僕のハロウィン計画
〈僕のハロウィン計画〉
十月三十一日。ハロウィンの昼下がり。
うららかな陽射しの下、僕は公園のベンチにひとり座っていた。
幾度も忙しなく時計台に目を向けるが、待ち合わせの時刻にはまだ三時間近くも余裕がある。溜め息。心臓が張り裂けそうな鼓動をなんとか吐き出す。
僕がなぜ平日の真っ昼間に公園で無為に時間を潰しているのか、それは自身のこれからを大きく左右する、とある計画が原因だった。
今日ここへ呼び出した相手は僕の級友だ。気さくな性格で、僕と仲がいい女の子。
そして僕の計画はこうだ。まず隠し持ったキャンディの詰まった袋をさりげなく彼女に見せる。ノリのいい彼女なら、きっとそこで「トリック・オア・トリート!」と言ってくれるはずだ。
すかさず僕はそのキャンディ袋を手渡し、同時に――
告白する。
我ながら、なんとロマンティック。至高の計画だ。
ちなみに僕は今日、このために学校をサボった。しかし元から素行のよい方ではないので問題はないだろう。
ともかくこの計画に失敗は許されない。ぶっちゃけ僅かでも羞恥に口籠ったり、タイミングを外せばかなり“サムい”結末になるだろう。
だから万全を期す必要があるのだ。この待ち時間も決して無駄に浪費してはならない。
そう思い至って、脳内で先の展開をシミュレートしていると、
「とりっくおあとりーと!」
僕の目線の遙か下方で、その呪文を唱える声が聞こえた。
怪訝に思って見下ろすと、そこには前髪を結わえて広いおでこを露出した園児服の男の子が、僕の持つキャンディ袋に視線を釘づけにさせていた。
こんな時間に、こんな場所に、なぜ幼稚園児が?
一瞬だけ疑問に感じるが、周囲の喧噪がその解答だった。
前後左右、どこに視線を投げても園児服。エプロン姿の女性――きっと保母さんだろう――も五人ほど見受けられる。なるほど、遠足でもしているのか。
現状には納得したものの、それで事態が変化するでもない。
このデコッパチには悪いが、キャンディを渡すわけにはいかない。いわばこれは計画の秘密兵器、ドラえもんにおける“地球はかいばくだん”なのだから。
……と、思ったのだが、
「とりっく・おあ・とりーと!」
もう一度叫ぶデコッパチの、期待にキラキラと輝いた瞳に負け、僕は涙目でキャンディ袋を手渡すこととなってしまった。
「ありがとー!」
「どういたしまして……」
全力で笑顔を振り絞って、走り去るデコッパチに手を振る。
――ああ、やっちまった……
自分の意志の弱さに絶望する僕。おい、計画の中枢を担うアイテムを手放してどうする気だよ! 阿呆か!
意気消沈した僕は、なんの気なしにデコッパチの背中を目で追う。園児が集まる大きな輪の中へ、いや、そこを素通り、彼の向かう先は――
「……女の子?」
そこにはブランコをひとり寂しく漕いでいる女の子の園児がいた。しかしデコッパチの姿を認めると、ブランコの動作を止めてゆっくりと地に降り立つ。
デコッパチは子どもらしいぷっくりとした頬をほのかに朱に染めて、さっき僕があげたキャンディを彼女に差し出した。
「あげる」
ぶっきらぼうな彼の言葉に、しかし女の子は満面の笑顔を返した。
「ありがとう!」
そんなやり取りの直後、なんと女の子はデコッパチに勢いよく抱きつき、そのおでこに自らの唇を押しつけた。
「「――っ⁉」」
デコッパチも僕も、急展開に驚愕し、声が出ない。
構わず女の子は放心状態のデコッパチの手を取って、みんなのいる公園のアスレチックへと駆けていった。
しばらく経つと、保母さんたちが園児を集合させて、ちょうどやって来たバスに手際よく乗せていった。
ずっと園児たちの無邪気な笑顔を眺めていた僕だったが、そこでようやく我に返る。
計画を再考しなくてはならない。なにせ必要不可欠なはずのお菓子はもうないのだ。財布は自宅に置いてきてしまったし、これから買い直すこともできない。
告白を彩る最高級の演出は、決行する前に頓挫してしまった。
――まあ、たぶん平気じゃないかな。
しかし僕は楽観的に、そう考えた。
胸に灯る、温かい、不思議な安心感。
小手先なしに告白しよう、きっと成功するさ!
確固たる理由もないが、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
あのキャンディには、ちゃんと効力があった。小さくてかわいいカップルの仲人になった。
僕もあのご利益を少しは頂いているはずだ。
左胸に手を当てると、穏やかな鼓動と、頭の中にデコッパチの「ありがとー!」が蘇る。
温かい。
キャンディと引き換えに、僕はその温かさを手に入れたのだ。
そうさ、だから、きっと――
ハロウィンに滑り込みセーーーフッ‼
読んで頂きありがとうございます!
子供のすることは、どうにも大人には理解しがたい。でも、だからこそ見ていて微笑ましく、心がほっこりするんだと思います。