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「お前との婚約を破棄すr…」ドガァァン! ~王子が私を傷つけるような事を言うたびに、私の後ろの過保護な精霊王が物理で黙らせてくる~

作者: 江合 花果
掲載日:2026/03/30

 王立学園の卒業パーティは、今年も豪華絢爛だった。


 シャンデリアが輝き、生徒たちが正装で笑い合い、楽団が優雅な曲を奏でる。


 完璧な夜のはずだった。


 はずだった。



「リリア・クロムウェル! お前との婚約を破棄すr」



 ドガァァァァァン!!!!



 天井が割れた。


 いや、正確には天井を突き破って天から降ってきた雷が、婚約者であるカイル・エルストン第一王子を直撃し、黒焦げの炭にして大理石の床を五メートル滑走させた。



「あぁぁぁぁぁ!!!」


 リリアは絶叫した。


「精霊王様ストップ! まだ単語の途中!! 『すr』って何!? 『する』の途中!!! 最後まで言わせてあげてください!!」



 静まり返る会場。


 白い煙が上がる床。


 黒焦げで大の字になった王子。


 周囲の貴族たちが、こぞって瞬きした。



 事情を説明しよう。


 リリア・クロムウェルには、幼い頃から精霊王が憑いている。


 精霊王とは、文字通り精霊の頂点に立つ存在であり、大陸の精霊魔法体系を支配する規格外の神秘だ。なぜそれがリリアに懐いているのか、本人にも一切わからない。気づいたら後ろにいて、気づいたら花を贈られていて、気づいたら「お前は私の花嫁だ」などと言い始めていた。


 普段は姿を見せない。声もない。


 ただ。


 リリアに対する悪意だけは、一ミリも見逃さない。



「で、殿下……ご無事ですか……」


 リリアが黒焦げの王子に駆け寄り、回復魔法を叩き込む。


 ゴゴゴ、と体の傷が塞がっていく。


 王子がゆっくり上体を起こした。



「……ごほっ。ごほっ。な、なんだ今のは……」


「申し訳ありません、殿下。その、背後の方が少々気が短くて」


「背後?」



 リリアは振り返った。


 誰もいない。


 ただ、空気がほんの少しだけ、ご満悦な感じで揺れていた。


 喜ばないでください。


 リリアは心の中で呟いた。



 王子は立ち上がった。ドレスシューズの踵で床を踏み鳴らし、貴族的な仁王立ちを取り戻す。そのガッツだけはリリアも認める。



「いいだろう。もう一度言う。リリア・クロムウェル! お前が男爵令嬢をいじめt」



 ゴオオオオォォォォ!!!!



 局地的竜巻が発生した。


 竜巻はピンポイントで王子だけを巻き上げ、天井に激突させ、シャンデリアにぐるぐると絡ませてから、反対側の壁に投げつけた。


 会場が静寂に包まれる。



「精霊王様ぁ!!」


 リリアが叫ぶ。


「一文! 一文でいいから! 主語述語完結するまで待って!! 私も話の内容聞きたいんですけど!!」



 壁にめり込んだ王子が、びろーんと床に落ちた。


 リリアが回復魔法を叩き込む。


 ぼすっ。



「大丈夫ですか!?」


「……ありがとう、リリア。お前は優しいな」


「そういう話してる場合じゃないです!!」



 会場の片隅で、伯爵夫人が扇で口元を隠しながら隣の貴族に囁いた。



「……今の、竜巻よね」


「ええ、竜巻ですね」


「室内で」


「室内で」



 二人は同時に頷き、何事もなかったかのようにグラスを傾けた。



 三度目は、氷だった。



「証拠ならある! この手紙g」



 ピキィィィィィィン!!!!



 王子が、手紙ごと、綺麗な氷柱になった。


 透明な氷の中で、王子の表情が「え、また?」という顔で固まっている。


 完璧な彫刻だった。芸術的ですらあった。



「……待って、今の何属性!?」


 リリアは頭を抱えた。


「さっき雷で、さっき風で、今度は氷!? 殿下のHPがもうゼロよ!? というかMPどこから出てるの!! 精霊王様、あなた今どこにいるの!!!」



 当然、返答はない。


 ただ氷柱が、どこか誇らしげに光を反射していた。


 解凍してあげてください。


 リリアは額に手を当てながら、炎魔法で氷を溶かし始めた。


 ぼとん、と王子が落ちた。


 床を転がり、止まった。


 ぴくりとも動かない。


 リリアが回復魔法を叩き込む。三回。


 王子が目を開けた。



「……次は無重力か何かか……?」


「当たらないでください!!」



 会場後方では、学園の教師たちが賭けを始めていた。



「次は何が来ると思う?」


「岩盤崩落に一ゴルド」


「隕石に三ゴルド」


「海水浴場に五ゴルド」


「なんで海!?」



 四度目。


 王子は覚悟を決めていた。目に強い光を取り戻し、ぼろぼろの礼服をはたき、それでも王族の威厳を全身から放っていた。正直、リリアはちょっと感心した。



「いいだろう。最後まで言い切ってみせる! リリア・クロムウェル! 私はお前と」



 ズガガガガガガガァァァン!!!!



