第一章 始まり ―2―
「なんだ、もう来ていたのか」
開けた扉を後ろ手で閉めた。百合を見下ろしながら言う目の前の人物は見覚えがある。
2年A組、矢倉英。生徒会副会長だ。何かと表立って活動する会長を裏で支えているらしい。
クラスが違う為面識はなかった。だが、何かと目立つ生徒会の存在は名前と顔くらいは一致している。
「えぇ。でも、私には状況がよくわからないから失礼させて頂くわ」
百合は何となくだが、ここにいては面倒なことに巻き込まれると思った。その証拠に、百合を追いかけて来た優太の顔が青くなっていたから。
しかし、目の前の英はそうは行かない様子だ。副会長という職業柄なのか、狙った獲物は逃がさない主義らしい。
「お前にはここにいて貰う」
「貴方に『お前』なんて呼ばれる筋合いはないわ」
そう言うと、百合は英の横を素通りしようと歩き出した。しかし、パシッという音と共に腕を捕まれる。
「なに?」
「お前を帰すわけには行かない」
何度『お前』と呼ぶなと言ったらわかるのだろうか。そもそも、初対面の人間に対して、この態度は何なのか。
いくら生徒達の憧れの的である生徒会役員だからでは済まない。
「こら、英。僕達の姫に手荒な真似は厳禁だ。姫なのだから、優しく丁重に扱わなくちゃ」
呑気な声の主を見れば、昨日百合の教室に迷い込んだ義之……生徒会長だ。いつの間にエントランスから入ったのか全く気づかなかった。
そして、英に目配せをし百合を掴んでいた手を離させた。自由になったかと思ったのも束の間。
今度は義之が百合の腰に手を回した。
「……何をしているの?」
「何って、君をエスコートするんだ」
「私にはエスコートなんて必要ない」
きっぱりと言う百合に、義之は肩をすくめた。そして、大人しくやり取りを見守っていた優太に言う。
「優太、君のいとこは随分と気が強いんだね」
「えぇ、まぁ……」
曖昧な態度で同意する優太をキッと睨む。その瞬間、私から目線を逸らした。
優太に連れられるまま来た聖泉館。どうやらここは百合にとっては楽しい場所ではないようだ。
「さぁ、姫。とりあえず奥の間にどうぞ。最も、ここで逃げ出した所で君は運命からは逃げ出せないけどね」
ニコニコと笑いながら言う義之に、百合は困惑しながらもそんな態度は表には出さない。出したら負けだ、そんな気持ちだった。
義之に促され着いた場所は『会議室』と書いてある部屋の隣。入り口には『応接間』とあった。
どうやら客人を招いた際に使用する部屋らしい。部屋に入る直前、義之は優太に『お茶の用意をお願い。朝だから……ダージリンが良いかな』と至極当たり前のように言った。
優太はどうやらお茶係らしい。普段家では何もしないであろうお坊っちゃまが、お茶の一杯でも入れられるようになったのだから、その辺りは感謝するべきなのだろうか。
部屋に入れば予想通りの豪華さ。確かに組織の形を見た目からアピールすることは悪いとは思わないが、それが唯の学校の機関ならば話しは別だ。
「驚いているようだね」
「えぇ、予想以上に。学院の財源がこんな所に重きを置かれていた事実に驚いているわ」
百合の嫌みに気にする様子は全くない。普通の男子生徒ならば、百合がこんなことを言えば冷や汗の1つや2つかいてもおかしくはないのだ。
そんなものに動じないのだから、さすが生徒会長と言ったところだろうか。しかし、百合としては早くこの館を出たかった。
「『こんなところ』なんて表現は悲しいな。なんせ、ここは学院の全てを決定する場所なんだから」
そんなことは百合だって知っている。生活に関しては親に養って貰い、尚且つ幼等部から一貫制の学校に通わせて貰っているのだ。
世間的にも恵まれていると思う。だが、1つだけ不満を挙げるならば、やはりこの学院のシステムだった。
理事関係も沢山いる中、なぜ生徒に実権を握らせるのか、百合には理解出来なかった。表向きは『生徒の自立』を語っているが、それは唯のハリボテにしか過ぎない。
「私はずっとその制度に疑問を持っているわ」
「それは残念だ」
ずっと黙っていた英が立ち上がり百合の横に立った。そして、義之に目配せをする。
仲間内だからとはいえ、状況を理解出来ていない百合は内心苛ついた。なぜ、自分がこんな場所にいて、こんな茶番に巻き込まれているのか。
「そうだね、そろそろ発表しようか」
そう言うと、対面に座っていた義之が立ち上がり百合の横に移動した。そして、片膝をつき百合に微笑む。
「ようこそ、僕達の姫。心より歓迎するよ」
「……歓迎されたくないわ」
百合はそう言ってそっぽを向いた。