第三十一話
それから翌日。いつものように外へ出て、扉へ向かう。今日の食糧調達は、キノとルフリア、そして王様だ。ガランは監視で、ナキは休日。といってもすることがなく、イトやキョウは農場の手伝いをやっている筈だし、セディアは果樹園の手伝いをしている筈だ。
だというのに、ガランの食卓には、キノ、ルフリア、王様の三人以外の人間達が集まっていた。
「勢揃い..?」
「ふふー。誰のおかげでしょう?」
「やったね。ナキくん」
セディアはご機嫌な様子で、手を後ろに組んでいる。キョウはいつもの不安顔であるが、心無しか声の調子が弾んでいた。
周りにはアラギラを中心に、多くの住人が集まっている。カラクレ達が、ナキに手を振っていた。振り返しながら、一人だけいないことに気付く。
「ドラはあそこだよ」
聞いて、小屋番の男を思い出す。死んだような表情で、無口な男。名前はハロドラだ。
少し遠くの小屋を見てみれば、確かにハロドラが小屋番をしている。まるでいないかのようにこちらを見ずに、粛々と扉の前に立っていた。
「あいつは良いだろう。もう死んでいるようなものだからな」
「あ?」
イトの発言に、カラクレの父であるクレートが突っかかる。
「お前はあいつの何を知ってんだ?」
「知らないな」
「そんなら口を出すなじじい!」
「俺はじじいじゃない。他人を知らずに話す事の何が悪い。じじいじじいと言っている割には繊細だな」
イトは腕を組み、目を閉じている。格好良さげに呟く言葉は、住人の耳には響かない。どうやらイトは、一部の住人に嫌われているらしい。そしてじじいと言われていることに憤っている。
なんにせよ、ナキに向けたような失礼な物言いが通常通りならば、致し方ない。
「よしな。怒鳴っても何も変わんないよ」
「婆さん...」
イトのおかげで一悶着が起こりそうな現場に、はらはらと胸焼けするようだ。キョウも、おどおどと不安げに見守っている。セディアは笑顔に見守っているが、内心では違うことを思っているに違いない。
なんともなしに向けた視線は、カラクレと目が合った。ナキに気付くと、楽しそうに、にっと口を弧に曲げた。
「まあいいさ。すぐにやるよ」
一体なにをやるつもりなのか。そんなナキをお見通しに、住人の中から頭布の少年が前へ出る。
目の前に現れた少年は、待ち侘びたと言うようにナキを見る。少し体が身構えるけれど、前のような敵意の溢れた視線ではなかった。敵意があるのは、少年の隣にいるレディという少女の方である。彼女は一貫して、ナキ達を敵視していた。
「僕も協力するよ」
ガランは、澄んだ声で言い放つ。感情の読めない目で、ナキを見る。
頭布の中から発せられたであろう言葉は、しかしナキの耳には通らなかった。
「..もう一回良いか?」
「何でよ!」
レディは腰に手をつけぷんぷんと怒っているが、なんだか今日の彼女は、いつもより砕けている気がする。ガランは隣のレディに嘆息しながら、ナキに告げる。
「僕も協力するって言ったんだ」
今度はちゃんと聞き取れた。分かっていたことでも、ガランの口から出た言葉の数々を反芻していると、薪を入れられたみたいに瞳が揺れる。
「決意表明なんだって」
不承不承に、レディは言う。大蛇の地面を靴で擦りながら、両手は後ろに組んでいる。余程気は進まないのだろう。でも、レディがナキに話しかけることなど初めてのことだった。
「けついひょうめえ!」
「けついひょうめーー!」
ロドレーとカジャクが元気よく復唱する。元気な姿に、周りの雰囲気は和らいだ。
最初の集落の雰囲気は、どこか煤けていた。住人の表情も暗く、子供たちも大人しかった。それが今では、こんなに笑顔に笑いあっている。
「君のことは嫌いだけど」
「.....」
「お互い生きてたら良いね」
ガランは頭布に包まれていて表情は見えない。それでも、言葉には熱があった。
ガランの後ろには、住人達の精悍な顔つきが見渡せる。レディはいつも通りに不貞腐れているような態度だが、それでも、ここで何かが変わる予兆を感じる。それは光と言っても差し支えようのないものだろう。ナキは両手を力強く握る。ガランに頷き返して、一層覚悟を決めた。
◯
「まず前提として、あいつはこの中の誰よりも強い。圧倒的にだ」
「誰よりもって、ネリアよりもか?」
「ネリアよりもだ」
「....まじでか」
「まあ、あれの強さは知らんが。そう言っても良い程に強い」
キノはそれっぽい眼鏡をくいっと上げる。全くと言って良いほど似合っていないが、いつまで付けているのか。気が散る。
