◆恵美と海島◆弥也子への執着
☆☆☆
先程まで和やかに談笑していた。
中心の天使が席を外した途端、そこはやたら静かになった。
子供達を、社交の場に慣れさせる為の宴は、割と多い。今回もその手合いのパーティーで、小さな姿では5才程度の幼いドレス姿や生意気な蝶ネクタイを見掛ける。
大人と少女が談笑する光景は珍しいが、彼女に限って云えば、それは見慣れたものでも有る。
塩野弥也子は幼い頃から社交界のアイドルだった。そして早、16才のデビューを迎える前から、社交界の華と呼ばれていた。
社交の場に慣れさせる為、と云えば聞こえは良いが。
少女も少年も良家の子女だ。
例えば誰が誰を好きになったとしても、それは微笑ましいカップルになれる。
自由恋愛を気取っても、所詮は政略結婚。
それでも、うっかりと違う世界の人を好きになるより、余程本人も倖せかも知れない。
少なくとも、家の事情なんかで、辛い想いをしなくて済むから。
恵美はそんな事をつらつらと考え乍ら、弥也子の背中を視つめた。
――遠目に見ても綺麗。
弥也子は社交的で華やかな場がよく似合う。
今日のドレスもとても愛らしくて、お人形さんみたいだった。
白薔薇の様にヒラヒラと重ねた薄い布が、淡い緑に透ける。
そこに赤い花が話し掛けた。
――涼子さま…だったかな?
島津家の長女の事はよく知らない。
中等部から美晴ヶ峰に入ったのは、弥也子も同様だが、随分と親しそうだった。
それを恵美は不審とも感じなかった。
弥也子の顔が広いのは、今に始まった事では無いからだ。
――涼子さまも気になるな。多分大好きになる感じ。
恵美は第一印象を大切にする。本能で「好き」と「嫌い」を分類して、例外は有るにしろ大概の場合はその印象が変わる事が無い。
『まあ。随分と便利な嗅覚ですわね。』
弥也子はコロコロと鈴を鳴らすが如く笑った。
弥也子でなかったら、嫌味かと思うコメントだった。
ふと、恵美は自分と同じ様に弥也子を追う眼差しに気付いた。
――相変わらずだなぁ。弥也子さまが羨ましい。
その執着は下手をしたら欝陶しい迄の粘着力を持つ。
執拗に、情熱と崇拝を篭めた視線が、弥也子に纏わり付く。
――弥也子さまは軽く扱うけど、普通は怯えちゃうよな。
恵美は自分の事を棚に上げて考える。
――弥也子さまは、やっぱり特別だものね。
幼い頃から弥也子を追っていたのは、隣に居る男だけでは無い。
そう恵美は考えた。
その、男と呼ぶには未だ幼い、少女の様にキラキラした顔が、不意に恵美を見た。
弥也子以外には、口元に浮かぶ微笑みさえ冷たい印象を与える少年を、恵美は感心した様に見返した。
――本当にキラキラしいまでに綺麗な顔。プライドの高さも心地良いし、弥也子さまのモノで無いなら……理性が働かなかったかも。
「恵美さんは、随分と弥也子さんがお好きなんですね。」
抑揚の薄い声が礼儀正しく告げた。
「ええ。海島さまとご同様ですね。」
やり込めるでも無く、恵美はニッコリと笑った。
――ええと。もしかして今のって。いや。良いや。笑っとこう。
恵美は反射的に応じた自分を反省したが、笑って誤魔化した。
端からは余裕の態度と取れて、それは海島省悟も例外では無い。
不機嫌そうに微かに眉が寄り、眸が細められた。
恵美が海島に抱いた第一印象は、「決して手出ししてはならない相手」だった。
恵美がそう感じたからには、つまり「絶対に兎さんにはならない相手」と云う事で。
なのに、弥也子には手も無く操られ、心を縛られて、跪く事さえ厭わない。
――羨ましいな。
別に海島に惹かれる訳では無い。
恵美は、モノにならない相手に対する興味を、スッパリと失う便利な習性を持つ。
決して自分のモノに成らない相手になど、一片も惹かれるものでは無かった。
だが、もしも、海島が弥也子に恋する様に自分に恋をしたならば、それは恵美にとって理想の恋人の姿に近い。
――弥也子さまは、私とは違うと仰有るけど………この執着を放置する時点で同族だと思う。
弥也子なら、それを不快だと思えば、海島の執着を優しい気持ちにシフトさせる事も可能だろう。
それをしない。いや。婚約後の海島が、弥也子に対する執着を増したのは明らかだったから、彼女はそれを助長させた訳だ。
――絶対同族だし。
恵美は心中頷いた。
その視線の先で、弥也子が天使の微笑を振り撒いていた。
「三条。」
この場では、子供達は男なら苗字か名前に様を付け、女なら名前にさん付けで呼ぶ習慣だった。
別に明文化された決まりでは無いが、礼儀を無視した行いは嘲笑される元となる。
とは云え子供達は、時には大人達さえ、幼なじみも少なくない場所で、それが社交の場だから、などと割り切れない事も多かった。
しかし。
この少年が礼儀を外し、我を覗かせるのは珍しい事だった。
「なに?」
小学生時代の呼び掛けをされたから、当時の口調で恵美も応じた。
当時から今と変わらない口調だった弥也子と違い、恵美はこの世界に馴染まぬ「普通の子供」の言葉を遣っていた。
――弥也子さまも、こいつにだけは少し、砕けた物云いをしたけど。
恵美には飽くまでも優しい天使でしか無かった弥也子が、楽しそうに虐めて泣かせた相手が、この海島省悟であった。
当時から、嫉妬の気持ちが無かった、等とは云えない恵美である。
――弥也子さまの一番の友達は私だもん!
