「お前との婚約を破棄すr…」ドガァァン! ~王子が私を傷つけるような事を言うたびに、私の後ろの過保護な精霊王が物理で黙らせてくる~
王立学園の卒業パーティは、今年も豪華絢爛だった。
シャンデリアが輝き、生徒たちが正装で笑い合い、楽団が優雅な曲を奏でる。
完璧な夜のはずだった。
はずだった。
「リリア・クロムウェル! お前との婚約を破棄すr」
ドガァァァァァン!!!!
天井が割れた。
いや、正確には天井を突き破って天から降ってきた雷が、婚約者であるカイル・エルストン第一王子を直撃し、黒焦げの炭にして大理石の床を五メートル滑走させた。
「あぁぁぁぁぁ!!!」
リリアは絶叫した。
「精霊王様ストップ! まだ単語の途中!! 『すr』って何!? 『する』の途中!!! 最後まで言わせてあげてください!!」
静まり返る会場。
白い煙が上がる床。
黒焦げで大の字になった王子。
周囲の貴族たちが、こぞって瞬きした。
事情を説明しよう。
リリア・クロムウェルには、幼い頃から精霊王が憑いている。
精霊王とは、文字通り精霊の頂点に立つ存在であり、大陸の精霊魔法体系を支配する規格外の神秘だ。なぜそれがリリアに懐いているのか、本人にも一切わからない。気づいたら後ろにいて、気づいたら花を贈られていて、気づいたら「お前は私の花嫁だ」などと言い始めていた。
普段は姿を見せない。声もない。
ただ。
リリアに対する悪意だけは、一ミリも見逃さない。
「で、殿下……ご無事ですか……」
リリアが黒焦げの王子に駆け寄り、回復魔法を叩き込む。
ゴゴゴ、と体の傷が塞がっていく。
王子がゆっくり上体を起こした。
「……ごほっ。ごほっ。な、なんだ今のは……」
「申し訳ありません、殿下。その、背後の方が少々気が短くて」
「背後?」
リリアは振り返った。
誰もいない。
ただ、空気がほんの少しだけ、ご満悦な感じで揺れていた。
喜ばないでください。
リリアは心の中で呟いた。
王子は立ち上がった。ドレスシューズの踵で床を踏み鳴らし、貴族的な仁王立ちを取り戻す。そのガッツだけはリリアも認める。
「いいだろう。もう一度言う。リリア・クロムウェル! お前が男爵令嬢をいじめt」
ゴオオオオォォォォ!!!!
局地的竜巻が発生した。
竜巻はピンポイントで王子だけを巻き上げ、天井に激突させ、シャンデリアにぐるぐると絡ませてから、反対側の壁に投げつけた。
会場が静寂に包まれる。
「精霊王様ぁ!!」
リリアが叫ぶ。
「一文! 一文でいいから! 主語述語完結するまで待って!! 私も話の内容聞きたいんですけど!!」
壁にめり込んだ王子が、びろーんと床に落ちた。
リリアが回復魔法を叩き込む。
ぼすっ。
「大丈夫ですか!?」
「……ありがとう、リリア。お前は優しいな」
「そういう話してる場合じゃないです!!」
会場の片隅で、伯爵夫人が扇で口元を隠しながら隣の貴族に囁いた。
「……今の、竜巻よね」
「ええ、竜巻ですね」
「室内で」
「室内で」
二人は同時に頷き、何事もなかったかのようにグラスを傾けた。
三度目は、氷だった。
「証拠ならある! この手紙g」
ピキィィィィィィン!!!!
王子が、手紙ごと、綺麗な氷柱になった。
透明な氷の中で、王子の表情が「え、また?」という顔で固まっている。
完璧な彫刻だった。芸術的ですらあった。
「……待って、今の何属性!?」
リリアは頭を抱えた。
「さっき雷で、さっき風で、今度は氷!? 殿下のHPがもうゼロよ!? というかMPどこから出てるの!! 精霊王様、あなた今どこにいるの!!!」
当然、返答はない。
ただ氷柱が、どこか誇らしげに光を反射していた。
解凍してあげてください。
リリアは額に手を当てながら、炎魔法で氷を溶かし始めた。
ぼとん、と王子が落ちた。
床を転がり、止まった。
ぴくりとも動かない。
リリアが回復魔法を叩き込む。三回。
王子が目を開けた。
「……次は無重力か何かか……?」
「当たらないでください!!」
会場後方では、学園の教師たちが賭けを始めていた。
「次は何が来ると思う?」
「岩盤崩落に一ゴルド」
「隕石に三ゴルド」
「海水浴場に五ゴルド」
「なんで海!?」
四度目。
王子は覚悟を決めていた。目に強い光を取り戻し、ぼろぼろの礼服をはたき、それでも王族の威厳を全身から放っていた。正直、リリアはちょっと感心した。
「いいだろう。最後まで言い切ってみせる! リリア・クロムウェル! 私はお前と」
ズガガガガガガガァァァン!!!!
