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狙われていたのは私

「……そうですか」


 エリシアが右手へ魔力を集めると、石段の上に立つ男が剣を構えた。もう一人も少し後ろへ下がり、狭い通路の左右へ分かれる。


 返事をするつもりはないらしい。


「最後に確認します。ここから出ていってくださるのであれば、こちらからは何もしません。」


「……」


「今ならそのまま帰れますが・・・」


 その言葉に男たちは視線を交わし合い先頭に立つ男が剣先を僅かに下げたかと思うと、そのまま一気に石段を駆け下りてくる。


『敵対行動を確認』


「ゴーレム、お願いします!」


 エリシアの声に応じて、横に控えていたゴーレムが前へ出た。


 振り下ろされた剣を太い腕で受け止める。金属が石へ食い込む甲高い音が地下に響いたものの、ゴーレムは戦闘の意欲を高ぶらせるようにもう片方の手を振るった。


「ちっ……!」


 岩の拳を避けるために男が剣を引き抜こうとしたところへ、反対側からもう一人の男が飛び込んでくる。


「っ!《聖壁》!」


 光の障壁が身体の前へ広がり、横薙ぎの剣を受け止める。魔力を介して衝撃が腕まで伝わってきた。相手は一度で諦めず、足を踏み込んでさらに剣を押し込んでくる。


「随分と……強引ですね」


「……ほう、これが聖女の力か」


 男が初めて口を開いた。その言葉にエリシアは眉を寄せる。


「やはり、私のことはご存じのようですね」


 答えることを拒否するように光の障壁から剣が離れ距離を取られた。次の攻撃が来る前に障壁を解き、エリシアは後ろへ下がる。


『残る五名のうち三名が地下礼拝堂へ到達。二名は地上階で周囲を警戒しています』


「……やはり、ただの盗賊ではなさそうです」


 盗賊なら、ここまで危険を冒して地下へ集まる理由がない。地上にはまだ使える道具も食料も残っているはずだ。それらを無視してまで、自分のいる場所へ向かってくる必要などないはずだった。


