プロローグ 神の子を授かった婚約者に婚約破棄されました
その日、マ○アの前に天使が現れた。
まばゆい光とともに現れた天使は、マ○アに告げた。
「恐れることはありません。マ○ア。あなたは神の恵みを受けました」
「神の恵み……?」
「あなたは男の子を産むでしょう。その子を○エスと名付けなさい」
「ですが、私はまだ男の人を知りません」
「心配はいりません。あなたのお腹に宿る子は神の子なのです」
「神の子……!」
マ○アは驚いた。
自分が神に選ばれたのだ。
しかも、生まれてくる子供は神の子だという。
こんなに名誉なことはない。
「ありがとうございます! 天使様!」
マ○アは喜んだ。
こうして神の子○エスは、地上に生まれることになった。
◇◇◇
「ヨ○フ! あなたとの婚約は破棄させてもらいます!」
「……は?」
突然のことだった。
俺の名前はヨ○フ。
どこにでもいる普通の大工だ。
《祝福》もなければ、特別な力もない。
今日も朝から働いて、家に帰ってきたばかりだった。
すると婚約者のマ○アが突然、婚約破棄すると言い出したのだ。
「どうしたんだ、急に?」
「どうしたもこうしたもありません! 私は神に選ばれたのです!」
「神に?」
「そうです! 私のお腹には神の子が宿っているのです!」
「……子供?」
俺は驚いた。
当然だ。
俺はマ○アとまだ結婚していない。
そういう関係にもなっていない。
なのにマ○アは妊娠したという。
「その子、俺の子じゃないよな?」
「はぁ!?」
なぜかマ○アは怒った。
「なんて失礼なことを言うのですか! 神の子ですよ!?」
「いや、だから俺の子じゃないんだろ?」
「神の子だと言っているでしょう!」
「じゃあ俺の子じゃないだろ」
「そんなことはどうでもいいのです!」
どうでもよくないだろ。
俺はそう思った。
「私は神に選ばれた女なのですよ!?」
「そうなのか」
「そしてこの子は、いずれ世界を救う救世主になるのです!」
「すごいな」
「それに比べてあなたは何ですか?」
「え?」
「《祝福》すら持っていない、ただの大工ではありませんか!」
俺は驚いた。
確かに俺は大工だ。
しかし今まで真面目に働いてきた。
マ○アと結婚したら幸せに暮らせるように、仕事だって頑張ってきた。
それなのに、そんな言い方をされるとは思わなかった。
「神の子の父親が、あなたのような何の力も持たない大工だなんて恥ずかしいです!」
「だから俺は父親じゃないだろ?」
「言い訳しないでください!」
「えぇ……」
俺は困った。
何を言っても話が通じない。
「マ○ア様の言う通りだ!」
すると、マ○アの後ろにいた神官が言った。
「神に選ばれたマ○ア様と、ただの大工では身分が違う!」
「そうよ!」
「《祝福》もないくせに!」
「マ○ア様に相応しくないわ!」
周りにいた人たちまで俺を責め始めた。
どうやらみんなマ○アの味方らしい。
「ヨ○フ。分かりましたか?」
マ○アは得意そうに笑った。
「私とあなたでは、もう住む世界が違うのです」
「そうなのか」
「この子が大きくなれば、世界中の人が私たちを崇めるでしょう! 王様だって私たちに頭を下げるかもしれません!」
「へえ」
「あなたが今までみたいに木を削っている間に、私たちは世界を救うのです!」
「俺は大工だからな」
「まだそんなことを言っているのですか!?」
なぜ怒られたのか分からなかった。
「とにかく婚約は破棄です!」
「分かった」
「…………え?」
マ○アは驚いた。
「だから婚約破棄でいいぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「なんだ?」
「本当にいいのですか!?」
「お前が婚約破棄したいんだろ?」
「そうですけど!」
「じゃあいいじゃないか」
「……ふ、ふん!」
マ○アはなぜか不満そうだった。
「今は強がっていればいいです! でも、いつか絶対に後悔しますからね!」
「そうか」
「この子が世界を救ってから戻ってきても、もう遅いのですよ!」
「戻るつもりはないが」
「負け惜しみですね!」
「…………」
俺は何も言わなかった。
もう何を言っても無駄だと思ったからだ。
「行きましょう、皆さん!」
「はい、マ○ア様!」
「こんな男は放っておきましょう!」
「神の御子の父親になれるチャンスを自分から捨てるなんて馬鹿な男だ!」
マ○アたちは帰っていった。
俺は一人になった。
「……なんだったんだ?」
正直、意味が分からなかった。
俺は何も悪いことをしていない。
それなのに、なぜか俺が悪いことになっていた。
しかもマ○アのお腹にいる子供は俺の子ではない。
だったら俺には関係ないんじゃないだろうか?
