第一章 始まり ―5―
「では、HRを終わります」
担任の教師がそう締めくくる。そして、百合だけにわかるように目配せをして口を動かした。
『来て』
今年新卒で教師になったばかりの小坂はどこか自信なさげに見える。何事も未経験なのだから仕方がないのだろうが。
百合は椅子から立ち上がり廊下に出る。そこには先ほどとは違い沢山の生徒がいた。
移動教室の者や、他のクラスに用事がある者。いつも通りの風景が広がっているのだが、百合が廊下に出た瞬間空気が変わる。
先ほどまでの騒がしさから一転、急に静かになりいそいそと教室に入り始めた。そんな光景を唖然としながら見ていた百合に、小坂が言った。
「やっぱりもう知られているのね」
遠い目をしながら言う彼女だが、自分だって先ほど百合が教室に入った途端動揺していた。自分で言うのも何だが、これだから女性の教師は冷静さに欠けるのだ。
百合は気づいていた、この微妙な空気に。きっと、自分が姫になったからだろう。
だが、その情報がどこから漏れたのか。早朝に生徒会室……というか館に行ったのだから殆ど誰にも会っていない。
「でも、良かったわ。無事に姫が決まって」
小坂が手を胸の前で組み、コクンと首を横に傾けた。異性なら喜ぶだろうが、私にとってはどうでも良いことだ。
寧ろ、その行動が苛つかせる。そんな態度を表に出さず百合は言った。
「先生、何か勘違いされているようですが、私は姫になることを同意した覚えはありません。どこからそんな情報が流れたのかは知りませんが」
突き放したように言う百合に、小坂は『そんな……』と呆然とした表情になる。そして、百合に詰め寄った。
「どうして嫌なの? 姫なのよ? こんなチャンス滅多に無いじゃない。それに、貴女が断ったら私は……」
おかしい。自分が姫にならないと小坂に不利益なことがあるんだろうか。確かに学院に関わる者なのだから関係がないわけではない。
だが、所詮『担任の教師』である以上のことは何もないはずだ。
「先生、私が断ると何か問題があるんですか?」
「それは……」
先ほどまでとは変わり、百合から視線を外す。やはり何かを隠しているのは間違いない。
もう一押しすれば出そうだ。そう思い『先生』と言った時だ。
「それは僕が説明するよ」
背後に立っていたのは義之だった。