恵美は多少履き違えたまま、海島に対抗心を燃やしていた。
とは云え、弥也子に対しては滅多に無い程の傾倒を示したが、元より執着心や執念深さとは無縁の恵美である。
時折一瞬燃えるが、注意が逸れればウッカリ忘れる程度のモノでしか無かった。
「お前。やっぱりレズか?」
「何故?」
何故そうなる。と。
怒りよりも、意味を問いたい気持ちで、恵美は首を傾げた。
海島は虚を衝かれた様に眸を瞠った。
苛立ちを篭めた眸の色が、本来の涼しさを取り戻す。
剣は戻らず、口元の皮肉に歪められた笑みも溶かれた。
そして、ゆるゆると表情が和む。
弥也子を相手にした時程では無いが、破格の扱いを受けつつあると恵美は感じて、更に疑問を募らせた。
「何だ。本当にただの友達か。」
「………ただじゃないわよ。親友だもん。」
憮然とした恵美であった。
海島は笑った。
明るい笑みは、冷ややかな普段の顔と違って、好ましいものだった。
「悪い。弥也子の友達なら、俺にも大切な人だよ。」
優しい微笑の指針は、やはり弥也子だったが、随分な変わり様に恵美は眉を寄せた。
不快なのでは無い。
理解出来ないからだ。
「同じ口調だったよ。弥也子と。そう云えば、お前ら時々双子みたいに似てるんだよな。中学上がってから、目の前にしてなかったら忘れてた。」
「さっきの態度の説明なの?それが?」
海島が頷いた。
「俺は女が相手だろうと嫉妬する。弥也子に関してはちょっとオカシイんだよ。」
「知ってる。弥也子さまの件で嫉妬したんなら別に良い。」
あっさり応えた恵美に、海島は苦笑した。
小学生時代を知る相手だからと、油断して気を赦す甘さなど海島には無い。
恵美はそれくらいは知っている。
卒業してから半年も経ていない。とか、そんな問題でも無いだろう。
海島は昔から、弥也子しか見ていなかった。
――やっぱり恋愛となると独り占めしたくなるんだな。めっちゃ牽制されたし。そりゃ、多少の独占欲やヤキモチは有るけど………私は他の友達に嫉妬はしないし。
恵美は取り敢えず、弥也子に一番近い距離を、もう暫く独占したいだけだった。
――ううん?やっぱりそれも別に良いかな?海島省悟が気に入らなかったのは………多分、単にエラソーだったからかも。
手を出してはならない相手。
そう思っていても、エラソーな態度を取る男は屈服させたくなる。
恵美にはそういう悪癖が有った。
――私も相手は選ばないとだよね。
でなければ。
いつか、痛い目に遭わないとも限らない。
そう考えて、恵美は自重する事を誓ったのだ。
「なあ三条。あれ誰?」
「どの人?」
「いや。弥也子の傍じゃなくて向こう。赤いドレス。さっき、弥也子がいつもより親しい感じだった。」
悔しそうな海島に、恵美は笑った。
「少しは控えたら?怒られたらどうするのさ?」
「素直に謝る。」
「………。」
「何だよ、その眸は。俺はね、弥也子にならいくらだって卑屈になれるんだよ。」
上品な笑みがキラキラの顔に浮かぶが、言葉の内容はそれを台なしにするモノかも知れない。
しかし恵美は感じ入る。
「カッコイイ海島くん。愛だね!」
賛美すれば苦笑が返る。
「ホントに全く似てないのに激似。お前らの男らしさ見習いたいよマジで。」