まあいい。
婚約破棄されてしまったものは仕方がない。
これからは大工として一人で生きていこう。
そう思った。
◇◇◇
その日の夜。
俺の夢に天使が出てきた。
「ヨ○フよ。恐れることはありません」
「誰だ?」
「神の使いです」
「神の?」
「マ○アのお腹にいる子供について話があります」
「ああ、あれか」
「マ○アを妻として迎れなさい」
「嫌だ」
「なぜです!?」
天使は驚いた。
「今日婚約破棄されたから」
「ですがマ○アのお腹にいる子は本当に神の子なのです!」
「そうなのか」
「疑わないのですか?」
「天使が言うならそうなんだろ」
「では!」
「じゃあ俺が育てなくてもいいだろ」
「え?」
「神の子なんだろ?」
「そうです」
「父親は神なんだろ?」
「そうです」
「神は全知全能なんだろ?」
「もちろんです!」
「じゃあ俺より神が育てた方がいいだろ」
「…………」
天使は黙った。
「俺はただの大工だぞ」
「…………」
「全知全能の神と大工なら、神の方が子育てもうまいだろ」
「そ、それは……」
「それにマ○アも俺とは結婚したくないらしい」
「ですが、これは神の御心なのです!」
「でも本人が嫌だって言ってるぞ」
「神の御心なのです!」
「本人の気持ちは?」
「神の御心なのです!」
「…………」
駄目だ。
こいつも話が通じない。
「とにかく俺は結婚しないぞ」
「後悔しますよ!」
「お前もそれ言うのか」
そこで俺は目を覚ました。
変な夢だった。
◇◇◇
それから何年か経った。
俺は相変わらず大工をしていた。
マ○アは本当に神の子を産んだらしい。
名前は○エス。
生まれた時から特別な《祝福》を持っていて、奇跡まで使えるそうだ。
町のみんなも○エスを褒めていた。
「さすが神の子だ!」
「○エス様は天才だ!」
「きっと世界を救ってくださる!」
マ○アもすっかり有名人になった。
一方、俺は相変わらず大工だった。
別に困ってはいなかった。
そんなある日。
「父さーん!」
仕事をしていると、子供が工房に入ってきた。
「ああ。マ○アのところのガキか」
「あ! 間違えた!w」
○エスは笑った。
「“全知全能じゃないほうの父さん”!www」
「俺は父さんじゃないぞ」
「細かいことはいいじゃん!母さんから聞いたよ! 父さんって《祝福》を一つも持ってないんでしょ?」
「ああ」
「かわいそー!w」
「別に困ってないぞ」
「また強がってる!w 母さんの言った通りだ!」
「…………」
「でも大丈夫! 今日は僕が奇跡を見せてあげるから!」
「いらない」
「遠慮しなくていいよ!」
「してない」
「普通の人は一生見られないんだよ? 感謝してね!」
「帰れ」
「じゃあ始めるね!」
「話を聞け」
○エスは俺の話を聞いていなかった。
「僕は神の子だからね!」
○エスは自慢げに胸を張った。
「母さんが言ってたよ! 僕は選ばれた人間だから、普通の人とは違うんだって!」
「そうか」
「父さんみたいな《祝福》なしでも分かるように、すごい奇跡を見せてあげるよ!」
「帰れ」
「じゃあ始めるね!」
「帰れ」
駄目だ。
こいつも話が通じない。
やっぱり親子だなと思った。
「ちゃんと見ててね! 全知全能じゃない方の父さん!」
○エスは笑った。
俺はため息をついた。
どうやら仕事を続けるのは無理そうだ。
仕方がないので、少しだけ付き合うことにした。
この時の俺はまだ知らなかった。
この生意気な神の子と、これから何度も関わることになるなんて。
そして○エスも知らなかった。
《祝福》を一つも持っていない俺が――
ただ大工がめちゃくちゃ上手いということを。




