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実家に帰ったら病んだ神様に取り憑かれました〜話し下手な私と人間好き神様の恋の話〜

掲載日:2026/07/03


 うちの縁側は歩くたびにギシギシ板が鳴る。

 それもそのはず、この家は明治時代初期に建てられたものだからだ。

 豪商と呼ばれたご先祖様が名だたる大工に頼んで造らせたこの家は、文化財級の価値があるらしい。


 ……きちんと手入れされていれば、の話だが。

 かつて幾度となく宴会が開かれていた大広間は空間だけが襖で仕切られ、焼けた畳の上にちょこんとテーブルが乗っているだけになっている。

 仏間も立派な仏壇があるものの、うっすらホコリがかっていて「流石にこれ罰当たりなんじゃ……」とヒヤリとした。

 こころなしか横にかかっているズラリと並んだご先祖様の写真もこっちを責めているようでおっかない。


 そんな歴史あるこの家の、詳しい事情を私は知らない。

 知ろうとしなかったというのが正しい。

 というのも、私はこの家をずっと避け続けていたからだ。

 中学の時から全寮制の学校に入り、以後長期休暇の時は仕方ないにしても、大学生になるといよいよ一度も帰省しなくなった。

 社会人になってもそれは変わらなかった。


 それでもここに戻って来たのは、家を管理してほしいとの両親のアピールがあったからだ。

 先日年老いた両親は二人仲良く老人ホームに入居することとなった。

 広く古い屋敷は日頃のメンテナンスも老いた二人には気も体も重いものになってくる。

 よって老人ホームの中で、今は快適気まま悠々暮らしをしているらしい。

 ここの家も継ぐ人がいないのだから売ってしまえば良いのにと思ったが、両親としてそれは嫌とのことだ。

 両親なりの妥協案として私が生前贈与という形でこの家を譲り受けることになった。

 思い出がある家を他人に譲るのは心苦しいだろうけど、結局管理するこちらの身にもなってほしい。

 と、文句を言いたいのも山々だが老体に文句を垂れ流しても酷だろうなとため息をつく。

 ひとまず二人とも亡くなってからこの家を整理する手続きを取ろうと、私は心の中で誓っていた。

 

 そうして久々に訪れた実家で、私は目線を上げて外の庭を見た。

 手入れするものがいないのだろう、膝くらいまで伸びた草が生え放題だ。

 かつては錦鯉が泳いでいたという庭の池の水は引いてしまっていて、土埃ばかりが積もっている。


 その池の近くの石灯篭の隣に、目がいったところで、私の息が止まった。

 ━━人影がある。

 人型の、何か。

 人ではない、背景に透けた何か。


 ひゅっと自分の喉から奇妙な音が鳴った。

 しかし、それは何度か瞬きをする内にまるで最初から何もなかったように消え去っていた。


 その時、昔父が言い聞かせていた言葉を思い出した。


 「青葉、この家には福を招く神様がいる。けど、一度関われば心が病気になるから近付かないように」


 福の神なのになんで?

 幼心に不思議に思った私の疑問に父は答えてくれなかった。

 もしかしたら知らなかっただけかも知れない。


 ……きっと移動中スマホを見過ぎて疲れているんだ。

 そう自分に言い聞かせて私は足早に縁側を突き抜けていった。

 

*****


 休日、私はガンガンに歌を歌うイヤホンを両耳に突っ込み、ひたすらに家中の埃を払った。

 床の掃除は文明の利器、お掃除ロボットのルンボちゃんに任せた。


 私は遺影の埃を叩き、床の間のボス、複雑な造形の謎の像をハンディモップで撫で回す。

 それで一日潰れた。

 早めに寝た翌日、いよいよ例の庭に手をつけることにした。

 昨日は無我夢中だった。

 けれどここにきて余裕ができたからか、ふと新しい職場での失敗を思い出し、叫びたい衝動に駆られる。

 

