第13話 金城
5000字くらいです。楽しんでいただけたら幸いです。
翌日の朝、僕は海の波の音で目を覚ます。何か夢を見ていたのだが、それが思い出せなかった。おばあちゃんの遺影を見ながら朝食を摂る。なんだか今日は学校へ行きたくなかった。首筋に毒虫でも入れられたような、悪寒が走った。剣崎が家まで迎えに来て、一緒に学校へ行く。
「昨日は面白かったね。二人で即興の物語の中を生きられるだなんて思わなかった。今日は田崎先生にも加わってもらって、もっと物語の核心に迫っていこうと思うよ。」
「そうだね。」
僕はそれ以上何も言えなかったし、言わなかった。こういう悪寒が走った日は大抵何か悪いことが起きる。どんな根拠があるわけでもない。なんとなく、今までの経験上。
学校の校門の横に、もう何百年もそこで生きているであろう大きなイチョウの木がある。その下に鎧武者の幽霊が出るという噂があったので、皆その木を避けながら、学校に入っていく。僕はその木陰にこちらを見る人影があるのを発見した。そいつは加藤を連れていたあの不良だった。今度は作り笑いなどなく、真っ直ぐと僕らを飢えたハイエナの様な目で見つめてきた。
「ごめん剣崎、僕は今日学校を休むよ。」
「何言ってるんだよ。大丈夫だよ、あんなの毅然とした態度で通ればどうってことないって。それに明日はどうするのさ、明後日は?」
僕は剣崎に連れられて、イチョウの木の横を通る。
「おい、お前らちょっとこっちに来い。」
「俺たち急いでるので。ごめんなさい。」
不良が剣崎の下腹部に小慣れたようなアッパーを入れる。目にも止まらない早さだった。
剣崎がうずくまる。周りの生徒達が狼に追い立てられる羊の群れようにザワザワし始める。
「こういう所に打ち込めば、跡が残らない。金城先輩は犯罪の天才なんだよなあ。おい、田中だったけな。こいつと一緒に来てもらおうか。これ以上こいつを痛めつけられたくなければな。」
僕はうなずいて剣崎と共に不良の後をついていく。
校舎裏は森になっていて、学校の北と東西を包み込むように囲んでいる。その仄暗い森の中に今はもう使われなくなった体育倉庫がある。錆びて一部が崩れ、蔦が絡まり、苔むし、誰からも忘れ去れたその体育倉庫は、家族や社会から見捨てられ、孤独死した老人の死体のようだった。そこが不良グループの溜まり場だった。
「うっす金城先輩!連れてきました。」
僕は思わず声を上げてしまう。
「あ!あの時の!」
数人の不良がうんこ座りをしながら、輪を作りタバコを吸ったり、気晴らしにバットをスイングしたりしていた。その集団の中心に金城は居た。金城は昨日校舎の隅から僕らを鷹のような目で見つめていたあの風のような青年だった。加藤は大木の木陰に寄りかかっていて、散々殴られたのか、顔がパンパンに腫れてしまっていた。
「やあ初めまして。田中くんと剣崎くんだっけ?僕は金城と言います。ここの不良集団を仕切っているリーダーです。そこの木陰に寝そべっている加藤くんに話を聞いたら、君らは友達らしいね。君達もこのグループに入らないかい?」
加藤を連れていた不良が加藤をからかう。
「加藤はこいつらの友達なんだろ?助けてやんないの?」
「いえ、通りがかっただけの他人なので。」
「ははは、他人だってよ金城先輩。」
「竹下くん、君彼らを連れてくる時に、誰にも見られていないだろうね。」
不良集団に緊張が走る。なんだか森の中の全ての生き物が消えてしまったようだった。
「あ、・・・・いや、ちょっと人目についちゃったけど、連れてくるところは誰にも見られてないし、ホラ・・・。」
「そうか、なるほど分かったよ。」
金城が竹下の下腹部に素早いアッパーを入れる。何発も何発も。多分金城はボクシング経験者なのだろう。その鋭い針を備え付けたミシンのような無駄のない動きに僕は、いやこの場にいる全員が恐怖を感じていた。
