第一章 始まり ―1―
私立聖泉学院。
世間的には裕福な家庭の子息が通う、幼等部から高等部までの一貫制の学校だ。
しかし、この学院の大きな特徴は2つある。
1つ目は、高等部の生徒会が学院の全てを握っていること。
生徒会の決定は絶対。
これは教師や理事でも覆すことは出来ない。
2つ目は、生徒会には『姫』と呼ばれる生徒を置くこと。
特殊な制度ではあるが、伝統のある学院だからこそ許されることだ。
「行って来ます」
時刻は7時45分。いつも通りの出発時間。
学校に通わせてもらっている身分で言うのも何だが、いつもと変わらぬ日常が始まる。別にそれが嫌なわけではない。
ただ、時々そんなことを考えてしまうのだ。倫理的なことではないが『自分の存在意義』を。
学院へ続く最後の曲がり角。ここを曲がれば校門までは一直線だ。
だが、そこに1人の人物が立っているのを見過ごすわけにはいかなかった。
「おはよう」
そう声をかけて来たのは優太だった。昨日に引き続きよく会うなと思う。
「おはよう、誰かと待ち合わせ?」
校門まで目と鼻の先で待ち合わせをする方が不思議だが、考え方は人それぞれだ。他人がとやかく口を出すものではない。
だが、優太の表情は固く、何かを決心しているように見えた。
「……百合を、待ってた」
「は?」
思わずそんな声が出てしまう。まさか、年下のいとこに待ち伏せされる日が来ようとは夢にも思わなかった。
いまいち状況を読めない。ボーッとしている百合に、優太が『ごめん』と言って右手を掴んだ。
「……何のつもり?」
「とりあえず走って」
その言葉と同時に優太は走り出した。引っ張られる形で百合も走る。
なぜ、こんな朝から走らなければならないのか。なぜ、いとこに手を引かれ走らなければならないのか。
何よりも『私はどこへ向かっているのか』、それが1番知りたかった。絶対に止まったら問い詰めてやる、百合はそう心に誓った。
周りの景色がどんどん変わる。初めは学院の外堀、次は乗降口へ続くメインストリート。
そして今は……学院の聖域と呼ばれる『聖泉館』の扉。
「一体、どういうこと?」
「時間は7時55分、ギリギリだな」
百合をここまで走らせた張本人は人の話を聞かないらしい。その証拠に時計と睨めっこだ。
「とりあえず入って」
優太の言葉に抗う術もなく建物中に入れられた。
こうして、この館の中に入るのは初めてだった。外見は年季が入っているが、中は現代風と言うよりは、無駄に豪華だ。
入ってすぐのエントランスは2階までの吹き抜けで、大きなシャンデリアが存在感を露にしていた。そして目の前には『会議室』とかかれた部屋。
しかし、それはどう見てもダイニングテーブルが置いてある大広間にしかみえない。この学院の予算はこんな所に使われていたのかと思うと何とも言い難い気持ちになる。
そのまままっすぐに進むのかと思いきや、優太はエントランス横の部屋の鍵を開けた。
「とりあえず入って」
促されるまま入れば、そこは所謂プライベートルームだった。ベッド、机、本棚、優太の自室をそのまま持ってきたようなものだ。
「いつも『大変だ』なんて言っていたから、どれだけ忙しいのかと思っていたけど、意外と良い生活していたのね」
百合の嫌みに見向きもせず、ベッドへ座るよう促す。思い通りになっているのは気にくわないが、とりあえず腰かけた。
大体6畳くらいの広さだろうか。独り暮らしの部屋と言っても差し支えないくらいのものだ。
「それで、なぜ私がここに連れて来られたの?」
「実はさ……今日、百合の運命が変わるんだ」
「……」
運命って……。まさか優太の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。少し現実離れと言うか、世間知らずな所はあるとは思っていたが。
何よりも百合は『運命』という言葉が嫌いだった。何の信憑性のない言葉。
そんな言葉に踊らされている人は可哀想だと思うくらいに。百合の不信感丸出しの視線に、優太は『嘘じゃないんだ』と言った。
「百合はこれから大変なことが沢山あると思う。だけど、俺がサポートするから……だから、受け入れて欲しい」
「……全く話が読めない」
百合はそう言うとベッドから立ち上がりドアへ向かう。
「どこに行くんだ?」
優太の言葉に『教室』と短く答えた。先ほど時刻を確認すれば8時を回る直前だった。
引き留める優太の言葉を気にせず、エントランスへ向かう。無駄にステンドグラスの装飾が豪華だ。
呆れつつも扉を開けようとドアノブに手をかければ、それは自然と開いた。そして、目の前に現れたのは背の高いがっしりとした体型の男子生徒だ。