 ━━昔から私は人と喋るのに苦手意識があった。

 自分は普通に話しているつもりでも、気付かない内に肝心な言葉が抜けていたり、上手く伝えようと焦って変なことを口走ってしまうこともある。

 数日前に転職した先でもやらかしてしまい、私は盛大に自己嫌悪していた。


 ここでネガティブになっても仕方ない、と思い直して私は草払い機で庭の草を一網打尽にし、一箇所に集める。

 その後落ちていた落ち葉などをホウキで掃いた。

 一通り綺麗になったところで、石灯篭に饅頭をお供えをする。


 「……この家を管理することになった洋一の娘の青葉です。できれば良い距離感でお付き合いください」


 手を合わせ、目をつぶったところで……。

 イヤホンにノイズが入る。

 じわりと、額に不快な汗が滲み出す。

 それはやがて別の音へと変わっていった。

 ハッキリしない、低音の波のような。

 ━━私にはそれが男性のブツブツと呟く声のようにしか聞こえなかった。

 慌ててイヤホンを取って投げ捨てる。

 しかし、音は耳の中にこだましている。

 やがて、気絶しそうな意識の中で聞こえたのは……。


 「……饅頭よりどら焼きが良い」


 ひゅんと、張り詰めた恐怖が引っ込み、冷静になった。

 饅頭より、どら焼き………

 え、もしかしてお供えものに注文付けてる?

 

 「こ……今度買ってきます……」


 絞り出すように私が言うと、音は消えていた。


*****


 それから私は完全に『取り憑かれた』らしい。


 ある日、ダイエット動画を観ながら大福を食べていると、背後からブツブツと「意志が弱い」と言われた。

 別の日にはタッパーの角のヌメヌメを妥協して洗いきらなかった時に「詰めが甘い」と言われた。

 間違ってはない、間違ってはない……しかし、消耗する……。

 まるで重箱の隅をつつく姑のようだ。

 もしかしたら、これが「福の神だが、精神を病む」としている所以かもしれない。


 ともあれ、家の中にあった荒れた神棚を掃除して(さかき)やら日本酒やらをお供えする。

 神棚に置くのは戸惑われたので、近くのテーブルの上にどら焼きを置くのが最近の日課になっていた。

 ただ、


 「こしあんが良い」

 「変な臭いがする」

 「安物は好まない」


 ……神様はしっかり主張をしてきた。

 スーパーやコンビニのどら焼きはどうやらお気に召さなかったらしい。


 そんな日が続いていたある日の夜。

 私は職場でまたやらかしてしまい、気が滅入って寝付くことができなかった。

 このままでは夜が明けてしまう。

 せめて気持ちだけでも明るくしようと、お笑い番組の動画を見始め、ついつい引き際を失っていた。


 気が付くと画面をタップしようとした指が動かない。

 指だけでなく、体も動かない。

 頭だけが働く。

 ━━金縛りだ。

 そして、耳元でまたブツブツと呟く声がする。


 「……夜更かしは敵」


 間違ってはない。

 しかし私の中の何かがプツリと切れた。


 「分かっとるんじゃぁぁぁぁ!!」


 気合で私は金縛りを解いて、起き上がった。

 そして、すぐ近くにいた黒い影……フードのようなものを被った人型に向かって叫んだ。


 「分かってますよ、これがダメってことくらい!でもこっちは私ダメだなーって落ち込んでるんですよ!せめて寝る前くらい楽しくしたいじゃないですか!」


 感情を爆発させたと同時に涙もあふれ出てくる。


 「ダメなんですよ……あの顔が怖い……。上手くコミュニケーション取らなきゃって思って何か喋ろうとするのに……気が付いたら皆顔ポカンとしてて……前の会社でもそんなで……それで変なイジられ方してて……」


 さめざめと泣く私を神様がどう思ったのかは分からない。

 ただ黙ってその場に座っているようだった。

 やがてその影は消えたが、奥の方でかたりと陶器のような物が動いた音が聞こえた。


 電気を付けて見ると、テーブルの上に神棚に供えていたはずのお酒が置かれていた。

 深く考えず、私はそのお酒を勢い良くあおって布団の中に潜った。


*****


 それからというもの、私は相変わらず取り憑かれ続けていた。

 しかし、神様との関わりは目に見えた変化が訪れている。


 まずは動画をテレビで映せるようにした。

 どうやらお気に召したようだ。

 しょっちゅう色々な動画を眺めるフードの後ろ姿を見かけるようになった。

 特にお笑いやら、対談やら、動物の赤ちゃん動画がお気に入りらしい。

 段々と私のおすすめが侵食されてきたため、神様専用のアカウントを作って差し上げた。


 「……天丼が過ぎる」


 この前、神様が動画を眺めながらそう言っているのを見かけた。

 『天丼』って、あのお笑いでよくやる技法の……?