「おら!竹下!テメエ人目につかないようにしろってあれほどいっったよな!本当にテメエは時間も守らねえしお使いにも行けないクズ野郎だな!ああ?なんとか言えやコラ!」
「スミマセン金城先輩・・・・。もう許してください・・・。」
剣崎の顔は引き攣り、加藤はブルブル震えていた。
「ごめんね田中くん。剣崎くん。僕は教えたことをそのままやれない奴が居ると無性に腹が立ってきちゃって。へへへ。」
「それで僕らに何の用です?」
僕は出来るだけ平静を装って質問した。無理に平静を装うために顔がぐにゃぐにゃの福笑いみたいになってしまった。
「君たち、創作部っていう部活を作ったらしいね。旧校舎の図書室を部室として間借りしてるって。そこのスペースを僕らにも使わせてくれないかな。そして君らも僕らのグループに入ればいい。僕らのグループに入ればたくさん良いことがあるよ。」
「良いことって例えば?」
剣崎が強気な姿勢で言い返す。
「例えばボクシングを教えてあげよう、僕は一応経験者だからね。そして誰にもバレないように人を殴る方法。誰にもバレないようにお金を稼ぐ方法。誰にもバレないように人を抹殺する方法。あ、ここでの話は秘密だからね。」
「悪いけれど君らが俺らの活動を邪魔することは許さない。」
「おい、剣崎、ダメだよ・・・。」
僕らに対してはニコニコしていた金城の表情がシンと静まり返る。
「君らの活動ってのはこれかい?」
金城が僕のカバンをまるで自分のものかのように無理やり奪い取り、僕のアイデアノートを引っ張り出す。ページをペラペラ捲りながら、さも退屈そうにそれを眺めやる。
「つまらないなあ。つまりこれを元に創作をするのが創作部。こんなことしたって無駄だろう。何の意味があるんだい?誰の役に立つんだい?そう、この世に生きる意味なんてないのさ。でも、僕が君たちに生きる意味を付与してあげよう。それはね、こんなくだらない空想に耽ることではなく、今を全力で生きることなんだよ。全ては結果なんだ。今現在をどう生きたかという結果!君たちがやっているのは綺麗事なんだよ。現実を知らない、現実に触れようとしない、世間知らずの坊やの綺麗事なのさ。無駄なことは捨て置いて、今を生きるべきなのさ。」
金城が虚空に向かってシャドウボクシングをする。シュッシュッと虚空を切る音がする。汗が飛ぶ。
剣崎の表情が怒りに燃えて、死地に向かって決闘を挑む騎士のようになる。
「綺麗事を馬鹿にするな!綺麗事が未来を作るんだ!結果じゃなく、過程を味わうことが大事なんだ!それによって過去も未来も意味を持つんだ!そして誰かの存在を尊重する為には想像力が絶対に必要だ!この世界に無駄なものなんて何一つないんだ!」
「ふーん、そう。残念だよ剣崎くん。」
金城はもはや獲物ではない相手を見るように、とても退屈そうに剣崎を一瞥した。金城が僕のカバンを地面に投げ捨てる。
「燃やせ。」
番犬のような金城の手下達が待ってましたと言わんばかりに僕のカバンとアイデアノートに火をつける。
「ああ、俺らのノートが・・・。」
「もう殺しちゃおうかこいつら。一人は親に見捨てられて、親しい親族もいないし、もう一人は孤児院出身だ。いつもみたいに裏手の山に埋めちまえばバレないさ。やれ。」
金城の手下達が剣崎を羽交締めにし、持っているバットで剣崎を何度も叩きつける。僕は見ている事しかできない。またあの透明な怪物の存在を感じた。僕には何も出来ない。金城の手下達の顔も、避けられぬ恐怖によって引き攣っていた。
「ほらダメダメ、頭を狙わないと死なないよ。僕が手本を見せてあげよう。」
その時だった。
「おいっお前ら何してる!ちゃんとこれは記録しているからな!」
そこに現れたのは田崎先生だった。片手にスマホを持ってこちらに近づいてくる。
「チッ。邪魔が入ったな。」