「いいか?化体ってのは、操り手がいないとどうにもならない、らしい」
「らしい?」
「ガランに聞いた話だから俺もまだよく分かんねえが、化体になった人間ってのは馬鹿だ。命令すれば、どこまでも際限なく遂行しようとする。んでそれを解消するために、操り手が体の一部を化体と融合する」
融合。聞き慣れない言葉に違和感を感じる。想像は出来るが、信じられない。
「ガランだったら、手足を地面に付ける。大蛇を受容れる感覚を持てば、自然と足がくっつくんだと。その状態で想像すれば、直で大蛇を操れる」
キノの解説を咀嚼しながら、脳内に過去の場面が流れ出す。ナキ達が大蛇の中に初めて降り立った時、ガランは命令をしないで、縦横無尽に無尽の棘を差し向けた。
あの時に、そういった力を使っていたのだ。
「キョウは融合してなくても命令出来てたぞ?」
「もちろん、化体だって元は人間...っつうのは今でも信じられねぇが、そこはどうだって良いさ。化体になっても、そこそこの知能は残ってるみたいだな。言葉はある程度理解してるんじゃねえか」
化体は元人間。そんな重大な事実をどうでも良いと言えるキノは、大した大物だ。この事を知っているのは、ナキ達とガラン、王様、そしてキノだけだ。他の皆に知らせていないのは、知らせてはいけない理由があるからだった。
大蛇という化体は神様であり、私達人間を龍人やロジバルトから守ってくれた守護神なのだ。
古くからここで生きているアラギラなんかがこんな事実を知ってしまえば、王様の討伐などと言っていられなくなってしまう。
「じゃあ、食料調達の時のは?ガラン、命令してた気がする」
「原理は分からんが、深く融合して命令をすれば、より高度なことも出来るっつう話だ。大蛇の五感を共有出来るんだと」
よく分からねえよな。いまいち納得していなさそうに、キノは眼鏡を不似合いに掛けている。レディが作った眼鏡は、左右の鏡が不釣り合いで、縁もでこぼことしている。誰が掛けても違和感しか感じなさそうな具合だ。正直言って、全く似合っていない。
レディはキノを許していない。ガランを不幸にしたキノを、今もなお嫌っている。それでもガランの為というのか。
ーー「これ付けたら許してあげる」ーー
この不格好な眼鏡を渡された。
ーー「べーーーだ!!」ーー
きっと、レディなりの許し方なのだろう。本当に嫌いな人に、あんな風に接したりはしない。
そんな訳で眼鏡を付けているのだが、気が散るのでそろそろ外して欲しいところだ。ナキの胸中など知らないで、キノは続ける。
「そんで、びびりくんにはそれが出来ない。そもそもあの騎士も、元から戦う為に生まれてないそうだ。話聞く限り、逃げる為、守る為に化体になったんだろ。あーっと...あーそうだそうだ。これは姉ちゃんから聞いた話だが、化体っつうのは、なる前の思いが影響する」
姉ちゃんというのはセディアのことだ。セディアやガランから聞いた情報を、キノを伝に教えてもらっている。そこで固まったものを、王様にぶつけるのだ。
「あの騎士は、逃げる為、守る為に化体になった。特にびびり君の為に。だからびびり君の姉ちゃんは、戦いには向かない。そもそも、びびり君が操れると思うか?ということで、お前達と一緒にガランのお守り係だ」
「..成程。分かった」
「ガランが大蛇の力を相殺している間、俺、嬢ちゃん、おっさんがあいつの相手をする」
お守り係。ガランの融合で、王様の融合を相殺する。大蛇の操作をなくした所に、キノ、ルフリア、イトの三人が王様に仕掛ける。
三人よれば文殊の知恵だ。キノやガランも、これで勝てると踏んでいる。
ナキは正直、悔しかった。お守り係というのは、ナキでは王様に太刀打ち出来ないし、乱戦でも足を引っ張ってしまうということだ。
それでも、これが今のナキの実力なのだ。今はガランを守る。その為に備えておくべきだ。
キノはようやく眼鏡を外す。頭部に眼鏡を掛けて、にっと口端を吊り上げた。
「明日やるぞ。覚悟決めろよ、ナキ」
初めて名前で呼んでくれたことに、瞳が揺れる。灰茶の虹彩異色に、間抜けな表情が映り込んだ。
「て、俺の方が頑張らないとな」
キノはようやく眼鏡を外す。頭部に眼鏡を掛けて、にっと口端を吊り上げた。
意外にも若々しい笑顔に、ナキは思い出す。
この人、二十歳なんだよな。
よく見てみれば、小汚く髭は生えているものの、しゅっとした眉に、高い鼻。大きな目元に、肌は綺麗だ。
そんな気の抜けた事を考えてしまった事を後悔しながら、気を正す。
ここが正念場だ。ナキは掌を硬く握りしめ、明日に臨む。