 というか、神様そういう言葉覚えたんだ……と思いつつ、なんだかテレビに向かって話しかけるおじさんみたいだなぁと思いながら、私はお茶を淹れた。


 淹れたお茶と、どら焼きなどを詰めたお菓子入れを差し出し、その日あったことを話すのが最近の日課になっていた。


 「今日は仕事、嫌な気持ちになりました……あ、電話で変な人が出てセクハラみたいなこと言われて……あ、セクハラは性的いやがらせ?……えーーっと……」


 「……セクシュアルハラスメント」


 「そう、そうです!でも、職場の人が慰めてくれました。ありがたい」


 などと、拙い私の話を基本は黙って聞き、たまに一言二言ボソリと呟く。

 それが心地良く、ついつい長い時間話を続けるようになっていた。


 その間、神様はお茶やお菓子に手をつけない。

 食べているところを見られたくないのかもしれない。

 私が一通り話して席を立ったところで口にしているようだった。

 

 お供えするお菓子は、マストであるどら焼きを中心に、和洋関係なく詰めるようにしてみた。

 どうやらスナック菓子より甘いものが好きらしい。

 そしてチョコそのものよりもチョコパイの方が食いつきが良かった。

 そういう小さな発見を得るのが最近のマイブームだ。

 

 先日は試しに生クリーム入りのどら焼きを忍ばせ、私は台所で食器を洗いながらひっそりと様子を伺っていた。

 

