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16/20

◆恵美と海島◆弥也子への執着

☆☆☆


 先程まで和やかに談笑していた。

 中心の天使が席を外した途端、そこはやたら静かになった。


 子供達を、社交の場に慣れさせる為の宴は、割と多い。今回もその手合いのパーティーで、小さな姿では5才程度の幼いドレス姿や生意気な蝶ネクタイを見掛ける。


 大人と少女が談笑する光景は珍しいが、彼女に限って云えば、それは見慣れたものでも有る。


 塩野弥也子は幼い頃から社交界のアイドルだった。そして早、16才のデビューを迎える前から、社交界の華と呼ばれていた。


 社交の場に慣れさせる為、と云えば聞こえは良いが。

 少女も少年も良家の子女だ。

 例えば誰が誰を好きになったとしても、それは微笑ましいカップルになれる。

 自由恋愛を気取っても、所詮は政略結婚。


 それでも、うっかりと違う世界の人を好きになるより、余程本人も倖せかも知れない。

 少なくとも、家の事情なんかで、辛い想いをしなくて済むから。


 恵美はそんな事をつらつらと考え乍ら、弥也子の背中を視つめた。


――遠目に見ても綺麗。


 弥也子は社交的で華やかな場がよく似合う。

 今日のドレスもとても愛らしくて、お人形さんみたいだった。

 白薔薇の様にヒラヒラと重ねた薄い布が、淡い緑に透ける。

 そこに赤い花が話し掛けた。


――涼子さま…だったかな?


