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第3話 創作

3000字くらいです。読んでいただけたら嬉しいです。

「江口さん!」

江口さんは目を真ん丸にしてこちらを見ている。

「どうしたのこんな早くに…。」

 僕は寝癖のついた髪の毛を撫でつけながら、汗まみれで、息が上がりながら、興奮した鳩のように胸を上下させている。

「あの、その…えっと…考えてきたんだ物語、昨日言われたから…」

「ふふ、そうなんだ…聞きたいな」

僕は胸を撫で付け、気持ちが落ち着くのを待った。江口さんは無邪気な猫のようにこちらに期待の目を向けている。室内がシーンと静まった頃、僕はノートを開いた。

そこには断片的な文章と絵が描かかれていた。

「遠い星の…ここから何光年離れてるかわからないくらい遠い星が舞台なんだ。そこには地球のものよりも広大な砂漠や、海やジャングルがあり、奇怪な植物や危険な動物がひしめいている。地球からは観測できない星だから人類は見つけるまでに長い時間を費やした。

二人の宇宙飛行士はその星の調査のため地球から光の速さでやってくる。コールドスリープして。二人が起きると、その星に不時着しているのだけれど、宇宙船が故障していることに気づく。推進装置が壊れ、さらに地球とはもう通信できないんだ。彼らは助けが来るまでその星で生き残ることを強いられる。」

「どんな星なの?」

「空は常に紫色からピンク色で、明るい間はまるで地球の夕焼けのようなんだ。青色や黄色や緑色、様々なけばけばしい色をした一見すると人工の造花や食品サンプルのような植物がひしめいてる。ビルのような高さの木もある。緑色のライオンのような尊大な捕食者もいるし、知能が高くずる賢い小さくて黒いサルのようなのもいる。でも本当に頭のいいのは空にプカプカ浮かぶクラゲの様な巨大な軟体類なんだ。彼らは常に上空から地上を観察し、まるで地上に対してなんの責任も負ってない神様のようにその様子を空から記録している。彼らは人間の創った音楽や数学さえも理解する。そして役目を終え、一生を終えると彼らは地上に落ちてきて、地上の生き物の栄養になるんだ。」

「なんだか、わくわくしてきたな。」

「その自然を観察し、記録をつけているうちに、一人目の男性の主人公、ソンジュは宇宙船の生み出す食料と酸素さえあれば自分たちはここで生きていけるし、いつまででも居たいと思うようになる。その頃、地球の表面はもう人工のものに覆われて、自然現象まで人間が管理する監獄のようになってしまっているんだ。彼は人間が自ら作った監獄の中に自分を縛り付けてるんだということに気づくんだ。自分が生き残るために、自分の運命を決めつけてしまっていることに。もう一人の登場人物、女性のミアはそれでも人間の世界とコンタクトを取るために苦心する。彼女には地球に残してきた家族がいるし、そこを植民星にする使命感に燃えていたからだ。」

 江口さんは海を眺めて、寂しげな顔をしている。朝の海は陽光のお陰で、真っ白いシーツのように白く輝き、静かにさざめいている。

「私もわかるような気がする。家族って大切よね。」

「二人は対立して、彼は一人でジャングルの中へ冒険に出てしまう、彼女は地球と通信出来るように装置を直そうとする。」

「彼女はきっと地球に残してきた恋人がいるのね。死ぬ前に彼に会いたいのかな?」

「そうだね、彼女は地球にいる恋人の顔が、笑顔が見たいと思っている。でもソンジュと過ごすうちに、だんだん彼のことも好きになってくるんだ。」

「わたしなんだかミアのことが好きになってきたな。人間、責任感だけだと長続きしないもの。」

「ある日、彼女は彼が血を流しながら宇宙船に帰ってきたのを目撃する。ジャングルの中で動物に襲われて、どうやらもうあまり長くは持たなさそうだ。」

「私が彼女だったら取り乱しちゃうな。ひとりぼっちにはなりたくないもの。」

「そう。彼女は取り乱し、彼にキスをして彼が好きなことを伝える。」

「私だったら、行かないで、一人にしないでって叫ぶと思う。どんなにまわりに美しい自然があっても一人ぼっちだったらそこは地獄よ。」

「そう彼女は叫んで、彼を介抱するんだけど、彼は自ら描いた日記を彼女に渡し、最後に海が見たいと言うんだ。」

海を見ながら話を聞いていた江口さんが、僕の目を見る。

「海!…その海はきっと空と同じ色なのね…。」

「そうだね、海岸で二人は一日の終わりの紫色の海を眺めてる。彼は彼女に膝枕されている。彼女は美しい海を見ながら泣いている。彼はこれまで見てきた自然の事を彼女に逐一話すんだ。ナイアガラのような巨大な滝や、象のような大きさの鳥、宇宙に向かって伸びる山脈。」

 いつのまにか江口さんは僕の手に自分の手を重ねている。

「ふふ…もしかしたら遠くにクジラもいるんじゃない?異星のクジラ。」

「そうだね。体長は90mくらいで、身体は真っ白なんだ。遠くで歌を歌いながら、日の入を待って、踊るように、水面からジャンプする。それからトビウオみたいな魚も日の入りを喜んで、歓喜して飛び跳ねる。鳥たちもね、一日の終わりの歌を歌うんだ。」

「素敵だね。」

「うんそうだね、その星の生き物にとって日の入というのはとても大事なイベントなんだ。人間だって何かが始まる時の記憶はあまりないけど、終わるときの記憶は鮮明なんだから。ソンジュは異星で満足そうに死ぬんだ。地球にいたらついぞ出来なかったような死に方をするんだ。そして日記はミアが引き継ぐ。」

 僕と江口さんは肩を抱き合って、現実の海越しにその異星の海を眺めていた。ソンジュは僕であり、ミアは江口さんだった。お互いに超えられない壁を壊し、二人は同じものを見ていた。

「私、もうここから帰れなくてもいい。神様みたいな宇宙人がやってきて、私を助けてくれなくても構わない。もしあなたが居ない未来でも、あなたが居たっていう思い出を海が運んできてくれるもの。」

「うん、僕もこの瞬間がずっと続けばいいのになあって思う。」

 江口さんは泣いていた。彼女の震えが、小さくて孤独な肩を介して僕の方へ伝わってきた。

「恥ずかしくて君に話してなかったけど、聞いてほしいことがあるの。聞いてくれる?」

僕は現実に引き戻される。

「うん。」

「あのね、お母さんは私のことを疎ましく思ってるみたいなの。薬代もかかるし、一生付き合わなければならない病気だから、いつまで面倒を見なければならないんだろうって、考えて…ノイローゼみたいになってるの。私の家片親で、あんまり余裕もないから。

だからね、私、将来自分だけのお家がほしいの。青い屋根で、海が見える丘にあって、人形がたくさん飾ってあって、家族の代わりなの。たぶんあなたがそこにたまに訪ねてくるのよ、それで面白い話をしてくれるの。人形は話しかけても何も返ってこないからいい。見返りを求めない完璧な存在なの、私、そのうち人形になりたいんだ。」

「でも江口さんが人形になってしまったらちょっと寂しいな。」

「でも、なりたいの。」

「僕もそこに一緒に住めるのかな?君の助けになりたいんだ。」

「うん、きっと。きっとよ。」

僕は彼女の内面のやすらぎを、甘くて暗い場所にある秘密を覗き見てしまった。

秘密を共有できる仲ってどんなに仲良くても、なかなか無いですね。

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