 普通のどら焼きと勘違いしたであろう神様はガサゴソと包みを開いて一口、口にする。

 その瞬間ピタリと動きが止まり、持っていたどら焼きを手から落とした。


 「……邪道邪道邪道……」


 怒ったのかもしれない。

 酷い耳鳴りがして神様から黒いモヤが放たれていた。

 しかしそれはそう長く続かず、やがて神様は再びどら焼きを手に取る。


 神様が全て平らげたのを見届けた後、居間に入った私に向かってまたボソボソと呟いた。


 「邪道邪道邪道……」


 そう言って神様は霧のように姿を消した。


 ━━次の日、生クリームのシュークリームを出したところ、真っ先に手を付けられていた。

 気に入ってくれたのなら良かったと、私はシュークリームの包みをごみ箱の中へと放り込んだ。


*****


 「……かがや」


 その日の朝、目覚めて早々耳元で呟かれ私は飛び起きた。


 「え、かがやって?」

 「かがやかがや」

 「え、なんのこと?」

 「……かがや、どら焼き」


 そう言われてやっと私はピンときた。

 『かが屋』は老舗の和菓子屋さんだ。  

 つまるところ、とうとう店まで指定してきた、ということか。

 とはいえ、かが屋なら職場の近くなのでまだ許容範囲だ。


 「今日買ってきます……」


 寝起きのかくれた声で言うと、神はスッと消えていった。


 昼休み、会社を出てどら焼きを二つ購入し、帰宅した私は嬉々として神様にお供えをした。

 頭の角度で判断するに、神様は中身が見えない包装をずっと眺めているようだった。 

 今すぐにでも食べたいのだろう。

 例によって私は食事を作る口実で台所に入り、磨りガラスの引き戸の隙間から居間の様子を伺う。

 すぐさま神様はどら焼きを手にした。

 そうして一口食べた神様だったが。

 また、ピタリと動きが止まる。

 しばらく止まっていた後に再びもしゃもしゃと食べ進めていたが、こころなしか食べる速さに勢いがない。


 私が首をひねっていると、背後で気配がした。

 思わずタッパーのご飯を落としそうになったが、ぎりぎり縁を掴むことができた。


 「……あんの味が変わった……」


 ポソリと、そんな声が耳に響いた。

 振り向くと、神様はすでに消えていた。

 それはいつもの呪文のような呟きではなく、不意にこぼれ落ちたような独り言のようだった。


 毎日神様の声を聞いている身として、分かったことがある。

 今の声はかなり落ち込んでいる……。


 老舗とはいえ、時代に合わせて味を変えるのは間違いではない。

 むしろ生き残るためには褒められるべきことだろう。

 しかし、だ。

 しょんぼりした神様の声が妙に耳に残っている。

 早朝から訴えたくらいだ、心待ちにしていたに違いない。

 私はやるせない気持ちになった。


*****


 「神様は外に出れないんですか?」


 次の休日、私は動画を眺める影に向かって声を掛けた。


 「外に出てるんだったら、今から出掛けません?……いや、せっかくだから色んなの見て買ったら良いかなって思って……あ、和菓子屋さんなんですけど」


 影からの反応は返ってこなかった。

 これはどっちなんだろうと思いながら、私は玄関の鍵を閉めて外に出た。


 天気は曇り。

 湿った空気がまとわりつき、すぐにじんわりと汗をかく。

 ━━ひたり、ひたり。

 しばらく歩いたところで、背後から奇妙な音が聞こえてきた。

 ふと、後ろを振り返る。

 少し離れた所に、透けた足を動かし、うごめく人影が目に映った。


 あ、ちゃんとついて来てる。

 私は一安心し、和菓子屋へと足を運んだ。


 ━━目的の和菓子屋はこじんまりとした佇まいだが、ショーケースに並ぶ練りきりやお団子は胸をときめかせるものである。

 神様も同じなのか、私の背後から色鮮やかなそれらをまじまじと眺めていた。

 

 「あの……このお店のおすすめは何ですか?」


 出迎えてくれた壮年の女性に声を掛けると、女性は笑顔で答えた。


 「でしたら『チーズ饅頭』ですね。一番人気ですよ!」


 チーズ饅頭!なんて美味しそうな響きだ!

 そう思ったのも束の間、耳元で「邪道邪道」と声がこだましている。

 私はそれを無視してチーズ饅頭やどら焼き、練りきりなどを購入し、店を後にした。


 帰り道、あの奇妙な足音が聞こえず振り返ると神様の姿はなかった。

 私は慌てて来た道を引き返すと、川の近くにうっすら見える人影を見つけた。


 「ここにいたんですね」


 内心ホッとしながら、私は神様の隣に駆け寄った。

 神様はこちらには目もくれず、川の方をずっと見ているようだった。

 何を思っているのかは計り知れない。


 「さっきのチーズ饅頭食べてみません?試しに」


 空気を読まず、私は紙袋からチーズ饅頭を取り出し封を切って中の饅頭を半分に割る。


 「とりあえず一口だけ。気に食わなかったら食べなくて良いです」


 そう言って包装に入った方の半分を神様に差し出した。

 しばらく間があった。

 これ、ダメなやつだったかなと焦り始めたところで、いつの間にか包装の中身は消えていた。


 「邪道……」


 やがて、神様の声が聞こえた。

 でもその声色に(かげ)りは見当たらなかった。

 

 素直じゃないな、と思いながら私も残った半分を口に放り込んだ。


*****


 和菓子屋から帰って玄関の鍵を開けたところで、私は背後から声を掛けられた。


 「青葉じゃん!久しぶりー」


 その声を聞いた瞬間、心臓がキュッとなる。


 「……一花、姉ちゃん?」


 振り返って見たところで、余計にぎょっとした。

 派手な金髪ロングにメイク、短いスカートと高いヒール……一瞬誰だか分からなかった。

 しかし、その声は間違えようもない。


 「こっちに戻って来たって?てかこの家貰ったんでしょ?中入れてよ、良いよね?」


 女性━━姉は私が許可するのを待つことなく、ズカズカと家の中へと入っていった。

 後を追って居間に入ると、彼女はすでにテーブルの前でくつろいでいた。


 「とりあえずお茶ちょうだーい、てかそれ何入ってるの?」

 「あ、これは……」


 そう言って姉は座ったまま私が持っていた紙袋を引っ張り、中を覗き込んだ。


 「えー、和菓子じゃん。萎えるー。あ、でもこれいけそ」

 「あ、それはっ!」


 唯一気が惹かれたのか、チーズ饅頭を手に取り、私が止める間もなくかじりついた。


 ━━姉は昔からこういう人だった。

 世界の中心は自分で、誰かに合わせようともしない。

 幼い頃から私が言葉に詰まると急かして責める。

 私のコンプレックス、そして早くに実家を出た原因と言っても過言ではなかった。


 空になった包装を差し出され呆然と立ち尽くす私を差し置いて、姉は私の向こう側に目をやった。


 「神棚とか、マジ久しぶりに見たー。あ、でここって確か福の神いるんだっけ。お祈りしとこー」


 姉はわざとらしく神棚の方へ手を合わせる。


 「神様、どうか空から大金が降ってきますようにーってね。てか、最近ちょっと遊んでたヤツが妻子持ちでさー。それがバレて今やばいんだよね。三三九度だっけ、三三七拍子だっけ、なんかするんだっけ?あはは、わからんって」