「なに?」
ごちた海島に恵美は不思議そうな眼差しを投げ掛けたが、海島は首を振る。
「いいから教えろ。赤いドレス。」
「うん?でも私近くで見ないと判らないかも……って、涼子さまじゃん。」
「だから誰だよ。」
苛々と云う海島は大概、弥也子の前では猫を被っているのだろう。
「海島くんて、素顔オレサマだね。」
――やっぱりな。通りで私の琴線に触れた訳だよ。いや、弥也子さまのだから別に要らないけど。
恵美が呆れたと思ったのか、海島が睨む。
「弥也子に云ったら殺す。」
「……弥也子さま、気付いてると思うな。でも、私に喧嘩売ったのは黙ってて上げようか?明日学校で泣き付いて見ようと思ってたんだけど。」
ニッコリと笑う恵美に、海島は怯んだ。
「お前……大人しい振りして怖いヤツだな。」
「そう?どうする?」
もちろん、素直に詫びた海島だった。
「スミマセン黙ってて下さい。」
「棒読みですけど、許して上げます。」
「アリガタヤ三条さま、オウツクシイドレスですね?」
こうして冗談にしてしまえるのが、社交術と云うものだろうか。恵美は笑い乍ら感心していた。
「島津家の涼子さまよ。」
「……ああ。あの。」
島津家は名門だが、この場合の「あの」は、多少の不名誉を含んでいた。
家出した長男の代わりに、長女の入婿捜しに熱が入っている……と続く「あの」島津家である。
これが、美晴ヶ峰が舞台なら「あの」恋愛相談の……と続くのだが。
恵美は首を傾げた。
「どうした?」
「ん〜。不思議な人だなぁと。」
――明らかに経験無いよね。だからって特殊な趣味って訳でも無い。
噂とのギャップに、恵美はつい真剣に視つめてしまった。
――淡泊で……ノーマル。感度は良さそうかな……と、そこ迄「見て」どうする。
自制した。
視線を逸らせば不思議な現象が見えた。
大人も子供も、浮足立つ様なザワメキが移動して来る。
それは人の波が、「誰か」に道を開けて、空間の主役として讃える行為だった。
そんな存在は滅多に居る訳が無い。
恵美はドキドキした。
そして人の波が創る道は、弥也子の元に辿り着いた。
一瞬。
弥也子の眼差しに面倒な、とでも云いたげな光りが浮かび上がり、だが見間違えだったみたいにキレイに消えた。
当たり前の様に天使の笑顔が向けられた相手は、びっくりする程の美貌の持ち主だった。
広間にバルコニィから月の光りが射し込んだ……そんな錯覚に目眩がする。
――怖いくらいキレイ。なのに、流石です弥也子さま。
周囲の人間は、彼の用を云いつかりたくて仕方ない様子だった。
弥也子だけが、彼を当たり前の人間として遇する。
息苦しさに、恵美は気付く。
息をするのも忘れて男を視つめた事実に、恵美は驚いた。
「アレって、山瀬様……よね?初めて見た。凄いキレイ。」
「ああ。全くな。」
不機嫌な色を含んだ声に、恵美は「オヤ?」と海島を見遣る。
射殺さんばかりの、眸の剣呑さだった。
「山瀬様にまで妬くんだ?」
「悪いかよ。」
恵美は首を振る。
「そうか。揺らがぬ恋を持つ人は、山瀬様にも惹かれないって聞くものね。」
――寧ろグッジョブ!ビバ初恋!万歳幼なじみ!って感じ?