 島津家の長女の事はよく知らない。

 中等部から美晴ヶ峰に入ったのは、弥也子も同様だが、随分と親しそうだった。


 それを恵美は不審とも感じなかった。

 弥也子の顔が広いのは、今に始まった事では無いからだ。


――涼子さまも気になるな。多分大好きになる感じ。


 恵美は第一印象を大切にする。本能で「好き」と「嫌い」を分類して、例外は有るにしろ大概の場合はその印象が変わる事が無い。


『まあ。随分と便利な嗅覚ですわね。』


 弥也子はコロコロと鈴を鳴らすが如く笑った。

 弥也子でなかったら、嫌味かと思うコメントだった。



 ふと、恵美は自分と同じ様に弥也子を追う眼差しに気付いた。


――相変わらずだなぁ。弥也子さまが羨ましい。


 その執着は下手をしたら欝陶しい迄の粘着力を持つ。

 執拗に、情熱と崇拝を篭めた視線が、弥也子に纏わり付く。


――弥也子さまは軽く扱うけど、普通は怯えちゃうよな。


 恵美は自分の事を棚に上げて考える。


――弥也子さまは、やっぱり特別だものね。


 幼い頃から弥也子を追っていたのは、隣に居る男だけでは無い。

 そう恵美は考えた。


 その、男と呼ぶには未だ幼い、少女の様にキラキラした顔が、不意に恵美を見た。


 弥也子以外には、口元に浮かぶ微笑みさえ冷たい印象を与える少年を、恵美は感心した様に見返した。


――本当にキラキラしいまでに綺麗な顔。プライドの高さも心地良いし、弥也子さまのモノで無いなら……理性が働かなかったかも。


「恵美さんは、随分と弥也子さんがお好きなんですね。」


 抑揚の薄い声が礼儀正しく告げた。


「ええ。海島さまとご同様ですね。」


 やり込めるでも無く、恵美はニッコリと笑った。


――ええと。もしかして今のって。いや。良いや。笑っとこう。


 恵美は反射的に応じた自分を反省したが、笑って誤魔化した。

 端からは余裕の態度と取れて、それは海島省悟も例外では無い。


 不機嫌そうに微かに眉が寄り、眸が細められた。


 恵美が海島に抱いた第一印象は、「決して手出ししてはならない相手」だった。

 恵美がそう感じたからには、つまり「絶対に兎さんにはならない相手」と云う事で。


 なのに、弥也子には手も無く操られ、心を縛られて、跪く事さえ厭わない。


――羨ましいな。


 別に海島に惹かれる訳では無い。

 恵美は、モノにならない相手に対する興味を、スッパリと失う便利な習性を持つ。


 決して自分のモノに成らない相手になど、一片も惹かれるものでは無かった。


 だが、もしも、海島が弥也子に恋する様に自分に恋をしたならば、それは恵美にとって理想の恋人の姿に近い。


――弥也子さまは、私とは違うと仰有るけど………この執着を放置する時点で同族だと思う。


 弥也子なら、それを不快だと思えば、海島の執着を優しい気持ちにシフトさせる事も可能だろう。

 それをしない。いや。婚約後の海島が、弥也子に対する執着を増したのは明らかだったから、彼女はそれを助長させた訳だ。


――絶対同族だし。


 恵美は心中頷いた。


 その視線の先で、弥也子が天使の微笑を振り撒いていた。


「三条。」


 この場では、子供達は男なら苗字か名前に様を付け、女なら名前にさん付けで呼ぶ習慣ならわしだった。

 別に明文化された決まりでは無いが、礼儀を無視した行いは嘲笑される元となる。


 とは云え子供達は、時には大人達さえ、幼なじみも少なくない場所で、それが社交の場だから、などと割り切れない事も多かった。


 しかし。

 この少年が礼儀を外し、我を覗かせるのは珍しい事だった。


「なに?」


 小学生時代の呼び掛けをされたから、当時の口調で恵美も応じた。

 当時から今と変わらない口調だった弥也子と違い、恵美はこの世界に馴染まぬ「普通の子供」の言葉を遣っていた。


――弥也子さまも、こいつにだけは少し、砕けた物云いをしたけど。


 恵美には飽くまでも優しい天使でしか無かった弥也子が、楽しそうに虐めて泣かせた相手が、この海島省悟であった。


 当時から、嫉妬の気持ちが無かった、等とは云えない恵美である。


――弥也子さまの一番の友達は私だもん!