 ケラケラと品のない笑い声が響いた。

 私は何か言うにも喉で言葉がつっかえ、変な音しか出てこない。

 その時━━


 「……愚か」 

 「え、何?」

 「……愚か愚か愚か愚か愚か」


 ボソボソとした声が聞こえ、姉はしかめっ面で私の方を見た。

 しかし、すぐに目を見開く。

 私ではなく、私の背後にいる、それ。

 私は恐怖で振り向くことができなかった。

 ただ、ひしひしと渦巻く怨念を感じていた。

 ━━と、黒いドロドロが爆発したかのように弾け、私はその中へ飲み込まれていった。


*****


 朦朧(もうろう)とする意識の中で、何故か私は川の側にいた。 

 舗装されていない、草が生えた川辺に座っていると、若い男の人が近くに来た。


 「お嬢様から珍しい菓子貰った!一緒に食べねぇ?」


 そう言って隣に座る男の人。 

 着古した着物をまとったその人はどことなく、目元が父に似ていると思った。


 「お前が貰ったんだろう、良いのか?」


 私は━━変なことを言うと私が言った訳ではないが━━男性の声でそう言うと、男の人は屈託ない笑みを浮かべた。


 「俺も食べない訳じゃあねぇしよ。こういうの一緒に食べた方が美味しいだろ!お嬢様も分かってくれるって」


 ほら、と言いながら菓子を半分に割ったものを差し出した。

 私はそれを長く骨張った手で受け取って口にした。

 ……私の意識が混じっているが、体は別人、という感じなのだろうか?


 「しかし、お嬢様は俺みたいな下働きでも気にかけてくださる。本当に素晴らしいお方だなぁ」

 「なんだ、お前惚れているのか?」

 「何言ってんだおめぇ!」


 真っ赤になった男の人は危うく菓子を落としそうになった。

 咳払いをして男の人は続けた。


 「そんな恐れ多いだろ。……まぁ、せめて長く側で支えられるような人間にはなりたいけどな」


 照れて苦笑する男の人に、「せいぜいがんばれよ」と言う。

 きっと、お前ならできるよ、と心の中で呟き、口の中で広がるあんこの味に満たされ、とてもあたたかい気持ちが胸に広がっていた。


 ━━それからモヤがかかって、開けた視野に、先程とは違い、高そうな着物を着た小太りの男性が映った。

 

 「なぁ神様、聞いてくれよ。ずっと狙ってた女が今度結婚するだとよ!神様さ、どうにかしてくれない?親父も神様の力でお袋と結婚して出世したんだろ?どうにかなるだろ?」


 年齢よりも発言が若くみえる男性は、ニヤニヤしながら言った。

 その邪悪な笑みに、黒々とした感情が胸に渦巻く。


 「……お前は自分の父親を何だと思っているんだ」

 「はぁ?」


 的外れな答えが返ってきて、男性の顔が歪んだ。


 「お前の父親が富を得たのは自分で努力した結果だ。僕が何かしてもしなくても、あいつは成し得たはずだ」


 そこから、溢れた感情が爆発したようだった。


 「で、お前はどうなんだ?金はあるな、他人が作った金が。それがなくなったらお前に何がある?才能ある無しは仕方ない。でも技能も中身も見てくれもボンクラなりに、ただ面と腹を厚くするばかりで何かする訳ではない。人を見下すばかりで愛嬌もないときた。そんな人間を他人が惚れる人間にしろと?……お前人間を馬鹿にし過ぎだろ」

 

 (せき)を切ったように暴言を吐き捨てられ、男性は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせる。


 「……僕はお前の使用人でもなければお守りでもない。くだらないくだらない、お前の話はくだらない……愚か愚か愚か愚か愚か……」


 ━━こんなことを聞くために、自分はここにいるのか。

 なんてくだらない。

 黒い感情に支配され、そこで私の意識は途切れた。

 