「まず足を止めます。ノア、昨日確認した転倒罠は使えますか?」


『設置可能位置の中から現状最も効果的な配置を提案及び表示します』


 エリシアの視界に細い光の線が浮かんだ。石段の途中を駆け下りている男たちが次に踏み込むであろう位置が赤く表示されている。


「そこへお願いします」


『生成します。貯めておいた魔素も使用させていただきます。消費DP十一』


 先頭の男が再び前へ出ようとした瞬間、足元の石が僅かに沈んだ。


「何――」


 床から細い突起がせり上がり、男の足首を引っかける。完全に転ばせるほどではなかったが、体勢は崩れた。


「今です!」


 ゴーレムが声に合わせるように腕を振る。男は直撃する寸前で身体を捻ったものの、肩を掠めただけで壁まで弾き飛ばされた。


 その間に二人目の男がエリシアへ向かう。


 ゴーレムを倒すことには興味がないらしく、その横を無理に抜けようとしていた。


「こちらを狙っていますね」


『標的が管理者である可能性、九十六パーセント以上』


「残りの四パーセントはどんな可能性なのですか?」


『現時点で断定を避けるための誤差です。』


 話している間にも男は近づいてくる。エリシアは掌を前へ向けた。昨日から何度か練習している水属性の魔素の操作を思い出す。


 未だに魔法と呼べるほど複雑な術式ではなく、ただ水属性の魔素を集め方向を与えて放出するだけだ。


「水よ……前へ!」


 力ある言葉とともに掌の前に水が生まれた。


 そこまでは良かった。ところが次の瞬間、想定していた倍以上の量が噴き出した。


「えっ――」


『出力過剰です!・・・ですが今はそれが功を奏しましたね。』


 大量の水が男の胸へまともにぶつかる。そしてその男だけでなく、後ろにいたもう一人まで巻き込みながら石段を流れた。


 エリシアも反動で一歩よろめく。


「……これは、まだ人に向けて使うには加減が必要ですね」


『同意します。ただ結果だけなら上場です!』


 すると上から新しい足音が聞こえる。恐らく残りの仲間が降りてきたらしい。先頭の男が倒れている二人を見たあと、短く舌打ちした。


「散れ。女だけ狙え」


 その言葉を聞いて、エリシアの表情から僅かに迷いが消えた。


 男たちが左右へ分かれる。ゴーレムへ攻撃する者は一人だけで残りは狭い場所を利用しながら、どうにかエリシアまで辿り着こうとしている。


「ゴブリンたちは前へ出ないでください!」


 その言葉を無視して背後に控えていた二体へ声をかけるがゴブリン達は木槌を握り直し、エリシアを守るように前へ出る。


「邪魔だ!雑魚め!」


 こちらに駆け寄ってきていた男がそのゴブリン達の勇気を嘲笑うかのように剣を振った。


「っっ!避けて!」


 ゴブリンは後ろへ飛んだものの、完全には間に合わずに刃が腕を掠める。


「ギャッ!」


「――っ!」


 小さな身体が床へ転がった。その瞬間、エリシアの意識から自分へ向けられていた剣のことが抜けてしまう。


「大丈夫ですか!」


『エリシア、前を見てください』


 声に反応して顔を上げるが剣を振りかぶった男がすぐ目の前にいた。咄嗟に《聖壁》を張るが勢いのついた剣が光の障壁へ叩きつけられ、エリシアは数歩押し下がってしまう。


「余所見とは余裕だな」


「……あの子を傷つける必要はなかったでしょう」


 男は笑い、もう一度剣を振り上げた。


「こっちはあんた一人殺せば終わるんだ!あの雑魚どもに死んで欲しくなければあんたが死んでくれ。」


 剣が振り下ろされるがそれを待っていたかのようにスライムが床を滑る。


 男の足元へ身体を広げ、そのまま両足を包み込んだ。


「なっ、離れろ!」


 男が足を振ろうとしても、粘りついた身体は簡単に外れない。


「そのまま動かさないでください!」


 エリシアは倒れたゴブリンの側へ駆け寄った。腕から血が流れていて傷は深くないように見えるが、放っておくつもりはなかった。


「少し我慢してください。《治癒》」


 淡い光で傷を包む。出血が止まり、切れていた皮膚がゆっくり繋がっていく。サンクチュアリフェアリーも隣へ飛んできて、小さな両手から光を落とした。


「手伝ってくれるのですか?」


 フェアリーが頷くと、その直後にエリシアはゴブリンを抱くようにして横へ転がる。


 すると直前までいた床へ、一本の矢が突き刺さった。


「弓を扱える者までいるのですね……!」


 見ると石段の上に男が一人立っている。


「ノア、あの位置まで届く罠は?」


『現状の生成リストでは即時捕縛は困難です』


「では・・・足元を崩すことは可能ですか?」


『・・・迷宮構造操作を応用して縦穴を作り擬似的に足下を崩すことは可能です。すぐに土属性魔素を提供してください』


 エリシアは床へ片手を触れ、昨日通路を作ったときの感覚を思い出す。自分で複雑な形をイメージして地形を変えることはできないが魔素をノアへ渡して補助してもらうなら話は違う。