 恵美は多少履き違えたまま、海島に対抗心を燃やしていた。

 とは云え、弥也子に対しては滅多に無い程の傾倒を示したが、元より執着心や執念深さとは無縁の恵美である。


 時折一瞬燃えるが、注意が逸れればウッカリ忘れる程度のモノでしか無かった。


「お前。やっぱりレズか?」

「何故?」


 何故そうなる。と。

 怒りよりも、意味を問いたい気持ちで、恵美は首を傾げた。


 海島は虚を衝かれた様に眸を瞠った。

 苛立ちを篭めた眸の色が、本来の涼しさを取り戻す。

 剣は戻らず、口元の皮肉に歪められた笑みも溶かれた。


 そして、ゆるゆると表情が和む。


 弥也子を相手にした時程では無いが、破格の扱いを受けつつあると恵美は感じて、更に疑問を募らせた。


「何だ。本当にただの友達か。」

「………ただじゃないわよ。親友だもん。」


 憮然とした恵美であった。

 海島は笑った。

 明るい笑みは、冷ややかな普段の顔と違って、好ましいものだった。


「悪い。弥也子の友達なら、俺にも大切な人だよ。」


 優しい微笑の指針は、やはり弥也子だったが、随分な変わり様に恵美は眉を寄せた。

 不快なのでは無い。

 理解出来ないからだ。


「同じ口調だったよ。弥也子と。そう云えば、お前ら時々双子みたいに似てるんだよな。中学上がってから、目の前にしてなかったら忘れてた。」

「さっきの態度の説明なの?それが?」


 海島が頷いた。


「俺は女が相手だろうと嫉妬する。弥也子に関してはちょっとオカシイんだよ。」

「知ってる。弥也子さまの件で嫉妬したんなら別に良い。」


 あっさり応えた恵美に、海島は苦笑した。

 小学生時代を知る相手だからと、油断して気を赦す甘さなど海島には無い。

 恵美はそれくらいは知っている。


 卒業してから半年も経ていない。とか、そんな問題でも無いだろう。

 海島は昔から、弥也子しか見ていなかった。


――やっぱり恋愛となると独り占めしたくなるんだな。めっちゃ牽制されたし。そりゃ、多少の独占欲やヤキモチは有るけど………私は他の友達に嫉妬はしないし。


 恵美は取り敢えず、弥也子に一番近い距離を、もう暫く独占したいだけだった。


――ううん?やっぱりそれも別に良いかな?海島省悟が気に入らなかったのは………多分、単にエラソーだったからかも。


 手を出してはならない相手。

 そう思っていても、エラソーな態度を取る男は屈服させたくなる。

 恵美にはそういう悪癖が有った。


――私も相手は選ばないとだよね。


 でなければ。

 いつか、痛い目に遭わないとも限らない。

 そう考えて、恵美は自重する事を誓ったのだ。



「なあ三条。あれ誰?」

「どの人?」

「いや。弥也子の傍じゃなくて向こう。赤いドレス。さっき、弥也子がいつもより親しい感じだった。」


 悔しそうな海島に、恵美は笑った。


「少しは控えたら?怒られたらどうするのさ?」

「素直に謝る。」

「………。」

「何だよ、その眸は。俺はね、弥也子にならいくらだって卑屈になれるんだよ。」


 上品な笑みがキラキラの顔に浮かぶが、言葉の内容はそれを台なしにするモノかも知れない。

 しかし恵美は感じ入る。


「カッコイイ海島くん。愛だね!」


 賛美すれば苦笑が返る。


「ホントに全く似てないのに激似。お前らの男らしさ見習いたいよマジで。」

「なに?」


 ごちた海島に恵美は不思議そうな眼差しを投げ掛けたが、海島は首を振る。


「いいから教えろ。赤いドレス。」

「うん?でも私近くで見ないと判らないかも……って、涼子さまじゃん。」

「だから誰だよ。」


 苛々と云う海島は大概、弥也子の前では猫を被っているのだろう。


「海島くんて、素顔オレサマだね。」


――やっぱりな。通りで私の琴線に触れた訳だよ。いや、弥也子さまのだから別に要らないけど。


 恵美が呆れたと思ったのか、海島が睨む。


「弥也子に云ったら殺す。」

「……弥也子さま、気付いてると思うな。でも、私に喧嘩売ったのは黙ってて上げようか?明日学校で泣き付いて見ようと思ってたんだけど。」


 ニッコリと笑う恵美に、海島は怯んだ。


「お前……大人しい振りして怖いヤツだな。」

「そう?どうする?」


 もちろん、素直に詫びた海島だった。


「スミマセン黙ってて下さい。」

「棒読みですけど、許して上げます。」

「アリガタヤ三条さま、オウツクシイドレスですね?」


 こうして冗談にしてしまえるのが、社交術と云うものだろうか。恵美は笑い乍ら感心していた。



「島津家の涼子さまよ。」

「……ああ。あの。」


 島津家は名門だが、この場合の「あの」は、多少の不名誉を含んでいた。


 家出した長男の代わりに、長女の入婿捜しに熱が入っている……と続く「あの」島津家である。



 これが、美晴ヶ峰が舞台なら「あの」恋愛相談の……と続くのだが。

 恵美は首を傾げた。


「どうした?」

「ん〜。不思議な人だなぁと。」


――明らかに経験無いよね。だからって特殊な趣味って訳でも無い。


 噂とのギャップに、恵美はつい真剣に視つめてしまった。


――淡泊で……ノーマル。感度は良さそうかな……と、そこ迄「見て」どうする。


 自制した。

 視線を逸らせば不思議な現象が見えた。


 大人も子供も、浮足立つ様なザワメキが移動して来る。

 それは人の波が、「誰か」に道を開けて、空間の主役として讃える行為だった。


 そんな存在は滅多に居る訳が無い。


 恵美はドキドキした。


 そして人の波が創る道は、弥也子の元に辿り着いた。


 一瞬。

 弥也子の眼差しに面倒な、とでも云いたげな光りが浮かび上がり、だが見間違えだったみたいにキレイに消えた。

 当たり前の様に天使の笑顔が向けられた相手は、びっくりする程の美貌の持ち主だった。


 広間にバルコニィから月の光りが射し込んだ……そんな錯覚に目眩がする。


――怖いくらいキレイ。なのに、流石です弥也子さま。


 周囲の人間は、彼の用を云いつかりたくて仕方ない様子だった。

 弥也子だけが、彼を当たり前の人間として遇する。


 息苦しさに、恵美は気付く。

 息をするのも忘れて男を視つめた事実に、恵美は驚いた。


「アレって、山瀬様……よね?初めて見た。凄いキレイ。」

「ああ。全くな。」


 不機嫌な色を含んだ声に、恵美は「オヤ?」と海島を見遣る。

 射殺さんばかりの、眸の剣呑さだった。


「山瀬様にまで妬くんだ?」

「悪いかよ。」


 恵美は首を振る。


「そうか。揺らがぬ恋を持つ人は、山瀬様にも惹かれないって聞くものね。」


――寧ろグッジョブ!ビバ初恋!万歳幼なじみ!って感じ?


