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第9話 江口さんの手紙

3000字くらいです。楽しんでいただけたら幸いです。

「こんな複雑で、ドラマチックな話を良く作れるね。」

「最近こんな感じの夢をよく見るんだ。それをちょっと改変したり、いじったりくっつけたりしてこんな感じにしてみました・・・。ってな感じ。」

僕は照れて顔が梅干しみたいな色になる。

サトくんはルービックキューブをいじっている。みっちゃんは横になって気持ちよさそうに寝ちゃっている。コウくんはお菓子をつまみながら興味津々といった感じだ。

「それで続きは?続きは?」

剣崎が答える。「続きはないの!これで終わり!!」

「え??そうなの??全然幸せそうな終わり方じゃない・・・・。」

「そういうもんなの!お子ちゃまは絵本でも読んでな!」

「もう!にいちゃん、バカにして!サトくん行こうよ!」

サトくんとコウくんは怒って、二人で下の階へ走っていってしまう。すやすや気持ちよさそうに眠るみっちゃんを放っておいて、僕と剣崎は他愛もない話をする。

「この話に出てくる宇宙人ってなんなんだい?」

「人を超越した存在というか・・・。宇宙そのものというか。人間って自分の好みとか考え方とかつまり記憶に縛られているだろう?それがもし無かったとしたら。人間が常に赤ん坊であり続ける事が出来たら?そしたら僕は、仮にでもそんな生き方が出来たら、それが僕の考える人間の理想なんだ。宇宙人なんだ。」

「でも多分無理だよそんな生き方。自分から逃げる生き方・・・。」

「でも君は人間にとって逃げることが成長だって言ってたじゃないか。」

剣崎は押し黙ってしまう。朧げに瞬く星雲の様な、束の間の沈黙が流れる。

「・・・・。これだけの話をノートにつけてるって事は、君小説家か何かを目指してるの?」

「いやあ・・。別に。習慣だよ。江口さんの為に物語を作っていた事の延長線。でももしこんな話をもっとたくさんの人に聞いてもらえるとしたら・・・。嬉しいなあ。」

「君、三島由紀夫は読んだことある?」

「うーん、そんなに・・・。潮騒と仮面の告白くらい。」

「谷崎潤一郎は?太宰治は?夏目漱石は?」

「太宰治はあんまり印象に残ってないなあ。夏目漱石は初めに草枕を読んであんまり難しいもんだから挫折しちゃったよ・・。谷崎潤一郎って誰?」

「君それで小説家になろうと思ってるの?」

「まあ。」

「呆れた・・・。」

「でも僕の中の江口さんが、僕に物語を創れって、話してくれって言ってるんだ。それを感じるんだ。」

「それだけ、江口さんの事が大事なんだね。でも君の物語なら、世の中でも通用すると思うよ。面白いもん。」

「そうかな、・・・へへへ。」

薄暗い部屋で、剣崎が僕の手を感極まった恋人のようにガッと掴む。僕は狼狽える。キラキラと光る細かい埃が舞い上がる。

「田中、君には教養は無くても、才能がある。一緒に創作部を作らないか?」

「創作部?なんだいそれ?」

「僕は今日まで面白いものを作るには、人を魅了する様な経験とか、確かな教養が無いといけないと思っていた。でも君を見ていると、必ずしもそういうわけでは無いらしい。ならその創作の源泉がどこから来るのか一緒に研究するのは面白いんじゃ無いだろうか?」

「・・・。研究かあ・・・。考えたこともなかった。」

「まあ、本当のことを言うと、俺は文芸部に入りたかったんだけれど、ちょっとそこに寄ってみたら碌な人間がいなくて幻滅していたんだ。自分の教養をひけらかして、それだけで人間の上に君臨していると思っている様な嫌な奴しか居なくてね。それに今日の事で、君という人間にもっと興味が湧いた。」

「照れるな・・・。へへ・・。僕は昨日三島由紀夫の潮騒を読了したんだけれど、それの海人さんの描写でね・・・。」

僕は昨日潮騒を読んだ時に感じ、考えていた事を話した。

「夢の世界か、無意識の世界・・・。確かに夢を見ている間には、色々な物が頭の中を行ったり来たりしている。さながら今日聞いた話の宇宙みたいなもんだ。宇宙ゴミみたいなアイデアが夢の宇宙を飛び交っている。脳髄の中を飛び交っている。じゃあそこを潜ってみよう。一緒に!」

「一緒に?」

「そう!起きながら、夢を見るんだ!」

剣崎の目が希望の光でキラキラ光っている。まるで悪魔に誘惑されている少年のように。

僕は彼らに別れの挨拶をして、孤児院を去る。剣崎と職員の堀口さんが入口で見送ってくれる。

「また明日、学校で!」

「また明日。」

「また是非遊びに来てくださいね。」

「そのうちにぜひ。」

賑やかな街の片隅にある小さな宇宙船に別れを告げる。

家に帰り、ささやかな夕食を食べてから、布団に入り、あくびをする猫のようにリラックスし、スタンドの明かりをつけ、江口さんからの手紙を開封する。

「お元気ですか?ひさびさですね。私も田中くんと同じ高校生になりました。あなたはまだあの街に住んでいるんですよね。今私が今住んでいる所には海がないので、なんだか寂しいです。私は神奈川県の平凡な街の無遠慮な電車がガタガタ音を鳴らしながら近くを通る狭いアパートに母と二人暮らしです。私は病気のせいで、ついに学校に行くこともできなくなってしまって、毎日何も楽しくないです。あなたが私のいる保健室に来て、私に色んな話をしてくれた事、私はそれですごい励まされていたんですよ。私からは何もお返しできなかったけれど。お互い辛い事件で離れ離れになってしまったけれど、また田中くんとお話がしたくなって手紙をしたためてみました。ぜひお返事をくださいね。」

僕は江口さんが僕に手紙をくれて、そして僕のことを覚えてくれていた事がとても嬉しかった。海の波が向こうから幸福を運んできてくれた。僕は背後でさざめく夜の海に感謝した。早速江口さんに対する返事を書く。

「お手紙ありがとう。僕はこの街でまだ暮らしています。江口さんが居ない街は寂しいです。僕はまだ物語を作っています。アイデアノートを作ってもう十冊くらい形にしました。今度、新しい友達が出来て、その彼と一緒に創作部という部活を作ることになりました。創作をして色々な物語を作る部活なんですよ。江口さんに対してしていた事を他の人にもしてみようと思ったんです。そしたら僕の話を気に入ってくれるやつが一人現れました。とても嬉しかったです。僕なんかが小説家にでもなろうかな、なんて夢を見ちゃったりして。でも江口さんのことを忘れた事はありません。僕の心の中には今でも江口さんが居るんです。その江口さんが僕に催促するんです。何か物語を話してくれって。それが、僕が物語を作ろうとする一番の動機かもしれない。なんだか重い恋人みたいな事言っちゃっていますね。ごめんなさい。また江口さんと手紙で話せるかと思うと僕はとても嬉しいです。早速ですが、僕が最近考えた話を手紙にしたためておきます。どうしても枚数が多くなってしまいますが、ご容赦ください。是非感想をくださいね。」

何枚もの便箋に、今日剣崎達に話した物語を、狭いトランクに大量の荷物を詰め込むようにしたためる。スマホだったらもっと楽なんだろうな。僕は書いているうちに、気が遠くなって、ウトウトしてしまって、まるで自分の書いている文字が無重力の中でゲシュタルト崩壊していくかのような気がして、寝てしまう。宇宙人は僕を迎えに来てくれるだろうか。


江口さんは文通という形で、これからも登場します。

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