◆11話◆手放せない想い
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相変わらず静さんは優しい。何度逢っても変わらない。元に戻らない。
苦しそうに、彼は私を見つめる。真綿でくるむ様に、私に優しくする。
謝罪と、哀願と、愛情と執着がそこにある。
私は彼の気持ちを見てとれる。しかし彼の思考を理解はしない。
磨いた特技が何の役にも立たなくて、苛立つ私に静さんは気付く訳もない。
あの日から、まるで罪を償うかの如く、彼は私に接する事を止めない。
「どうしたの?」
うっかり溜め息を零したらしい。
内心慌てつつも、私は微笑んで首を振った。
「何でもないわ。後で、静さんが来るから……」
そう云って眸を伏せれば、何かしら適当な理由を相手が考えてくれる。
省悟は辛そうな眸で、私を見つめた。
「そう。随分……遅くに来るんだね。
視線を逸らす省悟に疑問を覚えたが、特に気にせずに続けた。
「貴方との時間を邪魔出来ないからって。」
あの日から変わったのは、私に対する態度だけでは無かった。省悟に対する憎しみを、彼は忘れた。
それどころか、私たちの邪魔をすまいと気遣いさえして見せるのだ。
「は?」
省悟の眼差しが私へと戻った。
「何それ?信じらんない男だな。」
省悟も突然の変化に戸惑いを隠せない様だ。
食事中を邪魔された事さえ有るのだ。
何かしら企んでいると疑うのも無理は無い。
だが、すぐに省悟は心配そうに云う。
勿論。静さんに対してでは無く、私を心配しているのだ。
「最近おかしいって云ってたね。そういうところ?」
「そうね。まあ害は無いのだけど。」
私は嘆息した。
「謎の人よね。」
せめて、省悟の様に解りやすい男なら良かったのに。
そうしたら。
「弥也子?」
「え?ああ、ごめんなさい。なあに?」
誤魔化す様に、私はニッコリと微笑った。
省悟が見たことも無い表情で私を見つめていた。
「ねえ弥也子。気付いてる?」
「何に?」
首を傾げると、省悟はいつもみたいに見惚れてはくれず、寂しそうな……そして諦らめた様な、不思議な笑みを浮かべた。
「明日は結婚式だね。」
「………ええ。」
それは質問の答えでは無い。
私は黙って省悟を見つめた。
省悟はゆっくりと、囁く様に告げた。
「この一ヶ月。君は彼の話ばかりしている。」
「…………。」
言葉を失った私に、省悟は手を伸ばし、けれど触れる前に止まった。
「何て顔してるの?」
「………。」
省悟の方こそ、何て顔をしてるのか。
彼の涙は私には珍しいモノでは無い。なのに泣きそうな顔を見て、私は初めて苦痛を覚えた。
「やっと………俺を見たね?」
「………省悟。」
「この一ヶ月。君が誰の事を考えていたか………俺が気付かない訳もないよね?」
「……省悟、お願い。」
私は涙を溢した。
「………それでも、俺が好き?まだ、好きでいてくれる?」
私は省悟を見つめた。
真剣な眼差しを怯む事なく見つめた。
ゆっくりと息を吸って、微笑んだ。
「私が云った事を覚えてる?」
何故私の涙なんて、信じるのかしら。
涙も笑顔も、目的の為ならいくらだって振り撒く女だと、そろそろ気付いても良い頃だろうに。
「貴方は、私の大切な『お友達』だわ。」
「弥也子っ………。」
莫迦な人だ。
何度騙されたら懲りるのかしら。
私は省悟を憐れんだ。
――それでも。
私はこの手をまだ離せない。手放したくない。
我が儘な子供みたいだと、自嘲しつつも大人になれない。
私は自分の心も制御出来ない。省悟を操れる等と自惚れていたら、いつか手痛いしっぺ返しが来ると思う。
ましてや、あの人の心が想像の埒外なのは、当たり前かも知れなかった。
『分を弁えた方が好きです。』
父親に告げた台詞を思い出す。
弁えなければならないのは、寧ろ私自身だった。
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