『供給を確認。対象位置を指定してください』


「あの方の足元だけを狙って下さい!」


 弓の男が二本目の矢をつがえる。直後、石段の一部が音を立てて沈んだ。


「うおっ!」


 男の片足が穴へ落ちる。矢は大きく逸れ、天井へぶつかった。


「ちっ!邪魔な魔物から片づけろ!」


 男の声で、別の二人が動いた。一人はゴーレムの膝へ剣を叩き込み、もう一人は泉の側にいた水色のスライムへ向かう。


「こいつらを潰せば、お前も終わりだ!」


 剣がスライムへ振り下ろされた。


 水色の身体が二つに裂ける。


「――!」


 声にならない音を出しながら、スライムが床へ広がった。


『・・・っ!個体生命反応あり。核は無傷です』


 ノアの説明を聞き、ほんの少し安堵する。だが男はさらに剣を持ち上げた。


「やめてくださいって言っているでしょう!」


 エリシアは水属性の魔力を掌へ集める。


 ー男の手だけを狙うー


 水の塊が勢いよく飛び、剣を握っていた手首へ当たった。


「ぐっ!」


 剣が床へ落ちる音が響く。


『出力正常。方向制御にも成功しています』


 捕まえていた男をゴーレムが引き受け、透明なスライムが新しい相手の足へ絡みつく。


「ゴーレム、傷ついた子を守ってください!」


 ゴーレムがすぐに移動し、裂かれた水色のスライムの前へ立った。剣を拾おうとしていた男が、その大きな脚に阻まれる。


「くそっ、こんな雑魚どもに……!」


「雑魚ではありません」


 エリシアは静かに言った。最初は、この修道院で自分が暮らせればいいと思っていた。しかし少しでも住みやすくするために、スライムやゴブリン、ゴーレムを作った。


 けれど今、傷ついたゴブリンを見て、裂かれたスライムを見たとき・・・この子たちが傷つけられたことが嫌だった。


 もう、この場所は自分だけが隠れて暮らすための穴ではない。


「ノア・・・ちょっとだけ方針を変更します」


『内容を確認します』


「全員を追い返すことを最優先にします。ただし、こちらの住人をさらに傷つけようとする方は、こちらも怪我をさせることを恐れません」


『了解しました』


「ゴブリンたちも、危険になったら逃げるだけではなく、自分を守って構いません」


 二体のゴブリンが顔を上げる。怪我をしていたゴブリンも治療した腕を確かめ、落としていた木槌を拾った。


『防衛権限を更新します』


 男たちにも聞こえたのだろう。少し離れたところから、低い笑い声がした。


「随分と大層なことを言うじゃないか、公爵令嬢様」


 これまで前へ出てくることなく後ろから指示を出していた男だった。他の者より装備が整っているところをみるにこの集団の長なのだろう。


「……私が公爵家にいたこともご存じなのですね」


「今は関係ないんだろう?」


 男は剣を抜きながらゆっくり石段を下りてきた。もう盗賊であるということを隠す気もなくなったらしい。


「依頼人はどなたです?」


 男は少し考えてから、面白そうに口元を歪めた。


「まあ、あんたが”辺境で静かにしている”と言ったところで、向こうは信用できなかったらしいな」


 エリシアの表情が僅かに変わる。


「王都へ戻るつもりなんてない、とでも言いたいか?あんたのことをよく知ってる身内ほど、そう簡単にはその言葉を信じられないらしい」


「……身内」


 その一言だけが妙に耳へ残った。


 父か

 母か

 それとも――。


 だが、今ここで考えても答えは出ない。


「どなたからの依頼であっても、今は関係ありません」


「へえ?」


「私はあなた方に帰る機会を差し上げました。それを拒んだのは皆さんです。これ以上ここにいる方々を傷つけるのであれば、私も遠慮しません」


「さっきから魔物を人みたいに言うんだな」


「少なくとも、私を殺すために来た方々よりは大切な者達なのです」


 隊長が片手を上げるとまだ動ける刺客たちが一斉に武器を構え直した。


「標的を殺せ。魔物も・・・邪魔なら壊せ。どうせ後からここも燃やすんだ。」


 エリシアも両手を前へ出した。右手には聖属性、左手にはまだ不慣れな水属性の魔素を集める。


「ノア。使える罠を全部教えてください」


『……了解しました』


 視界に迷宮の構造が広がる。昨日までは、何に使うのかもよく分からないまま眺めていた機能ばかりだった。


 今は違う。


「ゴーレムは正面。ゴブリン二人は左右から近づく方だけ止めてください。深追いは禁止です」


 二体が頷いた。


 サンクチュアリフェアリーが肩から飛び立つ。


「では始めましょう」


 刺客たちが動くと同時に床の一部が変形した。一人の足が落とし穴へ沈み、後ろの男が避けようとして粘着床へ踏み込む。


「何だこれは?」


「バカ!止まるな!」


 隊長の怒声が飛ぶが別方向からエリシアへ迫った一人には、ゴブリンが木槌を投げつけた。


 投げられた木槌を叩き落としたその隙にエリシアの《聖壁》が広がり、男を通路の外側へ押し戻す。そこへゴーレムが身体を入れ、エリシアへの道を塞いだ。


「隊長!」


 粘着床に捕まった男が叫ぶ。


「聞いてた話と違う!できそこないの偽聖女じゃなかったのかよ?もう三人やられてる! 一度退いた方が――」


 しかし隊長が鋭く睨むと男は途中で言葉を止めた。


「退く?仕事を残して帰れると思っているのか?」


「だが、このままじゃ……」


 エリシアにも、その会話は聞こえていた。刺客たちの中に迷いが生まれているならば、もう一度だけ退路を示せるかもしれない。


「今からでも遅くありません」


 エリシアは魔力を維持したまま声をかけた。


「武器を置いて出ていくのであれば、追いません。怪我をしている方には治療もします」


 数人がこちらを見る。隊長だけは、エリシアではなく部下たちの顔を順番に見ていた。


「……甘い女だな。」


「どう思われても構いません」


 エリシアはもう迷わなかった。この者たちはゴブリンを斬り、スライムを傷つけ、ゴーレムまで壊そうとした。・・・ここはもう、誰にも必要とされず追いやられた自分だけが暮らす場所ではないのだ。


 守るべき住人がいる。


 エリシアは傷ついたスライムを庇うゴーレムの背中を見ながら、両手へ改めて魔力を集めた。

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それではまた次回!

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