第一章 始まり ―4―
「もうこんな時間!?」
百合は立ち上がり部屋の出口を目指し走り出す。優太とすれ違う際に『ごめん、後片付け頼んだ』と言って。
背後からは英の引き留める声が聞こえたが気にしない。寧ろ、気にしていられなかった。
『遅刻』の2文字が頭の中を支配していたのだ。皆勤賞というわけではないが、HRが始まる際には必ず席に座り1日の始まりを迎える。
そんな始まりの時間をこんな場所にいたから遅れたでは、周囲が許そうとも百合自身が許せなかった。聖域から校舎まで走るが、生徒は誰一人見当たらない。
足早に上履きに履き替え教室のある4階までかけ上がる。こんなに走ったのはいつ振りだろう。
普段はエレベーターを使っているが、それに乗るよりも走った方が早い。
やっとのことで教室の前まで辿り着き、ドアを勢いよく開ける。やはり出欠をとっている最中だったようだ。
か行である百合は、きっと呼ばれてしまっただろう。期末に渡される『遅刻』な欄に『1』という字が記されるのが本当に嫌だった。
「すみません、遅れました」
百合は落ち着き払った声で言うが、心臓の鼓動は治まらなかった。理由を聞かれたら何と答えようか。
素直に『生徒会長に呼ばれていました』なんて言ったら驚かれるだろう。しかし『寝坊です』なんてことは言えない。実際、自分は寝坊なんてしていないのだ。
「神谷、さん。こんなに早く帰って来るなんて……い、良いのよ、さぁ席に着いて」
担任の教師の態度に不信感を持ちながらも、とりあえず指示された通りに席に向かう。百合の席は窓際の一番後ろ。
たった今入ってきたドアからは一番遠い席に当たる。その為、席に辿り着くまではクラスメイトの机の間を通ることになるのだ。
自分の席を目指すが、明らかにクラスの雰囲気がおかしい。格段、騒がしいクラスではないのだが、今日は一段と大人しいのだ。
そして、百合に対する視線の強さ。最初は遅刻したからだと思ったが、やはり違う。
総合して考えれば、思い当たることはただ1つ。生徒会に呼ばれたこと。
『姫』とはそれほどまでに影響のあるポストなのだろうか。