺の願望?

 首を傾げながら、当初の目的であった入浴を済ます。湯はばっちり溜まっていた。

 湯にゆっくり浸かり、疲れを癒した後は、腹を満たす。点火しカレーが温まるまでに何かほかのものも用意しよう。しかしサラダではない。サラダなんかただの葉っぱだ。肉を寄越せ。大体レトルトものは量が少なすぎる。一袋一食はありえない。

 たしか鶏肉を冷凍していたはずだ。あれを焼いてカレーの上に乗っけよう。あとは目玉焼きも必要。


「あれ?」


 冷凍していた鶏肉のストックが消えていた。いつ使ったか覚えてない。やっぱりボケか?


「アイス?」


 買った覚えのないアイスが入っていた。


「…………」


 末期かもしれない。




**




「ひきゃっ!」

「うぉわっ」


 廊下から今に続く扉を開けたら人がいた。先週風呂場で見た若い女。ばっちり着替え中。こういうのをラッキースケベというのだろうか。


「失礼しました」


 とりあえず退散しよう。ここは俺の家だけど。


「あ、待って! 堤さん?」

「え……何で俺の名前……」


 呼び止められ思わず閉めかけていた扉を開く。


「ちょっと待ってて、とりあえずこっち見ないで!」


 そういえば彼女は下着姿だった。衣擦れの音が聞こえる。


「堤さんですよね。はい、これ」


 パーカーにスウェットというラフな格好で、彼女は封書を差し出してきた。


「これは……」

「郵便物。こっちに迷い込んで来てたの」


 紛れもなく、俺宛ての郵便物。これを見て名前を知ったのか。

 しかしこれはどうなっている?部屋を見回してみると、見慣れた家具の中に見慣れぬものが点在する。


「えっと……」

「あ、わかってない顔してるね。って言っても、私もわかってないんだけど」

「どういうことだ?」

「あのね、漫画みたいな話なんだけど、これって平行世界パラレルワールドってやつじゃないかな」

平行世界パラレルワールド?」

「そう。あのね住所がグリーンハイツ205号室でしょ? 私もなの。ほら」


 そこには確かにグリーンハイツ205号室渡部美雪様とある。俺の住んでいる部屋も、まったく同じ住所だ。


「突拍子もない話だな」

「ま、ね。でもそうとしか考えられないし……、それにほら」


 彼女が俺に手を伸ばし、触れようとして――擦り抜けた。


「触れないの。私、そっちのものに」


 恐る恐る、俺も手を伸ばす。確かに擦り抜けた。

 部屋を見回す。見慣れたこたつ、こたつ布団。だけどその上には俺のNECではなくVAIOのノートパソコンと女物の腕時計。台所もそうだ。 俺の105円で買った台所用品に交じり、ピンク色のお玉やヤカンがある。ベッドの上の布団は見慣れないピンクのチェック。俺はベッドじゃなくて布団派だ。最近はこたつで寝てるけど。自分のものではないものに触れようとすると、すべて通り抜ける。何だこれは。


