◆弥也子の叔父◆残念な叔父
☆☆☆
久しぶりの顔に弥也子は微笑んだ。
「やあ。これは美しい花畑だな。」
歳を感じさせない優しい顔立ちは美形の範疇だが、弥也子の両隣で顕かに引いた気配を感じた弥也子である。
「相変わらずですのね、叔父様。叔母様に怒られますよ?」
「彼女は怒った顔も呆れた顔も可愛いから良いよ。」
ハハハと爽やかに笑うが、常の言動を教える台詞が身内の弥也子には物悲しい。
両隣は更に引いている。
弥也子は嘆息して、残念な叔父を友人に紹介した。
「此方は島津涼子さま。此方は柏木恵美さま。お二方共にご主人に溺愛されてますから、慎まれた方が賢明でしてよ。」
冗談を聞いたみたいに、男は笑った。
「相変わらず面白い事を云うなあ。僕が何をすると云うんだい?」
「いつも為さる様な事を。例えば莫迦で莫迦で莫迦な事を。」
それこそ莫迦な表現をらしくもなく口にする弥也子に、親友達はその苦労を垣間見た。
身内の愚行は恥ずかしいものである。
「お嬢様方。彼女の言葉を真に受けないで下さいね?私は紳士です。」
二人はニッコリと笑って頷いた。
絶対に信じられないと考え乍ら。
弥也子は苦笑して三人が談笑する姿に距離を置き、然り気無く周囲に気を配った。
そして手近にいたホスト側の青年に目配せして、見付けた女性を示して呼んで来る様に命じた。
青年が声をかけ視線を促せば、彼女は弥也子を見付け安堵した様である。
叔父の妻は、まともな感性の持ち主なだけに、非常な苦労人であった。
「申し訳ございません。弥也子さま。」
ゆっくりと、しかし真っ直ぐに弥也子を目指した女性は、疲れた様に謝罪した。
弥也子は首を振る。
「貴女はよくやっているわ。気になさらないで。」
叔母は弥也子にとっては、身内であり配下でもある。
以前は父親の、今では夫の片腕として、手腕を奮う女傑である。
そして、弥也子の父親より夫よりも、弥也子自身にこそ忠節を誓う女だった。
「ところで、いつまで日本に?」
「さあ。気が向いた様に生きる人ですから。」
叔母の苦悩に満ちた表情を、弥也子は憐れんだ。
配偶者がアレと云うのは、かなりの苦労を予測させた。
「そもそも、貴女程の女性が何故アレと結婚などなさったの?まだ、そう。木崎さんとかの方がマシではないかしら?」
「そうですね。」
叔母の部下で、叔母に惚れぬいている男性の名前を上げれば、否定もせずに頷いた。
叔母は苦労人だが遠慮の無い人間でもある。
遠慮などしていたら、付き合えない人種が彼女の周囲には多いからだ。
その人種の筆頭が、自分の父親と叔父である事を考えると、弥也子は申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなさいね。あんな身内で。」
「弥也子さまはご立派にお育ちではないですか。血縁だからと恥じたり謝罪などなさる必要は有りませんよ。アレが莫迦なのはアレの責任です。」
疲労を滲ませつつも、その台詞は男前であった。
男なら絶対に夫候補に上がっただろう女傑に、弥也子は苦笑した。
「本当に、叔父には勿体ないわ。」
再度、弥也子が「何故」と問えば、彼女は首を振る。
「手綱が必要だったからでしょうかね。」
遠い目をした彼女は、決して叔父を嫌う訳では無いだろうが、愛してもいないらしいと知れて、寧ろ安堵した弥也子であった。
愚かな叔父には、彼女の愛は宝の持ち腐れだと思う。
「おや、あちらにも美しい花が……」
涼子と恵美なら、愚者一人惹き付ける事くらい雑作も無い。それが、ふらふらと他所に目移りしたのなら、二人が仕向けたからに他ならないだろう。
弥也子が嘆息して、叔母を見やれば、彼女は諦めた様に笑って叔父の傍に足を進めた。
「悪さをしたら男として生きられなくしますよ。」
「………や、いやだなあ。私が君以外に目移りする訳が無いだろう?ハハハ……や、焼き餅やき屋さんだね?」
声が震えていた。
叔父とは何を云われても動じない生き物だと認識していた弥也子は関心した。
「見事な。」
「………弥也子さま。まさかあの方がアレの奥方ですの?」
「カッコいい。趣味ではなくて冷徹な判断ですか。」
「趣味?」
「………紹介して下さるなら奥さまの方が嬉しかったです。」
涼子は弥也子に問いかけて、背後で呟いた恵美を振り返った。
恵美が誤魔化す様に笑って、弥也子に云うと、涼子は僅かな疑問を放置して同意した。
「全くですわ。私、あんな方久々に拝見しましてよ。」
「久々………初じゃないのね。」
「ほら、涼子さまは変態に精通してらっしゃるから。」
恵美の嗜好は涼子に秘密だった。弥也子も協力して揶揄えば、涼子は小さな疑問を抱いた事さえ忘れた。
「誰が精通してますか。」
「あら、涼子さまったら。ご自身をご存知有りませんの?」
「涼子さまの周囲には変態が一杯。」
「違います!変態の話題だけです!」
端からはニコヤカに談笑する女性達は、ひとしきり変態変態と云い続けた。
☆☆☆