第6話 孤児院
5000字くらいです。読んでいたらけたら嬉しいです。
僕はひと段落して、玄関に降りていく。郵便受けを確認すると、チラシやタウン誌の他に封筒が入っている。送り主の名前に僕はびっくりする。
「え・・・江口さん!」
封筒の中身を確認しようと封を切ると、後ろから声をかけられる。
「よっ田中!こんな眺めのいいところに住んでるんだな!」
振り返るとそこには私服の剣崎が居た。相変わらずダボダボで、僕は彼にはサイズに合う服がないのかと疑問に思った。僕は江口さんからの手紙をポケットの中に隠す。別に隠す必要はないのに。
「あ、おはよう剣崎。」
「こんにちは。散歩していたら、たまたま君のいるところを見かけてね。今日は土曜日だね。」
「そうだね。」
「ここからは海全体がよく見渡せる。僕は海が好きでよくこの辺りに来るんだ。」
「そうなんだ。」
「もし良かったら、今日俺の住んでいる孤児院に来ないかい?前も言ったけれど、大きな本棚があってね。大きすぎて、そこからいくらか本とか映画とか持っていってもバレないし、怒られないんだ。それに孤児院にはでっかいスクリーンとプロジェクターもあるんだぜ。」
「うん、行きたいな。」
「よっしゃ!行こう。」
僕は誰もいない土間に向かって挨拶をする。
「行ってきます。」
「誰もいないけど・・・。」
「ふふふ。」
僕らはくねくねと曲がる坂道を歩きながら、丘を降りて下町へ向かう。昼の暖かな日光がこの小さな丘に平等に降り注ぐ。家々の隙間からかつて通っていた中学校が近づいてくる。地平線にタンカーが航行している。剣崎が話しかけてくる。
「あのタンカーは一体どこへ行くんだろうね。中東まで行くのかな。きっと中東には赤いアラブスカーフを巻いた海賊がいて、タンカーを襲おうと待ち構えているんだろうね。彼らは数隻の小さな高速ボートで近づいてきて、タンカーに乗りこんできて、日本人の船員を人質に取るんだ。」
「日本政府は中々助けに来られない。」
「そう。そのうちに日本人達は現地の通訳を通して海賊に同情してしまうんだ。貧困と宗教とそれに伴う悪政が蔓延る中で、妹を他国に留学させたい兄や、年老いた母を幸せにしてあげたい青年に。」
「それでそれで?」
「日本から莫大な身代金が支払われて、やっとのことで日本人達は自衛隊に救出され日本に戻るのだけれど、日本でテレビや雑誌などの取材を受け、SNS等の世間の反応に翻弄されるんだ。無事に帰ってきてくれて良かったという人も居るし、そんな莫大な税金で助ける必要はなかったという人も居る。海賊なんか殺してしまえと言う人も。」
「うんうん。」
「そんな肩身の狭い思いをしながら、日本人の船員の一人は中東の海賊に自ら会いに行こうとするんだ。今の日本よりも、彼らの居る世界の方がずっと思いやりや友情や家族の愛情があり、それに何よりそこにはまだグローバルな世界に繋がってない、彼らだけの世界があるのだから。それをその船員はとても羨ましく思う。」
「僕も行ってみたいなそんな海の向こうの世界に。」
「今の世の中は繋がりすぎだよ!何もかも繋がればいいなんてそんなわけないじゃないか。人間が生きていくためにはどうしたって秘密が必要なんだ。いつまでも終わらない競争や平等さではなく、自分のペースの歩みと自分の為の暗い安らぎが。」
僕は江口さんの秘密を知ってしまった時のことを思い出した。海の見える丘にある青い屋根の家とそこにあるたくさんの人形、中央の椅子に鎮座する江口さんの人形。
僕が下町に行くのは久々だった。そこには海に面した小さな駅と小さな漁港があり、ささやかな商店街もあった。休日は地域住民や観光客で活況を呈していた。八百屋や鮮魚店の売子がお互いに配慮のかけらもない掛け声を上げる。小さな子供達が駆け回り、親がそれを面倒そうに追いかける。都会から来たと思われるおしゃれなカップルがお互いにもたれかかるようにして、何かを食べ歩きしている。酒屋のトラックが荷台をガチャガチャ言わせながら踏切を超えていく。
「おっ剣崎と田中がいるぞ!」
クラスの男女混交のグループが街中を歩いているところにばったり出くわす。そこから背が高く、肌が浅黒いハーフの男がこっちにやってきて話しかけてくる。中学校では見たことがないから、今年この街に引っ越してきたのだろうか?