「ね?」

「すごい……朝は普通だったよな? いつから?」

「夕方帰ってきたらこうなってた。とりあえず、座らない?」


 彼女の提案に乗り、こたつに入る。見ると彼女もこたつに入っている。


「こたつは触れるのか?」

「え? 堤さんも触れるの?」


 彼女は不思議そうに首を傾げる。ぱちぱちと瞬きを繰り返す。睫毛長いな。


「んー……あ、堤さんこたつ、何色に見える?」

「茶色だけど」


 とりあえず落ち着いた色をと思い、家具は茶系で揃えている。


「なるほどねー。私にはピンクに見えるよ」

「見えてるものが違う?」

「私には私のこたつ、堤さんには堤さんのこたつに見えるってわけか。不思議だね」


 不思議な状況なのに、彼女は慌てる様子もない。至って冷静。


「何がどうなってるのかわからないけど、あと一月もないから我慢してくれる?」

「え?」

「こんなこと誰に言っても信じて貰えないだろうし、どうしようもないじゃない」

「それは……そうだけど」

「私一月いっぱいで退去するの。そしたらさすがにこの状況はなくなるだろうし」


 それはそうかもしれないが。


「ずっと繋がってるわけじゃないみたいだしね。何が原因かわからないけど、先週が初めてだと思う」


 確かにそれ以前は、こんなこと一度たりともなかった。彼女の郵便物がこちらに来たこともない。


「規則性とかはわからないけど、あとちょっとだし。着替え見られたりしたけど、不可抗力だし」

「うっ……すみません」

「あぁ、責めてるんじゃないの。恥ずかしかったけど、堤さんも見たくないもの見ちゃって気分悪いだろうし」


 そんなことないけど。むしろ得した気分だけど。


「いやぁスタイルが良ければ一方的に責められたんだけどなぁ。さすがに肉が……」


 確かにちょっとぽっちゃりしてるけど、なかなか良い感じだと思う。胸とか。それを口にするとあんな短時間でよく観察したなって話になるので口を閉じる。墓穴は掘らない。


「とにかく、24時間ってわけじゃなさそうだし。都合の悪いことは一月だけ部屋でやらなければそれで良し」

 

 都合の悪いことか。とりあえず変な誤解を招かないように、誰も部屋にいれないようにしておこう。


「とりあえず自己紹介ね。私は渡部わたべ美雪みゆき。みぃって呼んでね。市立大学四年生。卒論の発表が今月下旬だから、実家に戻る予定なの」


「あー……つつみ芳隆よしたか。27歳、職場まで徒歩五分の会社員」

「やっぱ年上か。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 笑うと片頬に笑窪が出来る。愛嬌のある子だ。


「あとね、完全に入り込んだものは触れるっていうか食べられるんだと思うの」

「え?」

「鶏肉ご馳走様でした」

「食ったのかよ!」

「堤さんアイス食べなかった?」

「は? ……あ、食ったわ」

「じゃあおあいこだね」

「物々交換が出来るの?」

「ううん、偶然」


 それぞれ自分が用意した別々の飲み物を飲みながら、色んな話をした。俺は珈琲、彼女は紅茶。変な感じだ。



***



 こたつにみかん。これぞ冬。

 俺は親指を黄色に染めつつ、せっせとみかんの皮を剥く。筋は取る派。

 季節感はまるっと無視してなぜか男子シンクロ部なDVDを鑑賞している。

 ふと画面から目を離し、みかんを見ると視界の隅に見慣れぬものがちらり。寝息を立てて眠っている女子大生だ。口が半開きだぞ、女子大生。


「睫毛長いなー」


 くるくると変わる表情がないだけで、大人しそうなイメージになる。

 

「んー……」


 不機嫌そうな唸り声をあげながら、薄目を開く。


「おはよう」

「はよ……。またこたつが繋がってる?」

「そうみたいだ」

「中はどうなってるの、これ」


 彼女がこたつの中をのぞきこむ。


「私だけなんだ」

「とりあえず、よだれ垂れてるぞ」

「ぎゃあっ!」

 袖でごしごしと擦る。恥ずかしそうに手鏡を覗き込む。


「ふはっ」


 かわいい。美人ってわけじゃないけど、愛嬌があるっていうか。小動物系?


「ついでに眉毛が半分になってるし」

「もう見ないでよっ」

「フリースでもこもこだな」

「うぅ……堤さん何か美味しそうなもの飲んでる」


 こたつから目だけを出して、俺を睨む。その仕草もかわいい。


「珈琲にカルダモン浮かべてみた」

「私ははちみついれてミルクティにしよっと」


 DVDを見ながら、こたつでまったり。ちょっと恋人同士みたいだ。

 何となく集中できなくて、部屋の中を見回す。

 カーテンの色は茶色。俺が取り付けたもの。たぶん彼女の目には違う色に見えているはずだ。

 壁には時計が二つ、並んでいる。俺のデジタルと彼女のピンクのアナログ壁時計。

 二人ともポスターの類はなし。ベッドの脇には姿見とゴミ箱。三つとも彼女のもの。

 二人の家具や雑貨が混じりあい、カオスな部屋になっている。俺は興味がなくてとりあえず茶色にしておこうと茶色がメイン。彼女はピンクが好きらしく、ピンクメインにそれに合うよう白と赤を取り入れている。女の子って皆こんなメルヘンが好きなの? 元カノもこんな感じの部屋だったような気がする。