隕石が落ちた。
直径二メートルの岩石が、ピンポイントで王子の頭上に直撃した。
会場が揺れる。煙が上がる。床がひびわれる。
しばらくの沈黙。
「…………」
「…………」
「……当たった」と教師が呟いた。
「隕石!? 屋内に!?」
リリアは完全に言葉を失った。
「天井、どうなってるの……」
見上げると、天井に綺麗な丸い穴が開いていた。その向こうに星空が見える。
きれいだった。
こんな状況でなければ、ロマンチックだった。
「精霊王様」
リリアは、できる限り冷静な声で言った。
「一つだけ聞かせてください」
返事はない。
「楽しんでますよね?」
空気がふわりと揺れた。
絶対楽しんでいる、とリリアは確信した。
煙の中から、王子が立ち上がった。
もはや礼服の原型がない。髪はぼさぼさで、顔は煤だらけで、片方の眉毛がなくなっていた。それでも立った。膝が震えながら、それでも立った。
「わ、私が……」
会場が息を呑んだ。
リリアも息を呑んだ。
「私が……悪かったです……」
シン、と静まり返る。
王子がゆっくりと頭を下げた。
「婚約破棄などという愚かな考えを持ったこと、あなたを傷つけようとしたこと、申し訳……ありませんでした……」
リリアは、目を瞬かせた。
あれ、まともな謝罪だ。
「殿下……」
「もう、精霊王には逆らいません……」
疲れ果てた人間の目だ……
リリアが何か言いかけた、その瞬間。
会場の扉が勢いよく開いた。
国王が入ってきた。
礼装のままで、顔色が蒼白で、息が切れていた。明らかに全力で走ってきた。
「カイルゥゥゥゥ!!!!」
「父上……」
「我が国の宝である精霊王様を怒らせるとはどういうことだ!! 今夜だけで隕石が三回、竜巻が二回、局地的地震が一回という報告が来た!! お前は国を滅ぼす気か!!!」
「隕石、三回だったんですね」とリリアは今更数えた。
「カイル・エルストン! 貴様は廃嫡だ!!!」
国王の宣言が、会場に轟いた。
王子は、黒焦げのまま。
煤だらけのまま。
片眉のないまま。
ゆっくりと、地面に向かって親指を立てた。
「……ですよねー」
そのまま、大の字に倒れた。
バタン。
今度は回復魔法を使う前に、リリアは深呼吸を一回した。
◇
大混乱が、ゆっくりと収束していった。
王子は医務室へ運ばれた(意識はあった。丈夫すぎる)。国王は大臣たちと何やら深刻な顔で話し合い始めた。貴族たちは「今年の卒業パーティは例年比で五倍は面白かった」と口々に言いながら帰り始めた。
会場がほぼ空になった頃。
リリアは、ひとり壁にもたれてため息をついた。
「…………疲れた」
本日の回復魔法使用回数、十七回。
本日の謝罪回数、二十二回。
本日の心の中のツッコミ、数え切れず。
ふわり、と空気が変わった。
温度が上がった。
花の匂いがした。
リリアが顔を上げると、そこに「人」がいた。
いや——人と呼んでいいのかわからない何かが、そこに立っていた。
背が高かった。月光を束ねたような銀の髪が、肩に流れていた。瞳は翡翠色で、その奥に星々が瞬いているように見えた。顔の造作は、人間の美しさという概念を遥かに超えていた。「美形」という言葉が、この存在の前では謝罪したくなるほど貧しく感じられた。
その存在が、ゆっくりと微笑んだ。
「……よく頑張ったね、リリア」
「精霊王……様?」
「私の可愛い花嫁に暴言を吐こうとする虫は、きちんと駆除したよ」
驚くほど爽やかに言った。
「やりすぎです」
「そう? あの程度で済ませたつもりだけど」
「あの程度!?」
リリアの声が裏返った。
「隕石を『あの程度』って言える存在と婚約してるんですね私……」
「婚約、受け入れてくれるの?」
精霊王が、ほんのわずかに目を細めた。その表情の変化だけで、空気の甘さが三割増した。
「……受け入れるとは言ってません」
「でも、断るとも言ってない」
リリアは言葉に詰まった。
その隙に、精霊王の腕がリリアの肩を包んだ。引き寄せられて、気づけばその胸に顔が埋まっていた。体温が、どこか人間のものとは違う温かさで、じんわりと広がっていく。
「今夜は怖い思いをさせてごめん」
耳元で囁かれた。
「……怖い思いをしたのは殿下のほうだと思います」
「リリアがあの男に傷つけられる方が、私には耐えられない」
リリアは、ため息をついた。
もう一回、ため息をついた。
「……やりすぎです」
「うん」
「次からは、せめて一文、最後まで言わせてあげてください」
「善処する」
「絶対しませんよね」
「……善処する」
リリアは観念した。
その腕の中に、ほんの少しだけ、体を委ねた。
顔が、じわじわと熱くなっていくのを感じながら。
過保護にもほどがある。
でも、まあ。
……あと少しだけ、このままでもいいか。
会場の窓の外、夜空に星が瞬いていた。天井の穴から見えるそれと、まったく同じ星だった。
隕石を落とした、あの星空と。
どちらも、不思議なくらいきれいだった。
◇
翌朝、王都の新聞は一面をこの事件で埋めた。
「卒業式に隕石落下、王子廃嫡へ——精霊王の怒りか、気まぐれか」
記事の最後にはこう書かれていた。
「なお、件の令嬢は現在、精霊王と並んで王都の朝市を散歩中との目撃情報あり。令嬢の顔は赤く、精霊王は非常に満足そうであったという。」