流石に発言するのは莫迦過ぎる言葉だったから、恵美は心で海島を讃えた。
ウロンな眼差しで海島は恵美を見た。そして、何かに気付いた様に、不意に瞬く。
「お前は、狂わないのか?」
「……?」
「あいつに。揺るがぬ恋が……お前にも有るのか?」
恵美は質問の意図を納得した。
まさか、と手を振る事で否定を示す。
「面倒そうだから、気合い入れて自制心総動員しただけだよ。」
「………弥也子も、そんな事を云っていた。」
呆然と海島が呟く。
恵美も多少は「山瀬」の毒にやられて、その様子には気付かない。
「やっぱり?でも身近で我慢するのは辛そうだよね。近くには行きたくないわ。私。」
「家の為に必要だったら……どうする?」
ええ?と嫌そうに恵美は顔を顰た。
「仕方ないから挨拶するけど……気に入られる様に頑張るけど。嫌だな。理性との戦い半端無さそう。」
「三条。」
「ん?」
やたら真剣な声音に顔を上げると、海島が自嘲の笑みを浮かべて恵美を視つめていた。
「なに?」
「お前が居てよかった。助かったよ。」
「………そう?」
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
判らない事は追求せずに適当に応じる。そんな習性が恵美には有った。
――弥也子さま流石です。
恵美の意識はすぐに、今や会場の中心と化した、弥也子と山瀬の二人の笑顔に引き戻される。
――こんな風に、山瀬と接するのは………確かお気に入りって事よ、ね?
恵美は溜め息を零した。
あんな化け物みたいに美しい人とも、平然と接する弥也子を、やはり特別な人だと感じた。
――凄いなあ。流石だなぁ。
真っ直ぐに、恵美は弥也子を賛美して、ウットリと美しい一対を視つめたのだった。
その隣で、冷静さを取り戻した海島は苦笑していた。
弥也子から散々聞かされていたのに、恵美の真価に接して、今日初めて友好的に手を伸ばした海島である。
しかも、かなり助けられもしたのだが、恵美は特別な事など何もしてないと考える様子だった。
「弥也子の友達……だったか。」
それが既に特別だと、気付くべきだったのだろう。
海島は自分の目が曇っていたと自省した。
「まだまだだな。」
「ん?」
「いや。なあ三条。」
「うん。」
「俺頑張るわ。」
「うん?」
「弥也子に相応しい男になれる様に。」
軽い口調だったが真剣だった。
恵美には解ったようだった。
常の心を窺わせない笑顔では無く、意志を宿した強い笑みが返された。
「頑張れ!私も弥也子さまの親友として恥ずかしくない様に頑張る!」
「おお。頑張れ。」
何故だか闘志を燃やされた気がして、海島は首を捻った。
「わっかんねえな。喧嘩売った時は買わない癖に。」
解りにくい幼なじみに、海島としては珍しいくらい粗雑な口調で、ボヤいたのである。
「俺は先ず。お前らより、男らしくならないとな。」
婚約者も幼なじみも……少女二人は、なまじっかな男など対抗出来ないくらい、強くて潔い。
勝ちを狙うのは、無謀かも知れなかった。
誰が相手でも怯まず闘う気概。許すと口にすればサッパリと確執を忘れる。
どう考えても、少女達の方が、海島よりカッコイイ。せめて、負けを認める程度の潔さを見せないと、男でいる価値も無いだろう。
「しかも、こいつらカッコイイ時は無自覚なんだから。全く。」
ハードルが高すぎる。
感謝も賛美も、だから相手の心には然して響きもしない。だから放置しようだ等とも思える筈も無く。
「借りは返す。いつか必ずな。」
一人呟いた海島省悟だった。
☆☆☆
まさか弥也子に逢いに来た訳でも無いだろうが、山瀬は早々に姿を消し、パーティーは元の様相を取り戻した。
それでも山瀬を目撃した興奮が残るのか、常よりさざめきが強く、影響が全く無いとは言えなかった。
「ねえ。あの人誰?」
「朝丘洋。気になる?」
「うん。と、今近付いた人は?」
「岬佑也。朝丘さんとは親友。気になる?」
「ん〜多分?」
「あちらは?」
「………朝丘詩織。」
せっかく春ヶ峰に通う海島が居るのだからと、恵美は質問を繰り返した。
名前を答えるだけだ。最初は適当に応じた海島だったが。
「あの人達は?」
「全部?」
「全員。奥の底意地悪そうな人からお願い。」
「底意地……悪そうに見えるんだ。じゃあ左回りな。三宅総一郎。麻生忠之。月野誠太郎。加倉良高。他はヶ峰じゃないな。藤院柊一朗と安永貴志。」
三条は内心で反芻した。
首を傾げる。
「安永家はどちらの?」
「………N市の豪族。」
納得した様に三条は頷き。
「あちらは?」
「柏木弘也。つうか既に高等部ですらないぞ。」
「あら、他の方は高等部生?」
「微妙なのも居たかもな。」
肩を竦めた海島である。
「ふうん。やっぱり凄いね海島。くん。色んな世代の人を……。」
褒めかけた声が止まる。
「あの二人は?」
「片岡と神崎の長男。」
「アレが。右は?神埼怜一?」
「いや。片岡真理。神埼の方が見込みが有るのか?」
海島が聞けば、三条は僅かに眸を瞠った。
「私の目を信じるの?」
「そりゃあな。殆ど、俺も辺りを付けてた相手だ。初見で見抜く目なんか、弥也子だけだと思ってたがな。」
「ああ、だって弥也子さまから教わったもの。」
海島は笑った。
「だから、普通は学んでも出来ないんだよ。逆らっても大丈夫かどうか。その辺りは、この世界に生まれ育つ内に磨かれるんだけどな。」
海島は少し考え、ひとつの質問をする。
質問と呼ぶより、確認だろうか?