 冷蔵庫と電子レンジは自分のものしかないから、同じ場所に置いているってことだな。


「堤さん、今日の夕飯何にするの?」

「チキンドリア」

「鶏肉好きだね」

「自炊すると鶏肉ってつい多くなるんだよね」

「あ、それ分かるかも。魚は減るよね」

「減るね。外食するときは魚メインにするようにはしてるけど」


 そのまま一緒に夕食を食べ、ぎりぎりまで一緒に過ごした。

 一人暮らしのはずなのに、同居しているみたいだ。



****




 段々繋がる頻度が多くなり、最近ではニ三日に一度は顔を合わせる。

 それでもやはり扉を閉めればつながりは切れるようだ。


「今日のごはんは何ー?」

「生姜焼き」

「じゃあ私もそうしようっと」


 キャベツの千切りを添えた豚肉の生姜焼き。味噌汁はインスタント。ご飯はもうすぐ炊ける。

 繋がる時間帯は夕方か夜が多く、夕食が一緒になる確率が高い。彼女は俺に夕食の献立を聞き、被せてくる。その方が一緒に食べてるみたいだから、と。


「ふはっ」

「え? 何?」

「口の横、ついてる」


 おもしろい寝癖をつけていたり、カーディガンが裏表だったこともある。ちょっと抜けてるコなんだよな。そこがおもしろいんだけど。


「違うもっと上。違うって、ここ――」

「あ……」


 拭き取ろうとした。

 でもそれは出来ない。あまりにも自然で、忘れていたこと。


「……ふふ、堤さん、変な顔してる」

「お前もな」

「……鏡、どこ置いたかなぁ」


 鏡を探し始めた彼女を横目に、こっそり溜息を吐いた。

 そういえば平行世界パラレルワールド、なんだっけ。こんな不思議現象をうっかり忘れるなんて馬鹿にも程がある。


「よしっ、取れたよー」


 夕食後、デザートと称してアイスを食べる。


「アイス好きだね」

「うん。アイス美味しいよ」


 嫌いじゃないけど、好きでもない。アイスなんてめったに買わないし。夏はアイスよりビールだ。


「アイスばっか食べてるから……」

「食べてるから、何?」


 しまった。余計なこと言った。


「どうせ太ってますよ。高校時代の服なんてもう入りませんよ。腹肉摘まめますよ」


 どうやら彼女は大学入学を期に始まった一人暮らしで太ってしまったようだ。何と六キロ。元を知らないから何とも言えないけど、ぽっちゃりしているが太ってはないと思う。気にするほどではない。


「大丈夫大丈夫、ちょっとぽっちゃりしてるだけだって」


 フォローなのかそうでないのかよくわからないことを言いつつ、慰める。


「いいの、もう。諦めてるから。年々増えてるから十年後には百キロなっちゃってるかも」

「そんなに気にするならダイエットすればいいのに」

「アイスは止められない」


 さいですか。あれだ、女の子は胃袋二つあるから駄目なんだよ。デザート別腹とかマジないわ。


「ぽっちゃりしててかわいいから、大丈夫。そんな気にしなくても」

「……いいよ、もう。それ以上言われると虚しくなる」


 本心なんだけど。




*****



 

 職場から小走りに家に急ぐ。寒い。マジ寒い。

 職場は山を開拓して出来た新興住宅地の中にある。そのせいか、冬は寒い。夏はちょっと涼しくて良いんだが冬はいただけない。


 「さ、む」


 コートも脱がずに部屋に入り、ファンヒーターをつける。


「おかえり。雪降ってるの? 髪の毛とコート、積もってるよ」

「ただいま。ちょうど帰るって時に降り始めてさ。最悪。そっちは? 降ってる?」

「んー……降ってるみたい」


 彼女が茶色のカーテンを開けて、外を確認する。俺から見たら茶色のカーテン。でもきっと、彼女の手にはピンクのカーテンなんだろう。


「今日手袋忘れてさ、指先冷たい」


 ファンヒーターの前に手を翳し、温める。


「うわー、運が悪いね。本当だ、冷たい」


 彼女が俺の手を取った。そして、冷たいと言った。俺の手より少し温かい手を感じる。


「なん、で……?」

「嘘……」


 指先が触れ合う。彼女もつい、なのか冗談だったのか、本当に触れられるとは思ってなかったんじゃないだろうか。

 恐る恐る、手を伸ばし、頬に触れた。


「つめたい、ね」


 彼女の目が潤んでいる。俺の目も、同様かもしれない。


「やっと……触れた……」


 そのままそっと抱きしめた。柔らかい体。

 もっと直で触れるには、コートが邪魔だ。服も。

 コートを脱ぎ捨て、ネクタイも外す。全部邪魔だ。だけどいきなり全部脱いだら露出狂だ。

 唇で唇を確かめる。ストップがかからないから、そのまま何度も確かめる。

 全身、触れるだろうか。少し寝癖が残っている髪も、白い首筋も、ふくよかなその体も。

 彼女の肩を押さえ、座らせる。抵抗はせず、されるがまま。そんな簡単でいいの? 食べちゃうよ?