*****


 気が付くと、私は仰向けで倒れていた。

 目の前に私を覗き込む顔があった。

神様だ。

 例によって、布で覆われた表情は何を訴えているのか察することもできない。


 「……うちの身内が、すみませんでした。姉だけじゃなくて……」


 私は倒れたまま、思ったままを口にした。


 「貴方はただ、人と話すのが好きなだけだったんですね」


 先程見たあの夢のような光景が、正しければ━━そういうことなのではないかと思った。

 川辺で……先祖と話をしている時、神様の感情が一番優しく、満たされているように感じた。 


 「……それじゃあ、私の話を聞いてくださいよ。話したいことがたくさんあるんです」


 その瞬間だった。 

 穏やかな光が差し、黒いモヤが溶けていく。

 それが明けると神様を覆っていた布は消え去っていた。

 ━━ずいぶんと若い青年だと思った。

 烏の羽根のような黒い髪に、ガラス玉のような黄色い瞳。


 「……もう聞いてるじゃないか」


 深く色の濃い青紫の羽織を着た青年は、そう言って綺麗な微笑みを浮かべていた。


*****


 あの後、姉は泡を吐いて伸びていて、目覚めた瞬間逃げるように去っていったらしい。

 おそらくここに来ることはないだろう。

 ……あの姉のことだから忘れた頃、また来ることはあるかもしれない。


 それからというものの、相変わらず私は『取り憑かれ』ていた。

 これを取り憑かれていうというのかは分からないが……。


 「塩バターどら焼き……!」


 私から差し出されたどら焼きのパッケージを読んで、神様は信じられないとばかりに目をかっと見開いた。


 「……人間は恐ろしい……自分の欲求を満たすためにどこまでも進化し続ける……」


 ブツブツ独り言を言いながらどら焼きにかぶり付く神様に私はお茶を差し出した。


 「美味しいですか?」

 「美味しくない訳がないだろう……邪道だ……しかし、認めざるを得ない……」


 フードが取れた神様は思いのほか、おしゃべりで愉快な人だった。

 面倒くさいのは変わらないけれど。


 神様がこの姿になって、私は事あるごとに神様と話す日々を送っていた。

 私の説明下手は大きな変化もなく、そのままだ。

 そんな私の話を「お前の話は噛み砕くのが難しい!」と言いながらも聞いてくれる神様。

 分からないことは分からないとハッキリ伝えてくれるのが、私には心地良かった。


 「……私、貴方が好きです」


 私がお茶を飲みながらしみじみ呟くと、神様は盛大にむせた。


 「あれ?何か分かりにくいこと言っちゃいました?」

 「流石に分かるだろう!」


 涙目になりながら神様は叫んだ。


 「らいく、おあ、らぶ?」

 「ラブですね、神様横文字知ってるんですね!」

 「どうでもええわっ!」


 流石、現代のお笑いにどっぷり浸っている神様だ。

 伝家の宝刀、関西風ツッコミも習得していらっしゃる。

 ……というか、意外と影響されやすい?


 「僕、神!貴方、人間!」

 「え、昔話でも人間が神様の婚姻話ってありませんでしたっけ?」

 「神隠しってご存知!?」

 「アレですよね……神様が気に入った人間をさらって囲むって言う……ハッ!」

 「皆まで言うな!」


 わなわなと震える神様に、私は落ち着いてお茶を飲み続けた。


 「難しいことは分からないし、何て言ったら良いのか分からないです……でもこういうの、隠さないで伝えたいって思いました」


 自分本位でしかないのだけれど妙に落ち着いて話していることに、私自身不思議だなと思った。

 こういうのは、しどろもどろになってもおかしくない。

 そこでやっと自然に生まれた感情なのだと、私は一人納得していた。

 神様は納得していないだろうけど。


 「……好きにしたら良い!」


 真っ赤になってそっぽを向く神様に、私は両手を広げた。


 「はい、それじゃあまずキスキスハグハグーですね!」

 「何故?!」


 「調子に乗るな!」と叫ぶ神様に私は微笑んだ。


 ━━この、面倒くさくて人間好きな神様が、話が下手な人間に絆される話は━━


 また今度ということで。






どら焼きのポテンシャルの高さには驚かされます。


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