金城が何の違和感も感じさせないような動きで、サバイバルナイフを出し、一瞬だった。一瞬で田崎先生に詰め寄り、さも当然の理のようにそれを先生に刺した。
崩れ落ちる田崎先生を一瞥すると、金城はフードを被り、マスクをし、こう言った。
「僕はもう消えるよ。これ以上この町にはいられないな。後のことは全部君らがおっ被ってくれ。よろしく。」
金城の手下達はこの状況をどうしたら良いのか持て余し、ただただ震えていた。
「待て金城!!」
僕が彼を捕まえようとすると、彼はまるで空気のような軽さで僕の手をすり抜けていった。本当に最後まで風のような青年だった。透明な怪物だった。
僕らは田崎先生の葬式に来ていた。葬式は下町で行われ、多くの生徒や卒業生が参列していた。その日は長い長い雨で、丘に染み込んだ雨水が下界を潤していた。僕と剣崎が靴をビチャビチャに濡らしながら下町を歩いていると、剣崎の方から話を切り出した。
「田崎先生は金城達の悪事を暴いたけれど、金城は逃走中。不良達は少年法で守られている。やりきれないよ。」
「ああ、僕らの命の恩人だ。」
剣崎はくやし涙を流していた。
「なあ、創作部はこれからどうする?」
「田崎先生はいないし、他に誰か顧問をやってくれそうな人はいるかな?でも、もう終わりにしようか。田崎先生が言うように、人と人が創作で繋がるなんて土台無理な話なんだ。人との繋がりが人を殺すのなら、僕はもう人と繋がろうとは思わないよ。」
「そんな事ないよ!田中は全然悪くない。悪いのは金城やその取り巻きや・・・・加藤君であって・・・・。君は何にも悪くないよ・・・。」
二人で押し黙ってそのまま下町を貫く広い街路を、200mほど歩いていった。雨音で海からの音はかき消されていた。僕はどうにかして海の音を聞こうとした。しかしどれだけ耳をそば立てても海の音は聞こえなかった。
「本当にこれで終わりにしちゃうのかい?俺たちの関係も?」
剣崎が泣きながら訴える。僕は砂浜に埋まる二枚貝のように押し黙っていた。
「俺、田中に言わなくちゃいけないことがある。」
剣崎が急にまた切り出した。
「俺、田中の事が好きなんだ。俺、これまで周りに言えなかったけど、ゲイなんだ。君のことを愛しているんだ。君は俺のことどう思っている?」
僕は相変わらず押し黙っていたが、少し顔を上げて、笑顔をのぞかせた。
「ごめん、僕は剣崎のことをそういう風には見れない。でもこれからも仲良くしてほしい。もちろん、かけがえのない友達として。」
「そっか、やっぱりそうだよね。・・・うん。・・・・。」
二人は何も交わさずもう200mくらい街路を歩いた。
「俺はさ、美しい思い出があれば人生はそれで良いと思うんだ。無駄なものなんて人生には必要ない。いや、無駄なものなんて人生に無いと思っているんだ。だから・・・・。」
剣崎はその続きを話さず、押し黙ってしまった。
僕らは街路の終わりで別れの挨拶をして、二人に別れた。
翌日、隣町を流れる小川に水死体が上がった。そのニュースを知ったのは田崎先生のお葬式があってから3日後だった。僕はどうにも不安になり警察に連絡してみた。剣崎がこの3日間学校に来ていなかったからだ。案の定、その死体は剣崎だった。僕は受話器を放り出したまま、放心状態で立ち尽くしてしまった。何も考えられなかった。僕との関係性の中に、剣崎の居た場所に、また新たな空白が生まれてしまった。絶対に取り消すことの出来ない空白が。
剣崎が「だから・・・。」と言った時、次に何を言おうとしていたのかが今分かった。彼は無駄なものが許せなかったのだ。無駄なものを自分の人生から締め出そうとした。そうして光の外へと脱出してしまったのだ。誰もが不条理の中で岩を持ち上げることに耐えられるわけではない。
僕も結果より過程の方が大事だと思います。金城には通じませんけど。