 流石に発言するのは莫迦過ぎる言葉だったから、恵美は心で海島を讃えた。


 ウロンな眼差しで海島は恵美を見た。そして、何かに気付いた様に、不意に瞬く。


「お前は、狂わないのか?」

「……?」

「あいつに。揺るがぬ恋が……お前にも有るのか?」


 恵美は質問の意図を納得した。

 まさか、と手を振る事で否定を示す。


「面倒そうだから、気合い入れて自制心総動員しただけだよ。」

「………弥也子も、そんな事を云っていた。」


 呆然と海島が呟く。

 恵美も多少は「山瀬」の毒にやられて、その様子には気付かない。


「やっぱり?でも身近で我慢するのは辛そうだよね。近くには行きたくないわ。私。」

「家の為に必要だったら……どうする?」


 ええ?と嫌そうに恵美は顔を顰た。


「仕方ないから挨拶するけど……気に入られる様に頑張るけど。嫌だな。理性との戦い半端無さそう。」

「三条。」

「ん?」


 やたら真剣な声音に顔を上げると、海島が自嘲の笑みを浮かべて恵美を視つめていた。


「なに?」

「お前が居てよかった。助かったよ。」

「………そう?」

「ありがとう。」

「どういたしまして。」


 判らない事は追求せずに適当に応じる。そんな習性が恵美には有った。


――弥也子さま流石です。


 恵美の意識はすぐに、今や会場の中心と化した、弥也子と山瀬の二人の笑顔に引き戻される。


――こんな風に、山瀬と接するのは………確かお気に入りって事よ、ね?