「俺たち今からカラオケに行って、クラスのみんなで親睦会やるんだけど、お前らも来る?」
「田中はやめとこうよ。こいつ中学校で保健室登校だったんだぜ。そんなインキャいたって盛り下がるだけだって。」
それを聞いて剣崎はムッとして言い返す。
「現実の一部を切り取ってそれを真実だと思い込むのはやめた方がいいぞ。誰にだって秘密があるんだから。」
「何言ってんのこいつ?」
「つまんねーやつ!もう行こうぜ。」
そのグループは行ってしまう
「剣崎ありがとう。僕の味方をしてくれて。」
「いいんだ。俺はああいう想像力のないやつを見ていると、無性に腹が立ってくるんだ。他人をリスペクトするというのは、その人を決めつけないということに尽きると思う。他人をリスペクトしないやつを俺がリスペクトする理由はないね。」
商店街の建物の向こう側に教会の屋根と十字架が見えてくる。その教会は賑やかな商店街の隅っこに食玩のおまけの様に存在していた。日常で忙しい市井の人達は誰も見向きもしなかった。何故か教会の前に立つと周りがしんと静かになる。こんなに賑やかな日常のすぐ近くにあるのに。
「さあここが我が家です。」
「にいちゃ〜ん」
「おかえりにいちゃん!」
その時僕らの後ろから三人の小学校低学年くらいの子供達が買い物袋を持って歩いてきた。
「みんなもおかえり。どこに行ってたの?」
「商店街にお菓子とジュースを買いにいっていたんだ。にいちゃんその人誰?」
「この人はね、僕の友達の田中くん。」
「こんちには、田中さん。」
「こんにちわー!」
「こんにちは。」
子供達が僕に向かってお辞儀する。孤児院の子供達はみんな礼儀正しかった。控え目で恥ずかしがり屋なおさげの可愛らしい女の子はみっちゃんという。のっぽでちょっと痩せている男の子はコウくん。背が低くて常にニコニコ微笑み、女の子の様な可愛げのある男の子はさとくんと言った。みんなダボダボの服を着ている。
僕らは孤児院の中に入る。孤児院の中は綺麗に整理整頓されていて、物が少ない。壁にはゴッホのひまわりがかかっている。廊下の奥の方から他の子供たちの声が響いてくる。玄関で職員の方が出迎えてくれる。メガネをかけてエプロンをしている穏やかそうな妙齢の女性である。
「あら剣崎くん!お友達?」
「そうだよ。一緒に丘の上の方から散歩してきたんだ。」
「初めまして、私ここの児童養護施設の職員の堀口と申します。」
「初めまして。田中です。」
「剣崎くんがお友達を連れてくるなんて珍しいわね。」
「田中は特別なんだ。他の奴とはなんか雰囲気が違うんだよ。」
廊下の奥へ進むと、40畳くらいはあるフローリングの部屋があり、そこにはたくさんの子供達が居た。一人で本を読む男の子、それを覗き込む男の子。走り回ってお互いに抱き合ったり反発したりしてケタケタ笑う女の子達。食卓でコーヒーを飲みながら新聞を読む青年。少年と少女の数人のグループがトランプで遊んでいる。床に膝をつきギャアギャア泣き喚く小さな男の子。
「こっちこっち。」
僕らはその部屋の隅っこにある螺旋階段を登っていく。上の階とは一部吹き抜けになっており、2階のステンドグラスから溢れる色鮮やかで様々な光が、僕らが移動するのに合わせて変わるがわる僕らを照らしてくれる。
2階は図書館の様になっていた。部屋の3方が大きな本棚で埋まっており、児童書から映画のDVDから百科事典から哲学書に至るまで何でも揃っていた。そこは薄暗くて、人気がなく、古い本の渋い匂いと静謐な空気が漂っていた。
「俺はここの空間が大好きなんだ。」
「僕も好きだ。」
剣崎が僕に向かって微笑む。
「映画を見よう!実は3階にはでっかいスクリーンとプロジェクーがあるんだ。これなんかどうだい?2001年宇宙の旅。俺はこの映画大好きで何度も見ているんだ。君と感想を語り合いたい。」
「あっそれは・・。」
僕はおばあちゃんとテレビでその映画を見た記憶が朧げにあった。