「お前。莫迦にされた事無いだろう?」
「………割と海島。くんに莫迦にされてると思う。」
「……そこ迄云い難いなら呼び捨てで良いから。いや、俺はまあ置いとけ。」
恵美が頷くと、海島は続けた。
「弥也子もだが、どんなに弱々しい姿でも、細く小さな存在に見えても、この世界に生まれて生きる奴には見える様になる。逆らったら不味い相手だってな。」
「………ああ。そっち。」
「どっちに比べたそっちだよ。」
海島は呆れたが、恵美は納得した。
「あれだ。海島に対する印象は3つ有るの『友達になっとこう』と『手出ししては為らない相手』と『敵に廻すな』」
「後ろ二つって同じじゃ無いのか?」
「………内緒。」
『手出ししてはならない相手』は失言だった。
読み解いた言葉を口にした訳では無いのが救いだった。
「ええと。因みに、海島は弥也子様や私に何て見たの?」
「『逆らうな。』って本能が告げる。山瀬様ほどじゃないが、お前らみたいな奴が何人か居るんだよ。だが、それとさっきの相手はまた違うだろう?」
それこそどう見えるんだ?そう聞かれて、恵美は応えた。
「友達になりたい相手。」
「は?」
「いや、莫迦にするけど、弥也子さまも同じだって云うよ?」
「弥也子も?」
こっくり。
恵美は頷いた。
「だって『あ、この人大好きになる!』って思ったら大概凄い人だもの。」
海島の口元が引き攣った。
「いま、俺はかつて無く引いた。マジで引く。何だその本能。羨ましい。」
「うん?」
「そりゃ、お前らの交遊関係凄いの当たり前だわ。青田買いも良いとこだよ。」
「???よく解らないけど、ちょっと仲良くなりたくて我慢出来ない人居るから、行って来て良い?」
言葉通り、ソワソワと落ち着かない恵美に、ヒラヒラと手を振った。
「はいはいどうぞ。」
そして、視線は恵美の背中を追う。
視線が時々泳ぐ様子には気付いていた。
「成る程なあ。弥也子はともかく、あの面倒くさがりが付き合い広い訳だ。」
仲良くなりたくて、我慢が出来ない?それはタイミングを見抜く眸でも有るのでは無かろうか。
「つうか絶対、弥也子の眸とは別物だろうよ。」
弥也子は才能ぷらす計算。恵美のは野生の本能だ。
「って、女?しかも。」
赤いドレスの少女に恵美は声を掛けた。
じきに楽しそうに笑顔が交わされる。
「怖い奴。島津……か。一応注意しとくか。」
しかも。
恵美が眸を付けた相手は、一番年長でも20年は離れてない。特に多い世代は、海島の通う学園で高等部の生徒会メンバーだった。
「近い世代に随分とまあ。」
油断してたらエライ目に遭いそうだった。
弥也子の眸にもそれは映る。
「うっかり乗り換えられたら泣くぞ。」
海島は多少自惚れていたと自覚する。
恵美は、自分に対しては『友達になりたいかな』とは云ったが、我慢出来ずに話し掛けたりはしなかった。
野生の本能は、明らかにこの会場で、海島より才能が上の人間を選別した訳だ。
パーティーの間中、海島は弥也子を視つめるだけで無く、恵美にも気を配った。
恵美が自分から声を掛けた相手を見て。
その相手と弥也子も談笑する姿を見て。
海島は、死ぬ気で頑張る決意をした。
「弥也子は、誰にも渡さない。」
海島は平凡とは云えない才能の持ち主だったが、まだ少年でしか無かった。
自分達を「普通」と信じる少女達に、太刀打ち出来ないと認めて楽になるには、まだまだ潔さが不足していたし、枯れてもいなかった。
☆☆☆