 隕石が落ちた。


 直径二メートルの岩石が、ピンポイントで王子の頭上に直撃した。


 会場が揺れる。煙が上がる。床がひびわれる。


 しばらくの沈黙。



「…………」


「…………」


「……当たった」と教師が呟いた。


「隕石!? 屋内に!?」



 リリアは完全に言葉を失った。



「天井、どうなってるの……」



 見上げると、天井に綺麗な丸い穴が開いていた。その向こうに星空が見える。


 きれいだった。


 こんな状況でなければ、ロマンチックだった。



「精霊王様」


 リリアは、できる限り冷静な声で言った。


「一つだけ聞かせてください」



 返事はない。



「楽しんでますよね?」



 空気がふわりと揺れた。


 絶対楽しんでいる、とリリアは確信した。



 煙の中から、王子が立ち上がった。


 もはや礼服の原型がない。髪はぼさぼさで、顔は煤だらけで、片方の眉毛がなくなっていた。それでも立った。膝が震えながら、それでも立った。



「わ、私が……」



 会場が息を呑んだ。


 リリアも息を呑んだ。



「私が……悪かったです……」



 シン、と静まり返る。


 王子がゆっくりと頭を下げた。



「婚約破棄などという愚かな考えを持ったこと、あなたを傷つけようとしたこと、申し訳……ありませんでした……」



 リリアは、目を瞬かせた。


 あれ、まともな謝罪だ。



「殿下……」


「もう、精霊王には逆らいません……」



 疲れ果てた人間の目だ……


 リリアが何か言いかけた、その瞬間。


 会場の扉が勢いよく開いた。


 国王が入ってきた。


 礼装のままで、顔色が蒼白で、息が切れていた。明らかに全力で走ってきた。



「カイルゥゥゥゥ!!!!」


「父上……」


「我が国の宝である精霊王様を怒らせるとはどういうことだ!! 今夜だけで隕石が三回、竜巻が二回、局地的地震が一回という報告が来た!! お前は国を滅ぼす気か!!!」


「隕石、三回だったんですね」とリリアは今更数えた。


「カイル・エルストン! 貴様は廃嫡だ!!!」



 国王の宣言が、会場に轟いた。


 王子は、黒焦げのまま。


 煤だらけのまま。


 片眉のないまま。


 ゆっくりと、地面に向かって親指を立てた。



「……ですよねー」



 そのまま、大の字に倒れた。


 バタン。


 今度は回復魔法を使う前に、リリアは深呼吸を一回した。



 大混乱が、ゆっくりと収束していった。


 王子は医務室へ運ばれた(意識はあった。丈夫すぎる)。国王は大臣たちと何やら深刻な顔で話し合い始めた。貴族たちは「今年の卒業パーティは例年比で五倍は面白かった」と口々に言いながら帰り始めた。


 会場がほぼ空になった頃。


 リリアは、ひとり壁にもたれてため息をついた。



「…………疲れた」



 本日の回復魔法使用回数、十七回。


 本日の謝罪回数、二十二回。


 本日の心の中のツッコミ、数え切れず。


 ふわり、と空気が変わった。


 温度が上がった。


 花の匂いがした。


 リリアが顔を上げると、そこに「人」がいた。


 いや——人と呼んでいいのかわからない何かが、そこに立っていた。


 背が高かった。月光を束ねたような銀の髪が、肩に流れていた。瞳は翡翠色で、その奥に星々が瞬いているように見えた。顔の造作は、人間の美しさという概念を遥かに超えていた。「美形」という言葉が、この存在の前では謝罪したくなるほど貧しく感じられた。


 その存在が、ゆっくりと微笑んだ。



「……よく頑張ったね、リリア」


「精霊王……様?」


「私の可愛い花嫁に暴言を吐こうとする虫は、きちんと駆除したよ」



 驚くほど爽やかに言った。



「やりすぎです」


「そう? あの程度で済ませたつもりだけど」


「あの程度!?」



 リリアの声が裏返った。



「隕石を『あの程度』って言える存在と婚約してるんですね私……」


「婚約、受け入れてくれるの?」



 精霊王が、ほんのわずかに目を細めた。その表情の変化だけで、空気の甘さが三割増した。



「……受け入れるとは言ってません」


「でも、断るとも言ってない」



 リリアは言葉に詰まった。


 その隙に、精霊王の腕がリリアの肩を包んだ。引き寄せられて、気づけばその胸に顔が埋まっていた。体温が、どこか人間のものとは違う温かさで、じんわりと広がっていく。



「今夜は怖い思いをさせてごめん」


 耳元で囁かれた。



「……怖い思いをしたのは殿下のほうだと思います」


「リリアがあの男に傷つけられる方が、私には耐えられない」



 リリアは、ため息をついた。


 もう一回、ため息をついた。



「……やりすぎです」


「うん」


「次からは、せめて一文、最後まで言わせてあげてください」


「善処する」


「絶対しませんよね」


「……善処する」



 リリアは観念した。


 その腕の中に、ほんの少しだけ、体を委ねた。


 顔が、じわじわと熱くなっていくのを感じながら。


 過保護にもほどがある。


 でも、まあ。


 ……あと少しだけ、このままでもいいか。


 会場の窓の外、夜空に星が瞬いていた。天井の穴から見えるそれと、まったく同じ星だった。


 隕石を落とした、あの星空と。


 どちらも、不思議なくらいきれいだった。



 翌朝、王都の新聞は一面をこの事件で埋めた。


「卒業式に隕石落下、王子廃嫡へ——精霊王の怒りか、気まぐれか」


 記事の最後にはこう書かれていた。


「なお、件の令嬢は現在、精霊王と並んで王都の朝市を散歩中との目撃情報あり。令嬢の顔は赤く、精霊王は非常に満足そうであったという。」

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