「たかし、あんたは沢山沢山勉強して、立派になりなさい。そしたらこの映画みたいに宇宙に行けるかもしれないよ。」
「僕には無理だよ。宇宙なんて一部のエリートしか行けないんだよ。」
「そんなことないわよ。そのうち誰もが旅行に行く様な感じで宇宙へ行ける様になって・・・。色んな星に国や街が作られるのよ。」
「そうかな。」
「そうして宇宙の果てまで行ける様になったら・・。」
「なったら?」
「宇宙人に会えるかもしれない。」
僕は剣崎とその映画を見ることにした。3階はだだっ広く、屋根裏部屋の様になっていた。部屋を真っ暗にして、プロジェクターでスクリーンに映像を映す。隣を見ると、剣崎の真剣な顔つきがスクリーンに照らされていた。真っ暗闇の中で一つの映画が二人を繋いでいた。
映画を見終わる。剣崎が部屋の明かりをつける。僕はその映画に対する訳の分からなさと満足感で放心していた。映画の感想を纏めようと思っても上手く頭の中で纏められない。だが心がザワザワして収まらないのだ。下の部屋からみっちゃんとコウくんとサトくんがドタドタかけてやってくる。
「あーっ!二人で映画見てる!ずるいずるい!」
「私たちも一緒に見たかったー!」
「また今度な。田中どうだった?」
「うーん、訳が分からない。訳が分からないけど、面白いなー!」
「だろ?俺も何度も見ているし、それくらい好きなのに訳分からないんだよ。」
「宇宙もそういうものなのかもしれないな。人が宇宙を統一することなんて、全てを理解することなんて出来ないのかもしれない。でも僕らは宇宙に惹かれてしまうんだ。」
「そうかもね。映画に出てきた黒い板はモノリスって言うんだけど、あれって宇宙人なのかな?」
「うん、そんな感じがするね。彼らは人類をどこへ連れて行きたいんだろう。」
「きっと人類を救ってくれようとしているんだよ。貧困や孤独や虐待や戦争が絶えない世界から人類を脱出させようとしているんだ。」
「脱出できたとしたら、そこにはどんな世界が広がっているんだろう。」
「でもなんか、そんな世界はとてもつまらないところの様な気もする。」
その時サトくんが僕のお尻のポケットから手紙を引き抜いた。
「なにこれー?封筒?お金?字が書いてある!」
「アッちょっと!」
サトくんがそれを開封しようとする。
「コラッ何やってんだ。」
剣崎がサトくんから手紙の封筒を奪い取る。それを僕に渡す。
「ごめんな、サトくんには後でちゃんと俺から叱っとくから。」
「いいんだ。いいんだ。」
子供の好奇心というのは時に野蛮で、野放図だ。
「ところで、今どき手紙でやりとりしているんだな。」
「そうだね。僕スマホ持ってないし。僕の大事な人からの手紙なんだ。」
「てがみってなーに?」
「紙に文字を書いて遠くにいる人とやりとりするんだよ。LINEを紙に書いてするの。昔はみんなそうしていたんだよ。」
「へー。大変だね。」
「どんな人だったの?えーっと君の大事な人ってのは。良かったら教えてくれない?」
「うん、いつも海を眺めて寂しそうな顔をしてる女の子だったんだ。胸の病気を患っていていつも保健室に居た。僕は彼女のことが好きで、休み時間とかに保健室に行っては色んな話をしてあげた。」
「色んな話って?」
「僕の考えた創作だよ。彼女もそれを楽しんでいた。海底に眠るアトランティス帝国への探検へ!とかドラゴンや魔女が跋扈する森の中のお城に囚われているお姫様を救いに行く騎士の話とか。」
「やろうよ。それ。」
「へ?」
「僕も聞きたーい!」
「私もー!」
僕はしばらく黙っている。誰も喋らない静かな部屋の中で、皆からの期待の目が僕に向けられている。江口さん以外に創作の話をしたことはない。僕は心を決める。
「じゃあ昨日見た夢の話でもしようか。」
僕はアイデアノートを開き、そこにまとめた断片的な物語から即興で物語を作る。物語の世界へ、夢の世界へ再び潜っていく。
商店街って何故かそこから少し離れただけで、周りがシーンとしちゃんですよね。