 部屋着と肌着をたくしあげると、素肌が覗く。触れてみると、小さく震えた。


「つめた、い」

「ごめん」


 まだ手は冷えたままだ。謝りはしたが、ここでやめるつもりはない。


「ん、」


 腹部に触れると恥ずかしそうに目を伏せた。


「腹肉が……」


 まだ言うか。


「柔らかくて気持ちがいいから、大丈夫」

「もう……」


 このままずっと、繋がっていればいいのに。

 抱きあって、こたつでだらだらして、抱き合って、だらだらして。今日が金曜日で本当に良かった。


「今なら全部に触れるんだね」


 相変わらずこたつやカーテンは自分のものにしか見えない。


「みたいだな」


 こたつの上にあったリモコンも、ノートパソコンも、腕時計も、手鏡も、すべて触れる。彼女も俺が外したベルトや腕時計を興味深そうに触っている。


「腕時計のメーカー、一緒だね。平行世界パラレルワールドって、ファンタがポンタになってたりするのかと思った」

「何それ」

「やっぱりメンズってごついよね」


 彼女の手首に俺の腕時計。ついでに白シャツ着せてみたい。王道だよね、やっぱり。

 白シャツ着せてまた抱き合って、そのまま疲れて眠てしまった。時間は限られているというのに。

 やっぱりというべきか、目が覚めると彼女はいなくて。


「みぃ……?」


 その日を境に俺の部屋と彼女の部屋が繋がることはなかった。







「別に付き合わなくてもいいんで、とりあえずノリだけ合わせてくださいよ。空気読んで!」

「あえて、空気は、読まない!」

「ひでぇ! とにかく、行きますよ!」


 腕を引かれ、席まで戻る。遅れて来た子たちも揃ったらしく、俺と後輩の二席以外埋まっていた。

 そもそも合コンで二十人近いってどういうことだ。いくらなんでも多すぎだろ。全員の顔と名前、絶対に覚えられない。その前に自己紹介する間もないだろ。

 空いている席に座り、ビールのおかわりを頼む。とりあえず生。

 隣の席の男と前の席女二人が少し盛り上がってたのでさりげなく加わる。


「あ、おかえりなさい。こちら今回参加者最年長の堤さん」

「どうも、堤です。何話してたの?」

「いや森下さんが下ネタばっかいうからー」


 森下をちらりと見ると、おどけて笑う。女の子が嫌がってる風ではないので大丈夫だろう。


「そういえば女の子たちって、何のメンバー?」

「社会人のバドミントンメンバーなんです」

「へぇ……あんまり運動しないタイプかと思った」

「それ、私を見ていった?」

「いやぽっちゃりしてるからとか言ってないよ?」


 森下がぎょっとして俺を見る。女の子の一人もちょっとびっくりしてるようだ。

 

「……腕時計、男物なんだ? 彼氏いるアピール?」

「そういう、わけじゃ、ないけど……」

「や、彼氏いないよね、私彼女と同じ会社だから知ってるけど!」

「じゃあなんで男物なの?」

「似合わない?」


 今まで俯き加減だった女の子がまっすぐに俺の目をみて、首を傾げる。


「あ、堤さん! その人ですよ、堤さんを紹介してほしいって」


 いつの間にか後輩が席を移動して来たらしい。


「へぇ、そうなんだ。彼氏いないの? どれくらい?」

「かなりいないかな。四年前から好きな人がいるし」

「へぇ、そっか。……そっか」


 あ、やばい。そう思った時にはすでに遅し。俺の目からは大量の汗が。汗が。やっばいマジかっこわりぃ。


「堤さん、会いたかった。……やっと会えた」

 

 俺を抱きしめる彼女の手首の男物の腕時計。俺が二ヶ月前に失くしたデジタルのその時計は、四年先の日付を示していた。

 


 


タイトルは少し不思議、と読みます。

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