 恵美は溜め息を零した。

 あんな化け物みたいに美しい人とも、平然と接する弥也子を、やはり特別な人だと感じた。


――凄いなあ。流石だなぁ。


 真っ直ぐに、恵美は弥也子を賛美して、ウットリと美しい一対を視つめたのだった。


 その隣で、冷静さを取り戻した海島は苦笑していた。


 弥也子から散々聞かされていたのに、恵美の真価に接して、今日初めて友好的に手を伸ばした海島である。


 しかも、かなり助けられもしたのだが、恵美は特別な事など何もしてないと考える様子だった。


「弥也子の友達……だったか。」


 それが既に特別だと、気付くべきだったのだろう。

 海島は自分の目が曇っていたと自省した。


「まだまだだな。」

「ん?」

「いや。なあ三条。」

「うん。」

「俺頑張るわ。」

「うん?」

「弥也子に相応しい男になれる様に。」


 軽い口調だったが真剣だった。

 恵美には解ったようだった。


 常の心を窺わせない笑顔では無く、意志を宿した強い笑みが返された。


「頑張れ!私も弥也子さまの親友として恥ずかしくない様に頑張る!」

「おお。頑張れ。」


 何故だか闘志を燃やされた気がして、海島は首を捻った。


「わっかんねえな。喧嘩売った時は買わない癖に。」


 解りにくい幼なじみに、海島としては珍しいくらい粗雑な口調で、ボヤいたのである。


「俺は先ず。お前らより、男らしくならないとな。」


 婚約者も幼なじみも……少女二人は、なまじっかな男など対抗出来ないくらい、強くて潔い。

 勝ちを狙うのは、無謀かも知れなかった。


 誰が相手でも怯まず闘う気概。許すと口にすればサッパリと確執を忘れる。


 どう考えても、少女達の方が、海島よりカッコイイ。せめて、負けを認める程度の潔さを見せないと、男でいる価値も無いだろう。


「しかも、こいつらカッコイイ時は無自覚なんだから。全く。」


 ハードルが高すぎる。

 感謝も賛美も、だから相手の心には然して響きもしない。だから放置しようだ等とも思える筈も無く。


「借りは返す。いつか必ずな。」


 一人呟いた海島省悟だった。



☆☆☆


 まさか弥也子に逢いに来た訳でも無いだろうが、山瀬は早々に姿を消し、パーティーは元の様相を取り戻した。


 それでも山瀬を目撃した興奮が残るのか、常よりさざめきが強く、影響が全く無いとは言えなかった。


「ねえ。あの人誰?」

「朝丘洋。気になる?」

「うん。と、今近付いた人は?」

「岬佑也。朝丘さんとは親友。気になる?」

「ん〜多分?」

「あちらは?」

「………朝丘詩織。」


 せっかく春ヶ峰に通う海島が居るのだからと、恵美は質問を繰り返した。

 名前を答えるだけだ。最初は適当に応じた海島だったが。


「あの人達は?」

「全部?」

「全員。奥の底意地悪そうな人からお願い。」

「底意地……悪そうに見えるんだ。じゃあ左回りな。三宅総一郎。麻生忠之。月野誠太郎。加倉良高。他はヶ峰じゃないな。藤院柊一朗と安永貴志。」


 三条は内心で反芻した。

 首を傾げる。


「安永家はどちらの?」

「………N市の豪族。」


 納得した様に三条は頷き。


「あちらは?」

「柏木弘也。つうか既に高等部ですらないぞ。」

「あら、他の方は高等部生?」

「微妙なのも居たかもな。」


 肩を竦めた海島である。


「ふうん。やっぱり凄いね海島。くん。色んな世代の人を……。」


 褒めかけた声が止まる。


「あの二人は?」

「片岡と神崎の長男。」

「アレが。右は?神埼怜一?」

「いや。片岡真理。神埼の方が見込みが有るのか?」


 海島が聞けば、三条は僅かに眸を瞠った。


「私の目を信じるの?」

「そりゃあな。殆ど、俺も辺りを付けてた相手だ。初見で見抜く目なんか、弥也子だけだと思ってたがな。」

「ああ、だって弥也子さまから教わったもの。」


 海島は笑った。


「だから、普通は学んでも出来ないんだよ。逆らっても大丈夫かどうか。その辺りは、この世界に生まれ育つ内に磨かれるんだけどな。」


 海島は少し考え、ひとつの質問をする。

 質問と呼ぶより、確認だろうか?


「お前。莫迦にされた事無いだろう?」

「………割と海島。くんに莫迦にされてると思う。」

「……そこ迄云い難いなら呼び捨てで良いから。いや、俺はまあ置いとけ。」


 恵美が頷くと、海島は続けた。


「弥也子もだが、どんなに弱々しい姿でも、細く小さな存在に見えても、この世界に生まれて生きる奴には見える様になる。逆らったら不味い相手だってな。」

「………ああ。そっち。」

「どっちに比べたそっちだよ。」


 海島は呆れたが、恵美は納得した。


「あれだ。海島に対する印象は3つ有るの『友達になっとこう』と『手出ししては為らない相手』と『敵に廻すな』」

「後ろ二つって同じじゃ無いのか?」

「………内緒。」


『手出ししてはならない相手』は失言だった。


 読み解いた言葉を口にした訳では無いのが救いだった。


「ええと。因みに、海島は弥也子様や私に何て見たの?」

「『逆らうな。』って本能が告げる。山瀬様ほどじゃないが、お前らみたいな奴が何人か居るんだよ。だが、それとさっきの相手はまた違うだろう?」


 それこそどう見えるんだ?そう聞かれて、恵美は応えた。


「友達になりたい相手。」

「は?」

「いや、莫迦にするけど、弥也子さまも同じだって云うよ?」

「弥也子も?」


 こっくり。

 恵美は頷いた。


「だって『あ、この人大好きになる!』って思ったら大概凄い人だもの。」


 海島の口元が引き攣った。


「いま、俺はかつて無く引いた。マジで引く。何だその本能。羨ましい。」

「うん?」

「そりゃ、お前らの交遊関係凄いの当たり前だわ。青田買いも良いとこだよ。」

「???よく解らないけど、ちょっと仲良くなりたくて我慢出来ない人居るから、行って来て良い?」


 言葉通り、ソワソワと落ち着かない恵美に、ヒラヒラと手を振った。


「はいはいどうぞ。」


 そして、視線は恵美の背中を追う。


 視線が時々泳ぐ様子には気付いていた。


「成る程なあ。弥也子はともかく、あの面倒くさがりが付き合い広い訳だ。」


 仲良くなりたくて、我慢が出来ない?それはタイミングを見抜く眸でも有るのでは無かろうか。


「つうか絶対、弥也子の眸とは別物だろうよ。」


 弥也子は才能ぷらす計算。恵美のは野生の本能だ。


「って、女?しかも。」


 赤いドレスの少女に恵美は声を掛けた。

 じきに楽しそうに笑顔が交わされる。


「怖い奴。島津……か。一応注意しとくか。」



 しかも。

 恵美が眸を付けた相手は、一番年長でも20年は離れてない。特に多い世代は、海島の通う学園で高等部の生徒会メンバーだった。


「近い世代に随分とまあ。」


 油断してたらエライ目に遭いそうだった。


 弥也子の眸にもそれは映る。

 

「うっかり乗り換えられたら泣くぞ。」


 海島は多少自惚れていたと自覚する。


 恵美は、自分に対しては『友達になりたいかな』とは云ったが、我慢出来ずに話し掛けたりはしなかった。


 野生の本能は、明らかにこの会場で、海島より才能が上の人間を選別した訳だ。


 パーティーの間中、海島は弥也子を視つめるだけで無く、恵美にも気を配った。


 恵美が自分から声を掛けた相手を見て。

 その相手と弥也子も談笑する姿を見て。


 海島は、死ぬ気で頑張る決意をした。


「弥也子は、誰にも渡さない。」


 海島は平凡とは云えない才能の持ち主だったが、まだ少年でしか無かった。


 自分達を「普通」と信じる少女達に、太刀打ち出来ないと認めて楽になるには、まだまだ潔さが不足していたし、枯れてもいなかった。


☆☆☆



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