プロローグ -黒-
ドン、と幼い少年の腹に衝撃が加わった。
すぐにその衝撃は強烈な痛みとなって、当時四歳だった彼はその場に膝をつき倒れた。
「お前さえ生まれてこなければ」
少年の頭上から聞こえてくる呪詛。その呪詛を口にする男は手にしていたもう一本の包丁を振り上げた。
「お前さえいなければ」
少年の右の腹には異物が刺さったまま。呼吸するたびにそこから少年の体を激痛が襲った。激痛と絶望の中、少年はぼんやりと男の声を反芻した。
――ぼくがうまれてこなければ?
――ぼくさえうまれてこなければ?
「……お、かあさん、は、しななか、た……?」
「……!」
男は無表情から一変、悪鬼のような憤怒の顔となった。
「……あいつの思いも、何もかも、すべて! 俺のものになったはずだったんだっ!!」
男は包丁を勢いよく振り下ろした。少年はその鈍い輝きが自分に迫ってくるのを他人事のようにぼんやり眺めていた。
――うまれてきてごめんなさい。
――おかあさんをころしてしまってごめんなさい。
――ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
「おと、さん……ごめ、なさ」
少年は自分を殺そうとしている父へ謝り、その目を閉じた。